新しい仲間・後編

「やっと聞いてもらう時がきたわね。勇者であるアンタと、あたしたち姉妹の使命について……」

 食事も終わり、食後のお茶をいただきながらベロニカが話を切り出した。
 次にセーニャが口を開く。

「大いなる闇……邪悪の神が天より現しとき光の紋章を授かりし、大樹の申し子が降臨す……私たちの故郷に伝わる神話の一節ですわ」
「光の紋章……」

 これのことだろうか――エルシスは左手の甲を見る。

「そう。信じられないだろうけど、アンタはかつてその紋章のチカラで邪悪の神を倒し、世界を救った勇者の生まれ変わりなの。邪悪な神は倒されたはずなのに、なぜ、勇者がこの世に生を受けたのか……。それは、あたしたちにも分からない」

 ベロニカは神妙な表情を浮かべて話した。

「まさか……その邪悪な神が復活するとか……?」

 心の奥でくすぶっていた不安を口にするユリ。

「昨日のデンダーや、デルカダールのイビルビーストが言ってたっけ……。魔王がどうのって……」

 エルシスも気になっていたことを口にした。

「魔王か……。確かにあいつら妙なことを言っていたが……。だが、そんな物騒なものがほいほい復活されてもな」

 カミュは唇に人指し指を置きながら、眉をひそめて言う。

「もう、朝から暗くならないの。そんなの魔物の妄言かも知れないし……。まだ何も分からないうちに、不安になるのはよくないわよ」

 そうベロニカは主にユリとエルシスに言う。
 そうだねとお互いの顔を見合わせる二人。
 なんだかベロニカは姉のようだと思った。(現にセーニャのお姉さんだが)

「そこで、あたしたちよ。真実を突きとめるために、アンタを勇者とゆかりの深い命の大樹へ導く使者として、あたしたちが大抜てきされたってワケ」

 ベロニカが視線をセーニャに移すと、セーニャは「精一杯頑張りますわ」と微笑んだ。

「ふーん……。命の大樹か。そこに行けばすべての謎が明らかになるってんだな?じゃあ、さっさとそこにいこうぜ」

 軽い口調で言うカミュに、ベロニカははぁと呆れる。

「アンタってホント考えなしね。命の大樹って、空に浮かんでいるのよ。カンタンに行けると思ってんの?」
「聖地ラムダの導きの使者っていうぐらいだ。お前たちが責任持ってそこまで案内してくれるんだろ?」

 逆にそう返され、ベロニカはぐぬぬと口を閉じた。意地悪い笑みを浮かべるカミュに「カミュ、いじわるだよ」と横からユリが窘める。

「申し訳ございません、カミュさま。かつて、邪悪の神と戦った勇者さまは空を渡り大樹から使命を授かったそうですが、その記録も時の流れに埋もれてしまいました」

 なので、私たちでも行き方が分からないのです――そう悲しそうに言うセーニャに、さすがにカミュも責めたりはしない。
 そんなことをしたら、ユリ、エルシス、ベロニカの三人からの猛攻撃が来るだろう。

「まずはその命の大樹への道の手がかりを探さねえとか……」

 カミュは両手を組み、椅子に深く背をもたれさせながら「命の大樹、ねえ」と呟く。

「カミュ、何か思い当たらない?探し出す方法とか……」

 エルシスは紅茶のカップを持ちながら、カミュに問いかけた。
 全信頼をカミュに寄せてるエルシスは、実はカミュがどうにかしてくれるんじゃないかと大いに期待していた。
 その期待の視線に気づいたカミュは呆れ口調で口を開く。

「お前なぁ……さすがのオレも………うん?待てよ。何か分かるかもしれねえ」

 言いかけてカミュは閃いた。

「まぁっ、本当ですか!?」

 喜ぶセーニャの横で、ベロニカがテーブルに肘をついて「どうだか……」とふてくされている。幼い表情が可愛いらしい。

「さすがカミュ!どんな名案?」

 同様に喜ぶエルシスに、カミュは彼の目を見て答える。

「ああ。昨日助けてやったおっさんな、実はあいつ有名な情報屋なんだ。命の大樹について、何か知ってるかも知れねえ」
「ルパスさんなら、昨日の夜に酒場に行った時は、ルコちゃんと一緒に宿屋に戻ったって言ってたからまだいるかも!」

