新しい仲間・前編

「そんな……お姉さまの姿が変わっていない……。魔力は戻らなかったのですね……」

 そう、セーニャは落胆するように床に膝をついた。
 魔力を吸収したベロニカだったが、現れた姿は小さな子供のままだ。
 そんなセーニャの目前に、ベロニカは人差し指を立てて見せる。

 きょとんと見つめるセーニャ。

 ベロニカが念じれば、指先にふっと大きな炎が灯り。姿に似合わない不敵な笑みを浮かべながら、彼女は手を閉じて炎を消した。

「ご心配なくこの通りすっかり元通りよ。魔力がアタマのてっぺんからつま先までギンギンに満ちているのがわかるわ!」

 にっと笑うベロニカ。

「ですが、お姉さまそのお姿は……?」
 魔力は元に戻ったのに、姿は子供のままだ。
「ふーん……。年齢まではもとに戻らなかったみたいね。でもせっかく若返っんだし、まあ、いいわよねっ」

 あっけらかんとしてまるで気にしてないベロニカに、セーニャもつられて笑みを浮かべる。

「まぁっお姉さまらしいですわね。なんだか、そのお姿のお姉さまも愛おしく思えてきましたわ」

 姿形が変わっても。ベロニカはセーニャの姉であり、双子の片割れなのは変わらないのだ。

「ところで……ねえ、お姉さま。エルシスさまのこと気づいてまして?」
「ええ。もちろんよ、セーニャ。アンタも気がついたみたいね。さすが、あたしの妹だわ」

 ベロニカはくすりと笑い、エルシスに向き合う。同じようにセーニャもエルシスに向き合い、彼女たちは床に膝をついた。

「ベロニカ?セーニャ?」

 突然の二人の行動に、驚くエルシス。
 下から自分を真っ直ぐ見つめる二人は。
 次に互いの片手を合わせる。
 
「「命の大樹に選ばれし勇者よ。こうしてあなたとお会いできる日をお待ちしておりました。私たちは勇者を守る宿命を負って生まれた聖地ラムダの一族。これからは命を代えてもあなたをお守りいたします」」

 一字一句間違わず、二人は同時にエルシスに言葉を紡ぐ。

 エルシスは驚きに目を見開いた。
 ユリとカミュも、その様子に驚きながらも静かに見守る。

 セーニャが言う。

「エルシスさま……。あなたは災いを呼ぶ悪魔の子などではありません。里の者から聞かされていました。私たち姉妹が探し求める勇者はひとみの奥にあたたかな光を宿していると」
「……まっあたしは最初にアンタを見た時から全部分かっていたけどね」

 今までの雰囲気から打って変わって、ベロニカは茶目っ気たっぷりに言った。
 
「勇者を守る聖地の一族のお墨付きだぜ。良かったな、エルシス。オレの読み通り、お前は世界を救う勇者だ」
「私の読み通りでもあるよ。二人が言うんだもの。疑いの余地がないよね、勇者さま」

 カミュとユリも、エルシスに笑いかける。

「二人とも……。うん、そうだ。…ベロニカ、セーニャ、話してくれてありがとう」

 エルシスは照れ臭そうに笑いながら、ベロニカとセーニャにお礼を言った。

「アンタにはまだ話したいことがいっぱいあるんだけど、その前にもうちょっとだけあたしに付き合って。もうひとり、助けてあげたい人がいるの」

 ベロニカの言葉に「あっ、ルコちゃんのお父さん!」と思い出したようにユリは言った。忘れてた……と反省するが、それはエルシスとカミュもであった。

「ええ。ここからしか入れない部屋があるはずだから、一緒に探してちょうだい」


「――まあ、どこもかしこも牢獄ばかり……なんだかものものしいですわね」
 見つけた扉に入ると、不安そうに呟くセーニャ。
「う、うぅ……」
「おい、そこに誰かいるのか?」

