「王子。ユリさん、すっごく喜んでいましたよ。あなたが渡せば良かったのに――」
岩影に隠れているファーリスは、
「…っ怖くて、足が動かないんだ……。なんでみんな、あんな化け物に立ち向かえるんだ……っ!」
膝を抱えて、ただ震えていた。
そして、その場には彼と側近以外、誰もいなかった。
エルシスたちが逃げずに全員で戦う姿は、兵士たちを奮い立たせた。
騎士としての教訓を思い出し、恐怖を感じながらも。
彼らはシルビアの援護に、戦いへ赴いたのだ。
分からないとファーリスは言う。
無理もない。ろくに訓練もせずに、城で大事に育てられた王子だ。
その上、戦いに向かない気弱な性格。
非常にプレッシャーに弱く、同時に彼は、非常に優しかった。
方法はどうあれ、両親や民衆のどんな期待にも応えようとするほどに――。
「ファーリス王子。それは皆がこの国の騎士だからですよ。騎士道の信念を胸にかかげる……王子もよくご存じでしょう」
側近は静かに言う。
「……知ってても、ボクには信念も勇気もない。お前だってよく知ってるだろ!?ボクには虚栄しかないんだ!」
「……王子、」
「もうほっといてくれ!お前だって……お前も行けばいいだろ!」
自暴自棄になるファーリスを、側近はただ見つめていた。
嘘とごまかしを重ね、見栄を張る。
慣れてしまったその生き方。
変えるのは難しいかも知れない。
だが、変えたいと思うからこそ、彼は今こうして苦しんでいる。
あと少し。きっかけはすぐそばまで来ているはず。変わるべきなのだ。
王子も、この国も、自分も――。
「ボクは王子の側近ですからねえ。あなたの側にいるのがボクの仕事じゃないですかー」
ユルい側近は、いつものようにへらりと笑う。
「王子。エルシスさんたちはまだ戦ってます。それをしっかりと最後まで見届けるのが、今のあなたの務めです」
「……!」
その言葉を聞き、ファーリスは震える足で立ち上がった。
彼らの勇姿を、その目に焼き付ける為に――……
「なかなかっ、やるじゃないの……サソリちゃん?」
デスコピオンの猛攻を、剣で受け流してやり過ごすシルビア。
本当は攻撃の一つも入れたいところだが、なんせ向こうは腕が六本。
容赦なく素早い六回攻撃を仕掛けてくる。
ここでシルビアを亡き者にしようという魔物の本気度を伺えた。(ちょっと困ったわね。エルシスちゃんたちが援護に来ないということは、まだ………)
ベロニカとセーニャが魔法で援護してくれているが、攻撃呪文が甲殻の身体にあまり効かない。セーニャの回復呪文は、シルビアの疲労までは取れない。
「くっ…」
そして、油断すると回復が追い付かない傷が増える。
デスコピオンの鋭い刃が、シルビアの手の甲をかすって、赤い血が滲んだ。
「うおおおおお!!」
その時。ひとりの兵士が雄叫びを上げながら、デスコピオンに切りかかる。
大したダメージにはならないが、魔物の意識がそれた。
その一瞬の隙を見逃さず、シルビアの一撃が懐に入る。
デスコピオンが呻いて、後退った。
「兵士ちゃん、一体どうしたの?」
シルビアが突然現れた兵士に驚いてそう聞くと、彼は魔物を見据えたまま答える。
「わ、私の夢は聖騎士長なんだ!ここで手柄を立てると誓ったのに、怖くて隠れてしまった……!情けない!今からでは遅いが……一緒に戦わせてくれ!」
必死にデスコピオンに剣を向けるのは、あの野心家の兵士だった。
その姿にシルビアはきょとんとしてから、フッと笑う。
「ありがとう。あなたのおかげでさっきは助かったわ。でも、あなたにはあなたの仕事があるはずよ。王子さまを守るという……」
「王子なら側近がついているから大丈夫です!」
そう言ったのは別の兵士だ。
彼も剣をデスコピオンに向けて構える。
「あいつは若いが優秀です。シルビアさん、私も一緒に戦わせてください。私だって騎士の端くれ。あなたが攻撃できるよう、隙ぐらい作ってみせます!」
「お…俺も戦わせてくれ!あなたの剣術に感服した!せめて、エルシスさんたちが戻って来るまで!」
そして、またひとり。兵士が現れ、彼もデスコピオンに剣を向けた。
「……困った兵士ちゃんたちね。いい?危なくなったらすぐに戻るのよ」
