憧れのウマレース

 ユリとカミュが朝市を楽しんで
いる頃――。

 エルシスはひとり、町の西側に位置するレースハウスやパドッグがある一角を見て回っていた。

「こんなにたくさんの馬が待機しているんだ……!」

 馬房にはずらっと様々な毛色の馬が並んでいる。

 変わったぶちの模様の馬など、物珍しく楽しげに見ていると、世話係の兵士が声をかけてきた。

「ここの馬たちは急事にそなえていつでも出勤できるよう待機しているのだ。とはいえ、王国は平和そのもの。この馬たちの出番も来ないのさ」

 その代わり、ウマレースという場で活躍する馬もいると兵士は言った。
 そのウマレースは馬を扱える者なら誰でも参加できるらしい。

「君も馬が好きなら参加してみるといいよ」

 そう兵士は言って、レースハウスの先の受付で参加できるよと教えてくれた。

(出てみたい!けど、一応追われる身だし…目立つ行動は避けた方が良いかな……)

 エルシスは諦めて、その場にいた馬を一撫でして馬房を出て行く。
(ウマレースを観れるだけでもいいじゃないか)
 そう自分に言い聞かせて、今度はレースハウスを見学に行く。

 その前では、明日のレースで王子かオグイのどちらが勝つか言い合っている男たちや、怪しい手の動きをしながらレースの予想必勝法を教えようとする男がいたり、なかなか朝から盛り上がっていた。

 レースハウスに入ると、そこには控え室があり。次の試合に出る選手や、反対側には同様の馬が待機しているらしい。

 一際豪華な扉は王族専用の控え室だという。

「君は観光客だな。オグイの馬、モグパックンを見たかい?」
 そこにいた兵士の問いに、エルシスはいいえと答えた。
「それは、いけない。オグイとともにバドックで練習しているはずだから見てくるといいよ。ソンはしないぜ」

 その言葉を受け、エルシスはパドックへと足を運ぶ。

 オグイとはサマディーの優れた騎士だけでなく、騎手としても才能があり、ファーリス杯の優勝候補として、エルシスもその名を耳にした。

 そんな彼と彼の愛馬のモグパックンに興味が湧かないわけがない。

「!あれが……」
 パドックに入って、エルシスは真っ先に目が奪われた。

 絹のように滑らかな毛並み、ハガネのように屈強な身体つきが視界の先を駈け抜ける。
 力強く走る姿に、まさに名馬と感じられた。(で……でかい!)

 デカい。普通の馬より二回りは大きいだろうか。
 そして、その馬に乗っている騎手がオグイだろう。
 馬もでかいがオグイもでかい。

 この気温なのに、頭から爪先までサマディー騎士の鎧をしっかり身につけ、背筋をぴんと張っている。

 軽い運動だろうが、ひとりと一頭から出るオーラに、エルシスは当てられていた。

「あの……!オグイさん、ですよね!?」

 エルシスは気づけば大きな声で、柵の前から声をかけていた。
 気づいたオグイはモグパックンをそちらに寄せる。

「あなたの噂を町で耳にしました。かっこいいです!オグイさんもモグパックンも!」

 自分でも何を言ってるんだと思うが、素直な感想だった。
 エルシスの――少年のようなキラキラした目がオグイを見上げる。

「ははは、ありがとう。いきなりそんな熱烈な告白を受けると思わなかったよ」

 兜の中から聞こえる笑い声に、エルシスは少し恥ずかしくなり赤面した。
 兜の中から聞こえた声ら意外にも若く、好青年のような印象を受ける。
 年齢はもっと上かも知れないが。

「前大会ではボクがぶっちぎりで勝たせてもらったけどね。今回はファーリス王子という強大なライバルがいる。だから、ひさしぶりに心がうずいてね。ファーリス杯が楽しみでならないんだ」

 オグイはそうエルシスに語ってくれた。
 彼もまた、本当にわくわくしているようで少年のように声が弾んでいる。(その気持ちは分かる気がする)

「その様子だと、キミも馬に乗るんだろ?」
「あ、はい。馬は好きです。田舎の村で簡単に乗るぐらいだったんですが。初めて旅に出た時、馬に乗って見た広大な景色にすごく感動しました」
「旅か……いいじゃないか。ボクは生まれも育ちもこのサマディーなんだ。騎士としてこの国に命を捧げたが、馬と共に旅の景色を見るのは素晴らしいだろうな」

 エルシスの言葉に、オグイはその景色を想像するように空を見上げた。

「明日のファーリス杯は出場枠が決まっているが、他のレースなら自由参加だ。ぜひ、キミも挑戦してみるといい」
「そうですね……」

 エルシスは曖昧な笑顔を向け、オグイにそれだけ言うと――なんだか騒がしいことに気づく。

「どうしたんだ?」

 オグイがモグパックンを歩かせ、忙しない男に声をかけた。

「あ、オグイさん。次のレースの出場者に体調不良で欠席が出ちまったんです。それで、他に出てくれる人を急いで探しに来たんですよ」
「ほう。なら、ちょうどいい人材がいるぞ。ねえ、キミ!レースに欠席者が出たんだ。代わりに出てくれないか?」
「え、ええ!?」

 オグイに呼ばれ、焦るエルシス。

「本当かい!?いやー助かるねぇ。もうすぐレースが始まるのに、急に腹痛になっちまったんだと。観光客だったんだが、サマディーの水が合わなかったって観光客あるあるだな!ははは!」
「へ?いや、僕は……!」

 エルシスは出ると答えてないし、聞いてもいないことを話す男に面食らう。

「馬はこっちで用意していいかい?」

 そう聞かれ、エルシスはあー…と口ごもり、やがて口を開いた。

「馬屋に預けている馬はいます……」
「そりゃあいいね!乗りなれてる馬が一番さ。じゃあ、その馬を連れてすぐ控え室に来てくれ。受付はおれから通しとくから」
「君の走り。ボクも見させてもらうよ!」

 眩しいオグイの言葉に、エルシスは笑顔がひきつく気がした。


(レースに出ることになってしまった……!)