 薄暗いなか、聞こえた声にいち早くカミュが反応した。
 牢獄の中から気配を感じる。
 すると、一人の男が鉄格子の前に立っているのに気づいた。

「もう大丈夫よ、おじさん。あの悪い竜はあたしたちがやっつけたわ」
 ベロニカがそう鉄格子越しに声をかけた。
「アンタらが……?見かけによらず強いんだな……」
 男はベロニカたちを見て言った。
「鍵がないと開けられないわね……」
「鍵はどこだろう……?」

 エルシスが辺りを探す。ユリとセーニャも一緒に探すが、それらしいものは見当たらない。

「ねえ、アンタ。盗賊でしょ。鍵ぐらい開けられないの?」
 ベロニカに言われ、カミュは頭に手をやる。
「案外、牢屋の鍵穴は複雑なんだぜ……まあ、試してみるか」

 片膝を着くと、履いてるショートブーツの折り返しの間から細い針のような物を取り出すカミュ。

「そんな所に……?」

 カミュには驚かされてばかりだとエルシスは思った。

「身体検査はされても靴自体は調べねえからな。デルカダールの地下牢でも試してたんだが、開かなくってさ。結局一年かけて穴掘って脱出したってわけだ」
「アンタ、どういう人生送って来たわけ……」

 鍵穴に針を入れ、探りながらさらりと言うカミュに、ベロニカはドン引きした。

「デルカダールって……あんた、まさか……」
「……オレも有名人になっちまったか?」
 牢屋の中で驚く男の声に、カミュは自虐じみた笑みを浮かべた。
「お……開いた」

 そうこうしているうちにカチリと音が立ち、扉が開く。

「すごいね、カミュ…」

 ユリも驚きに呟いた。
 彼にできないことなんてないんじゃないだろうか。

「いや〜ありがてえ……もう少しであの魔物たちのエサにされるところだったぜ」
「まったく、あんなかわいい娘さんをほったらからしてこんな所で魔物に捕まってちゃダメじゃない」

 指を突きだして叱るベロニカ。

「え?アンタら、まさか、あの子を……ルコを知っているのか!?」
「あ、ルコちゃんは心配しなくても大丈夫ですよ。今、彼女はホムラの里の酒場で預かってもらってますから」
 エルシスが人の良さそうな笑顔で伝えた。
「里に戻ったら、ちゃあんとお礼を言うのよ」
 ベロニカはさらに釘を刺すように言う。

「ありがとう……オレの名前はルパス。アンタたちから受けた恩はきっと忘れねえよ」
 彼らに顔を向け、感謝するルパス。
「ルパス……?その名前。どこかで聞いたことあるような……」

 カミュがそう呟くと、明らかにルパスからぎくっと音が立った。

「そ…それじゃあオレはルコが心配だから先に行くぜ。アンタたち本当にありがとうな!」
 突如そう告げて、彼は逃げるように走り去ってしまう。
「……行ってしまいましたね」
 セーニャがその後ろ姿を見て言った。
「ひとりで大丈夫かな……?」

