荒野の地下迷宮・後編

「……へえ。こんな所に魔法の泉があるなんてな」

 不思議な根っこを通りすぎ、現れた扉を開けると、そこには清らかな空気が漂う。
 泉に佇む女神像。
 その魔法の泉は別名回復の泉で、触れれば体力と魔力を回復するという。

 さっそく触れようと喜ぶエルシスとユリとは別に。
 ベロニカはきょろきょろと辺りを見渡した。

「あ!あれは……!」
 ベロニカは何かに気づき、慌てて駆け寄る。

「セーニャ……セーニャったら!ちょっとしっかりしてよっ!」

 ベロニカの様子に気づき、三人も側に駆け寄る。「あっ…」そうユリも声を上げた。
 床に倒れている女性はまさしくユリと昨日出会ったセーニャだった。

「……セーニャ?こいつがお前の妹だって?」
 驚くカミュにユリは言う。
「私が昨日会ったセーニャも彼女だよ……。でも、こんな……」
「ベロニカ……」

 エルシスも悲痛に顔を歪ませる。
 三人は見守ることしかできない。

「どんな時も、ずっと一緒だって約束したじゃない……ねえ、返事してよセーニャ」

 静かな部屋で、ベロニカの声だけが響く。
 だんだんと湿っていく声色に――

「ふわぁ…………」

 場違いなあくびをする声が。

「「??」」

 すると、横たわっていた彼女がもぞもぞと起き上がった。

「すみません。私、人を探していて……。疲れて泉のそばで休んでいたらそのまま眠ってしまったようですわ……」

 とろんとした目を擦りながら彼女――セーニャは言う。

「……お、お姉さま!?なんというおいたわしい姿に……」
 覚醒したセーニャは、目の前にいるベロニカに驚いた。
「え?ア……アンタ……あたしがわかるのっ!?」

 それに驚くベロニカ。

「ふふっ何年もお姉さまの妹をしてますもの。ちょっとお姿が変わったくらいで間違えたりしませんわ」

 マイペースにそう言う彼女に、ベロニカは呆気を取られたが。

「も……もう!紛らわしい倒れ方しないでよ!あたし、てっきりアンタが……」

 すぐにいつもの調子に戻ってふんっと言ったかと思えば、ぷいっと顔を横に背ける。

 三人からは表情が見えないが、悲しみから一転、声からして喜んでいるのは明らか。 
 セーニャが無事で本当に良かったと三人も喜んだ。……だが、それとは別に。

「なあ、お取り込み中のところ悪いが……セーニャってのはお前の妹なんだろ?いったいどういうことだ?」

 カミュが三人を代表して聞いた。
 ユリは昨日出会っているのでそこまで驚かないが、不思議には思う。

 妹のセーニャの方が、姉のベロニカより明らかに大人の姿をしているからだ。

 カミュに問われ、三人の存在に気づいたセーニャが「まあ!」と起き上がると、ユリを見て嬉しそうな声を上げた。

「ユリさま、こんな所で出会うなんて奇遇ですわ!」

 唐突に挨拶され、あのユリでさえも「き…奇遇ですね?」と戸惑っている。

 混乱しそうな展開に、ベロニカは小さくため息を吐いてから口を開く。

「じつはあたしとこの子は双子なの」

 セーニャを無視して話を進めるようだ。
 馴れたその態度に、よく起こることなのかも知れない。

「こんな見た目になっちゃったのはふかーいワケがあるのよ。あたしをさらった魔物はね。ここをアジトにして、たくさんの人をさらっては魔力を吸い取って集めていたの。魔力を吸い尽くされないように堪えていたらどんどん年齢の方も吸い取られたみたい」

 それで今はこんな格好ってワケ――ベロニカの説明に三人はなるほどと頷いた。
 年齢の方も吸い取られる……そんなことがあるのかと不思議には思うが、現に目の前のベロニカの、子供らしからぬ言動の数々を見てきて納得してしまう。

「つまり、こう見えてあたしはれっきとした年頃のおねーさんなの。これからは子供扱いしないでよね!アンタよ。ア、ン、タ」

 そう強く言って、ベロニカが指差すのはカミュだ。
 さすがに彼もばつが悪そうな顔をする。

「それは分かったけどさ……。お前身体がそんな状態じゃ、この先やっていけないんじゃないか?」
「ええ、そうよ。だからアンタたちにはあの魔物から魔力を取り戻すまで付き合ってもらうわ」
「私からもお願いいたします。回復呪文で皆さまのお手伝いをしますわ」
 
