サマディー王国・後編

「おはよう、カミュ。起きてる……?」

 翌朝――ユリは、エルシスとカミュが寝泊まりする隣の部屋のドアを小さくノックする。

 今までは三人で一部屋だったが、ベロニカとセーニャが仲間に加わり、男女別々の部屋になったからだ。

「おはよう。どうした?今朝はずいぶん早いな」

 カミュはすぐに出て来てくれた。
 ちょうど身支度は済んだところなのか、頭のターバンだけは被っていない。

「あのね。朝市があるらしくて、お店が早く開いてるんだって。お城は朝には行けないし……今から一緒に町に散策に行かない?」

 ユリはそう朝からキラキラと輝く瞳でカミュを見る。
 ユリからのお誘いに、カミュが断る理由はない。

「…ベロニカたちも一緒か?」
「ううん。セーニャは起きてたけど、師匠はまだ寝てるから、まだ町を観光してないカミュと二人で行って来たらどうかって」

 エルシスはたぶんまだ寝てるだろうしとユリはそう付け加える。
 朝に弱いエルシスは確かにまだ夢の中だ。(二人で、か。まあ、悪くねえな)

「…良いぜ。少し待ってろ」
「やった」

 まだ寝てるであろうエルシスを起こさないように、ユリは嬉しそうに小さく声を上げる。

 カミュは一旦部屋に戻ると、まだ寝てるエルシスへと、備え付けのメモ帳に書き置きを残してから部屋を後にした。

 早朝といえ、この国ではすでに日差しが強い。
 ターバンを被って外に出ると、ちょこんと待っているユリに笑顔で出迎えられる。
「じゃあ、行くか」
 ご機嫌なユリと共に、宿屋を出た。

「面白い物がいっぱいあるね!」

 二人は露店を見て回った。
 朝市ということでそれなりに人がいて、すでに賑わっている。

 お祭りのこの時期に、一斉に観光客が集まったのかも知れない。

「馬関連のものが多いね」
「特別なウマレースもあるし、観光客のお土産に人気なんだろうな」
「エルシスはなにか買ったのかな?……あ、この小さな馬のぬいぐるみ可愛い!」
「旅の途中だぞ?荷物になるだけだからやめとけ」

 カミュに言われ、それもそっか…と名残惜しくもユリはぬいぐるみを元に戻した。

「…あっ、じゃあ、これはどうかな!?小さな馬のモチーフの髪留め」

 ユリは手のひらに乗せてカミュに見せた。
 馬の髪留めには小さな宝石が装飾され、洒落ている。

「実用性あるものなら良いんじゃねえか」
「うん、あるよ!ちょうど暑くて髪をまとめたかったから」

 これくださいと、にっこりユリは購入した。しかも、15ゴールドとお買い得だ。

 さっそく付けることにしたユリは道の端に寄ると、ストールを取り、髪をまとめる。

 一連の動作を魅入ってしまているカミュに、彼女は「どうかな?」と聞いた。

 馬の尻尾を思わせる髪型に、まとめたところにちょこんと馬が付いている。
 それよりも、彼女の露になった白いうなじに目がいき、綺麗だな――とはもちろん言えないので。

「ああ……可愛いな」

 何がと言わずに。カミュの一言に、ユリは嬉しそうにはにかんだ。

 その後は香辛料を売るお店でたくさんの種類に二人で驚き。
 味見させてもらった塩とスパイスを混ぜた物がおいしくて「なんにでも合いそうだ」とカミュが購入したり。

 食べ物の屋台通りに来ると、朝食がまだの二人は何か食べることにした。

「お姫さま、なにが食いたい?」

 そうおどけた口調でカミュはユリに好きに選ばせる。
 ユリはう〜んと悩みながら一つずつ見て行き、こんがり焼けた肉の塊が目に止まった。

 吊るした大きな羊肉を下から炎で炙っている。
 焼けたそれにナイフを入れ、肉を小さく削げ落とすと、小麦で出来た薄い生地に野菜と共に包む。
 最後に特製ソースをかければ完成のようだ。
 ケバブというこの地特有の料理らしい。

「これにするのか?朝からガッツリだな」

 まあ、良いけどとカミュはおかしそうに笑いながら、ユリが何か言う前に二つ注文してしまう。

 前にもこんなことがあったような――そうだ、ホムラの里の卵だ。
 ついでに余計なことも色々と思い出してしまい、ユリの顔が熱くなった。

「ユリ………ん?」

 ケバブをユリに渡そうとして、カミュは目敏く彼女の赤みに気づく。

「なんだ、顔が赤いな……朝っぱらからあっちーもんなぁ。飲み物買ってくるから、これ持ってあそこの日陰で待ってろ」

 またしてもユリが「あ、違くて…」と言う前に、彼は二つのケバブを彼女に押し付け、走って行ってしまった。(あぁ……カミュに悪いことをしてしまった)

