砂砂漠から礫砂漠に差し掛かると、サマディー王国はもうすぐだという。
やがて、エルシスの視界に、白い石の城壁が飛び込んできた。
「やっとサマディー王国が見えてきたよ!」
彼は目の上に手を覆い、日射しを遮るようにして遠くを見る。
地図上での距離はそれ程でもないが、長い旅路であった――。
途中から着替えて暑さは楽になったが、運悪く砂嵐に遭遇して「アンタたち三人の中に不幸体質がいるんじゃないの?」と、ベロニカに疑いをかけられたり。
良かったことと言えば、途中で見つけたサボテンをカミュが美味しく調理をしてくれたことだ。
ホムラの里で貰ったミソを味付けに、野菜や乾燥肉と炒めたそれは双子も唸らせて、正式に料理係になった。
「オレンジもよく頑張ったね」
ユリは名前を呼んで馬の鼻筋を撫でた。
ここまでの道中で、ユリが名付けたオレンジという仮名はカミュ公認で、こちらも正式な名前として採用された。
共に砂漠を越え、彼だって愛着が湧いたのだ。
しかも、賢く良い馬だ。
今後の旅に一緒に連れて行けるかは分からないが、売り払うことはないだろう。
そんな五人と一頭でたどり着いたサマディー王国。
大きな城門の前まで来て、珍しそうにエルシスとユリが見上げる先にあるのは。
左右に立っている門と同じぐらい大きい不思議な像だ。
サマディー王国の守り神らしいそれは、顔が馬で身体が人。手には剣を持っており、サマディー国の象徴である騎士とウマレースを表しているようだ。
兵士に声をかけ、門を開けて貰うのを待つ間、エルシスはそこに描かれている二頭の馬を眺める。(ウマレース、どんなものだろう。楽しみだ……!)
「わぁ、デルカダールの城下町とはまた雰囲気が違うね」
「見て、ユリ。馬がたくさんいる!」
「へぇ…馬に乗って警備してるんだな」
異国の城下町をきょろきょろと眺めるユリに、その隣で兵士が馬に乗っている姿を興奮ぎみに見るエルシス。
「私たちが以前来た時よりにぎわってますね、お姉さま。なんだかお祭りが始まるみたい」
セーニャの言葉に、ベロニカが「ははーん、なるほど……」と何かに気づいた。
「前にここに来た時、年に一度の特別なウマレースが開催されるって聞いたわ。きっと今はそれでにぎわってるのよ!城の裏のオアシスの上にレース場があるのよ」
「特別なウマレースかぁ!」
そんなレースに立ち会えるとはラッキーじゃないだろうか。
エルシスはすでに観戦する気満々である。
「ウマレースだけじゃなくて、夜はサーカスもやってるの。以前来た時はアタシたちは少し立ち寄っただけだから、あんまり観光はしてないのよね」
「ふ〜ん。サーカスも面白そうだが、オレたちの目的は大樹の枝だからな。忘れんなよ、おチビちゃん」
カミュがベロニカにからかうような口調で言う。
国に着いてそれぐらいの元気は出たようだ。
「なによ、ノリが悪いわね。エルシス、あんなヤツはほっといて、この町を楽しみましょう」
「オレは休みたいから先に宿屋に行ってるぞ」
「僕は情報収集がてら町も見たいし、ベロニカたちと一緒に行くよ」
「なら、オレンジもついでに馬屋に預けておくな」
「ありがとう、カミュ」
エルシスはオレンジの手綱をカミュに渡した。
「じゃあ、行くわよ」
先頭を歩くベロニカに、セーニャ、エルシスが続く。
ユリも三人に続いて歩き出そうとしたら、くらりと立ち眩みがして足がもつれた。少し、疲れているのだろうか。
「エルシス。こいつも疲れてるらしいから、連れてくぜ」
「えっ?」
カミュは後ろからユリの腕を掴んだ。
「え、大丈夫か?ユリ」
その言葉を聞き、エルシスは心配そうにユリの顔を見る。
「大丈夫だよ。ちょっと立ち眩みをしただけで、一緒に行」く〜〜……と、ユリはカミュに引きずられ、その声は遠退いていった。
「カミュ、私も町を散策したい……」
「散策する時間なんて後でいくらでもあるだろ」
「そっか、それなら……」