 ベロニカに続いて、セーニャは丁寧にお辞儀をする。
 乗りかかった船であり、困っている人は見過ごせない――三人はベロニカとセーニャの二人に、最後まで付き合うことにした。

「セーニャとは生まれた時からずっと同じくらいの背丈だったからこうして並ぶとちょっとヘンな感じだわ。でもこれくらいの大きさなったから閉じこめられても脱出できたのよね。まったくマヌケな魔物で助かったわ。さあ行きましょ。あたしから魔力を奪った魔物は荒野の地下迷宮の一番奥にいるはずよ」

 ベロニカの言葉に、三人と二人はひとまず深層部を目指す。

 セーニャはベロニカとは正反対の性格のようで、歩きながらおっとりとしゃべった。

「一時はどうなることかと思ったけれど、ひとまずお姉さまが無事で安心しましたわ。子供っぽいお姉さまの見た目も魔物に奪われた魔力を取り戻せばきっと元通りになるはずですわ」

 さあ、参りましょうと淑やかに言う姿に、エルシスとカミュは面食らう。

「ふーむ……ベロニカの妹というくらいだから生意気でかわいげのないチビがふたりになるかと思っていたが、意外な展開だったな」
「双子って言っても、性格は似ないのかな?セーニャはおっとりしているみたいだな。確かに少し、ユリに似てるかも」

 そうエルシスは笑う。見ると、ユリはセーニャと楽しそうに話している。きっと二人は気が合うのではないだろうか。

「まあ、ユリは一見おっとりしてるが意外に行動力があったり、どちらかといえばエルシス。お前に似てると思うぜ」
「僕?確かにユリとは気が合うけど……」
「オレがちょっと目を放すと、二人で大体何かやらかしてるしな」
「あはは……」

 否定はできず、笑ってごまかすエルシスだった。

 回復したことによって、現れる魔物も順調に倒し。道なりに進むと、再び不思議な根っこが彼らの前に姿を現した。

「不思議な光景が見えてくるけど……」
 今度は事前にちゃんとセーニャに説明したエルシス。
「まあ、そうなんですね」
 セーニャは気にも止めず笑顔で答えた。

 ベロニカもセーニャも不思議な双子であるとエルシスは思いながら。
 とりあえず、不思議な根っこに手をかざす。

 すぐに、前回と同じような光景が見えてきた――……

 黒い影の魔物が再び何やら移動し、扉の前で止まった。

「おっと、いけねえ。ここを通るには合言葉が必要だったな。えーとえーと………そうだ!ヤミ心あればカゲ心!」

 その合言葉に扉が開く――そこで光景は終わる。

 見終わった後、エルシスがユリに存分につっこんで良いよと言ったら、ユリは「え?特に」とあっけない返事だった。
 あの合言葉は彼女には気にならなかったらしい。
 代わりにエルシスが「そのセンスはないだろ」と心の中でつっこんだ。

 彼らが進む先には光景にあった扉があり、その前に立つと、どこからともなく聞こえる声。

『ココヲ通リタクバ、合言葉ヲ言エ』
 エルシスは合言葉を言う。
「ヤミ心あればカゲ心!」

 扉の鍵が開いたようだ。
 扉の向こうから騒がしい声が聞こえる。
「みんな、開けるよ……」
 小声で言い、エルシスはそっと扉を開けた。
 エルシスとベロニカとセーニャ。
 カミュとユリが左右から中を覗く。

 そこにはでっぷりした青い竜の魔物と影の魔物が何やら揉めていた。

「オレがあれだけ注意したのに、獲物に逃げられやがって……。ごめんなさいじゃ済まねえんだよ!あのベロニカという女はただ者じゃねえ。ケタはずれのチカラと極上の素質を秘めた何年に一度現れるか分からない逸材だった」

「何年に一度の逸材だってっ」
 嬉しそうに言うベロニカにエルシスは「しー静かに」と言った。

「あの女の魔力を全部お納めすれば、いずれ現れる魔王さまの右腕に馴れただろうに、それを……それを、お前らアァァッ!」

 青い竜はぎにゃーお!と叫びながら地団駄を踏む。

「魔王だって……?」

 カミュが怪訝に呟く。
 その言葉を聞くのは二度目だ。

 一旦扉の内に引っ込み、全員で思案する。

「間違いないわ。あの魔物たち。ホムラの里で蒸し風呂に入っていたあたしをここまでさらってきたヤツらよ」
「私が襲われたのもあの魔物だった」

 ベロニカに続いてユリが言った。

「ね、あの竜のそばに大きなツボがあるでしょ?あたしの奪われた魔力はあそこにみっちり閉じ込められているはずだわ」
 ベロニカの言葉にカミュは再びこっそり覗き見して確認する。
「なるほど…あのツボの中にお前の魔力が。さて、どうしたもんかな……」
「奇襲する…?」
「武力行使の案が多いな、お前は……」
 ユリの言葉にカミュは苦笑いしながら答える。
「でも、カミュ。どちらにせよ野放しにしてたらまた被害が出るかも知れない。僕らで倒そうよ」

