オアシス

 超巨大ウイングスネークをベロニカのとどめで倒し、疲労感を抱えて彼らは砂漠をさらに進む――。

「どうよ、カミュ。あたしの魔法の威力は?」
「わりィ、お前の相手してる体力ねえんだ……。話しかけんな」
「はあぁ!?………」

 ベロニカはカミュの返答にむかっときたが、本当に元気がないと分かると口をつぐんだ。
 だが、最後の言葉は余計である。(ホント口の減らない男ね!)

「…でも、あの超巨大ウイングスネークはなんでこんな砂漠にいたのかしら?」
 ベロニカは首を傾げる。
「元々はあんなに大きくないの?」
「ええ。あんなの規格外中の規格外よ!ウイングスネークは百年生きるって聞いたけど、長生きするとあんな大きくなるのかしら……」

 ユリの質問に答えたベロニカは「うーん、研究心が疼くわ」と、考え始めた。

「もしかして、ここら辺に魔物たちがいないのはあいつが暴れてたせいなんじゃ……」

 ベロニカの後ろで、エルシスは砂漠を眺めながら言う。
 回復魔法で治らない傷を負ったエルシスは、セーニャによって強制的に馬に乗せられていた。

 それは、戦闘が終わってすぐの話だ――

「エルシスさま。回復魔法はすべての怪我や傷を癒せるわけではなく、限界があるのです。あなたの負った怪我は、私の回復魔力が高ければ……あるいは上位の回復魔法を覚えていたら、癒せたかも知れません……」

 そう自分に責任を感じて言ったセーニャを、エルシスは責めるつもりなどまったくもってない。
 自分が油断していたのが悪かったし、不可抗力でもあった。

「セーニャの責任じゃないよ。ここまで回復してくれてありがとう。セーニャがいるから、僕たちは安心して戦えるんだ」
 エルシスはにこりと微笑み、ユリやカミュも同意を示す。
「皆さま……ありがとうございます。もっとお役に立てるよう、私、頑張りますわ」

 セーニャはそう綺麗な瞳に涙を潤ませ、微笑んだ。それを、姉のベロニカが暖かい眼差しで見守る。

「では、エルシスさま。私の代わりに馬に乗ってくださいませ」
「いや、僕は大丈夫だよ。痛みも引いてきたし……」
「だめです!!エルシスさまはご自分のことも気になさってください!私はちゃんと歩けます!さあ、エルシスさま、馬上にどうぞ」

 セーニャは普段はおっとしているのに、そう強く言われ、最後はにっこりと押しきられれば……エルシスは「はい……」と大人しく馬に跨がるしかない。

 手綱を握り、自身で馬を歩かせ――今にいたる。

 背の高いエルシスが馬に跨がると、多少視野が広くなった。
 見渡す限り、魔物の姿はいないようだ。

 むしろ、砂しか………………

「――カミュ。小さな泉があるよ!草木も生えてる!」

 エルシスは歓喜の声を上げた。
 それにカミュは「あ…?」とだるそうに顔を向ける。
 先ほどの戦闘が心身ともにキてるらしい。

「お前……それ、蜃気楼を見てるんじゃねえか?」
「蜃気楼?」
「熱気の作用で遠方の風物が見える現象」

 カミュが簡単に説明すると「でも」とベロニカが口を挟む。

「蜃気楼って遠目に見えるんでしょ?あたしにも見えるわよ。すぐそこに――オアシスが」

 ベロニカの言葉に「マジか!」とカミュが声を張り上げる。「エルシス、すぐそこに行くぞ!」

 急に元気になったカミュに、エルシスはくすりと笑うと「了解!こっちだ」と案内した。


 砂の山を降った先に、瑞々しく輝く緑が目に入った。
 その草木に囲まれ、美しい水色をした泉がそこにある。

 まさに、砂漠のオアシスだ。

 今まで砂の乾燥した色しか目に入らなかったので、鮮やかな色が眩しい。

 たどり着いた彼らはほっと一息つく。

「癒される………」
 ユリが木陰の中でふぅと息を吐き出し、呟いた。

 先ほどの戦闘で砂漠という環境もあってか、どうも二回のれんけい技を使った精神的疲労を感じる。
 今まであまり感じていなかったが、特殊な技ゆえ、それなりに負担もかかるらしい。