シルビアは目を瞑り、深呼吸をすると。
再びデスコピオンを強く捉え、剣を握り直した。
自身が気にかけている男は、今何を思っているだろうか。
「……あ…あれ……?僕たちいったい……」
「痛っ……なんだ、いつこんな傷を?」
天使の鈴を使い、混乱が解けた二人に、良かったとユリの目には涙が滲む。
「二人はデスコピオンの混乱攻撃にかかって、互いに戦い合ってたの」
ユリの言葉に驚いて、二人はお互いの顔を見合わした。あちこち傷だらけだ。
「ご…ごめんっ!カミュ、僕が……!」
「いや、それを言うならオレだって悪かった……」
お互いに謝り合う二人に、ユリはくすりと笑みを浮かべてから口を開く。
「二人とも謝るのは後にしよう。今、シルビアさんがひとりでデスコピオンと戦って……――!」
ユリにつられて、エルシスとカミュもそちらを見ると……デスコピオンと戦っているのはシルビアだけでなく、兵士たちもだった。
彼らは魔物を円になるよう取り囲み、牽制するように剣を向けている。
「あいつら……」
驚くカミュに、
「……助けに来てくれたんだ」
エルシスも同じように呟いた。
「エルシス、カミュ。行こう――」
凛々しい表情と声で、ユリは二人に言った。
最初にデスコピオンと対峙して怖がっていた姿は、もうない。
そんな彼女に、二人は強く頷く。
「ゾーンにするね。今度はカミュも」
れんけい《ゾーンバースト》で、エルシスとカミュがゾーンに入る。
「ルカニがかかっていてもヤツの防御力は高い。けど、きっと僕たち三人なら……」
新しいれんけい技だと――エルシスは剣を空にかかげる。
その剣先に合わせるように、ユリとカミュも剣を空にかかげた。
三人が片手剣を装備している時のみ使えるれんけい技。
《三剣士》
三人は同時に、デスコピオンに向かって駆け出す――!
「エルシスさんたちが来たぞ!!」
兵士のひとりが歓喜の声で叫んだ。
他の兵士たちの強ばった顔に笑顔が浮かぶ。
(やっと来たわね……!お手並み拝見といこうかしら?)
シルビアはふふと口許に笑みを浮かべながら、さっと後ろに下がる。
走ってくる三人に気づいたデスコピオンは、振り返り、迎え撃つように六本の腕を広げた。
対して、三人の同時攻撃が襲う。
「へっ、さっきのお返し……倍にして返してやるぜ!」
右の腕たちに向かって、はやぶさ斬りのように素早く斬りつけるカミュ。
「はっ――!」
反対側では、ユリが身体の捻りを加えて左の腕を払う。
「いくぞ!!――デスコピオン!!」
真ん中からエルシスが足を踏み込み……
一刀両断のごとく剣を天にかかげ、上から高く振り下ろす!
「グガガア……!」
デスコピオンの甲殻の身体に、三人の剣筋が光のように走った。
単純な足し算ではなく、掛け算のような攻撃。
デスコピオンに大きなダメージを与え、魔物はその場にダウンする。
「やったぞーーー!!」
兵士たちから上がる歓声。
「三人ともやるじゃない!惚れちゃうわ〜!」
笑顔と共に三人に駆け寄るシルビア。
「やったっ! 」
「さすがです!エルシスさまたちのれんけいは最強ですわ!」
少し離れた所で、ベロニカとセーニャも喜び合った。
「捕獲だから、これ以上攻撃したらまずいか……?」
エルシスは難しいなと、動かないデスコピオンを見上げる。
「ったく、面倒くせぇ……」
眉間にシワを寄せながら言うカミュに、
「気絶してる……?」
二人と同じように、ユリもデスコピオンを見上げて言った。
「この鎖でヤツを巻いて捕らえます!あとは我々にお任せを……」
そこにひとりの兵士が丈夫そうな鎖を持って現れる。捕獲用の鎖らしい。
直後――デスコピオンの目がぎょらりと動いたのを、いち早く気づいたシルビアが叫ぶ。
「っまだ意識があるわ!!」
――シルビアが叫ぶのが先だったか、デスコピオンが動くのが先だったか……ユリには分からない。
素早くルカナンを唱えたと思えば、サンドブレスをその場に吐きかけたデスコピオン。
気がついたら全員、吹き飛ばされていた。
ブレス攻撃の痛みと、砂場に叩きつけられた痛みに、ユリは苦しむ。