 申し訳ないと思いながら、ユリは言われた通り日陰で待つことにした。

 前を歩く楽しげな人たちを眺めながら、考える。
 この地でもぴんと来るものはなく。
 暑さにも身体が馴染まないので、この国も自分とは関係なさそうだとユリは考えた。

「この国は本当に暑いわね。お肌のお手入れが大変だわ――」

 突然、話かけられたような声が聞こえ、ユリはそちらに顔を向ける。

「ふふ、こんにちは。あなたはどちらの国のお姫さまなのかしら?」

 そこには上品な色のローブを身に纏った人が。
 ユリより背がずっと高く、見上げる形になる。
 フードからこちらを見る顔を、失礼ながらまじまじと眺めてしまった。

 すらりと上がった眉。色っぽい眼差しの瞳に縁取る睫毛は、濃く長く。風が吹けば羽のように飛んでしまいそうだ。
 通った鼻筋の下にしっかりした唇。
 その整ったパーツを納める輪郭は案外がっちりしていて……。

 男性、女性――?

 ユリが始めに疑問に思ったのは、失礼に思いつつそこだった。(声は男性だけど、口調は女性だった)

「あ…あの、私は姫とかではなくて、ただの旅人で……」

 数秒固まってしまってからユリは口を開いた。
 戸惑った様子の彼女に、彼?はにこりと微笑む。

「ごめんなさいね、急に声をかけてしまって。あなたたちが可愛いかったから、つい」

 そう、旅人なのねと彼は楽しそうに呟く。(あなたたち……?)

「赤い砂漠の伝説って本を知ってるかしら?アタシ、あのお話が大好きなの。そこに出てくる主役二人があなたたちに似てたものだから、つい声をかけちゃった」

 そう言う彼女の言葉に「知ってます」とユリは答える。

「じつは、旅の仲間にもそう言われたんです……そんなに似てますか?」

 逆にユリが尋ねると「それはもう!本から飛び出して来たのかしらと思っちゃったぐらいよ!」彼はそうセーニャと同じことを言った。

 ちょうどセーニャが昨日、古書で売られていたと買って来てくれたので、ユリはこれから読んでみようと思っていたところだ。

「ふふ、お話に付き合ってくれたお礼にこのチケットをあげるわ。良かったら、さっきの彼と一緒にサーカスの公演を観に来てちょうだい」

 ユリはサーカスのチケットを二枚受け取ろうとする──「あら、両手がふさがってたら受け取れないわよね。このポーチに入れても良いかしら?…………はい、バッチリ入れておいたわ」

 ユリはポーチに入れてもらった。

「ええと…ありがとうございます。あの、あなたは……?」
「アタシはシルビアって言えば分かるかしら?」
「シルビアさん……あっ噂の人気大道芸人の……?」

 驚くユリに「知ってもらえてて嬉しいわ」とシルビアは喜んだ。

「良かったらお嬢さんのお名前も教えてくれないかしら?」

 ユリは自分の名前を教える。

「フフ、ユリちゃんっていうの。素敵な良い名前じゃない。………じゃあ『騎士』の彼にもよろしくね」

 そうパチンとウィンクをすると、シルビアはローブの裾をひらりとはためかせ、どこかに消えるように行ってしまった。(……騎士?誰のことだろう……)

 ユリが一人でぽかんとすると、すぐに「ユリ!」とカミュの声が響いた。

「あっカミュ、走らせちゃってごめ…」
「んなことはどうでもいい。お前、変な男に絡まれてただろ。大丈夫だったか?」
「えっと、シルビアさんという人で…」

 焦ったように聞くカミュに、ユリはどう説明しようかと悩みながら答える。

「シルビア?……どっかで聞いたことある名前だな」
「サーカスの……」

 ユリがそこまで言うと、カミュはああ、あの流浪の大道芸人かと気づいた。

「なんでそんなヤツがユリに……ナンパか?」

 カミュは怪訝にそう考えながら呟く。

「えぇと……」と事情を説明しようと口を開くユリに「とりあえず食っちまおうぜ。氷も溶けちまう」とカミュは先に食事を促した。

 ケバブは羊肉だが臭みがなく、みずみずしい野菜と特性ソースがマッチし、とてもおいしい。
 ケバブもそうだが、カミュが買ってきたアイスティーも口がさっぱりしておいしかった。

