セーニャとの再会

 再び、雪はしんしんと降りそそいでいた。


「この強さ……。はるか昔にあいまみえた、勇者ローシュを思いだすわ……」

 彼らはネドラを睨み上げる。肩で息をし、身体はボロボロだが、その目の奥にある光は失われていない。
 たとえ、神話の竜だろうが魔王だろうが、食らいつく力が人にはある。

「……だが、しょせんは人間」

 ネドラも追い詰められているはずだが、その口から出る言葉は依然と高みからだった。
 咆哮と共に、その口から赤い息を吐き出す。

「また、やけつく息か……!?」

 グレイグは腕で顔を覆って言った。先ほど苦しめられたブレス攻撃かと思ったが……――違う。

「うっ……!ごほっ、ごほっ……!」
「皆!吸うでない……!」
「こ、これは……ごほっ」

 赤い瘴霧が辺りを包み、その中で皆は苦しみだす。

「キアリクが効かないわ……っ!」

 痺れるような身体に、シルビアは麻痺状態を回復する呪文を唱えたが、まるで効果がない。

「……なんだ…これは……身体が動かん……っ」
「ユリ…さま……」
「み…んな……」

 次々と仲間たちは倒れていき、ユリも雪の上に膝をついた。苦しみに歪む顔が、ネドラを見上げる。

 ――絶体絶命だ。

 ユリに魔力は残っていない。そもそも魔力があったとしても……

「おのれの無力さをあの世で悔やむがよい。貴様らの命……食らいつくしてくれよう」

 口を大きく開けて、襲いかかってくるネドラに、ぎゅっとユリは目を瞑った。


 …………


 ……――美しい音色が耳に届く。竪琴が奏でる、この旋律は……

「……?」
 
 ユリはゆっくり目を開けた。ネドラは宙で音色に縛られるように、動きを封じられている。

「身体中からチカラが抜けていく……。なんだ、この耳ざわりな音は……」


 ――倒れる一行の背後にある崖の上。
 そこに、一人の女性の影があった。慣れた様子で指は竪琴を弾き、旋律はそこから奏でられている。そして、彼女の両端には、魔力で生み出した風が渦巻いていた。
 
「忌まわしき魔物よ、風の裁きを受けなさい!」

 毅然とした清楚な声で放たれた言葉に、二つの旋風はネドラに襲いかかる!竜の鱗を切り裂き、一つの吹き荒れる竜巻となって、ネドラを閉じ込めた。

「ギィヤアァァアアァァァァッ!!」

 断末魔のような叫びは空を突き抜け、やがてネドラの身体は塵となり、消え去る。
 宙に溶けるように風も消え、辺りは静けさが訪れる。

(助かった……?)

 ユリは身体に力が入らず、顔さえも上げられない。雪が静かに降り続けているのはわかった。

 ――そこに、小さな足音が近づいてくる。

「ユリさまっ、皆さまっ!今、お助けいたします!」

 その声は……!すぐに暖かな癒やしの光が皆を包んだ。ユリの身体に力が戻り、指先が動く。
 立ち上がった目の前には、慈愛の笑みを浮かべる――セーニャの姿があった。

「セーニャ……」
「セーニャちゃん!?」

 ユリに続いて、大きく反応したシルビアの声に、視線が一斉に彼女へ集まる。皆の目に、ユリの前に跪き、両手を組むセーニャの姿が映った。

「……私は勇者を守る宿命を負って生まれた聖地ラムダの一族。世界が滅びようとも、命に代えて、勇者のあなたをお守りいたします」
「え……セーニャ?」
「ユリさま。一目見てわかりました。ユリさまも勇者だったのですね」