 オレンジを連れて来れば、休むことなくレース場へと連行される。
 エルシスは心の準備がままならないまま、オレンジに跨がった。

 不安要素は二つある。

 まず一つ。エルシスはオレンジに乗ったことはもちろんあるが、全速力で走ったことがない。せいぜい小走り程度だ。

 その二。レースとなれば襲歩で走らなければならないようだが、エルシスはこの走り方が久々である。

 というのも、昔は襲歩で村の回りを走っていたが、エルシスが落馬して馬だけが村に帰ってくるという珍事件が起こって以来、崖も多く危ないと、その走り方は禁止になったのだ。(あの時は坂をいきなり馬が駈け降りて落馬したんだよな……エマが泣きながら探してたんだっけ)

 その後、馬に乗る機会にはほぼ二人乗りで、旅立ちのほこらでは、全力ダッシュしたが、あれは無我夢中であった。(まあ、なんとかなるよな、うん。あ、でもコースってカーブもあるんだ。上手く曲がれるだろうか……)

 観客の声が飛び交うなか、エルシスは他の参加者たちと入場した。

 ウィングスネークの急襲でもわりと冷静だったオレンジだ。
 観客の声にも驚かずに大人しい。頼もしい限りだ。

「オレンジ、お前が頼りだからな。よろしく頼むぞ」

 そう声をかけて、首をぽんぽん叩けば、頷いているのか頭を上下させた。
 まあ、偶然だろう。

「さあ!いよいよ、ブロンズ杯のレースが始まります!」

 司会の声が響く。
 何はともあれ、出たかったレースに出れるのだ。
 スタートラインに立つとエルシスの胸が踊る。
 参加者は一レースにつき四人――狙うのはもちろん一位だ。

 スタートを切る瞬間、エルシスはオレンジの腹を蹴った。

 反応よく駆け出すが、すぐに最初のカーブに差し掛かり、一歩出遅れた。

 だが、直線になると走り抜ける馬についていくごとく、オレンジはスピードを上げる。(お前がその気なら……)

 エルシスはバランスに気をつけながら鐙を踏み込む。尻を浮かせた状態からさらに少し前屈みになり、オレンジが走りやすいよう体重移動する。

(ずっとこんなに走ったことなかったから、オレンジも思いっきり走りたいんだな…)

 エルシスはオレンジにまかすように、手綱を少しだけ緩めた。

 その先に二回目のカーブが見え、ここをどう切り抜けるかが鍵だ。
 せっかく気持ちよくオレンジが走っているのだ。スピードを落とすよりは、緩やかに大回りの方が良いだろう。

 エルシスはそう考え、カーブに差し掛かる前から手綱を徐々に内側に引き、誘導する。

 緩やかに回り、直線になるとぐんっとオレンジ走り抜けた。

 その後も同じようにカーブを曲がり。

 後ろの馬たちを突き放したところで、エルシスは鼻息が荒く、興奮しているオレンジの首を叩いて落ち着かせる。

 あんなにいきなり走ったのだ、無理もない。だが、あと二周ある。優勝するため、頑張ってくれ。

 オレンジの体力を考え、スピードを少し落とし、最後の周に備えるように走る。

 一頭が少し前を走り、もう一頭が並んで走ってくるが、構わない。

 ラストスパートで追い抜かす――

 そう決めて。後半に差し掛かると、エルシスは合図を出す。

 少し踵で触れただけで、オレンジはびゅんと走り出した。

 そのまま、エルシスとオレンジは一位でゴールを切る――!

「……っやった!オレンジ!僕たち優勝したよ!!」

 歓声のなか、ぽんぽんと首筋を叩いて、オレンジをめいいっぱい褒めるエルシス。 
 オレンジは走った興奮がおさまらないのか、足踏みをしているが、彼も同じ気持ちだ。

 自分が走ったわけじゃないのに心臓がばくばくしている。嬉しさに、エルシスがレースを駆け抜けたい気分だ。

「すごいじゃないか!キミと馬の走りっぷり、良かったよ!」

 退場すると、通路で待っていたのだろうオグイに話しかけられた。

「オグイさん!」
 エルシスは馬上から笑顔を向ける。
「どうだった、初レースの感想は?」

 そう聞かれれば、満面の笑顔を浮かべてエルシスは答える。

「とても、楽しかったです!」

 そのシンプルな答えに、満足そうにオグイは頷いた。

「ボクも負けてられないな。明日のファーリス杯、キミもぜひ見に来てくれよな」
「はい、ぜひ。頑張ってください!」

 そう応援し、エルシスはオグイと別れる。

 そろそろ戻らないと、城に行く時間だからだ。
 エルシスはオレンジを再び馬屋に預け、その際にご褒美のニンジンをあげた。

 みんなにレースを出たことをなんて言おうか――。

 手の中にある、優勝商品の『きんのブレスレット』を眺めながら、エルシスは思案と共に宿屋へ走る。





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個人的ウマ見解
フィールドで走る→駈歩(通称、暴れん坊将軍乗り)
ウマレース→襲歩(競馬の走り方)
の、イメージで書いております。


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