 エルシスの言葉に「…そうだな…」と呟いた。なるほど、奇襲か。案外……

「……お、お姉さまっ!」

 セーニャの焦る声に呼ばれ。
 ん?とベロニカが振り返ると――目と鼻の先に、黒い影の魔物が。

「ぎゃーーーっ!!」

 驚いたベロニカが叫ぶ。魔物もベロニカの叫びに驚く。
「魔物が……!?」
 エルシスたちが剣を握るが、その混乱の拍子に扉が開いてしまった。

「な……なんだ、オメーらはっ!?このデンダーさまのアジトに勝手に入り込みやがって!」

 こうなれば真っ正面から戦うしかない。
 五人は室内に乗り込んだ。

「……ははーん、なるほど。オメーらはオレが取り逃した獲物をわざわざ届けにきてくれたってワケか」
「まさか!僕たちはベロニカの魔力を取り返しに来たんだ!」

 エルシスが勇ましく言い返した。

「……ん?魔力が強そうなのが一人、二人、三人……」

 デンダーの名乗った青い竜の魔物は、エルシス、ユリ、セーニャと順に見て。

「果報はブチギレて待てとはこのことよ!野郎ども!仕事の時間だ!こいつらの魔力、全部吸い尽くしてやるぞ!」
 
 デンダーの言葉に黒い影の魔物が三匹現れる。

「やるしかねえな!エルシス、ユリ、油断するなよ!」
「うん!」
「もちろん!」

 カミュの言葉に力強く答えるユリとエルシス。

「さっきはよくもやったわね!あたしの魔力、返してもらうわ!」
「微力ながら私も頑張ります!」

 その後ろで、意気込むベロニカとセーニャ。

 デンダー一味との戦闘が始まる――
 
「カミュ、ユリ!さっきのれんけい技を頼む!」

 エルシスが二人に言うと、彼らは武器を取り替える。
 《フライトターン》が炸裂し、目を回す魔物たち。

「よし。その間に作戦会議!セーニャは回復補助が得意なんだよね?」
「はい。皆さまの命は私がお守りしますわ。……スカラ」

 セーニャはおっとりしているが力強い言葉の後、こんな風にとエルシスに守備力を上げる呪文をかけた。

「ありがとう」とエルシスは言い、話を続ける。

「セーニャとベロニカは回復補助と援護をまかせた。逆にユリは僕らと一緒に攻撃に専念してくれ!」

 もちろん危なくなったら回復をと付け加え、ユリは「ばっちり頑張るね」と頷いた。

「じゃあいつものアレを頼んだ!」

 エルシスに言われ、ユリは《ゾーンバースト》を行う。
 強敵に対して最初のこのれんけい技はかかせない。
 ゾーン効果による身体能力アップは大きいからだ。

「二人とも頑張ろう!」
 その笑顔に「「おお!」」と二人は答えて、ゾーンに入る。
「まあっ素晴らしいれんけい技ですわ!」
 セーニャが笑顔を浮かべて言った。

「エルシス、ユリ。ザコから一気に倒すぜ。ちょっとオレに案がある」

 カミュが二人にこっそり言う。

「じつは、オレも魔法を覚えたんだ」

 まさかのここで、そのカミングアウトに二人は目を丸くする。

「だが、あの竜も気づいていたように、オレは魔力が強くねえ。だからお前たちの力を貸してほしい」
「いくらでも貸すさ」
「私たちは何をすれば良い?」

 二人の言葉にカミュはにっと歯を見せて笑った。

「ちょっとー!こいつら目を覚ましたわよ!」
 果敢に杖で攻撃していたベロニカが、三人に向かって叫ぶ。
「じゃあ、いくぞ!」

 カミュの言葉に二人は強く頷く。
 それを見て彼は集中するように目を閉じた。

「大地の力よ……」

 カミュが片手を前に、呪文を唱える。
 デンダー一味の足元に浮き出る魔方陣。

「なに、あいつ魔法も使えたの…?」

 ベロニカが驚きながらその様子を見守る。

「炎の力と…!」
「氷の力も!」

 エルシスの炎の魔力と、ユリの氷の魔力が注ぎ込めば。

「火氷陣――!」

 氷が魔方陣から突きだし、炎がまわりを渦巻き。
 決して相容れぬ二つの魔法が、カミュの仕掛けた魔方陣の上で爆ぜた。

「うぎゃあ!」

 デンダー一味全員に大ダメージ!
 特にデンダーの子分の黒い影の魔物三体には効いたようだ。

「すごいです!魔法のれんけい技ですわね!」
 ぱちんと手を合わせて言うセーニャ。
「あぁー!あたしだって、魔力さえあれば……!」
 三人の魔法れんけいを見せられ、ベロニカはもどかしそうだ。