 立ち上がったセーニャは、小さくユリに微笑んだ。ユリが戸惑っていると、別の声がセーニャの中から聞こえてくる。

「ユリ!やっぱアンタ無事だったのね!てか、アンタが勇者ってどゆこと!?」
「サンディ!」

 セーニャの中から光が飛び出したかと思えば、それはパッとギャル妖精の姿に変わった。

「セーニャ……!あなたが助けてくれたのね、ありがとう。今までどこでどうしてたの?」

 マルティナの問いにセーニャは、彼女に身体を向けて答える。

「私……あれからずっとひとりで、魔王による災いで苦しむ人々を助けながら、聖地ラムダを目指していたんです。その道中で、サンディさまと出会って……」
「ユリにもまた会えるかもってセーニャと行動してたってわけ!」

 セーニャとサンディは仲良さげに顔を見合わせたが、ユリは同情の目をセーニャに向けた。この妖精と一緒で、苦労したのではなかろうか。

「ちょっとユリ〜2度目のサンディちゃんとの感動の再会なんだから、もっと喜びなさいよ!」
「セーニャ、サンディが迷惑かけなかった?大丈夫?」
「ちょっとどういう意味さ!?」
 
 ――なんだあれは。妖精……なのか?

 初めて目にするサンディの存在に、グレイグはぽかんとし、ホメロスは顔をしかめていた。セーニャはふふ、とにこやかに笑ってからユリに答える。

「道中、サンディさまのおかげでにぎやかでしたわ。黄金の氷山が溶けたと聞いてやってきたら、皆さまとまさかこんな所でお会いできるなんて……」

 そこでロウが、セーニャに自分たちも仲間を探しながら勇者の旅を続けていたと話す。
 エルシスとはまだ会えておらず、勇者の力を宿したユリを中心に、聖地ラムダを目指してここまで来た……と。
 
「聖地ラムダ……そこに行けば、魔王を倒す手がかり神の乗り物について何かわるにちがいない」
「神の乗り物……そんなものが……。そういうことでしたら、聖地ラムダの長老さまがごぞんじかもしれませんわ」

 セーニャはロウの言葉に答えると、皆の前に姿勢を正す。

「……ユリさま、皆さま。改めて、よろしくお願いいたします」


 セーニャが ふたたび 仲間に加わった!


「もち、アタシもついていくからヨロシクね!」

 サンディが 仲間に 加わった……?
 ユリはうんざりしている。

「聖地ラムダはこの山道の先ですわ。ラムダにはベロニカお姉さまもいるかもしれません。さあ、行きましょう」

 セーニャは手のひらで道を示した。案内するような彼女の足取りに、皆はついていく。

「ねーねーユリ!また新しいイケメン増えてんじゃん!目付き悪いけど正統派イケメンと、イケオジ!」
「イケオジ……?」
「サンディ、少し静かに……」
「あの、ユリさま……この妖精はいったい……?」
「あれ?二人もアタシのこと見えんの?」

 二人の反応に、サンディは首を傾げた。本来、人間には妖精は光のようにしか見えない。どうもユリの周りにいる人間たちには、自分の姿が見えるらしい。うーんとサンディは唸るが、やがて(ま、いっか!)そう結論したサンディの目の前で――……ユリが倒れた。

「ユリさま……!?」
「ユリ!」
「!?」

 雪の上に倒れ込む寸前に、ホメロスが腕で抱き止める。その顔を覗き込むと……意識がない。

「ウソっ、どうしちゃったのユリ!?どうしよう、アタシが騒いだから?」
「サンディさまのせいではありませんわ。これは……」

 セーニャはホメロスが抱えるユリの前にしゃがみ、その額に手で触れて触診した。やがて、厳しい表情をして皆に言う。

「ユリさまの体内から著しく魔力が枯渇していますわ……。それによって、生命維持に影響しています」
「魔力枯渇か……!でも、あれはまだ魔力を扱うのに慣れていない子供が、魔法の訓練などで急激に魔力を消費して起きるものでは?」
「希ですが、成人でも発症事例はあります。急激に魔力を吸収と放出を繰り返したり、なんらかの方法で体内に保留する魔力以上の魔力を取り入れたり、魔力関連で身体に大きく負担が起こった際に起こる現象です」