「――ごちそうさまでした!」

 食べ終わると、ユリはカミュに先ほどのシルビアとの出来事を改めて話す。

「ふぅん。よく分からねぇ話だな……そんなにオレたちはその本の主役に似てるのかね。あとチケットだが、オレたち二人だけってのも、な……。ベロニカが行きたがってたし」
「うん。師匠とセーニャにあげても良いよね」
「まあ、公演の夜まで時間があるから、今すぐじゃなくても後で相談して決めれば良いんじゃないか」 
 カミュの言葉にユリは「そうだね」と頷いた。
「……さて。城に向かうのも頃合いになって来たな。そろそろあいつらの元へ戻るぞ」


 エルシスたちと合流した二人は、サマディー城へ向かう。

 白くて神殿のようなお城だ。

 サマディー城は一般公開をしており、特別許可がなくても入れるので、彼らは旅人だと兵士に挨拶をし、城内に入れさせてもらった。

「キミたち、旅の方だね?わざわざ遠くからこんな所までお疲れサマディー!……なんちって」

 門番の兵士のダジャレにくすりと笑ったのはセーニャだけだった。
 ユリでさえ張り付いた笑顔で固まっている。

「あんなんでサマディーの警護は大丈夫なのか?」
「同感」

 珍しくカミュとベロニカの意見が合ったようだ。

 城内は穏やかな光が差し込み、解放感がある造りだ。

 白と青色を基調とした床や壁で見た目から涼しげだが、実際に中はひんやりとして涼しかった。
 カミュが「ここは天国だぜ……」と呟く。

「あ、これ……」

 ユリが飾られている掲示板の一つに目をやる。

『情報求む!デルカダール王国より、凶悪犯の悪魔の子と、その共犯者である娘、手引きした盗賊が共に脱走。発見次第、報告せよ』

 そこに貼られていた紙に書かれた文字を読んで、一同顔を曇らせた。

「……この大陸まで情報が来てるのか」
 エルシスの声が落ちる。
「ってことは、至る所に話が流されているのかもな」
 カミュが続けて思案するように言った。
「でも、あたしたちは今は五人よ。目眩ましにはなると思うわ」
「うん。それに、びくびくしてるより、堂々と歩いていた方がバレないと思う」
 ベロニカに続き、ユリも言う。
「今の私たちの姿で誰も凶悪犯の一行とは思いませんわ」
 セーニャの言葉に「確かに」とエルシスは明るく頷いた。
「アンタだけ、盗賊のまんまだけどね」

 ベロニカの言葉に「うるせえ」とカミュが返せば、そのやりとりに皆から笑顔が戻った。

 城内に何故だかいっぱいいる猫を愛でつつ、サマディー王と謁見するため、奥に進む。
 玉座の間に続く大階段を上がると、サマディー王が何やら演説の練習をしているようだった。

「えー……。本日は絶好の好天となりまして。ファーリス杯という我が王子の16歳の誕生日を祝うレースにふさわしい……いや、ちがうな。こんなスピーチではありきたりだ……。民衆を楽しませることなどできん」

 そうひとりでぶつぶつ言ってる王に、とりあえず終わるまで待つことにしてると――
 彼らの存在に気づいた王の視線がこちらに向いた。

「うん?なんだ、そなたたちは?今は客の相手をしているヒマなどない。出直して……」
「父上!ただいま、訓練から戻りました!」

 直後、響いたのは若い青年の声。

(父上――じゃああの方が、ファーリス王子)
 エルシスは颯爽と現れた彼を、自然と目で追った。
 ファーリスは彼らの間を堂々とした足取りで通り抜けると、王の前に立つ。

「騎士たる者!」

 王はごほんと咳払いをした後、ファーリスにそう投げ掛けた。すぐさま右手で騎士の敬礼をし、凛々しくファーリスは答える。

「信念を決して曲げず、国に忠節を尽くす!弱さを助け、強きをくじく!どんな逆境にあっても正々堂々と立ち向かう!」
「うむ、よろしい。今日も騎士道精神を忘れていないようだな」

 王は満足すると、よいしょと玉座に戻った。

「ファーリスよ。お前も今年で16歳。ファーリス杯では、騎士の国の王子に恥じぬ勇敢な走りを期待しているぞ」
「おまかせください、父上。必ずや期待にこたえてみせましょう。それでは、これにて……」