 ユリが両手をぱちんと合わせて言った。

「では、宿屋の方に聞いてみましょう」

 セーニャの言葉を合図に、彼らは受け付けへと向かう。
 受け付けからはなんでもルコと一緒に酒場へ向かったと言われ、朝から酒場?と頭を傾げた。
 営業時間外なのに……と不思議に思いながら五人は酒場に向かう。


「ねえ、パパ……もうかえろうよ。おみせのひとにめいわくだよ」

 酒場に着くと、ルパスの隣に座ったルコが困ったように彼に声をかけていた。

「あ!旅人さん、良いところに……なんとかしてくだせえよ、あのおっさん。朝から、酒を飲ませてくれ、生きてるって実感させてくれ!って言って、帰ってくれないすよ」

 営業時間外なのにと愚痴る店員。さすがに昨日カミュに睨みを利かされたせいか、ユリには寄ってこなかったが。
 代わりに今度はセーニャをぽーっと見つめている。
 美人なら誰でもいいらしい……。

「しょうがない、パパね……」

 ベロニカはじと目でルパスを見た。

「あ!おにいちゃん、おねえちゃん!パパをたすけてくれてホントにホントにありがとう!パパこわーい魔物につかまってたんだって。そんなのをやっつけちゃうなんておにいちゃんたち、とってもつよいのね!」

 気づいたルコがエルシスたちに駆け寄る間、カミュはルパスの後ろに近づく。

「あと一杯だけだからもう大丈夫だって。やっぱ命拾いした後の一杯はうめえよなあ……」
「よう、おっさん。ごきげんじゃねえか」

 その声にルパスは振り返る。
 そこには良い笑顔のカミュがいた。

「オレさ、おっさんのこと思い出したんだ。あんた……裏社会では結構名の知れてる情報屋のルパスさんだろ?なんでも生まれつきの不運を逆手にとって、厄介ごとに巻き込まれちゃあそいつをネタに商売してるって話だが……違うかい?」

 カミュが言い終わると目を丸くするルパスだったが、やがて観念するようにフッと笑う。

「バレちまったならしょうがねえ……。そうさ。道を歩けばネタの方から寄ってくる天才情報屋ルパスだあ、オレのことよ。そういうあんたは、盗賊カミュ。……いや、怪盗紳士カミュエルと言った方が良いか?」

 ニィと意地悪い笑みを浮かべるルパス。その名前を聞いた途端、今度はカミュがげえと表情を歪ませた。

 その名前は捨てたい過去だ。黒歴史と言える。(あれはデクが勝手につけただけあって、オレは気が乗らなかったんだ……!)

 誰にといわず、心の中で弁解する。幸いにも他の四人は、ルコたちと話をしていて聞いてないようだ。

 カミュは白旗を上げるように両手のひらを見せた。

「まいったな……さすが天才情報屋だ。あんたを牢屋から救い出した恩義に免じて、どうかその名前は忘れてくれ」

 カミュが素直にそう言うと、ルパスは勝ち誇った笑みを浮かべ、酒が入っていたこともあり饒舌に語り始める。

「オレがあの魔物にさらわれた時は、たまたま男湯と女湯ののれんが入れ替わっててな。間違えてそのまま女湯に入っちまったのさ。ラッキーだったのもつかの間。そこでオレは見ちまったんだ。人さらいの魔物とひっしで戦う姉ちゃんの姿を。加勢するはずが、オレは丸腰だったし、あっさり一緒に捕まっちまってなぁ。あとは知っての通りだ」

 ルパスの語りを聞いたベロニカが、皆に見えないよう嫌そうな顔をした。

「ところで、おっさん。命の大樹を知ってるか?命の大樹に結びつくならどんな情報でもいい。あんたが知っていることを教えてくれ」

 気持ちよく語らせたあと、カミュがそう尋ねた。ついでにそのオチョコに酒を注いでやれば、ちょろいものだ。

「ほう……命の大樹とはデカいターゲットだな。いいだろう。アンタたちは命の恩人だし、とっておきのネタを教えてやる」

 再び、ルパスは語り始めた。とっとと本題に入ってほしいが、カミュは黙って耳を傾ける。

「ホムラに来る前、南西の砂漠の真ん中でオレとルコは熱中症になっちまってな。不幸にも死を覚悟したその時!」
「……。ルコちゃん、大変だったね」

 その話を聞いて、エルシスは暖かい目でルコを見た。「小さいのにえらいね」とユリもルコの頭を撫でる。

「砂漠の大国サマディーの兵士が、運よく通りかかってオレたちを城に運んで介抱してくれた。意識を取り戻したその時、オレは見ちまったのさ!城の中に飾られたキラキラと七色にかがやく枝をな……!オレの目にくるいはねえ。あれこそが命の大樹!……の枝だと思うぜ」