 セーニャは続けて「心当たりはありませんか!?」そう皆に問いかけたが、……皆には心当たりがありすぎた。

「少し前にユリさまは『天使のソーマ』を飲み、完全体の天使になられた」
「それにさっき、たぶんゾーン必中で魔力を上げて私を助けてくれたの」
「ろくに休まず、魔力がないまま戦闘も行ったわい……」

 ホメロス、マルティナ、ロウが話す。一番は『天使のソーマ』が大きかったのでは、とセーニャは考える。

(たしか、あれは天使のチカラが宿った液体だと書物に……)

 脳裏に思い出す――。グロッタの町で強者のエキスを飲み続けたハンフリーの身体は、ボロボロになってしまった。身の丈以上の力を身体に取り入れるということは、それなりの代償も伴う。

「もうっ、なにやってんのよ、ユリ!」
「セーニャちゃん……!お願い、ユリちゃんを助けてあげて!」
「シルビアさま、サンディさまも大丈夫ですわ。私が必ずユリさまをお救いいたします。まずは、安静な場所で休ませなければ……」
「クレイモランに戻るぞ!」
「ああ、キメラのつばさを投げる!皆、集まってくれ!」


 ――……


「兄貴ってさ……」
「ん?」
「教会へ来ると、よくあの天使の絵を眺めてたよな」

 ……――ユリが言った通り、翌日にはマヤは目を覚ました。長らく黄金化していたせいで、まだ自由に動けるような身体ではないが、体調は良好だった。
 神父が「きっと、神さまが奇跡を起こしたのでしょう」と言ったが、それを起こしたのは神ではなく、天使だとカミュは知っている。

 一心に祈ってくれた、ユリだと――。

 マヤは自分のしでかしたことにショックを受けていたが、そこは兄のカミュが受け止め、今は精神も安定している。

「夢かもしれないけど、おれ、天使さまに会ったんだ」

 マヤは羨ましいだろ、といつも調子でカミュに話す。
 優しくて、綺麗で、それでいて暖かくて……

「お母さんって、あんな感じなのかなって……ちょっと思った」

 両親について、マヤは顔も名前も存在さえも知らない。兄のカミュはもしかしたら知っているのかも知れないが、話そうとしないし、マヤも聞こうと思ったことは一度もない。
 自分たちがクレイモラン地方の雪原で凍えていたところをバイキングに拾われたという事実に、両親を知りたいと思わなかった。

 きっと、自分たちは捨てられたのだと……マヤは思っている。

「……その天使さまはなにか言ってたか?」
「謝ったら、神さまの代わりに赦してくれた。神さまなんて信じてないし、大キライだけど……嬉しかったな」

 マヤは「まあ、夢なんだけどさ」と、つけ加えて笑った。

「……夢じゃねえよ。マヤ、天使は本当にいるんだ」

 初めて見るような笑みでそう言ったカミュに、マヤはきょとんとする。
 その直後、シスターが部屋に訪れた。
 マヤの身体を清拭をしようと思ったらしく、カミュは部屋を後にし、教会からも出る。

 カミュは空を仰ぎ、後悔していた。ユリに……酷いことを言った。

 純粋に自分たち兄妹のためを考えてああ言ってくれたのだろうに、反発して、子供じみたプライドで彼女を傷つけた。
 もうユリたちは旅立ってこの町にはいないと、人々の噂話で知った。聖地ラムダに向かったらしく、今急いで追いかければ、追いつくかもしれない。

 だが――その決断をする勇気がカミュにはなかった。

 マヤのこともあるが、今さらどんな顔でユリに会えばいいのかわからない。
 拒絶されるかも知れないと考えると、怖かった。

 カミュは宛もなく、町を歩く。

「――カミュさま?」

 名前を呼ばれて振り返ると、そこにいるのは金色の髪をヘアバンドで纏める……

「お…お前……もしかして!?」

 セーニャ!

「やはり、カミュさまでしたわ!こうして皆さまと出会うなんて、きっと大樹の導きですわね」
「セーニャ、なんでこんなところに……」
「すみません、カミュさま。今はゆっくりお話しする時間はありません。ユリさまが倒れてしまい、治療しなくては……」

 ユリが……倒れた?