「ちょ…ちょっとアンタ!レディの前で何してんのよ!?」

 ユリはベロニカの驚く声に顔を上げた。
 見ると、カミュが上半身裸になっている。
 ユリが驚いて赤面する暇もなく、彼はそのまま泉に飛び込んだ。

「アンタ……いくら暑いからって、下の服は濡れるじゃない」

 脱がれても困るが。
 そうベロニカが指摘すると、カミュは「この暑さじゃ歩いてりゃあすぐ乾く」とさらりと言って、顔を濡らした。…確かに。

「エルシス!お前も来いよ。水は温いが気持ちいいぜ」

 カミュが声をかける前から。
 馬がごくごくと水を飲んでる横で、エルシスは服に手をかけている。

「今行くー!」

 その元気な様子を確認し、エルシスは安心すると泉に飛び込む。
 カミュに見習って靴を脱ぎ、上半身は裸だ。

「うわっ気持ちいい!」
「そういえば、お前。怪我は大丈夫なのか?」
「うん。たぶん打ち身みたいなもんだと思う。骨は折れてないよ」
「折れてたらまず痛みで動けねえからな…。まあ、無理すんなよ」

「男っていいわね……。あーあたしも水着があったら入ったのに」

 水浴びを楽しむ二人を背に、ベロニカは残念そうに言った。
 男の水浴びを眺める趣味はもちろんない。

「ふふ。お二人とも楽しそうですわね。でも、お姉さま。木陰があるだけでもずいぶん楽ですわ」
 セーニャは深呼吸をする。
「そうなんだけど…………って、ちょっとアンタまさか!?」

 ベロニカはぎょっとしてユリを見た。

 重ね着の服を脱いで、一枚になり。最後に靴を脱いでいる。
 ユリは「私も水浴びしてくる!」とベロニカが止める前に笑顔で行ってしまった。

「では、私もご一緒に……」
「アンタはやめときなさい」

「――エルシス、カミュ!」
「ユリ!?お、お前……!」

 笑顔で水を掻き分けやってきたユリに、カミュは動揺する。

「水浴び、気持ちいいね」
「なんで来たんだ!?服が濡れるだろ!」
「?だってカミュが歩けば乾くって」
「言ったがっ、お前は女だろ!?」
「?だから、服を着て……」
(だめだ……全っ然、会話が成り立たねぇ)

 カミュが落胆してると「ユリだって暑いんだよ。別にいいじゃない」とエルシスはさらりと笑顔で言った。
 彼にもカミュの真意が伝わっていなかった。

「お前……本当に分かんねえのか?」

 小声で訝しむカミュに、エルシスは「?」としてから、リラックスして腕を伸ばすユリを見た。「っ!?」やっと気づいたらしい。

 これは…………あかん。

 濡れたことによって、一枚しか着てない服がピタリと肌にくっついてしまっている。
 透けてはいないが(中に黒の薄着を着ているようだ)そのユリの女性らしい身体のラインがばっちり分かる。

 確かにすぐ乾くだろうが、その間、目のやり場に非常に困る。自分たちが。
 エルシスは横を向いてユリを見ないように言った。

「ユリ、やっぱりだめだ。早く上がってタオルで拭いた方がいい」
「エルシスまで……」

 ユリは不満に思ったが、カミュに急かされ渋々と泉から上がった。

「……早々に戻ってきたのね。ほら」
「よく分からないけど、二人に追い出された…」

 ありがとうとベロニカからタオルを受け取る。

「……まあ、紳士なら当然の対応ね。アンタ、自分の格好を見てみなさいよ。服が濡れてぴったり張り付いているでしょ」
「!!…………うあぁ」

 ユリはそう言われて初めて気づき、その場にしゃがみ込んだ。なんてことを!(だから、二人は困ってたのね…。恥ずかしすぎる……)

