バクラバ砂丘――。
ちょうどサマディー城の裏に位置する地域であり。
砂漠の殺し屋ことデスコピオンは、その砂丘の最奥部をねぐらにしているという。
ぐるっと大回りをして進まないとならならいが、馬に乗っている彼らなら半日で着けるだろう。
シルビアを加えた五人は、砂漠を馬で駆け抜ける。
魔物に襲われることもなく快適だ。
ユリはエルシスの計らいで、オレンジに乗せてもらっていた。
彼らが以前、サボテンボール狩りをした場所より、さらに進むと岩石砂漠に突入する。
赤い岩山から流れる砂の滝を横目に、開けた平地をずっと走っていく。
「気持ちいい〜!」
ユリは反対側の海を眺めながら、声を上げた。
「ああ!潮風が心地良いぜ!」
カミュも風を受けながら同様に言う。海面によって温度が下がった風の中を、彼らは馬で走り抜ける。
「レースも良いけど、やっぱり自然の中を走るのが一番楽しいな!」
「ふふっエルシスちゃん、イキイキしてるわね!」
レースで火花を散らして走った時とは違い、エルシスとシルビアの二人は楽しそうに並んで走っていた。
「私もいつか、ウマレースに出てみたいな……」
ユリが独り言のように言った言葉を、セーニャが拾ってふふっと笑う。
「ユリさまとオレンジさんなら、きっと優勝も狙えますわ!」
「セーニャ、それはいくらなんでもおだて過ぎよ。良くて2位ね」
「お、賭けるか?オレはカーブが曲がれなくて最下位だな」
「ひどい!?」
ユリがすかさず抗議した。リアルなところを突いてきたのがくやしい。カミュは笑っている。
「うむ…じゃあ僕は間をとって3位で」
「アタシも参加させて!面白そう〜!」
ユリの何気ない言葉が、賭け事にまで発展し、シルビアまで参加し始めた。
どうせなら何か賭ける?金銭以外にしよう──彼女をほっといて、五人は何を賭けるか盛り上がっている。
「……みんな、ひどいね」
ユリはひとり、不満げにオレンジに話しかけた。
西の関所が見えてくると、先に到着していたファーリスたちの姿もあった。どうやら待っていてくれたらしい。
「……なんだ?あなたも来てくれたのか」
シルビアの姿に、ファーリスは驚いたように目を見開く。
「アタシもサソリちゃんの捕獲を手伝おうと思ってね」
あの王族控え室の一件の後なので、エルシスは少しハラハラしたが、ファーリスがシルビアに噛みつくことはなかった。
「ここから先が、ご覧の通りバクラバ砂丘です。西側は遮るものなしで海風が吹いてるので、砂が目に入らないように気をつけてくださいね。進んで行くと、中央にどーんと古の遺跡群が見えます」
そう説明するユルい側近に「観光案内みたいだな」とエルシスは言い「これから凶悪なサソリを捕獲しに行く気がしないわね……」ベロニカも同意する。
「砂漠にある遺跡なんてロマンティックですわ」
そう言うセーニャに「分かる!」とユリが同意して頷いた。
「詳しくなんの遺跡かは分かってないですけど、星に関わる儀式のためのようなものとか何とか……。最近、クレイモランという国から来た学者が言ってたらしいです」
「…クレイ…モラン……」
唇をほとんど動かさず、彼は小さく呟く。
「?カミュ、なにか言った?」
「………いや?」
尋ねたエルシスに、自然な表情でカミュは返した。
「見張りの兵士の話だと、デスコピオンはやっぱり最奥部のねぐらにいそうですねー。ですが、いつこの辺りに現れてもおかしくないので注意して進みましょー」
一行はファーリスたちと共に関所を抜け、バクラバ砂丘を進む。
「っ、本当だね、目に砂が入りそう……」
目を細めながら言ったユリ。砂丘ということもあり、細かい砂が風で舞い上がっているのだ。
安全のため、少しペースを落として馬を走らせる一行。
「ストールを被っておけ。髪の毛が砂まみれになるぞ」
ユリの隣に馬を寄せたカミュは、手を伸ばして、彼女の首に巻かれたストールを頭に被せてやった。
ユリはありがとうと片手に手綱を集めると。もう片方の手で、風から守るようにストールを押さえた。
――その光景に不満たっぷりなのは、ファーリスである。
今までユリの美しい乗馬姿……正しくは馬に股がったことによって、深いスリットから大胆に露になっている彼女のナマ足を眺めていたのに――。
カミュが隣に馬を並ばせ、ユリの姿が見えなくなってしまった。
もちろんカミュはそれに気づいた上でのものだ。
ファーリスが元々のタレ目をさらに目尻を下げてデレ〜と彼女の脚を見ていたことにはすぐに分かった。
(ユリをいやらしい目付きで見やがって……荷台から落ちちまえ!)