その衝撃で、彼女の髪を纏める馬の髪留めは壊れ、どこかへ飛んでいってしまった。
乱れた髪も身体も砂まみれで倒れているユリは、痛みを逃すようにゆっくり浅い呼吸を繰り返す。
少し落ち着いたところで身体を起こそうと、手に力を入れると砂を掴んだ。
そこから目を開けようとして、感じる違和感。
「…痛っ……?」
両目に痛みが走り、まぶたを開けられない。どうやら、サンドブレス攻撃で目をやられたようだ。
ゆっくり上体を起こすと。効くか分からないが、目にホイミをかけようとして――。
彼女の口から呪文は出て来なかった。
閉ざされた視界に、普段以上に聴覚が音を拾う。
砂を踏みしめて近づいてくる足音。
威嚇するような声。
ユリの全身に恐怖が走った。
逃げなくてはと思い、震える身体でよろけそうになりながら立ち上がる。
だが、目が見えない恐怖は思った以上だった。
足が踏み出せない――早くその場から逃げないと、デスコピオンがすぐそばにいる気配が。
「っああああーー!!」
何の前触れもなく襲った激痛に、口から出たのは絶叫だった。
デスコピオンの正面から振り下ろした鎌は、彼女の肩を切り裂いた。
赤い鮮血が服を滲ませ、巻き込まれた銀の髪が宙を舞う。
ユリは膝から落ち、その場で肩を押さえてうずくまった。
混沌とする意識のなか、反射的にホイミを唱えようとするも声が出ず、呪文が唱えられない。
守備力を下げられた身体には、堪えられない痛みだった。
(痛い……痛い…っ……こんな痛み、あの時以来だ――)
ユリが記憶を失う直前。
あの時もこんな風に背中を裂かれた。
誰に、どこで、何故。思い出せない。
何も思い出せないのだ。
(痛い。怖い。暗闇だ。だれかたすけて……だれか、だれか)
痛みと恐怖に、うわ言のようにユリは助けを求める。
――……音が聞こえた。
激しい刃を交える音に、誰かがデスコピオンと戦っていると気づく。
助けに――そう思った時、暖かい身体と腕に、ユリは包まれた。
「ユリ……」
自身の名前を呼ぶカミュの声が、耳元に届く。
「………カミュっ」
彼が、来てくれた。
「……守れなくて……、すまねえ……」
「……カミュ……?」
苦し気な声とその言葉に、ユリはもう一度、彼の名前を呼ぶ。
カミュからの返事はない。
かき立てられる不安。
何が起こっているのか分からない。
不意に、カミュがこちらに身体を預けてくる。
自分の背中に回されたその腕が、力なく落ちたのが分かった。
(カミュの意識が、ない――)
そう気づいた瞬間、ユリは痛みさえ忘れて、全身から血の気が引くように絶望を感じる。
分からなかくてもすぐに想像ができた。
彼はきっと、自分を庇ったのだ。
「ユリっ……!カミュ――ッ!!」
エルシスの悲鳴のような声が聞こえた。
瞬時にユリはカミュと体勢を変え、彼に覆い被さった。浅い呼吸を感じる。
まだ、カミュは生きてる。
自分の身体で刃を受け止められるだろうか。
どうか、彼に届かないで――……
――何が勇者だ!!
エルシスは自分に憤怒していた。
デスコピオンによる、ルカナンとサンドブレスのダブル攻撃は、彼らの優勢を無に返した。
強烈なブレスに、吹っ飛ばされたのはユリだけではない。
エルシスもカミュもシルビアも兵士たちも。逃れた双子が救助に向かうが、被害が大きくその場に混乱が生じた。
「僕たちは大丈夫だから!セーニャ、兵士たちを頼む!」
そう指示を出したのは、自分だった。
ユリの絶叫とも言える悲鳴が聞こえたのはそこからすぐ――
「ベロニカ!!」
カミュが怒声のように叫び、マヌーサ状態をいち早くベロニカに治してもらう。
持ち前の素早さを生かし、デスコピオンとユリの間に強引に割り込むカミュ。
片手剣はどこかへ吹っ飛んだ。
短剣を手に取り、応戦する。
馴れた武器だが、間合いが少し足りない。
鋭い六回攻撃に、取り逃した刃がカミュの腹に突き刺さった。
重傷を負っても尚、カミュは――
ベロニカにマヌーサを解いてもらい、目にしたその光景に、エルシスは茫然と立ち尽くす。
目に飛び込んだのは、何よりも大切な二人の傷ついた姿。
「ユリっ……!カミュ――ッ!!」
何が世界を救う勇者だ。僕は、大切な人たちさえも……!
