ファーリス杯が終わっても、熱は冷めることなく盛り上がるサマディー城下町。
ユリ、ベロニカ、セーニャの三人は散策に来ていた。
白熱した試合に疲れたエルシスは宿屋で休み、カミュも宿屋に残ったため。
女子三人だけで、ゆっくり城下町を見て回る。
「まぁ、見てください!お姉さま、ユリさま」
セーニャは小さなファーリス人形を手にした。
「わぁ、ファーリス王子そっくり!」
ユリはすごいとセーニャの手の中の人形を見る。
人形は金色の髪や瞳の色、タレ目など、ファーリスの特徴をちゃんと捉えている。
「しかも、ファーリス杯記念セールでお安くなってます!」
「セーニャ!絶対に買うんじゃないわよ、絶対によ!」
ベロニカは念を押して言った。
荷物うんぬん以前に、絶対にいらんわ!
呪いの人形ぐらいしか使い道はない――ベロニカはそう声に出して言いたいが、今のこのムードのなかそれを言ったら周囲から非難の嵐だろう。(どいつもこいつも王子王子……中身はエルシスって知ったらどうなるのかしら……?)
「こっちにはファーリス杯のシルビアグッズもあるよ」
「……商業魂がたくましいわね、この国は」
ユリの指差す方を見て、苦笑いを浮かべながらベロニカは言った。
町での人々の会話の内容は、ファーリスかシルビアのほぼ真っ二つに分かれていた。
もともとシルビアは人気旅芸人ではあったが、ファーリス杯にて芸だけではなく馬術の腕前も披露し、王子と熱い走りを交わした彼にさらにファンが増えたようだ。
「あら、このアクセサリー可愛いじゃない!」
そう言ってベロニカはアクセサリー屋に目を向ける。「本当だ、可愛いね」とユリも横にしゃがみ眺めた。
「ユリってそういうのに無頓着っぽいのに意外におしゃれよね」
美容などに無関心そうな彼女だったが、腕にはきんのブレスレット、耳にはスライムピアス、髪をくくっている髪留めは、馬モチーフの小さな宝石がついたおしゃれなものだ。
「馬の髪留めは自分で買ったけど、あとはクエストとかのお礼を私が貰ったの」
そう答えたユリに、彼女らしいとベロニカは納得した。
「師匠はブレスレットも帽子も素敵だから、おしゃれが好きなんだね」
今度はユリがそう言うと、ベロニカはふふと嬉しそうに笑う。
「帽子はあたしが魔法使いだからだけど、このブレスレットはね。もともとセーニャのもので、幼い頃にあたしのヘアバンドと交換してずっと身につけてるのよ」
ね、セーニャ。そう呼ばれてセーニャは嬉しそうに「はい!」と答えた。
「いつもお姉さまがそばにいる気がして、勇気が出るんです。代わりにお姉さまには私のブレスレットをお渡ししたんですわ」
「まあ、あたしたちが離れることの方が少ないんだけどね」
そうですわねとくすりと笑い合う二人に、ユリは素敵だねと微笑ましく見る。
趣味も違うし、正反対の性格だが、二人はとても仲が良い双子の姉妹だ。
「アンタたち買わないならどいとくれ!」
双子の思い出話に花を咲かせていたら、そう店員に怒られ「ごめんなさ〜い」と三人は急いでその場を離れた。
出店通りを抜けると、次はカフェに行こうと盛り上がる。
「アイスティー飲みたいな!」
この間、カミュが買って来てくれてさっぱりしておいしかったとユリは言った。
「いいわね!それも氷たっぷりに冷えたの」
「ご一緒にスイーツもいただきたいですわ」
うっとりとセーニャが言うと「「賛成!」」と二人は元気よく答えた。
カフェに来てオープンテラスの席に、アイスティーとひんやりスイーツを優雅に三人は楽しむ。
「――あなたね!」
そんな声に、ユリは今まさにスイーツを口に入れようとした手を止めた。
三人組の女性がこちらを……ユリを見ている。
「私たちはファーリスさまファンクラブの会員。真ん中の彼女が会長よ」
ふぁーりすさまふぁんくらぶ〜?