(人の恋路を邪魔するヤツは落馬してしまえばいい!)
お互いが同じようなことを考えていたとは、二人は知りもしない。
しばらく進むと、バクラバ石群は遠目からでもすぐに分かった。
大きな石材を円形のように積まれて造られた遺跡。
どうやって積み重ね、なんのために造られたのか未だにはっきりわかっていないという。砂丘の真ん中に、ぽつんと存在するのも神秘的である。
「あれ、何やってるんだろ?」
「異様に見えるな……」
遺跡を横切る際、眺めながらユリとカミュが言った。
魔物のまほうつかいたちが、遺跡の周りに集まり、拝めているよう見える不思議な光景である。
「前方にワイバーンドッグちゃんが寝てるわね。起こさないように離れて通り抜けましょう」
前を走るシルビアの言葉に従い、一同は馬を誘導して走る。
「ワイバーンドッグって?」
エルシスはシルビアが見た先に、猫のように丸くなっている大きな毛の塊の存在に気づいた。
「砂漠を駆ける大型の魔獸よ。夜行性だから日の明るいうちは眠っているけど、凶暴な魔物ちゃんなの」
「へぇ、詳しいんだな、シルビア」
危険な魔物のワイバーンドッグを無事にやり過ごすと、オアシス地帯が見えてくる。
オアシスの湖に浮かぶようなサマディー城が遠くに見えた。
どうやら裏手に回ってきたようだ。
「ふう……。ようやく休めそうな場所に出たな。とりあえず、ここで休んでいくとしよう。サソリを捕まえるのは、また明日ってことで」
そう言ってファーリスは荷台から降りて腰を伸ばす。
「王子はただ乗ってただけだけどね」
ベロニカが小声でつっこんだ。
「ええ。ここらで休むのは賛成だわ。サソリちゃんは手強いとウワサだものね。エルシスちゃん、アタシたちも戦いにそなえて休みましょう」
「うん、賛成。ちょうどキャンプ地だし」
オアシスに面する岩影のキャンプ地に、ゆっくり休憩が取れそうだと、エルシスが眺めていると……
「……あれ、先客がいるのかな?」
そこに荷物が置かれているのに彼は気づいた。
「こんな場所にか?」
カミュが不思議そうに、首を傾げながら荷物を見る。
荷物の主は見当たらないが……。
「エルシスさま。あそこのオアシスに人影が見えますわ」
セーニャの指差す方を彼らは見ると、確かに誰かいるようだ。
「いくら女神の加護があっても、この辺りは危険じゃないかしら?」
「……もしかしたら、危険なサソリが現れたのを知らないのかも」
ベロニカとユリが続けて言う。
「そうだね……ちょっと声をかけてみようか」
エルシスの言葉に、六人は人影に向かって歩いて行く。
「なんで、王子サマまでついてくるんだよ」
「ここはサマディー領土だぞ。王子の僕が気にかけるのは当然だろ?」
カミュの問いに、ファーリスは胸を張って答えた。
「うーん、画の構図がね、なかなか決まらないね。こう、ガッと来るようなね。衝撃というかね……要するに画はね、ガッと来ないとダメだねえ」
そう貴族のような風貌をした青年が、何やらキャンバスの前でぶつぶつと呟いている。
「あの……?」
エルシスはそっと声をかけると、彼は独特な言葉遣いで話す。
「あのねえ、ボクはね、画家なんだねえ。ガッと来る画を描くには空想が必要だからね。だから、こうして、ここで突っ立ているんだねえ。突っ立てたおかげで、テーマも決まってね。月の下で暴れる獣たちの競演をテーマにして画を描きたいんだけどね……」
見ての通りの画家らしいが、芸術家だからだろうか。変わった青年である。
「なんかねえ、いまいち、ガッと来ないんだね。ボクが思うにね、致命的に、やっぱアレが欠けてると思うんだねえ」
そう悩む画家の青年に、エルシスはここは危険だと話すが、彼は作品が完成するまでここを離れ気はないらしい。
「おい、エルシス。警告はしたんだ。本人がここにいるってんなら、放っておこうぜ」
そうカミュが言って、ここから立ち去ろうと促すと「ガッと来た」と、謎の言葉を画家の青年が発した。
画家の青年はカミュを見ながら、独り言のように呟く。
「バクラバ石群とワイバーンドッグ……。それに加えて、ビーストモード……これねえ、最高の組み合わせなんだねえ」
「……ビーストモード?」
カミュが怪訝そうな顔をして、聞き返す。
「ボクはね、才能溢れる画家だからねえ。キミの中に眠る強い力に、ガッと気づいたんだね」
カミュの中に眠る強い力……?
