天災は忘れた頃にやって来る――と言うらしいが。
いつぞやに聞いた時以来の言葉が、町で歩いているユリに投げかけられた。
「可愛いおねえさん、ぱふぱふしてかない?」
声をかけて来たのは、頭にうさぎの耳をつけた若い女性だ。
「私、まだ練習中なの。おねえさんが練習に付き合ってくれたら嬉しいわ」
あの時、教えてもらえなかったぱふぱふへの興味と好奇心が沸き上がり、ユリは二つ返事で頷いた。
うさ耳の彼女に連れられて、ユリはひとり部屋に入っていく。
「――ユリ!姿が見えないと思ってたら、どこへ行ってたんだ?」
探しに来たカミュが、やっと彼女を見つけて声をかけた。
「ごめんね。今ぱふぱふしてきたの」
「……………もう一度」
ワン モア プリーズ。彼女からさらりと思わぬ単語が出てきて、カミュは聞き返す。
「ごめんね?」
「そこじゃねえ、そのあと」
「ぱふぱふしてきた」
………………やっぱり。
聞き間違いではなかった。
どういうことだとカミュは頭を悩ますが、比較的彼は冷静だった。
以前にも同じ経験がエルシスであるからだ。
彼は二度も同じミスはしない。
これはあれだ、どうせオチがある。
「……で、どうだった?ぱふぱふの感想は」
「ぱふぱふってお化粧のことだったんだね!パフをぱふぱふって、顔にしてもらったんだけど、どうかな?」
カミュの冷静な判断は正しかった。
嬉しそうな顔のユリは、確かにキラキラとさりげなく光っている。
白粉をパフでぱふぱふされてきたようだ。(そんなことだろうと思ったぜ)
「少しキラキラしているな。良いんじゃないか?」
カミュがそう言えば、ユリは純真な笑顔を浮かべた。
エルシスは男なのでそうもいかなかったが、純粋な彼女にはこのまま本当のことを教えずにいよう――。
そうカミュは考えてると、別の脳内カミュが待ったをかけた。
(本当にそれで大丈夫なのか?例えば、ユリが他の男にぱふぱふしてほしいと頼まれ、お人好しのあいつが勘違いしたままついて行ったりでもしたら……)
三流ムフフ本でありそうな展開が待ち受けているだろう。
カミュがそんなことを許すはずがないが、さっきみたいに自分の目が届かない時だってある。(そして、だいたいそういう時は何かやらかす。ユリとエルシスは)
やはり、ユリにも自身の身を守るためにも、きちんと本来のぱふぱふの意味を知っておいた方が良さそうだ――。
と、ここでまた別の脳内カミュがある提案をする。
(待てよ……口で言ってもこいつは分からない可能性がある。しっかり自身の身体でぱふぱふとはどういうものか理解してもらった方が良いな……)
にやりとカミュの唇が弧をかいた。
ユリにだけに出てくる悪い狼カミュ。
「ユリ、それは本来のぱふぱふじゃねぇんだ。本来の意味を知っておいた方が良い。教えてやるからついて来な」
「え?そうなの」と首を傾げる彼女をつれて、カミュが来たのは宿屋だ。
普通の宿屋じゃないみたいとユリが不思議そうに呟くと、カミュは「ちょっと悪いことをするための宿屋だ」と答えた。
普段の宿屋はいつ仲間たちが戻ってくるか分からないからだ。
これからちょっと悪いことをするのだろうかとユリは首を傾げた。
彼は惜しみなく金を払い、罪悪感も特に感じず部屋に向かう。
今のカミュには、ユリの身の安全のためにぱふぱふを教えるという大義名分がついている。
「ベッドに座っててくれ」
カミュはドアを開け、先にユリを通す。
素直にベッドに座るユリを見ながら音を立てず、鍵をかけた。
小さな部屋には大きなベッドしかなく、そこにカミュとユリは二人っきり。
「カミュ……えぇと、ぱふぱふとはいったい……?」
何故か指貫グローブを外すカミュを見上げながらユリは聞いた。
「今から実践で教えてやる。お前も口で言うより、自分の身体で体感した方が分かるだろうからな」
その説明に、ますますユリは難しい顔をした。
「じゃ、明かり消すな」
「明かり、消すの?」
「お前、恥ずかしがり屋だろ?」
カミュは笑う。
「…そんな顔すんなって。オレが怖いことや痛い思いを、お前にさせるわけがねぇ」
その優しい口調に、ユリはそうだね…と肩の力を抜いて了解した。
「じゃあ、消すぜ……」
室内がぱっと暗くなった。ぎしっとベッドが軋み、カミュが隣に座ったのが分かった。
それもすぐ近くで。
「ぱふぱふって言うのはな……」
低く耳元で囁かれた声に、ユリはひゃっと驚いて短く声を上げる。
「お前が、オレに……お前の……で………オレを………してくれることを言うんだ」
「っ!?っ……カ、カミュ!?ど、どこを……………っ!」
「ほら……こうやって……」
ぱふ、ぱふ。
「……ぱふぱふってなるだろ?」
「〜〜っ!?!?」
「……は。お前、……実際に……なかなか……。すげぇ柔らかいし…………みたら、どんなんなんだろうな?」
「っどんなも何も……だ、だめ……っ!……なんて……恥ずかしいから絶対だめ……!!」
「だから、明かりを消してやったんだ。ほら、大人しくしとけって………良い子だから」
「あっ!?ちょっと、待って……!」
ぱふぱふ、ぱふぱふ。
「はあ……お前の………すげぇな………。………くて、残念だ……。………良いぜ……お前は、どうだ?」
ぱふぱふ、ぱふぱふ、ぱふん。
「んっ……も、もう……っぱふぱふが何か分かったから……そんなに……ぱふぱふ……しないで……っ」
「こんなの………ぱふぱふの………だ。もっと……な?……してやるから……」
「そ、そんな……これ以上の…………するなんて………」
「……ほら……こことか…………」
「っあ!?……それ……っ…や…そこは……っ、まっ」
「へぇ?………お前、……………なんだな……」
「…っみ、耳元でしゃべらないで……っ!」
「なんだ……?耳も弱いのか」
「っ…なんでも良いからぁ……も、これ以上はっ…………!」
「なあ、ユリ。せっかくだ。もう少し、続きしようぜ…………………………」
カミュは明かりをつけると、ベッドにぐったりと横たわるユリの姿が目に入った。
(やっぱ明かりを消したのは正解だったな……。オレの理性が持たなかったぜ)
「……本来のぱふぱふが、こんな恥ずかしくて、すごいことだったなんて……」
ユリは涙目で顔を真っ赤にさせて呟いた。
「他の男に誘われてもやらないでくれよ?」
カミュの言葉に「……やらない。やるわけないじゃない……」と、ユリは恨めしそうな目で彼を見上げて言った。
対してカミュは、髪をかき上げ満足げな表情を浮かべている。
暗闇の中で二人が何を行っていたかは定かではないが、ユリはぱふぱふという言葉を記憶の奥底に封印すると決めた。