こんなんでよく砂漠が越えられたな――とカミュが聞くと、ちょうどホムラの里に買い付けに行く商人の荷台に乗せてもらったとセーニャは答えた。
酒場にてマスターが最近商人が来たばかりだと言っていたが、それにこの双子が乗って来たのかと気づく。
「馬を買いに行くぞ、エルシス」
思わぬカミュの言葉に、エルシスはぽかんとしたが、すぐに目を輝かせる。
エルシスは馬が好きだ。
目が優しくて可愛いし、乗って走る爽快感は何物にも変えがたい。
ふと、デルカダール城下町で預けたままの、ダンから授かった芦毛は元気だろうかと思いを馳せる。
エルシスがファルシオンと名付けた馬。
さすがに悪魔の子が乗っていた馬だからと処分されないだろうし(そもそも分からないだろうが)今も元気に過ごしていてほしいと願う。
ユリとベロニカ、セーニャの双子たちには道具類の買い出しを頼んでいた。
今まであまり気にしてなかったが、女子には女子の必要な物があるかも知れない。
一方、エルシスとカミュは、別に食料や水など、砂漠越えに必要な物を買い出しに来ていた。
何が必要か、どれぐらいの量が必要かはカミュが考えてくれるので、エルシスはほぼ荷物持ちになった。
財布の紐を握ろうにも、いつの間にかカミュの手の中だ。(君、盗賊転職したんじゃなかったっけ……まあ、良いけどさ)
一通り買い出しを終えた頃に、カミュは冒頭の言葉を言った。
「馬って……全員分?」
エルシスは首を傾げて聞く。
「バカ言え。そんな金も、そんな頭数も小さな里じゃいねえよ。買うのは一頭だ」
カミュは言葉遣いは粗暴だが、笑いを含めて言ったので、存外にその言葉はきつくは聞こえない。
そもそもカミュの声質からして柔らかいので、低く声を出す時以外はきつく聞こえたことはなかった。ユリいわく「カミュってイケボだね」と謎の言葉を言ってたのを思い出す。(僕ってどんな声をしてるんだろう……僕はそのイケボじゃないのか…?)
そう考えていたら、自分の声が気になってくる。
自分が聞こえる声と他人から聞こえる声は違うらしい。
どうでもいいことだが気になってしまい、エルシスはカミュに聞くと「はあ?」と怪訝な顔をされた。あとでユリに聞いてみるか。
(ユリは顔に似合う可憐な声だと思う。たまに出る独特な言い回しが彼女らしい。ベロニカは子供らしい高い子だけど、元の姿もそうなのだろうか。口調は大人そのものだけど。セーニャも見た目通りの清楚な声だ。それに言葉遣いもすごく丁寧で……)
「お前、どうでもいいこと考えてるだろ?」
カミュに見透かされてエルシスは苦笑いを浮かべた。何故こんな思考になったのか、エルシスにも分からない。
「馬を買う理由だけど……ベロニカはいくら中身が大人だからと言って、あの姿で砂漠越えは無理だ」
はっきり言うカミュの言葉にエルシスはうーんと顎に手を当て考える。
心配をしていないというわけではないが、やはりベロニカは普通の子供とは違う。
しっかり歩けるし、魔物と戦えるし、魔物から攻撃を受けても明らかに普通の子供より耐性があるように感じた。
それなりのレベルがあるということだろう。
「ベロニカだけがじゃなくてオレたち含めてだ。その辺の平原や山道なら問題ねえ。だが、砂漠は勝手が違う。ホムラの里からサマディー王国まで道のりは砂砂漠で、足は取られるし…何より強烈な陽射しが絶えずそそぐ場所だ。おチビちゃんのペースで歩くのは負担がかかる」
カミュの説明に、エルシスは確かにと納得した。
「ベロニカが悪いというわけじゃねえ。本当に悪いと思ったら置いてくしな。ユリやセーニャの体力も心配だし、交互に乗れば安心だろ?」
最初からカミュの提案にエルシスは異論はない。(本当に置いてく気なんてないクセに。だからこうしてみんなが安全に旅できる方法を考えてくれてるんだろ?)