 最後に一礼をし、ファーリスは踵を返す。
 そこにいる彼らの存在に気づいた。

「あ……あなたは……」

 エルシスは僕?と自分を指差すが、どうやら違うらしい。
 その熱い視線は、エルシスを通り抜けて――、その隣の。

「お美しい……。教えてくれ、あなたはどこの国の姫君だろうか」
「えっ!?」

 ファーリスはいきなりユリの前に膝まづき、恭しくその手を取った。
 エルシスはすぐさま「あ、これ面倒なことになる」と直感した。

「あ、あの、私は姫とかそんな大層な者じゃ……」
「……そうなのか。いや、失礼。あまりにも高貴溢れる姿にそう決めつけてしまった。ぜひ、あなたの名前を教えてくれないだろうか」
「わ…私は……」
「――ファーリス王子。王子といえど、うちの仲間に気安く口説くのはやめていただきたい」

 ユリが名前を口にする前に、カミュが彼女の手をファーリスから引き離すように掴んだ。

「ボ、ボクは口説くなどとは………」
(たった今、口説いてたじゃねぇか) 

 ファーリスは立ち上がると、何かに気づいてカミュを下から上へ、上から下へと観察するように見る。
 やがて、残念というように首を横に振って。

「……キミは…ちょっと、身長が……」

「あ?」とカミュがキレそうになるのを、慌て宥めるエルシスとユリ。

「ん?……キミは……もしや……」

 ファーリスはたった今エルシスの存在に気付いたというように、今度は彼をまじまじと見る。

 顎に手を当て、ふんふんと頷き、何やら納得したようだ。

「失礼ですが、旅の方。お名前は?……ふむ。エルシスさんというのですね。何用で我がサマディーを訪れたのです?」
「僕たちは――」

 エルシスは大樹の枝を求め、サマディーにやって来たことを伝えた。

「大樹の枝……?もしや、サマディーの国宝……七色にかがやく虹色の枝のことでしょうか?」
「それです!僕たちはその枝が必要なんです……」
「何か深い事情がありそうですね……。ボクならお役に立てるかもしれません。後でボクの部屋に来てください。ボクの部屋は兵士に聞くと良いでしょう。お待ちしています」

 最後にファーリスはユリをちらりと見て、ぎこちないウィンクをすると階段を降りて行ってしまった。

 ファーリス王子か――その小さくなる後ろ姿に、エルシスは口に出さず呟いた。

 確かにタレ目の甘いマスクに、堂々とした佇まい。騎士の精神を宿す心に噂のような人物だとは思った。

「幸先よく命の大樹の枝……虹色の枝の情報をゲットできたわね!これはラッキーよ!」

 ベロニカと共に喜ぶ女子二人とは反対に、機嫌が悪いカミュはエルシスに言う。

「手がかりがつかめたのは良いことだが……。あの王子。ユリに手ぇ出したり、オレやお前のことをジロジロ見たり気にくわねえ。……まさかとは思うが、何か気づいていたのか?もし、そうだとしたら相当なやり手だな。建国以来もっとも優秀な王子ってウワサだし、イヤな予感がするぜ……気をつけろよ」

 彼はそうエルシスに忠告した。

 さっそく彼らは兵士に王子の自室の場所を尋ね、その場所に向かう。
 広い城内だが、王子の自室は玉座の間からは近いようだ。

「王さまはお忙しいそうでしたけれど……その代わりにファーリス王子さまにお話を聞いてもらえそうで良かったです。それにしても、王さまと王子さまの騎士の格言のやり取り……びっくりしました。さすがは気高き騎士の国ですわ」

 セーニャの言葉に「あの王子は気高き騎士には見えなかったけどな」と、カミュは鼻で笑ってから言った。

「アンタ、一国の王子に招かれたんだから、くれぐれも失礼のないようにするのよ」

 ――さっき、前例を作ろうとしたでしょ!
 名指しで注意されたカミュが何か口を開く前に、さらにベロニカはそう釘を刺した。(エルシスとユリが止めに入ったから良かったものの……)

「……善処する……」

 珍しくカミュは折れた。


「えっ王子さまに呼ばれたんですか?ひえー。それは大変ですねえ……」

 扉の横に立つ兵士が意味深な言葉と共に、同情するような目で彼らを見てくる。
 その意味も気になるが、王子の私室を守る兵士がこんな緩くて大丈夫なのだろうかとエルシスは心配になった。(デルカダール兵士とは全然違うな……暑い気候のせいか?)