「ユリが倒れたって……!」
「ユリさまは今、魔力枯渇状態になっています。天使のチカラが溶け込んだ液体『天使のソーマ』を飲んだらしく、その反動が大きいかと……」
「セーニャ殿!」

 セーニャがカミュに話している最中、彼女を呼ぶ声が響く。駆け寄るホメロスだ。

「言われていたものはどうぐ屋で売っていて、すべて調達できた」
「ありがとうございます。私の方でも必要なものは揃いました。これで薬の調合できますわ」
「私も調合の知識がある。ユリさまを救うためにも手伝わせてくれ。……ん、お前はカミュ……」

 ホメロスはカミュの存在に気づくと、セーニャに購入したものを預け「あとから向かう」と、彼女を先に行かせた。

「……ユリさまの話は聞いたか?」
「ああ……。オレのせいだ」

 カミュはぐっと奥歯を噛み締める。自分が巻き込んだせいで、彼女に無理をさせてしまったのだ。

「自分のせいだと思うなら早く責任を取れ」
「……なんでてめぇに、そんなこと言われなきゃなんねえんだよ」

 取れるものならこっちだって取りたい。

「俺は……ユリさまには笑顔でいてほしいと思っている。幸せになってほしいと、願っている……」
「…………」
「それには非常に不愉快だが、カミュ、お前の存在が必要なようだ。非常に不愉快だがな」

 ふんっとホメロスは鼻を鳴らして、同じことを二回言った。

「私たちはクレイモランの宿屋にいる。ユリさまのそばにいてさしあげろ。傷つけたなら土下座して謝れ」

 言いたいことだけ言って、ホメロスはカミュの返答を聞かずにさっさと行ってしまう。
 一人残されたカミュは、その背中を憎らしげに見送っていた。

 だが、迷っていた心はやっと決心する。

 まるで、敵に塩を送られた気分だ。カミュの足は教会へと向かう。

(……すまねえ、マヤ。寂しい思いをさせちまうし、独りぼっちにさせるかもしれねえ……。それでも、オレは……!)


 あいつのそばにいたい。守りたいんだ――。


「なになになに!?アタシがいない間に恋の急展開なの!?そーゆこと!?」

 こっそりその様子を見ていたサンディは、カミュの後を追いかけた。
 教会へ戻ったカミュに、ちょうどシスターが「終わりましたよ」と、にこやかに声をかける。

「……ん。兄貴、戻ってきたんだ」
「マヤ。大事な話があるんだ――……」


 ――宿屋へ戻ると、ホメロスはセーニャの調合の手伝いをした。
 どうやら彼女は癒やしの呪文の使い手で、薬学や調合にも精通しているらしく、若いながらもその知識の豊富さにホメロスは感心していた。

「……ユリさま。皆さまのためにも早く元気になってくださいね。私も、ユリさまとお話したいことがたくさんあるんです」

 ベッドに眠るユリに、少しずつ調合した薬剤を飲ませたセーニャは、その手を握り、穏やかに話しかける。

 彼女は聖女のようだった。

 同じような癒やしの使い手だからだろうか、セーニャは雰囲気が少しユリに似ているとホメロスは思う。

 ユリの顔に視線を向けると、今は穏やかに目を閉じており、顔色も元に戻って、ホメロスはほっと胸を撫で下ろす。
 倒れた直後は顔色が真っ青だったからだ。思えば、ネドラ戦も調子が悪いのは見てとれていた。

(ユリさま、申し訳ございません……)

 もともと無理をしそうな性格なのはわかっていたはずなのに、そこを考慮しなかった自分の落ち度だと――ホメロスは自分を叱咤する。

「……ホメロスさま。調合をお手伝いしていただきありがとうございます。ユリさまはもう大丈夫ですわ」
「いや……礼を言うのはこちらの方だ。私の知識だけではユリさまを助けられなかった。あと、私に"さま"も敬語もいらぬ」