「カミュってほんっと優しいよね」
「……寝ぼけたこと言ってねぇで、さっさと馬選べ。お前ならどの馬が良いか分かるんじゃないか?」
カミュに急かされ、エルシスは馬たちを眺める。さあ、どの子が良いかな――一頭ずつ見て行った。
正直ぱっと見で馬の良し悪しは分からないが、カミュが自分に選ばせてくれたのだ。
期待はしてないだろうが良い馬を選びたい。
「この栗毛が良いな」
エルシスは栗毛で額から鼻にかけて白い模様がある馬の首を撫でる。
「へぇ、理由は?」
「ほら、この子、人懐っこいし。黒鹿毛のこっちの子でも良いかなって思ったんだけど、黒は陽を吸収するっていうから暑くて可哀想だしな…。あとはカン」
「なるほどな。おっさん、この馬くれ」
カミュは代金を支払い、エルシスは馬の手綱を手に取った。
「よろしくな。名前なににしようかな?」
そうエルシスが言うと、「おいおい」とカミュは制止した。
「場合によったらサマディー王国で売っちまうんだから、情が移ることはやめろ」
「えー!もう情が移っちゃたんだけど」
馬で行けない所もこれから先行くかも知れねえだろ?とカミュはあくまでも砂漠を越えるための手段だと、エルシスに伝えた。
馬を引き連れ、女性陣と合流すると「わー!馬ねっ」とユリを筆頭に「可愛い」やら「どうしたの」やらきゃきゃと声が飛び交う。
ずいぶん華やかになったなぁとエルシスは思う。
砂漠を越える時にベロニカに乗ってほしいという主旨をやんわりとエルシスが伝えると(お前から言えとカミュに言われた)案外ベロニカは素直に頷いてくれた。
子供扱いしないでと怒るかなと思ったが、自身で移動してないといえ、彼女も一度は砂漠を越えてるのだ。
どういう所か分かっているのだろう。
準備が整い、いよいよ出発──の前に、ベロニカがエルシスとユリに魔法を教えてくれるらしい。
「エルシス。とっても便利な移動魔法を教えてあげるわ。それに……そうね、ユリも覚えられそうだから、アンタにも」
ベロニカはエルシスとユリを呼び寄せる。
「アンタはだめよ。才能ないから」
カミュは「言われなくても知ってる」と返し、ことの成り行きを見守った。
「ん〜〜〜えいっ」
ベロニカが何やら二人に魔力を注ぎ込むと、ぽんっと二人の頭に呪文が浮かんだ。不思議な体験だ。
エルシスとユリは"ルーラ"の呪文を覚えた。便利な魔法を教えてもらったと二人は喜ぶ。
「……これで、よしっと。そのルーラの呪文を唱えれば今まで訪れた町にすぐ移動できるの。ちなみに私は魔力を吸い取られた時に、リセットされちゃったみたいで……アンタたちをサマディー王国へ連れて行ってあげることも、他の町に行くこともできないの」
そうベロニカは残念そうに言って、すぐに「自力で頑張りましょう!」と笑顔を見せた。
彼らはサマディー王国へ向かう為、ホムラの里に別れを告げる。
行きとは違い、二人増えた仲間。
なんだかんだ予定より長く滞在し、色々なことが起こり、思い入れも深い里になった。
(次はいつ訪れるだろうか……)
「温泉に入りたくなったら、すぐルーラで行けるのね」
そのユリの無邪気な言葉が、エルシスの感傷は無に還した。(そうだ、ルーラをさっき教えてもらったばかりだったんだ……)
サマディー地方はここから南西だと一度通ったことがある双子が道を教えてくれる。
荒野のほこらとは反対の道だ。
ユリが引き馬をし、エルシスとカミュが前衛。セーニャとベロニカが後衛で魔物がはびこるなかを、まずは関所を目指して歩く。
途中遭遇した魔物に対し「あたしの魔法の威力を見せてあげるわ!」「いや、この辺の雑魚はいいから砂漠で張り切ってくれ」とカミュに真顔で言われて、ベロニカはむくれた。
確かにこの先を考えて魔力温存は大切かと、エルシスは「砂漠まで魔力節約でー」と歩きながら声をかけた。
「いい子だね」
引き馬担当になったユリは、歩きながら馬の首を撫でて褒める。馬はつり橋にも怖がらずに大人しくついて来てくれた。
さすがエルシスが選んだ馬だとユリは思った。
訓練をされているとは思うが、目の前で戦闘を行われても平気で、ユリが隣で矢を放っても無関心だ。
(カミュはだめって言ったけど、名前をつけたいな。ホムラの里で飲んだ果実酒に毛色がちょっと似てるから……。確かあの柑橘の名前は……オレンジ?)