「はあ。そういうところ、無防備っぽいから気を付けなさいよ」
「……はい……」

 ユリは素直に返事し、落ち込む彼女の頭をセーニャがしゃがんでよしよしと撫でた。

「あらあら!賑やかだと思ったら、こんな可愛らしいお嬢さん方がいらしたのね。女性だけで旅とは大変でしょう?」

 そんな時、三人は木陰から女性に声をかけられた。
 どうやら姿からして商人のようだ。

「お気遣いありがとうございます。私たちだけでなく、あちらの男性の方々ともご一緒に旅をしてますので、大丈夫なんです」

 そうセーニャは女性に丁寧に返す。

「それなら安心だわ。でも、ダメよ。そんな格好じゃ、砂漠を越えるには危険だわ。熱中症になっちゃうわよ?」

 女性の言葉に、三人は自分たちの格好を見た。

「良かったらあっちにアタシたちの店があるからいらっしゃいな。砂漠を越える旅人のためにここで商売してるの。アナタたちの服も素敵に見繕ってあげるわ」

 パチンとセクシーにウインクする女性。
 三人は顔を嬉しそうに見合わせ、女性に案内された。

「ねえ、アンタたち!あっちにお店があるみたいなの。あたしたち行ってるわね!」
「へぇ、キャラバンかな。オレらも行ってみるか」
「うん。砂漠の中にあるお店なんて気になるしね」

 二人は泉から出ると、そのまま服を着て、三人の後を追う。
 エルシスは馬を見ると、大人しくむしゃむしゃと草を食べているので、この場に置いていっても大丈夫そうだ。


 二人が店に着くと、すでに女子三人はきゃっきゃと服を見てはしゃいでいた。

 キャラバンではなく、この場に店を構えて、砂漠の旅人相手に商売をしているのだと――店主らしき男は話す。

 確かに旅人にはありがたいが、そこまで通る者も多くないだろうし、こんな辺鄙な場所でやっていけるのかとカミュは疑問に思った。

「あらぁ、おにいさんたち……イイオ・ト・コ」

 二人にすり寄る商売の女に、エルシスは苦笑いを浮かべる。
 女性陣の視線が痛い。
 カミュにいたっては「寄るな、触るな」と手を振り、冷たくあしらっている。
 女性に対しても容赦なく断るのだとエルシスは少し驚いた。

「ささっおにいさんたちもぜひこちらに!男性用の砂漠に適した服もあるんですよ」

 そう店主に背中を押されて、武器や防具が飾られたテントに二人は入ると――。

「良い度胸だなぁ?おい」

 突然、カミュが店主の腕を素早く捻り上げた。

「!?痛てててて……っ!」
「え、カミュ!?」

 痛みに声を上げる店主に、驚くエルシス。
「ちょっとアンタ何してんのよ!?」
 ベロニカが叱り、ユリとセーニャはぽかんとしている。

「ほらっ」

 店主の男を捻り上げたまま、カミュは何かを彼女たちに投げた。
 それは並ぶ三人に器用に落ち、彼女らは受け取った物に驚いて目を見開く。

「っ!これ……あたしの財布!?」

 驚きに声を上げたベロニカ。
 それぞれ、自分の手の中にある財布を唖然と見つめた。

「そっちの女が盗ったのをさっきオレが盗み返した。で、こいつはたった今、お前から財布を盗んだ。……たく、お前は易々と盗まれ過ぎだ。盗られるのはオレだけにしとけよ」
「……あ、ありがとう」

 エルシスはカミュから財布を受け取った。笑って言った最後の言葉はどうかと思うが。

「オレから財布を盗もうなんざ、百年早ぇよ。だが、仲間の財布は盗まれたしなぁ?さて、この落とし前はどうしてくれようか……このまま腕一本でも――」
「ひいぃぃ!!」

 店主が叫ぶ。そこまで言って、カミュはいけねと口をつむいだ。

 ベロニカが超睨んでいる。

 どっちが悪人だと言いたそうな目だ。
 単なる脅しのつもりだったが、少々やり過ぎたらしい。
 カミュは誤魔化すようにごほんと咳払いをした。


「「申しわけございませんでしたアアァ!!」」

 盗人の二人は、腕を組み見下ろすカミュの前で勢いよく土下座をした。

「アンタらこれが初犯じゃねえな?」

 カミュの言葉に男は「ぎくっ」と言いながら、洗いざらいに薄情した。

「オレがコイツと手を組み、盗みを始めたのは、かれこれ5年前……」
「手短に話せ」
「ハイ……。ここで店を構えて訪れた旅人を食いモンにしてました、ハイ。オアシスで気が抜けるし、まさか店員が盗むとは思わないでしょ?大体皆、砂漠で落としたモンかと思うし。会計前に盗むから商品は売ることなくて、仕入れはしなくていいし……。ふっふっふ、まさに天才的なアイデア!オレって超頭良いと思いましたよ!」
「威張るんじゃねぇよ、盗人が」
「アンタが言っても説得力はないわね。"元"盗賊さん」