 ユリは心配そうに見つめながら。
 魔物がいるし、落とし穴に落ちなければ良いが。

「なんか引っかかるけど……まあ、いいわ。あたしたちもホムラの里に戻って休みましょ」

 ベロニカがそう言うと「あ」とエルシスが声を上げた。
 そして、彼は極真面目な顔で言う。

「回収してない宝箱があるから……みんなは先に帰っててくれ」

 確かに、後回しにしようと言った宝箱はあるが。

「お前ひとりじゃ危ないだろ」
「大丈夫だよ、回収するだけだし」
「私も付き合うよ。カミュがベロニカとセーニャを護衛すれば大丈夫でしょ?」

 ユリの提案にカミュは少し渋る顔をしたが、妥当かと考える。

「呆れた……。あんな戦闘の後なのに元気なのね、アンタたち。あたしたちは大丈夫よ。魔法が使えるようになったし、今までだってセーニャと二人で旅してたんだから」

 そうベロニカが言うと「はい、へっちゃらですわ」とセーニャも続けて言った。

「あたしたちは先に休んでるから、アンタたちは好きなだけ探索するといいわ。明日にでも、色々と話しましょう」
「では、皆さまお先に失礼いたしますね」

 最後にセーニャが笑顔でお辞儀をすると、二人はさっさと行ってしまう。

「じゃあ、僕たちは宝箱回収に行こうか」

 笑顔なエルシスに、二人も続く。

「落とし穴に落ちないように、勝手に違う道に行くなよ」
「分かってるよ……あんな目に合うのはもうごりごりだ。落とし穴の宝箱はちゃっかりユリが回収してくれたし」
「逃げてる最中だったけど、また戻ってくるの嫌だなって思って」
「やっぱ、お前盗賊に向いてるんじゃねえか?」
「ふふ、じゃあカミュに弟子入りしようかな」
「じゃあ、僕も弟子入りしたい」
「生憎弟子は取らない主義だ」

 最初に迷宮に入った時は警戒していた三人だったが、打って変わって和やかな会話をしながら残りの宝箱を回収していった。

 カミュは"とうぞくのはな"を利かせ、無事すべて回収し終わり(一部開かなかった牢屋の宝箱を除く)
 エルシスが"リレミト"を唱え、三人は地下迷宮を後にする。


 ホムラの里に戻ってきた頃には――、すっかり辺りは暗くなっていた。

 お腹が空いた〜と言うユリに「まずは宿屋で部屋を取らないとね」とエルシスが言って、宿屋に直行。
 昨日と同じ部屋が取れた。
 食事をしに酒場へ行けば、ルパスたちは宿屋に戻ったらしい。

 娘のルコと無事再開できて良かったと三人は安心した。

 ユリにでれでれしてた店員が近づこうとすると、カミュが睨みを利かせて追い払う。(番犬みたいだ。カミュはなんとなく犬っぽいけど、ルキとはまた違った犬種だよな。もっと野性味っぽい……)

 温泉に浸かりながら、カミュをぼんやり見てエルシスは思った。


 そして。迷宮探索で疲労したこともあり、三人は早めに眠りにつく。


 昨日の疲れもすっかり取れ――。
 ユリがベッドから起きると、いつもの「おはよう」という柔らかな声がなくて、違和感を感じた。(カミュがいない……)

 エルシスはいつものようにまだ夢の中だ。彼の穏やかな寝顔を見て、ユリは目を細めて微笑む。

 最近は悪い夢に魘されることがないようで、本当に良かった。

 ユリは静かに身支度を整えると、ホムラの里特有の竹の扉をそっと開けた。
 部屋を出て。階段を降りると。そこにカミュの他に、ベロニカとセーニャの姿もあった。

「…ん。ユリ、おはよう」
 気づいたカミュが振り返る。
「おはよう、カミュ。それにベロニカ、セーニャも」
「おはよう、ユリ」
「ユリさま、おはようございます」

 ベロニカとセーニャとも朝の挨拶を交わす。

「オレも少し前にこいつらと鉢合わせしたんだ。だが、主役がいないことにはな」

 そう言ってカミュは苦笑いを浮かべる。
 朝が苦手なエルシスだ。起きるのはもう少し後だろう。

「エルシスさまが来たら、朝食を取ってゆっくりお話しましょうか」
「まったく、お寝坊さんの勇者さまなのね」


 ――彼が起きたのはそのちょっと後だ。

「ふあぁ…………あれ。ユリもカミュもいない……」

 エルシスが起きるとそこには誰もいなくて不思議に思う。
 もそもそと起き上がり、身支度を済まして。
 部屋を出ると宿屋の人とすれ違い「お仲間の方なら食堂に行かれましたよ」と教えてくれた。

「よう、エルシス。思ったより早かったな。オレたちもちょうど集まったところだ」
「おはよう、エルシス。よく眠れた?」

 カミュとユリが続けてエルシスに声をかける。

「おはよう、みんな」
 エルシスは椅子に腰かけている全員を見渡しながら言った。
「おはようございます、エルシスさま」

 セーニャの清楚な笑顔を眺めながら、エルシスは空いてるユリの隣に腰かける。

「じゃあ、まずは朝食にしましょう」

 朝食が運ばれてきたのを見て、ベロニカが言う。
 いただきます――ホムラ特製の素朴で優しい味の朝食を、一同おいしく頂いた。


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