「おお、来てくれたのか。わざわざ呼び出してすまなかったね」

 疑問に首を傾げながらも、返事が聞こえた部屋に五人が入ると。
 そこにはかっこつけるように振り返るファーリスの姿があった。……今までずっと、彼は鏡の前で身だしなみを気にしていたとは、彼らが知ることはない。

「うんうん。思った通りだ」

 ファーリスは腕を組み、再びエルシスを見ると頷き言う。

「身長も体格もピッタリだし。何よりキミ、先ほどのウマレースで優勝した方だろう?」

 優勝……?

 聞いていないと言うように、四人の視線が一斉にエルシスに注がれた。

「あはは……、じつは……」

 エルシスは苦笑いを浮かべながら事情を説明する。

 ユリとカミュが町に散策に行ってる間、双子と別行動を取ったエルシスは、パドッグに見学に行ったこと。
 そこでレースの出場者に病欠が出て、代わりに自身とオレンジが成り行きで出場することになったこと。
 オグイなどの強敵選手がいなかったこともあり、一位を取って優勝したこと。

 話を聞いて四人は呆れたり、勝手なことをしてと怒られるかなと思ったが。
「お前らしいな」「初出場で優勝なんてすごいじゃない!」「さすがエルシスさまとオレンジさんですわ!」
 と、皆優しく笑ってくれた。

 ユリだけが「見たかった……!エルシスとオレンジの勇姿を見たかった……!」と残念がっている。

 話を戻すようにごほんと咳払いをし、ファーリスは彼らに背を向けると。

「キミたち、虹色の枝を求めて来たんだっけ?残念だけど、あれは国宝でね。旅人にあげられる物ではないんだよ」

 その言葉に顔が曇る五人。ファーリスは続ける。

「……だけど、ボクが父上に掛けあえば、きっと虹色の枝をゆずってくれるだろう。その代わり……ボクの頼みを聞いてほしい」

 頼み……?

「はっ!ここでは誰か話を聞いているか分からない。今、城下町に来ているサーカス一座のショーを観ながら話をするってのはどうだい?」

 ファーリスは少々大袈裟な口調で話しながら、続けざまに彼らに提案する。

「……本当はあなたと二人で観たかったが、致し方ない……」

 最後にユリを見つめて甘いため息を吐く彼に、カミュはけっ!と小馬鹿にするような声を出した。

「もちろん、問題ありませんわ。サーカスを観ながら王子サマとお話できるなんてステキです!」

 エルシスが答える前に答えたのは、満面の笑みのベロニカだった。

「よし、決まりだ。それじゃ、夜に城下町にあるサーカステントの前に来てくれ。時間に遅れないように、頼むよ」


 ファーリスとの約束が決まり、彼らはサマディー城を後にする。


「サーカスを見ながら王子さまの話を聞いて、虹色の枝が手に入るかもしれないだなんていいこと尽くめじゃない!」

 ご機嫌に歩くベロニカの後ろをついて行く四人。

「虹色の枝はサマディーの国宝だったんですね。それをゆずるよう王さまに頼んでくださるとは、王子さまはなんて寛大なのでしょう。……ちょっとはお姉さまも見習ってほしいものですわ」

 そう言うセーニャは、最後の言葉と共に苦笑いを浮かべてベロニカの後ろ姿を見た。
 その小さな背中は、諦めていたサーカスが観れるとなって嬉しそうだ。

「王子の頼みが何か気になるけど、サーカスが観れるのは僕も楽しみだ」

 エルシスはそうセーニャに笑いかける。

「チケット、必要がなくなったな」

 こっそりそうカミュに言われ、ユリは「あ」と思い出した。
 すっかりその存在を忘れていた。

「それにしても、お前も厄介なヤツに目をつけられちまったな」

 カミュの言葉にどうなんだろうとユリは首を傾げる。

 もしや、この"砂漠の王女のローブ"に魅了の効果も付いていたのだろうか?
 受ける魔法攻撃を弱める効果があるとは聞いたが。

「あの王子……どうも信用ならねえぜ。オレたちのことを気づいてなかったのは良かったが……」
「ちょっと気になることはあるけど、まずはサーカスで話をしてみてからだな」

 ユリのことがなくても、カミュとファーリスはなんとなく合わなさそうだなと思いながらエルシスは言った。

「エルシス!夜になったら待ち合わせ場所のサーカステントに行くわよ!」

 待ちきれない様子のベロニカにそう振られ、エルシスは「はいはい」と小さく笑って答える。

 まだ日没までにたっぷり時間はあるのに。

「――あ、じゃあみんな。夜まで時間があるからサボテンボール狩りにでも行こうか」

 思い立ったように笑顔でさらりと言ったエルシスに。

 カミュが「これからかよ……」と眩しい太陽を見上げて、ひとり、がっくりと肩を落とした。


- 34 -
*前次#