「エルシスちゃん!しっかりなさい!!」
シルビアの叱咤に、エルシスははっと我に返る。
「――っデイン!!」
二人に再び刃が届く寸前に、聖なる雷がデスコピオンを襲い阻止した。
デインでも甲殻の身体に効きづらいが、隙が出来れば、その後ろにはシルビアがいる。
シルビアは二人から引き離すように、デスコピオンの注意を引き付けた。
(早く、二人を回復しないと……!セーニャは兵士たちもお願いして限界なはずだ。僕がっ……)
焦燥するエルシスの耳に届いたのは、美しい音色。
心安らぐその音色は、セーニャの琴だと気づく。
「「聖なる大樹よ、我らに癒しの加護を――」」
詠うようにベロニカとセーニャは祈る。
その旋律に乗るように、暖かな光が皆を包み込んだ。
ベロニカとセーニャの二人のれんけい技《ラムダの祈り》だった。
全員の傷を癒し、徐々に体力と魔力を回復させる。
強力な回復の技に、二人は気力を使い果たしたように、ふらりと砂の上に倒れる。
「ベロニカ!セーニャ!」
……――気づくと、ユリは暖かい優しい光に包まれていた。
美しい旋律と声が聞こえ、それはベロニカとセーニャのものだと気づいた。
彼女の肩の傷は癒え、全身の痛みも和らぎ、目ももう痛くない。
そっと頭を優しく撫でる手。
顔上げ、ゆっくり目を開けると――
「……ユリ。あのな、助けた意味がなくなるだろ」
視界にカミュの笑顔が映る。ユリは今度は涙が滲んで見えなくなった。
「もう、大丈夫だから。泣かないでくれ」
優しい声色でカミュは言う。ユリの涙を指で拭った後、彼は身体を起こす。
「カミュ…っ…ごめんなさい……私のせいで……っ」
「お前のせいじゃねえ」
止めどなく涙を流すユリの頭を撫でる。
衝動のまま、その手で彼女の頭を自身の肩に寄せ、その身体を腕に閉じ込めた。
自分より小さな身体に、少し低い体温。
初めて感じる彼女のぬくもりは、身体に馴染み、このままずっと抱き締めていられたらと――そう、カミュは思った。
甘いため息を吐く。だが、彼にはやらなければならないことがある。
(よくもユリを……。あのサソリ野郎、絶対に許さねえ……)
「ユリ、ここで待っていてくれ」
名残惜しいが、カミュはユリから身体を放す。
「え……」
「オレはあいつを仕留めてくる」
やけに凛々しい表情だった。
カミュは側に落ちていた短剣を手にすると、デスコピオンへと駆けて行く。
「仕留めるって、……捕獲じゃ?」
ユリはその場でぽかんとしながら、カミュの後ろ姿を見送った。
(あいつは生かしておけねえ。今、ここで、オレが始末してやる――)
強い殺気を短剣に乗せ、カミュはデスコピオンの前に飛び出した。
「……!ちょっとカミュちゃんっ?今回はあくまでも捕獲よ!」
じわじわとデスコピオンの体力を削っていたシルビアが、カミュの殺気に気づき、窘めるように声をかけるも。
「知るか、こいつはオレが殺る――」
完全に頭に血が昇っていると、シルビアはカミュの様子にため息を吐いた。だが、それも仕方ない。
彼の"お姫さま"が痛め付けられたのだから。
カミュは最後の悪あがきの瀕死のデスコピオンの猛攻をものともせず。
短剣で受け流し、動きを見切って、すべての攻撃を避ける――。それは、シルビアも見た、ビーストモードを彷彿させる動きだった。
そして、カミュの鋭い攻撃が入ると、デスコピオンは眠りに落ちていく。
睡眠攻撃。次に何やら短剣を構え直し、手負いの獲物を狙う獣の目付きで飛び上がった。
止めを刺す気だ――シルビアは腰の鞭に手を伸ばす。
「はーい、そこまでよ!」
「!?うあぁ……!」
鞭がカミュの足を掴まえ、そのまま宙に放り投げるシルビア。
「……ぐえっ!」
砂の上に無惨に落とされたカミュは、蛙が潰れたような声を出した。
「さあて、砂漠のみんなを苦しめるサソリちゃんには、お仕置きをしなきゃね!」
シルビアは鎖を持つと、兵士たちと共に眠っているデスコピオンをぐるぐる巻きに捕縛した。
たとえ眠りから起きても、瀕死の状態にこれなら逃げられないだろう。