 ベロニカの言葉に、カミュは盗賊と盗人は違うと答えた。
 盗賊のプライドというものがあるらしい。

「青いおにいさん、盗賊だったんだぁ……ねぇ、アタシと組まない?色々アタシ、がんばっちゃう」
「あっ!オマエ、裏切り者っ!」
「アンタとは腐れ縁でここまで来ただけよ。裏切るも何もないわよ!」

 ぎゃあぎゃあと言い争いを始める二人をカミュは無視し、エルシスに話しかけた。

「エルシス、こいつらどうする?ちと面倒だが、サマディー王国まで連れってて自警団に渡すか……」
 カミュの言葉にエルシスはそうだな……と考える。
「確かに、盗人を放って置くことはできないな。被害者もいるみたいだし」

 エルシスがそう言うな否や、盗人二人は今度はエルシスに土下座した。

「「見逃してください!!」」
「はあ?見逃せって……」

 カミュはつくづく呆れた。

「青いにいさんの華麗な手腕に気づかされました……オレたちはあんな技術もなく、ただのズル賢いだけのちんけな盗人だって……。これからは心を入れ換えて働きます!だから、どうか、見逃してはくれませんか!?今度は立派に旅人から愛されるお店にします!オレたちにチャンスをくださいっ……!!」
「いやいやいや、ちょっと放して!?」

 男はエルシスの足にすがり付く。
 いつも穏やかなエルシスの顔が珍しく嫌そうに歪められた。

「どうしようもねえな……」
「いっそのこと、縄で縛って砂漠に放置しちゃえば?」
「それではお亡くなりになってしまいますわ、お姉さま」
「本当に反省してるかも分からないしね…」

 男がエルシスの腕にすがるなか、今度は女が口を開いた。

「お詫びって言ったらなんだけど、この店の商品タダで持ってて良いわ。そのお嬢さんたちやおにいさんたちの旅の格好が危ないのは事実よ」

 タダという言葉に、一同は思案する。

「当然だ。アンタらがどうなるかはエルシス次第だが、それとは別にそれぐらいの詫びは当然だろ?」

 カミュの言葉に丸く解決した。

(僕が決めるのか……)
 どうやらそれは全員の暗黙の了解らしい。
 エルシスはうーんと考える。
 未だに男はエルシスの足にしがみついて哀願している。

「どうか、見逃してくださいっ!」
「……やっぱり、被害者もいるんだ。一度ちゃんと反省すべきだよ」
「そんな……そこをなんとか!」
「罪が軽くなるよう、僕もお願いしてあげるからさ」
「どうか、見逃してくださいっ!」
「……。だから、見逃すわけには」
「そんな……そこをなんとか!」
「……。いや、だからさ………」
「どうか、見逃してくださいっ!」
「……………………………」

 なにこれ、無限ループ!?

(いいえの選択肢はないの!?はいを選ばないと先に進まないのか……!?)

「…………………分かったよ。一度だけ、君たちにチャンスをあげよう」
「ありがとうございますっ!!」
「この恩は一生忘れないわ!!」

 盗人二人は再び頭を下げ、大いに喜んだ。

「お前はお人好しだな、エルシス」
「エルシス、本当にいいの?まあ、アンタが決めたことなら異論はないけど」
「エルシスさまはお優しい方ですから」
「私はエルシスの決断は正しいと思うよ」
「君たち、今のやりとり見てたよね?」

 僕に選択肢はなかったよ、そこに僕の意思はなかったんだ――。
 そうエルシスが反論する前に、彼らはすでに服を物色し始めていた。(早っ!?)





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選択肢ループあるある。
強制的に決定させられ、外野からやいやい言われる……ちょっぴり理不尽ですね。


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