観光できる時間があると分かると、安心して大人しくカミュについて行くユリ。
先に馬を預け、宿屋に着くとカミュは部屋を手配する。
その間、受付のソファに腰掛けると、ユリはどっと疲れが出たように感じた。
「――ほら、氷水だ」
「ありがとう。……おいしい……!」
カミュから受け取ると、生き返る〜とごくごくと水を飲み干す。
その反対でカミュもソファに身体を沈め、同じく冷たい水で喉を潤した。
「……大体。お前は結構歩いてたし、戦闘でも前衛で戦ってたし、疲れてんのは当然なんだよ……」
「……うん。もう、立ち上がりたくない………ずっと」
ユリは今度はソファの肘掛けにしがみつくように凭れた。
「さっきと言ってること違うぞ……。だが、オレも同感だ……」
カミュもぐたっと背凭れに身体を預けた。
部屋まで行くのにもだるい。
(馬に多く乗ってた後衛支援の双子はともかく。エルシスはタフ過ぎるだろ……。あぁ、馬とゆかりがある国でテンションが上がってるのか……)
「――すごい!馬具がたくさん売っている!馬モチーフの物も色々ある!!」
カミュの予想通り、エルシスはテンションが上がっていた。
「……アンタ、本当に馬が好きなのね」
露店の馬関連の物を楽しそうに見るエルシスに、ベロニカは眉を下げて笑った。
「ふふ、でもお姉さま。こちらの馬のぬいぐるみなんてすごく可愛いですわ」
セーニャが見つめるのは小さい馬のぬいぐるみだ。(可愛いなぁ。ユリにプレゼントしたら喜びそうだ)
「あたしたちは旅の途中なんだから、実用性皆無の物は買っちゃダメよ」
ベロニカに注意されてセーニャが「はーい」と返事をする横で、エルシスはぎくっと肩を震わせた。
危うく財布の紐が緩むところだった。
この財布を握る元盗賊はいないため、無駄遣いには注意をしなければならない。
年に一度のウマレースが開催されるとあって、露店も多く出店されているらしく、三人は眺めるだけでも楽しめた。
先ほどのウマレースに関連した物や、骨董品やサマディー織りの絨毯。
南国で採れる果物に、野菜は色とりどりの物が多い。
暑い国の料理ではスパイスが多く使われるらしく。売り物のスパイスの種類の多さにエルシスは驚いた。(カミュなら全部使いこなせそうだな)
「……あの。もしかして、あなたが噂のサマディー王国の王子、ファーリスさまですか?」
エルシスは時々、観光客にそう尋ねられた。
その度に違うと否定をするのだが、どうも今の格好がお忍びの王子に見えるらしい。さすが異国の王子服。
なんでもファーリス王子は顔は美形で、剣術や馬術にも精通する評判の良い王子らしい。
そういえば、先ほど「ファーリス王子ファンクラブ!会員集合っ!」という会話を耳にした。
どうやら女性たちから絶大な人気を誇るようだ。
どんな素晴らしい王子だろう、会ってみたいな――エルシスは奥に聳える白く綺麗な城を見ながら思いを馳せた。
露店を見て回るなか、古書を売っている店に夢中になる双子に、エルシスがひとりできょろきょろと露店を見ていると――踊り子のような格好をした女性に声をかけられる。
「あ〜ら、すてきなおにいさん!ねえ、ぱふぱふしましょっ。いいでしょ?」
……ぱふぱふ?
その言葉にエルシスは聞き覚えがあった。
確か、ホムラの里の蒸し風呂でだ。
その時は何か分からないことに10ゴールドを支払うのに躊躇い、女性の怪しい雰囲気にも断ったのだが……。
「あの……ぱふぱふってなんですか?」
エルシスが聞くと「ふふ、おにいさん初めてなのね?とっても気持ちいいことよ。来れば分かるわ」「あっ、ちょっと」と、女性は強引にエルシスをドアの中に押し込んだ。
「さあ、こっちよ」
仕方なく女性に言われるまま、階段を上がってついて行くエルシス。
「ねえ、ベッドにすわっててね。あかりを消して、暗くしてもいい?」
エルシスは言われるがままにベッドの上に座り、暗闇の中で待機した。(……。え?これ大丈夫?)