「……後で覚えてろよ」
と、後ろで全身砂まみれのカミュが恨みがましく睨んでいるが、シルビアは無視した。
「お前たち、いいな?これは、ボクの手柄だと説明するんだぞ」
ぐるぐる巻きのデスコピオンを前で、兵士たちにそう指示するファーリス。
「で、でもっ……いえ、もちろんです、王子さま」
ファーリスの言葉に、苦々しく兵士たちは頷いた。
ユルい側近も何も言わず従い、デスコピオンを荷台に乗せる作業に移る。
「エルシス、本当にいいの?なんかもやもやするわ……みんなであんなに戦ったのに」
赤い目をしたベロニカが彼に聞いた。
「僕は、みんなが無事なだけでもう十分だよ……」
そう答えたエルシスの目も赤かった。
デスコピオンを捕獲した後、真っ先にエルシスは、ユリとカミュに泣きついた。
駆けつけたセーニャもユリに抱きつき泣いて。ベロニカも声を上げて泣いた。
困りながら、笑顔で見合わせるユリとカミュ。
そんな彼らに微笑みを送るシルビアと、もらい泣きをする兵士たち。
ファーリスだってそうだ。二人の無事を、泣きながら喜んだ。
「本当にありがとう。こうしてみんな無事なのも、ベロニカとセーニャのおかげだ」
エルシスは再び二人に礼を言う。
「ああ。あれがなければ危なかったからな。オレも素直に礼を言うぜ」
「うん、傷も残らず治って……本当にありがとう。ベロニカ、セーニャ」
三人の言葉に、双子は照れくさそうに笑った。
すると、ファーリスが彼らの元に近づいて来るのに気づき、エルシスは彼に向き合う。
「デスコピオンを捕獲できたのも、キミたちのおかげだ。本当にありがとう。今度こそ、虹色の枝の件は父上に掛け合うから安心してくれ」
ファーリスはそう礼を言うと、あっさりと踵を返してしまう。
いつもならユリに熱い視線を送るのに、それもない。
「ファーリス王子……デスコピオンを捕獲できたのに、全然嬉しそうじゃないね……」
「うん……。元気がないというか、どうしたんだろ」
ユリの疑問にエルシスも同じように思い、二人で首を傾げた。
――そんな彼の後ろ姿に、声をかけたのはシルビアだった。
「アナタ。本当にこれでいいの?こんなやり方で名誉を得ても、何も変わらないと思うけど」
ファーリスの足がぴたりと止まる。
「ボクだって、好きでやってるワケじゃない!父上や国民の期待を裏切らないためにはこうするしかないんだ!」
彼は振り返るとシルビアに叫んだ。痛々しい声だった。
「……そう。アナタはそうやって生きていくのね」
ファーリスはシルビアのその言葉を無視して、歩き出す。
シルビアも短いため息を吐いてから、反対に歩き出した。
「……これで正しかったか、わからねえな。あんたの言う通り、あのヘボ王子はこのままじゃ何も変わらない気がするぜ」
声をかけられたのは、今度はシルビアの方だった。
前方を見ると、そこには腕を組むカミュの姿が。
シルビアは少し驚いたような表情を浮かべた後、フっと笑みを浮かべる。
「やだ、カミュちゃん。盗み聞き?」
「俺は元盗賊なんだ。耳が良くてね」
その言葉に「元、ね……」と意味ありげに笑って、シルビアは笑みを引っ込めた。
「でも、あの子は今の自分に満足していない。何かきっかけさえあれば、もしかしたら化けるかもね……」
そう言ったシルビアの言葉は、どこか期待も含んだような声で。
カミュは何故、シルビアがこうもファーリスを目をかけるのか分からなかった。
「あっ、カミュ、シルビアさん。デスコピオンを荷台に積んで、準備が終わったからから出発するって」
呼びに来たエルシスに「アタシは先に行くわ」と答えるシルビア。
指笛を吹くと、彼のナカ馬のマーガレット号がどこからともなく現れた。
「旅の途中で見かけたら挨拶ぐらいしてね。それじゃアデュー!」
颯爽とシルビアは馬に跨がると、彼を乗せて馬は駆け出す。
「行っちゃった……助けてくれたお礼とか、色々話したいこともあったんだけどな」
「掴めねえ男だな……」
馬が走り去った方を見つめ、しばし呆気に取られる二人であった。