 ……………枝。

 うさんくさいとカミュは怪訝に思ったが、双子は違うらしい。

「まぁっお姉さま。お城の中に七色にかがやく命の大樹の枝ですってっ!?行ってみる価値はありますわ!」
「そうね。枝とはいえ、命の大樹。ずっとかがやき続けてるってことは、勇者を導いてくれるに違いないわ!」

 確かに何にも見当がないなか、枝だけでも重要な手がかりかも知れない。

「ありがとう、カミュ!お手柄だ」
「これからの旅もカミュがいれば安心ね」

 エルシスとユリの二人にそう褒められれば、へへと得意気に笑うカミュ。

「…………むー」

 その様子を、ぷっくりした頬をさらに膨らませ、くやしそうにカミュを見るベロニカの姿があった。

「まぁ、やきもちですか?お姉さま」
「誰によ!?じゃなくて、誰が!」

「……なぁ、おっさん。あと、こいつについて何か知ってることはないか?」

 カミュはユリの肩に手を置いた。

「その美人のお嬢さんかい?…いや、知らねえな」

 うーむと首を傾げるルパスに、カミュは「ありがとな」と礼を言う。
 念のために聞いたが、空振りだったようだ。

 ルパスに改めてお礼と注意(特にベロニカが)し、ルコに手を振る。
 あまり長居すると迷惑になるので、酒場を一旦出ることにした。

「それでは皆さま、ひとまずサマディーに向かいましょう」

 そう真っ先に言うセーニャは意外に行動力があるのかも知れない。そう、思いながらエルシスはでも…と返す。

「サマディーへの関所には通行手形がないと行けないらしくて、僕ら持ってないんだ」

 エルシスのその言葉を聞くと、ベロニカはふふんと得意気に笑って、彼にある物を手渡す。

「コレがあれば、サマディー王国に繋がる関所を通れるわ。アンタに預けておくわね」

 エルシスはホムスビ通行手形を手に入れた!

「ありがとう、ベロニカ!これで問題解決だ」

 喜ぶエルシスに、ベロニカも嬉しそうに笑った。

「あたしたち、サマディー王国からホムラの里に来たのよ」
「ええ。少し寄っただけですが、とても楽しげな所でしたわ」

 セーニャの言葉にユリは「楽しみだね」とエルシスとカミュに言う。

「エルシスさま。それに、ユリさまにカミュさま。これから先、長い旅になると思いますが、私たち姉妹をどうかよろしくお願いいたします」

 セーニャが改めて三人に挨拶する。

「まだまだ未熟な勇者だけど…よろしく。ベロニカ、セーニャ」

 エルシス。

「ふふ、旅が賑やかになるね!よろしくね、ベロニカ、セーニャ」

 ユリ。

「おう」

 カミュだけ短いが、彼なりに新しい仲間を受け入れているようだ。

「カミュ」

 突然、ベロニカが彼の名を呼んだ。カミュの視線が彼女に移る。

「アンタがたまには役に立つのは分かったし、ちょっとだけど…見直したわ」

 そう言うベロニカに「まあ、お姉さま」とセーニャが言い、エルシスとユリも嬉しそうに顔を見合わせる。

 ……も、束の間で。

「でも!あたしはまだアンタを認めたワケじゃないわ。勇者の仲間に盗賊なのはもってのほかだし、同行する理由も怪しい!」

 ぴしゃりとそう言うベロニカに、打って変わってあちゃー……とエルシスとユリは戸惑う。

 それは、エルシスが起きてくる前に、ベロニカが二人に「エルシスとどういう経緯で旅をしてるのか」と聞いた返答についてだった。(まあ、ベロニカがそう思うのも無理はねぇな)
 カミュは心の中で自虐する。