エルシスが不安になっていると――……
「ぱふぱふ、ぱふぱふ……うぷぷぷぷ」
こ…これは……………!?
「ぱふぱふ、ぱふぱふ」
き…気持ちいい………!!
「どうだ、ぼうず。わしのぱふぱふはいいだろう」
(……いきなり野太い声が……)
明かりがぱっと付き、エルシスが後ろを見ると、そこには厳つい男が立っていた。
「あたしのお父さんよ。ぱふぱふがとっても上手なの。どう?かたこりが治ったでしょう」
「はい!とっても気持ち良かったです!ありがとうございます!」
「わっはっは。じゃあ、わしはこれで……」
剣を使うせいか、日頃から肩が凝るのを感じていたが、今はスッキリしている。
エルシスはどれぐらい軽くなったのか試してみたいと思っていると――
ちょうどそこに、割っても次に見た時には復活している不思議なツボとタルがあった。割ってみた。うん、やはり肩の調子が良いようだ。
ついでに『とうこんエキス』『あやかし草』『きつけ薬』を手に入れた。ラッキー!
スッキリとしたところでドアを開けると……。
そこには何故か怒った顔のベロニカとセーニャの姿が。(あ、あれ?急に二人と離れたから?)
「ちょっと、エルシス。勇者サマが聞いてあきれるわ……!」
「勇者さまも男性ですから、仕方ありません。私は理解しているつもりですよ……」
「え?なに、どうしたの?」
わけが分からず、エルシスがそう聞くと「しらばっくれてもダメだからね!」とベロニカにぴしゃりと言われてしまった。(ひとりでマッサージしてたから怒らせちゃったのかな……??)
「なんか、一気に疲れたわ……。あたしたちも一旦宿屋に戻って休みましょう」
疲れたのは怒ったからでは……とエルシスは思ったが、黙ってベロニカに従った。
「……。生きてる?二人とも」
宿屋に入ってすぐに、受付の側のソファで死んでいる二人をエルシスは目にした。
部屋で休めば良いのにと思ったが、疲れて動けないのだろうか。宿の者は気にしてないみたいだから、まあ良いが。
「まあ…、一度座ったら立てなくなる気持ちは分かるわ」
「宿屋の中は涼しいですわね」
「エルシスたち、おかえり〜」
「…おう。お前ら、思ったより早かったな」
ユリとカミュがゆるりと三人を見た。
「町をちょっと見たんだけど、僕らも疲れたしで、一旦宿屋で休憩しようってなったんだ。大樹の枝は城にあるって分かっているし。もうすぐ日が暮れて、城に急いで行くよりは明日改めて行こうよ」
「オレたちは砂漠を越えて来たんだからな。それが無難だと思うぜ」
むしろ、着いてすぐ町を散策しに行った三人の体力がおかしいとカミュは思っていた。
「カミュも一緒に部屋に行って休もう」
「ああ、そうだな……」
そう言って、うーんと腰を伸ばしながら立ち上がるカミュ。
次に首をぐきっと動かせば、それを見て、エルシスが爽やかな笑顔で彼に言う。
「カミュもぱふぱふをしてくれば良いよ」
………………………。
カミュがぴしりと固まった。(こいつは、今、なんと…?)