そう名乗った彼女らに、ベロニカは苦虫を噛んだような顔をした。
「あなたがファーリスさまの婚約者と言われている方よね!私たちからファーリスさまを奪うなんて……一体どこの国の姫なのかしら?」
真ん中の女性がユリを指差し言う。
「こ、婚約者!?」
驚きに声を上げるユリ。
「はあ!?」「まあっ!」
ベロニカとセーニャも続いて同時に声を上げた。
いったい何をどう間違ったらそんな勘違いに。
「とぼけたって無駄よ!特別観客席であーんなに熱い声援を送ってたじゃない!」
「あ、あれは………」
あれはファーリスではなくて、エルシスに――と言いたいが、影武者のことをバラすわけにはいかない。
「否定できないのね?」
「せ、声援を送ったのは確かですけど、私はファーリス王子の婚約者じゃないです!それは断固否定します!」
ユリはキッパリと言い放った。
まさかのファーリスのへっぽこがきっかけに、こんなところに火の粉が降りかかるとは――ベロニカはユリを憐れみの目で見た。
王子だけでも厄介なのに、そのファンにまで絡まれて可哀想である。
容姿が良すぎるというのも時には問題なものだ。わかるわぁ……とベロニカはうんうんとひとり頷いた。
「そうよ、この子は違うわ」
「ええ、誤解ですわ」
ユリを援護するようにベロニカが言い、セーニャもそれに続くと。
ファンクラブの彼女たちは顔を見合わす。
「本当に……?」
「本当ですっ!」
ユリは再び力強く頷く。
「でも……確かな情報筋から特別観客席にいた女性はファーリスさまの婚約者って……」
「会長!もしや、こちらの女性の方じゃ……」
「わ、私ですか!?」
今度はセーニャに彼女たちの視線が集まる。
「確かに……清楚な顔をして、大胆な踊り子の服……ファーリスさまを惑わそうとしてるのね!」
「そ、そんな……!私はただ、皆さまが似合うとおっしゃってくれたから……」
悲しそうにそう言うセーニャ。
これには姉のベロニカもご立腹だ。
「ちょっと!なんでそんな方向に行くのよ!違うに決まってるでしょ!」
「そうです!そもそも婚約者の方なんて私たちの中にはいません」
ユリもそう言うが、彼女たちはまだ納得してないようだ。
「私たち(ユリとセーニャ)の中にはいません……?」
「まさかっ………小さなあなたが!?」
「婚約者ということなら、成人を迎えてからということも……。ありえるわ!」
「ありえないわよっ〜〜!!」
ベロニカが叫んだ。
(誰があんなスカポンタンなんかと!!暑いのに鳥肌立ったわッ!)
「お姉さまとファーリス王子が……想像できないですわ……」
「想像しようとしないで、セーニャ!」
「恋は盲目………」
ユリが恐ろしげに呟いた。
盲目どころではない。
とんでも思考をする彼女たちはきっと、このサマディー地方特有の暑さに頭がやられてしまったのかも知れない。
「アンタ達。オアシスにでも入って頭を冷やした方がいいと思うわ」
「……んなっ!?生意気な子ね!」
火花を散らして睨み合う二人の間に、ぽんっと突然バラが現れた。「「え?」」
「だめよ〜可愛い女の子たちが、そんな怖い顔しちゃ」
そう二人にバラを差し出すのは……
「あっあなたは…………」
「また会ったわね、ユリちゃん♪」
いつのまにかそこにはシルビアが立っていた。
「あなたたちは笑っていた方が、もっと魅力的よ。このバラのようにね」
シルビアがそう言うと、バラは二本に増える。
それを一本ずつ、彼はベロニカと彼女に渡した。
「素敵……!」
ベロニカは嬉しそうに受けとる。
「アナタたちも。手のひらを差し出してごらんなさい」
シルビアにそう言われて、ユリやセーニャ、彼女たちも素直に手を出す。
シルビアがパチンと指を鳴らすと、バラが宙に現れて、手のひらの上に落ちてきた。
「すごい……どうやって!」
ユリは真っ赤なバラの茎を掴み、嬉しそうに見つめる。
「まるで、魔法みたい」
うっとりとした笑顔で、セーニャもバラを見つめた。
ファンクラブの二人も同様である。
「フフ、みんな良い笑顔よ〜。ほら、周りの人が驚いてたわよ。みんな仲良く、ね?」
その言葉に周囲からの視線に気づき、彼女たちは全員頬を染め、おとなしくなった。
シルビアの活躍により、ファンクラブの彼女たちとも和解し(というか誤解が解けた)三人はシルビアにお礼を言った。
「ありがとう、シルビアさん!」
「とっても素敵なショーを間近で観れた気分ですわ!」
「誤解が解けて助かったわ。それに、素敵な演出ね」
シルビアは「いいのよぉ、皆を笑顔にするのがアタシの使命だから」とさらりと言うものなので、三人は感心して彼を見た。
シルビアもごく自然に席に座り、一緒にアイスティーとひんやりスイーツを楽しんでいる。
三人のはすっかり溶けてしまったが。
「ユリとシルビアさんはいつの間にか知り合いだったのね」
ベロニカの言葉に、ユリはカミュと町へ散策した時に出会ったと話した。
逆にユリは、シルビアに一緒に旅する仲間だと二人を紹介する。
「まあっ可愛いユリちゃんのお仲間は、やっぱり可愛い子ちゃんたちなのね!」
そのシルビアの言葉に二人は「ま、まぁっ可愛い子ちゃんだなんて……」「ふふん、女心がよーく分かってるみたいね」と、褒められてまんざらでもないようだ。
「あ、シルビアさん。もらったチケットなんだけど……、ワケあって使う必要がなくなったからショーを観たがってた親子にあげたの」
男の子がとっても喜んでたとユリが伝えれば、シルビアも嬉しそうに笑った。
「教えてくれて、ありがと。ユリちゃんたちも観に来てくれて嬉しいわ〜」
三人はそれぞれショーの感想や、ウマレースの走りがすごかったと話す。
シルビアもその時のことを話したり、すっかり彼女たちは打ち解けていた。
「じゃあ、アタシはそろそろ行くわ。楽しいお茶会にまぜてくれてありがと。これは貰っていくわね」
そう言って、シルビアは伝票をひょいと取ると。
三人が止めるまもなく、スマートに行ってしまう。
素敵……素敵すぎる……!!
彼の去って行った方角を三人は、ぽぉーと見つめていた。すっかり魅惑の旅芸人、シルビアのファンである。