「そ…それを言うなら、私は身元不明の記憶喪失者だよ」

 カミュを庇うようにユリがそう言った。
 これにはベロニカもたじたじになる。
 別にユリを批難したいわけじゃない。

「ア、アンタは良いのよ。初めて会った時からアンタはちょっと不思議な感じがするの」

 ベロニカがそう言うと、「私も感じましたわ」とセーニャも同意した。

「嫌な感じはしないし……むしろ……ううん、とにかく!あたしもユリが何者か気になるし、アンタの記憶探しを手伝ってあげる!」

 ユリは戸惑いながら「あ、ありがとう」と一応礼を言う。

「でも、カミュ。アンタは違うわ。ユリとは決定的に違うこと――何か隠している」
「ベロニカ、僕は……!」

 慌てるエルシスに、ベロニカは首を振る。

「エルシス。こういうことははっきりさせた方がいいわ。あとあと揉めるよりはね。これは、ただの旅じゃないんだから」
 
 勇者の使命を探す旅――ベロニカはそう言った。

 確かに、ベロニカの言い分は筋が通っている。ラムダの勇者を導く使者として責任感が強いのだろう。正論だと思う。(だけど、僕はカミュを信じている。何よりカミュが、僕を信じてくれた)

「カミュ。せめてアンタの旅の目的を聞かせて」

 ベロニカの真剣な問いに、今まで沈黙していたカミュが口を開く。

「旅の目的は言わねえ」
「……ちょっと、アンタねえ……!」

 さらりと言ったカミュに、ベロニカが呆れる。ここまで言ったのにと。

「これはオレの問題だ。……お前たちには関係ない」

 そうはっきり言った声は真剣で、突き放すような冷たさがあった。
 お前たち――それはエルシスもユリも含まれると分かる声だった。

(触れられない。壁みたい……)

 ユリは悲しくなった。カミュが話したくないならそれでも良いと思っていた。
 エルシスだってきっとそうだ。
 だが、それを、こんな風に拒絶されると――悲しくて、苦しい。

「……だが、ひとつ訂正したいことがある」
「……なによ」
「オレはもう盗賊じゃねえ」
「はぁ……!?」

 盗賊じゃないとはどういうことだろう。その場いる全員が不思議に思っていると、盗賊業は廃業だとカミュはおもむろにエルシスの肩に手を置く。

「今はこいつの相棒だ」

 にやりとカミュは笑った。あんぐりとするベロニカ。エルシスも一瞬驚いたが、すぐに続けて言う。

「そうさ。カミュは僕の自慢の相棒だ。『元』盗賊の頼れる、ね」

 いつもは綺麗な笑顔を見せるエルシスが、いたずらっ子のような笑みを見せた。
 これにはベロニカは降参というように肩をすくませる。隣ではくすくすと笑っているセーニャ。

「それに……」

 カミュは次はユリの頭にぽんと優しく手を置く。

「こいつと約束したからな。オレは隠し事はするが、約束は破らねえ」

 そうユリの髪をとくように軽く指を動かす。
 ユリの顔が赤くなり。
 ベロニカの顔が砂を吐くような顔をした。まだ砂漠に来ていないのに。

「………………分かったわ。アンタの同行は認めてあげるわ。でも、全部じゃないからね!」
「……。むしろ、さっきから思ってたんだが、別にオレはお前に認られ……」
「エルシス、ユリ!これからはあたしがアンタたちを守ってあげるから安心なさい!特にユリ。カミュに手を出されたらあたしにすぐに言うのよ!」
「手?」
「聞いちゃいねえし、ユリに変なことを吹き込むんじゃねえ!」


 ――なんて、楽しい旅になりそうなんでしょうか!

 セーニャはその様子をにこにこと眺めていた。
 姉のベロニカが口ではああ言ったのは建前で、本心ではカミュのことを認めているのは分かっていた。
 ただちょっと、仲間の女の子だけでなく、勇者さまからもあんなに信頼されてるのがくやしかっただけなのだ。
 
「一件落着したところで、さあ、皆さまサマディー王国に向かいましょう!」

 心を踊らしているのを表すように、駆け出すセーニャを「まだ、砂漠対策の準備をしてねえ!」とカミュが慌てて引き留めた。





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ベロニカとセーニャが仲間になった!

この辺りで確かカミュの肩書きが盗賊→相棒になってたはず。
カミュエルはSwitchのドラマボイスからです。次回もSwitchネタとして、少し声ネタがあります。


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