ユリが名前を悶々と考え始めた頃、白い関所が見えて来た。
この辺りの岩山は赤い色をしており、エルシスいわく鉄分が多く含まれているそうだ。なぜ彼が詳しいのかというと、ホムラの鍛冶屋で教えてもらったからである。
「これで鉄の剣が作れる!」
石の摂取場所から『てっこう石』を手に入れ、エルシスはほくほく顔だ。
すっかり鍛冶に夢中である。
道中もしっかり素材集めをしており、カミュもたまに魔物から盗んで貢献していたり。
そういうユリも『みがきずな』を拾った。
これは素材だけでなく剣など武器を研くのにも適してるそう。
剣を使い始めたユリは、暇な時でもカミュに教えてもらおうと思った。
カミュは短剣の手入れが趣味なようで、キャンプ中によくその姿を見かけるからだ。
「面白い形……」
さらに進むと、辺りの岩は不思議な形をしている。
雨風にさらされて出来たのか、まるでぼこぼこした塔のような岩をユリは見上げた。
「自然のアートだな」とカミュが言うと、すぐさまベロニカから「かっこつけちゃって」と言葉が飛んでくる。
「あの二人、なんだかんだ仲良しだね」
その様子を見て、ユリは隣を歩くセーニャに話しかける。
「ええ。お姉さまなのに、お姉さまが妹に見えてしまいますわ」
ふふと笑い合う二人。そこだけ癒しの空気が流れているようだと――エルシスはこっそり思った。
「……なんだ、お前たちは?ここから先はサマディー王国の領地。先に進みたくば通行手形を見せろ」
関所の門番に、エルシスは双子に貰ったホムスビ通行手形を見せる。
「ふむ……。確かに通行手形に間違いない。よし、通ってよいぞ」
無事にエルシスたちは関所を通過した。
「なんとなく関所を越えただけで、空気がカラっとしてるな……」
ホムスビ山地とは違う空気をエルシスは感じる。
それに伴って日差しも強くなって来たようだ。一番陽が高い時間帯なのもあるだろうが。
「乾燥した空気はお肌に悪いのよね……」
ベロニカが年頃の悩みを呟いた。
「せっかく温泉に入ってつるつるになったのですが……これではすぐに効果がなくなってしまいそうですわ」
セーニャも憂いを帯びた表情で、頬に片手を当てて話す。
「二人とも、女子力高いんだね……」
感心するユリに、ベロニカは不思議そうな顔で彼女に聞き返す。
「ユリだって旅してるとは言え、お肌のお手入れぐらいしてるでしょ」
「したことない……」
ユリの言葉に驚く二人。興味がないことはないが、する暇がなかったというか、余裕がなかったというのが現状だ。
「アンタ、今のセリフ。世の女性の大半は敵に回したわ」
「えー?」
「ユリさまの美肌は生まれもったものなのですね」
「美肌っていえば、私はエルシスだと思うけどな……」
ユリの言葉に一同の視線は前方へ……カミュと話ながら歩く、エルシスの横顔に注がれる。
「あれは…、まさに女泣かせだわ……」
「やはり、勇者さまという特別な存在だからでしょうか。髪もサラサラで、お肌もお顔も綺麗ですし」
「でも、エルシスはそう言われるのが嫌みたい。ちなみに髪がサラサラなのは元からだって」
「究極の女泣かせね!セーニャはまだいいわ。アタシなんて癖っ毛がすごいから毎日こうして編んでるというのに」
「三つ編み、ベロニカに似合ってて可愛いよ」
「私もお姉さまも、身長も体型も髪色も一緒だったのに髪質は小さい頃から違ってましたわね。あぁ、でも、私もあんなサラサラ髪羨ましいですわ……一日だけで良いのでエルシスさまになってみたいです」
セーニャはうっとりと前を歩くエルシスを見つめた。
正確には、サラサラと揺れるエルシスの髪を――。
「……めちゃくちゃ会話聞こえてるんだけど」
エルシスは気まずそうな顔で言った。
前を歩いてるからといって、距離があるわけではない。
三人の会話はばっちりと聞こえている。
彼女たちは気づかないのか、気にしないのか……後者だろう。きっと。
「……諦めろ」
隣を歩くカミュはそう一言だけエルシスに言った。「はは!お前良かったな。好き勝手褒められてるぜ」なんて笑えない。
明日は我が身だ。
最初はユリが女子に混じって会話しているを見るのは新鮮で面白かったが、彼女は自分たちと話すときと何ら変わらないと気づく。
カミュは気をまぎらわすために、地図を広げた。
「この荒野をこのまま進めば砂漠地帯に突入だな。たぶん砂漠のキャンプ地は予想としてはこの辺りにあるはずだ。まずはここを目指すのが目的だ」
「そうか、分かった」
地図で見る限りでも、砂漠地帯は岸壁に囲まれた広大な地帯だと分かる。
砂漠とはどんな所だろうか。
砂漠でも種類があるらしく、これから通る道は砂だらけの砂砂漠というらしい。
他に暑いというのは知ってるが、16年間、エルシスは村から出たことがなかったのだ。すべてが未知である。