ついでにカミュ以外の二人も固まり、ユリだけが「ぱふぱふ?」と首を傾げている。
「ちょっと、カミュ来て!こっち来て!」
いきなりベロニカに召集をかけられ、カミュは困惑したまま彼女の言う通りにしゃがみ込み、こそこそ話をする。
「町を散策中、エルシスったらいきなりぱふぱふして来たのよ。アンタ、エルシスの保護者でしょ?変なこと吹き込んだんじゃないでしょうね!」
「吹き込んでねえし、保護者でもねえ」
「とにかく!ちゃんと話をして、以後こういうことはないようにしてよね!」
セーニャとユリに悪影響でしょ!――ベロニカはそれだけ言うと、離れて行ってしまった。
「さあ、あたしたちも部屋で休むわよ。シャワーも浴びたいしね」
「師匠、ぱふぱふって……?」
「アンタは知らなくて良いことなの」
そうにっこりと笑うベロニカに、隣のセーニャも同じような笑顔をしており。
ただならぬ雰囲気に、ユリはこれ以上二人に聞くことはできなかった。
日が沈むまでの僅かな時間まで身体を休め、彼らは食事を楽しむために町に繰り出した。
カミュにより"ぱふぱふ"とは本来なんたるかを知ったエルシスは。
ベロニカとセーニャに誤解だと渾身の訴えをし、カミュの助太刀もあり、無事に彼の身の潔白は証明された。
な〜んだと急にご機嫌になる双子に、ユリはぱふぱふがなんたるかがますます気になって、今度はエルシスとカミュに聞いてみるが、二人も教えてくれない。
双子が以前来て食べたという、名物サボテンステーキを出してくれるサボテン酒場という店に行くことになると、ユリの頭はそっちでいっぱいになった。
「ちょうど公演に良い時間だから、サーカスを観に行ってみない?」
ベロニカの提案に一同賛同し(カミュは呆れたが)先にテントへ向かう。
……が、生憎チケットは売り切れとブースで言われてしまった。
どうも今回の公演は特別なウマレース『ファーリス杯』に合わせて、流浪の大人気旅芸人の"シルビア"という者が特別公演するらしく、チケットの倍率が一気に跳ね上がったらしい。
「これじゃあチケットは買えないわね……今回は諦めましょう」
と、ベロニカは残念そうに言った。
改めて酒場に行くと、お祭り効果もあり、すでに住人や観光客で賑わっている。
丸テーブルが取れず、五人はカウンター席に座った。
聞き耳を立てると……皆、明後日行われるファーリス杯の優勝者について話しているらしい。
順位を予想する賭け事もあるので、一攫千金を狙う者もいるとか。
「おっと……!お客さん、もしかしてサマディー名物、サボテンステーキをご所望なのかい?もし、そうだとしたらすまないね。今、サボテンステーキは絶賛改良中でちょっとお休みさせてもらってるんだ」
夜でも黒くて丸いサングラスをかけたイカしたマスターがカウンター越しに言った。
「そんな……」打ちひしがれるユリに、その横でエルシスも「食べたかったなぁ……」とがっかりする。
「やっぱり、アンタたち三人の中に不幸体質がいるんじゃない?」
ベロニカ。
「残念ですわね……皆さまに食べていただきたかったのですが…」
セーニャ。
「他にもうまそうな料理はあるぜ。ほら、好きなもの頼めよ」
カミュ。
彼はうなだれる隣のユリとエルシスにメニューを見せた。
彼らの様子にイカしたマスターは苦笑いを浮かべる。
「サボテンゴールドが持つ『ゴールドサボテン』を材料に使えば改良がはかどるんだけど、私のチカラじゃ手に入れられなくてね……」
そこで、イカしたマスターは何かに気づいて、サングラス越しに彼らを見回す。
「……って、お客さんたち。なかなか強そうだな。あんたたちならサボテンゴールドを倒して、ゴールドサボテンを手に入れられるかも!」
「サボテンゴールド……?そんなのいたっけ?」
「私たちがサマディー王国に着くまでに見た魔物の中にはいませんでしたわ」
「サボテンボールの亜種かしら?」
首を傾げるエルシス、セーニャ、ベロニカ。
「サボテンゴールド……!」
ユリだけが何やら強く呟き。
「この後の展開は簡単に読めるな……」
カミュはため息と共に頬杖をついて。
せめて、あまり面倒にならないことを願うしかない。
「頼む!新しいサボテンステーキのため、サボテンゴールドを倒し、ゴールドサボテンを手に入れてくれないかい?お礼の品は渡すし、良かったら試食してくれ」
「やりますっ!」
真っ先に答えたのはユリだった。
「ユリに賛成!僕もサボテンステーキ食べたい」