全員の視線がカミュに注がれた。
「……よく分からねえが、その強い力を目覚めさせるにはどうすりゃ良いんだ?」
良い質問だと言うように、画家の青年はカミュに答える。
「これねえ、簡単なことだねえ。キミの仲間の力を借りればいいね。そこのキミと、」
画家の青年はエルシスを見る。
「そこの彼女」
次にセーニャを見た。
「……もしくは、うん。彼女でもいいねえ」
そう画家の青年は最後にユリを見て、「私?」と彼女は首を傾げた。
「キミたちがれんけい技《ビーストモード》を使って、夜にバクラバ石群のワイバーンドッグを倒してくれたら、間違いなくガッと来るね。どうだねえ、やってくれるかねえ?」
画家の青年の言葉に「やってみようよ!カミュの眠れる力が気になるし」とエルシスの言葉にカミュも同意し、画家の青年は満足そうに頷く。
「いいね、いい返事だねえ。今の返事もなかなかガッと来たね……それじゃ、ガッと来るような衝撃のために……ひとつ、よろしく頼むねえ」
――若い画家からのクエストを受け、こうしてカミュはれんけい技により《ビーストモード》になれるようになった。
「来たねえ、ガッと来ちゃったねえ……ボクね、キミたちの戦いをねえ。遠くからずっと見てたんだねえ……」
見てたんだ!エルシスはさりげなく驚いた。
「おかげで決まったね。画のタイトルはだね。月下乱舞。獣たちのワルツ……キミと彼女と私のビーストモード……」
画家の青年はうっとりと言う。
「うーん来ちゃったねえ……もうこうなったら何も考えないね。何も考えないで描く。これに尽きるね」
どうやらこれから町に戻ってゆっくりと絵を描くらしい。ひとりで大丈夫かとエルシスは心配になったが、キメラのつばさを持っているようだ。
「ガッと来ちゃったお礼にねえ。キミにこれを渡しちゃうんだねえ」
お礼にとエルシスは新しい『レシピブック』を受け取った。
「このガッと来た衝撃はひさびさだね……。こういった瞬間に立ち会えちゃうから芸術家ってのは、やめられないねえ」
そう最後に言うと、画家の青年はキメラの翼を投げて町に戻って行く。
変わった人だったが、おかげでカミュの新しい力が目覚めたのだ。感謝である。
「……あれ、なんか王子。ちょっぴり強くなりましたか?」
戻ってきたファーリスに、ユルい側近が首を傾げながら聞いた。
さすが側近。ほんの少しだけレベルが上がったファーリスに気づいたらしい。
エルシスは道中に出会したメタルスライムを倒すのに、ファーリスが一役買ったと話すと「……王子がですか?うっそだぁ」とユルい側近はへらりと笑い、ファーリスに怒られていた。
「皆さんの分も作ったんで、いっぱい食べてくださいねえ」
彼はファーリスに怒られたのも気にもせず、エルシスたちにカレーをよそってくれる。
これぐらいゆるくないとファーリスの側近は務まらないのかも知れない。
「――アナタたち男二人、女三人の5人旅なんて、賑やかで楽しそうじゃない?どうして旅なんかしてるの?」
サマディー兵士特製のカレーをおいしく頂いた後、セーニャの淹れた食後のお茶を飲みながら、彼らはまったり過ごしていた。
皆で焚き火を囲むなか、シルビアはふいにそう五人に聞く。
少し離れた所では兵士が交代で見張りを。
ファーリスは慣れないことの連続で疲れて、すでにぐっすり眠っていた。
なんて話そうとエルシスは考えていると、彼が旅芸人だったことを思い出した。
「シルビアは、勇者って知っている?僕たちはその勇者に関わる旅をしているんだ」
それに――とエルシスはちらりとユリを見る。
彼にとっては自分の使命と同じぐらい大事なことだ。
ユリは軽く微笑んで、了承するように頷いた。
「ユリは……記憶喪失で、彼女の記憶も一緒に探す旅をしているんだ。シルビアも旅をしているんだよな?どこかでユリの噂とか聞いたことないかな」
ユリについての告白に、シルビアは少しだけ目を見開いてみせた。