 ベロニカの魔力が詰まったツボは、デンダーがしっかり片腕に抱えている。
 あいつを倒さない限り取り返そうにない――うらめしそうにベロニカは見た。

「来るぞ!」

 カミュが叫んだ。デンダーの一味の反撃が来る。
 子分たちが前衛にいる三人をそれぞれ攻撃し、カミュは避け、エルシスは剣でガードする。
「っつ!」
 ユリは先ほどのお返しとばかりにヒャドを受けるが、すぐさま暖かい癒しの光が包む。

「ありがとう、セーニャ!」
「どういたしまして、ユリさま」

 セーニャの回復援護は完璧だった。

「は!」
 子分に向かって、ブーメランを投げたカミュ。

 一体はひらりと避け、その後は次々と当たっていくも、与えたダメージは少ない。(やっぱコレじゃ、強敵相手じゃあ厳しいか)

 今は――そう思いながらカミュはブーメランを短剣に持ち替えた。

「デイン!」
 次にエルシスの強力な魔法が子分にダメージを与える。
 その分、魔力を消費するも、
「エルシス!じゃんじゃん魔法を唱えていいわよ!」
 すかさずベロニカがまほうの小びんを使って、エルシスの失った魔力を回復させる。

「三本打ち――!」

 続き様に、ユリの放った三本矢がそれぞれ命中。

 そして、再び発動する炎氷陣。

 これは数ターン、攻撃を発動する魔法陣らしい。まるでワナのような仕掛けに、カミュらしいとエルシスはくすりと笑った。

 順調に子分に攻撃を与えている――これなら次のエルシスの魔法で……

「デイン――!」
 二体倒れた。あと一体――
「やあ!!」

 ベロニカのまさかの杖での会心の一撃が炸裂した。
 魔法を唱えられないストレスが爆発したらしい。
 与えるダメージは増えたが、倒すには足りない。

「痛いっ!」
 子分の体当たりの反撃に、ベロニカが尻餅をついた。

「お姉さまの仇は私が!」

 そこにセーニャがくるっと回るようにスティックで攻撃した。「えいっ」

 まさかのその攻撃で最後の子分は倒れた。ぎりぎりに体力は削っていたが、あの細いスティックで倒せるとは。

「ベロニカ、セーニャ!やったね!」
 嬉しそうに二人に言うユリ。
「気をつけろ!デンダーが息を吸い込んだ。何かしてくるぞ!」

 すかさずカミュが注意を呼び掛ける。
 全員、次の攻撃を身構えるなか、デンダーは冷たい息を吹きかけてきた。

「痛いっ…!?」
「ち…っ!」

 ユリとカミュが呻く。他の三人も同じように短い悲鳴を上げた。

「がはは!冷たい息だ!ひ弱な人間たちにはブチ効くだろ!」

 両足を交互に上げ下げし、喜ぶデンダー。

 冷たい息なんて生易しい名前のものではない。
 全員にダメージと凍傷のよう痛みが襲った。
 セーニャは一番体力が少ないベロニカを回復する。

「ユリは先に自分を回復してくれ。みんなの回復が終わるまで、僕とカミュがデンダーが再び冷たい息を吐かないように抑える!」
 そう言ってエルシスは剣を握り直す。
「カミュに見せたい技があるんだ」

 にっと笑って言ったその言葉に、カミュは期待にエルシスを見た。

 そして、二人はデンダーに向かって走り出す。

 エルシスが剣を振り上げるとぶわぁっと炎が生まれ――、

「かえん切り!」

 炎をまとったそれを力強く降り降ろす!