カミュに実際に砂漠には行ったことがあるのかと聞いたら「暑い所にわざわざ行くかよ…」と嫌そうな顔と共に返ってきた。
すでに暑さにげんなりしているようだ。(確かに気温が上がった気がする……カラっとはしてるけど)
荒野を越えて、開けた場所に出ると、砂漠の風景が彼らの目に飛び込んできた。
砂、砂、砂と。当たり前だが、地平線は砂の山で埋まっている。
圧巻と言えば圧巻の景色だが、今からあそこに行き、あの砂山を越えるとなると、確かに途方に暮れる。
「一面、砂だけなんだね」
「砂漠だからな……」
「なんだかゆらゆらして見える?」
「暑いからな…。蜃気楼ってやつだ……」
ユリの言葉にカミュが、遠い目をして答えた。
「――行こう」
エルシスはその一言と共に、乾いた大地に足を踏み入れた。
まだ砂混じりの堅い大地だが、すぐに足が砂に埋もれるだろう。
「これ、なんだろう?面白い植物……」
さっそくユリが興味を示した。
緑色のトゲトゲした植物で、丸っこかったり長かったりと様々な形をしている。
「ああ、それは……」
「サボテンですわ、ユリさま」
カミュが答える前に、隣にいたセーニャが答えた。
「砂漠地帯特有の植物で、水が少なくても強く育ち、とても可愛らしい花を咲かせるんです」
そうセーニャはすらすらとユリに説明する。
ベロニカが攻撃魔法なら、セーニャは回復魔法が得意で「魔法だけでなく薬師の知識にも精通しているのよ」と自慢気に言った。
植物や薬の類いにも詳しいと。
「すごいね、セーニャ!回復のエキスパートね。ベロニカも、魔法についてすごく詳しいし」
「ふふん。ユリは確か記憶喪失で、魔法も忘れてしまったのよね?思い出すより覚えた方が早いかもね。あたしが教えてあげてもいいわよ」
「本当に!?」
「ええ。このベロニカさまが直々に教えてあげる。ユリは筋が良さそうだし、すぐに覚えると思うわ。師匠と呼んでもいいわよ?」
「ありがとう!ベロニカ師匠!」
……なんだありゃあ。カミュは顔をしかめた。(ユリのやつ、ベロニカに良いように手懐けられてねえか?)
ユリは二人と楽しそうに笑っている。
先ほどのユリの問いかけに、いつもなら答えるのはカミュの役割だった。
セーニャはカミュの知識よりも遥かに上回る説明をし、今後もそういう場面が増えるだろう。
カミュの知識にも限界があるし、分かっている。
問題は、それを少し寂しいと感じてしまった自分だ。つまりは自己嫌悪。
「そこのお嬢さん方ー!そろそろ進むよー」
エルシスの呼び掛けに三人娘は「はーい」と足を進める。いつの間にかエルシスは女性陣の扱いが上手くなっている。
彼は無自覚女タラシだと、カミュはこっそり思った。
「サボテン、僕も初めて見たよ」
「アタシたちもこの地域に来てから初めて見たのよ。ね?」
「ええ、図鑑では知っていたんですが、本物は初めてで……乗せていただいた商人さまに少し止まっていただき、つい観察をしてしまいましたわ」
そう他愛ない会話をしてる三人をよそに、後ろでユリが何やら馬に手こずっている。
「こら、オレンジ!」
どうやら馬が草を食べようとして動かないらしい。
やれやれと、カミュは何も言わず反対側から馬の手綱を掴み引っ張ってあげた。
「あ、カミュ。ありがとう」
そのまま二人は、馬を間に歩いていく。
「……オレンジって?」
「ぎくっ」
「オレは情が移るからやめろって言ったんだ。エルシスだってつけてないぞ。後々つらくなるのはお前なんだからな……」
「……仮の名前!だって名前がないと呼ぶ時に不便でしょ?」
馬越しにユリを見ると、何故か得意気な顔をしている。……ったく。
「…なんでオレンジなんだ?」
「ホムラの酒場で初めて飲んだ果実酒から。あれに使われてた果実がオレンジなんだって」
おいしかったなとユリは思い出して笑顔になる。
カミュには甘くてジュースのようで口に合わなかった記憶しかない。(そういえば、間接とか全然気にしてなかったな、こいつ)
「ねえ、カミュ。サボテンって食べられるんだって。おいしかったってさっき師匠とセーニャが言ってた」
どんな味なんだろうね?とユリは馬越しにカミュに期待の視線を送る。花より団子め。
「サボテンなんて調理したことねえよ」
「カミュなら料理上手だから大丈夫だよ!絶対おいしく調理してくれる」
うふふとご機嫌に笑うユリ。
彼女はすっかりカミュに胃袋を掴まれているらしい。(掴ませるモノが違うだろうが……)
「機会があったらな」
カミュは乾いた砂混じりの風にため息を乗せた。
――道なき砂の海原が、すぐそこに迫っている。
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ゲームのフィールドでは砂上地帯な感じですが、書き手の趣味によりがっつり砂漠になってます。良いですよね、砂漠。砂漠好きです。