そして、悲しそうに「ごめんなさい」と首を横に振る。
「そう…そうだったのね。アタシもあちこち旅芸人として町を回って来たけど、どちらも心当たりはないわ」
そうシルビアは答えて、改めてユリを見る。
「ユリちゃん。アナタの力になれなくてごめんなさい」
謝るシルビアに、今度はユリが慌てて首を横に振る。
「そんなこと!…シルビアさん。ありがとう、気遣ってくれて」
ユリは彼に微笑んだ。シルビアが謝ることは何一つないのだ。
彼は優しく思いやりがある人だとユリは思った。
「……あなたは立派ね」
ふとシルビアは瞳を細めてユリに言う。首を傾げるユリに彼は続ける。
「自分が大変な時にも明るく笑顔を忘れない……意外となかなか出来ないものなのよ。ユリちゃんの笑顔にアナタたちも救われたんじゃないかしら?」
そう言って、シルビアはユリ以外の四人をにこりと見た。
「うん、僕は何度も救われたよ」
エルシス。
「私もですわ。ユリさまの笑顔を見ると嬉しくなります」
セーニャ。
「……ユリの笑顔で、悩む気が失せたのは確かだな」
カミュ。
「そうそう。ユリが落ち込んでいると調子が狂うのよね!」
ベロニカ。
それぞれの言葉を聞いて「なんか恥ずかしいな……」と身を縮めるユリ。
その顔がほんのり赤いのは、もちろん焚き火に照らされたせいではないと、皆は知っている。
その様子に、素敵なパーティねとシルビアは微笑ましく彼らを眺めた。
「……そういえば。エルシスちゃんたちがお坊ちゃんの頼みを聞くのは、虹色の枝のためみたいね?」
シルビアは王族控え室での二人の会話を思い出し、エルシスに再び聞いた。
「うん、勇者に関する旅に必要なんだ」
エルシスがそう答えると、どうも彼は興味があるらしく「良かったら詳しく教えてくれない?」話せるとこまででいいわ――そう付け加えて五人に言った。
「今はまだすべてが明らかになったワケではありませんが……」
そう口を開いたのはセーニャだ。
「勇者にまつわる伝説……。そのすべての謎を解き明かすために、命の大樹を目指す旅をしているのです」
そのために命の大樹の枝だと思われる虹色の枝が必要だと。
「もしかしたら、世界に災厄をもたらしたという邪悪の神と戦う日が、近い将来、訪れるのかもしれません……」
真剣な表情でセーニャがそこまで話すと「ダメよ、セーニャ!いくらシルビアにでも、そんなことまで話しちゃ!」と、隣からベロニカが小声で窘めた。
「へー!みんなの笑顔を奪おうとする邪悪の神ちゃんって悪いヤツが、これから復活するかもしれなくって……。アナタたちはそれを倒すために旅してるっていうの!?なにそれ、面白そうじゃな〜い!」
意外なシルビアの反応に五人は驚く。
「邪神の神ちゃんか……」
「その言い方だと怖く聞こえないね」
おかしそうに笑い合うエルシスとユリ。
「……こんな話をうのみにするなんて、あんた、変わってんな」
カミュは呆れと感心が混ざった声で言った。
「そういうシルビアはどうなのよ?なんで、旅をしているの?」
今度はあなたの番よと言うように、ベロニカがシルビアに聞くと。
「ふふっ。アタシのことはいいわよ」
くすりとシルビアは笑った後「……さっ明日はサソリちゃんと対決よ。おしゃべりはこれくらいにして寝ましょ」と、そのまま後ろに身体を倒してしまった。
「……なんだよ、もったいぶりやがって。ったく、変なヤツだぜ」
「ま、これに関してはアンタも人のことを言えないわね」
「……………」
確かに旅の目的やら自分のことを話さないのはカミュも一緒で。
そこを突かれると彼は何も言えない。
チクリと言ったベロニカは、カミュの反応に満足して「さあ、あたしたちも寝ましょう」とユリとセーニャを連れて、さっさと寝袋に入っていった。
「……僕たちも寝ようか」
「そうだな……」
見張りは兵士たちがやってくれる。
安心して、エルシスもカミュも寝床に着いた。