「へえ!お前自分で取得したのか!すげえじゃねえか!」
「だろっ!さっき地下に落とされた時に、突然ぱっと閃いて〜〜」

 嬉々としてカミュに話すエルシスだったが、思わぬデンダーの反撃を受け「うっ」と呻いた。
「おいおい、油断大敵だぞ」
 カミュが苦笑したあと「こっちだ!」と後ろから斬りつける。

 通常攻撃では浅い傷だ。だが、気をそらすことに成功すれば今は良しである。

 傷ついたエルシスとカミュの身体を、セーニャとユリが唱えるホイミが癒した。

「っちょこまかと!」

 デンダーは小虫を払うようにでっぷりした身体を振り回す。エルシスとカミュは後ろに跳び、一旦距離を置いてから。

「デイン!」すかさず呪文を唱えるエルシス。

 デンダーが怯んだ隙に、カミュはその素早さを生かし、一気に駆け出し、一瞬にして距離を詰めた。
 カミュにしかできない芸当。

「眠れ……スリープダガー」
 暗殺者のようにするりとデンダーの懐に入り、斬りつけると。
「……Z Z Z」
 すぐに眠りに落ちたデンダー。

(よし、次で終わらす……!)
 カミュは短剣を構え直す。

「エルシス。次もオレにまかせて……」
「え〜い!」

 ――くれと言う前に、カミュの耳に甲高いかけ声が届いた。
 ベロニカの杖がぽかんと音を立てデンダーを攻撃し……………魔物は目を覚ました。

 ――ブチ。エルシスはカミュの血管が切れる音を聞こえた気がした。

「ってんめ!なに起こしてんだよ!?」
「わっわざとじゃいわよ!アンタが静かに攻撃するから、魔物が寝たなんて気づかなかったじゃない!」
「まあまあ、二人とも……」

 エルシスは二人の仲裁に入る。
 その間、ユリがヒャドでデンダーをちゃんと抑えてくれててさすがである。

 カミュに怒られ、ぷんぷんと後ろに下がるベロニカ。

(分厚い皮膚には強力な攻撃を叩き込むっきゃねえ。くそ…ヒュプノスハントで決めるはずが……しかたねえな)

「エルシス、行くぞ!」
「ん!」

 カミュに呼ばれ、エルシスはデンダーに向かって飛び上がった。
 《シャドーアタック》だ。

「ぐふっ」

 二段ダメージをデンダーへ与えたが、ゾーンも切れたせいか、大ダメージとはいかない。

 もう一度、ユリにお願いするか――そう思ってた矢先、そのユリが飛び込んできた。

「は――!」

 ユリの剣が追撃する。
 続けざまに受ける攻撃に、デンダーは後ろによろけた。

「ユリ、やったな!」「すごいよ、ユリ!」

 二人に褒められ、ユリは嬉しそうにはにかむ。

「このっ……おりゃあ!」

 反撃とデンダーは腕を振り落とすが、ユリが避けずともスカッとその攻撃は当たらない。

「皆さま!敵にマヌーサをかけましたわ!」
 セーニャの声だ。
「ありがとう、セーニャ!」

 エルシスが答え、その隙にデンダーに攻撃する。

「三人いるんだ……一斉に攻撃すればこのまま勝てる!」
「こいつが倒れるのも時間の問題だぜ!」
「セーニャのおかげで前に出るのも、怖く、ないっ!」

 エルシスに続いて、ユリもカミュもデンダーに攻撃した。

「っオメーら……許さーんっ!」

 息を大きく吸い込むデンダー。

「「させない!!」」

 エルシスはデイン、ユリはヒャドを同時に唱えた。
 怯んだところを、カミュが二人の間から飛び上がり、短剣を垂直に降ろす。

 真っ直ぐに走った剣筋に。

「クッ……魔王さまの右腕になるというオレさまの野望もここで潰えるのか……」

 ついにデンダーは、仰向けになるように倒れた。


「おい、その魔王ってのはなんだ?さっきもそんなこと言ってやがったな」

 床に倒れたデンダーを見下ろしながらカミュが問う。

「ククク……いずれ魔王さまにやられちまうオメーらに何を教えたってムダさ……命あっての特ダネとは…このことよ…ぐふっ」

 そう最後に言い残すと、デンダーは塵ひとつ残さず消えていった――。

「いずれ現れる魔王か……」
「デルカダールの神殿でもそんなことを……」
「どういうことなんだろう……」

 呟くカミュにエルシスとユリが続く。

「あたしの魔力はそのツボの中に閉じ込められているみたいね」

 困惑する三人をよそに、デンダーから解放されたツボに向かうベロニカ。
 そっと蓋を開けると、勢いよく不思議な色をしたオーラが溢れ出す。

「す、すごい魔力……」
「ああ、オレにも分かるぜ……数年の逸材は嘘じゃなかったみたいだな」

 その膨大な魔力の量に驚くユリとカミュ。
 エルシスも一緒に驚きながら見守った。

「これで、魔力が戻ると良いんだけど……」

 こちらを振り向くベロニカ。
 彼女の小さな身体を魔力のオーラが包みこむ――。


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