「サボテンゴールドも気になりますね。その名の通り、金色なんでしょうか」
「あたしももう一回食べたいわ。絶品だったもの!」
そこにやる気満々のエルシス、セーニャ、ベロニカが続く。
カミュはやっぱりなと再びため息と共に、今度は心の中で呟いた。
「本当かい!?いやぁ、助かるよ!あんたたちのような人がいてくれるおかげで、この世の料理は発展していけるんだ」
イカしたマスターは嬉しそうにそう言って、サボテンゴールドについて詳しく説明する。
「ゴールドサボテンを落とすサボテンゴールドは、サマディー地方のサボテンボールと戦ってるとまれに現れる転生モンスターというヤツでね。めったにお目にかかれないけど、何度も何度もサボテンボールと戦ってれば、きっと出会えるはずさ」
何度も何度も……その言葉にカミュはマジか…と顔を歪ませた。
この炎天下の砂漠で魔物狩りなど、彼にとって地獄でしかない。(せめて、日暮れにだな……)
「サボテンボール狩りはひとまず明日。城に挨拶に行ってからだぞ」
今夜はゆっくりさせてくれと、カミュはそう四人に言った。
最後にイカしたマスターは「ゴールドサボテンは一個でいい。それだけあれば、じゅうぶん試作できるよ。前払いに一品、料理をご馳走してあげよう」と、彼らに大皿のトマトパスタをご馳走してくれた。
サマディー地方のカンカン照りで強く育ったトマトは、酸味も旨味も強く、特有のスパイスの辛口の味付けとよくあって、五人はおいしくいただいた。
他にはカレースープや、鶏肉の香草焼きなど、好き好きに料理を頼む。
酒は頼まなかったが、意外なことにセーニャはそれなりに飲めるらしい。
ベロニカも同じくらいに嗜めるそうだが、何せ子供の姿だ。頼めないし、本人も飲む気はないという。代わりに、砂漠のフルーツであるサンドフルーツのジュースを甘いものが苦手なカミュ以外が頼んだ。
ビタミンたっぷりでお肌に良いと、特に女性に人気で。グラスに飾られた花も可愛いと彼女たちは喜んだ。
「おいしい!トロピカルな味」
だんだんユリの感想も豊かになって来たなぁとエルシスは思いながら、ユリの隣のカミュを見る。
「カミュはお酒飲めば良いのに」
「いや、オレは今夜は遠慮しておくぜ」
疲れた日には酒が酔いやすいとカミュは知っている。
お腹も満たされ満足した彼らは、宿屋に直行した。
酒場ら辺の飲食街は賑わっていたが、露店はこの時間は閉まっているためがらんとしている。
その通りで、ぶつぶつ何やら呟いている男がいた。酔っぱらいだろうか。
「終末の日は近い。まもなく邪悪なる神が復活なさるのだ。私にはありありと感じられる……。笑いにみちた幸福な世界も今のうちさ。いずれお前たちは底なしの絶望を味わう。この私の預言を、よーく覚えておくんだな……」
男の横を通り過ぎる際にそんな言葉が耳に届き、はっと一同は振り返る。
「い……今のって……?」
ユリは怯えたような声だった。
男はふらりと夜の闇に紛れて、気がついた時にはもういない。
「なんか、やけに不気味なことを呟いてたわね……」
「占い師の方でしょうか……?」
ベロニカとセーニャも不穏そうに続いた。
彼らの先ほどの楽しい雰囲気が一転。
「……………」
無言で男が消えた方を見つめるエルシスの肩に、カミュがぽんと手をおく。
「気にすんな……つっても、気になるだろうが、ほっとこうぜ。酔っぱらいの戯れ言かもしれねえし、ちょっと様子もおかしかったしな」
他の三人にも聞こえるように言ったカミュの言葉に「そうだな」とエルシスは小さく微笑みそう返した。
「そうよ。こんなんで、いちいちくよくよしてたら身が持たないわ!」
「お姉さまの言う通りですわ。少し気になりますが、考えても分からないことですから……」
そろって言う双子に、ユリも切り替えるように「びっくりしたね」と笑う。
それでも──、一抹の不安は残った。
ユリは楽しいことを考えようとする。
―明日、町を観光できるかな?
―最終日の特別なウマレースも見たいなぁ。
楽しげな光景を想像しながら、彼女はベッドに潜った。
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ドラクエと切っても切れぬぱふぱふ…
閑話「大盗賊の憂鬱」ではカミュが勇者にぱふぱふとはなんたるかを説明する話しです。ちょっとだけムフフ。苦手な方はご注意ください。(読まなくても本編に支障なし)