 立ち上がり、こちらに向けて丁寧に頭を下げたセーニャに、内心戸惑いながらホメロスは答えた。

「まだ、私が勇者一行の旅に同行していることについて、話してなかったな。そして、よければ謝罪をさせてくれ」
「私はもう気づいてましたよ。今のあなたからは邪悪な気配はしません。きっと、魔王の支配から解放されたのですね」

 穏やかに話す姿とは裏腹に、その鋭い感覚にホメロスは驚く。そういえば、彼女はユリが勇者になったこともすぐに気づいていた。さすが、聖地ラムダの一族か。

「それと、私に謝罪はいりません。代わりと言ってはあれですが……ホメロスさま。ともに勇者となったユリさまを守り、戦いましょう。きっと、本来の勇者でもあるエルシスさまがいなくて、ユリさまは心の中では不安なのだと思います」

 そして、彼女はユリのことをよく理解しているのだろう。なんとも心強い味方だ。

「では……これからよろしく頼む」
「私の方こそ、よろしくお願いします」

 再度ホメロスは、自分にはさまも敬語もいらないと彼女に言おうとしたが……

「皆さまも心配していますわね。ユリさまについてお伝えしにいきましょう」

 もしかしたら、これが彼女本来の口調なのかもしれないな、とホメロスは思い、そのままにしておくことにした。


「ユリさまは薬も飲みましたし、容態は落ち着きましたわ。いずれ、目が覚めると思います」

 宿屋に設けられている談話室で待っていた皆に、セーニャはユリのことを話した。
 不安そうな皆の顔が、ぱあぁと明るく笑顔になる。

「ああ、よかったわ!」
「ええ、本当に……!ありがとう、セーニャちゃん!」
「これでひと安心じゃな。セーニャ、ありがとうな」
「俺からも言わせてくれ。ありがとう」

 皆から感謝の言葉が飛び交い、セーニャは照れくさそうに微笑んだ。

「……あら、カミュさま!来てくださったのですね」
「カミュ!」

 現れたカミュに皆の視線は集まり、マルティナは思わず席から立ち上がった――。


「……兄貴。好きな人できたんだ……。やっぱり、ちょっと寂しいな……」
「うんうん。あんなイケメン兄貴がいたらアタシも複雑な心境になるわ。でもま、ユリは悪い女じゃないからサ」
「…………」
「って、言ってもアタシの声は普通の人間には聞こえなかったんだ」

 …………。

 マヤは、宙に浮かぶ謎の派手な妖精?を凝視していた。

「……マ、マジで……」
「ん?」
「妖精ってマジでいたんだ……」
「え!?アンタもアタシのこと見えんの!?」


 ――カミュはベッドの横で椅子に座り、眠るユリが目覚めるのをひたすら待っていた。
 マヤにはすべて打ち明けて、勇者の旅に出ると話した。

 好きなヤツがいて、どうしても自分の力で守りたいんだ……と。

『5年も経ってたら、そりゃあ兄貴も大人になって、好きな人もできるわけだ。魔王と戦うんだろ?おれ、待ってるよ。兄貴のこと……おれの代わりにさ、魔王の仇を取ってきてよ!』

 そう言って笑ったマヤは、強がりもあるだろう。申し訳ない気持ちはある。空白の分、兄貴らしいことをしてやりたいとも思う。
 だが、カミュの気持ちはもう揺るがない。

 必ず帰ってくると、マヤと約束を交わした。

 そう誓うことが、今のカミュがマヤにできることだった。

(あとは……お前への説得だな)

 眠るユリの顔に、カミュは切なげに微笑む。

「……なあ、ユリ。土下座でも泣き落としでもなんでもして、オレが旅についてくことを説得させてみせるから、早く起きてくれよ」

 こんなオレの情けない姿を見られるのはお前だけだぞ――なんて。思えば弱音も涙もユリにはもう見せているし、むしろユリにしか見せていないと気づく。

「……オレが、悪かった……」

 なにに対しての謝罪かカミュにもわからなかった。無茶をさせたからか、彼女を傷つけたことか。不甲斐ない自分にか。

 ――きっと、すべてに対してだ。


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