騎士道・後編

 眠っているデスコピオンを荷台を先頭に、元来た道を彼らは歩いていく。


「シルビアさま……どこかへと行かれてしまったのですね。短い間でしたが、頼りがいのある方でしたわ」
「お礼とか、挨拶とかしたかったのにな」

 残念そうにセーニャとユリが言った。

「そもそも、王さまはなんでわざわざ砂漠の殺し屋を捕獲させたんだろう?」
「王子の手柄をみんなに見せつけるつもりとかじゃねえか?あの親バカの王さまが考えそうなことだ」

 エルシスの疑問に、鼻で笑って答えるのはカミュだ。まったく面倒くせえ話だ、あの場で仕留めちまえば……とぶつぶつ文句を垂れる彼に、エルシスは苦笑いを浮かべた。

「あたしはさっきカミュから聞いた、シルビアさんと王子のやり取りが心に引っかかってるのよね。王子は今の自分に満足していない……とか」

 うーんと考えながら言うのはベロニカ。

「それは、なんとなく僕も分かる気がするよ。ファーリス王子は自分を変えたいと思っているんじゃないかな。でも、現状できなくて自分でも苦しいんでいるんだと思う……」

 エルシスは王族控え室での出来事を思い出す。 
 あの時のファーリスの叫びは、怒りだけでなく、別の感情も込められているように見えたからだ。(そういえば、シルビアさんはずっと王子を気にかけているよな……)

「お前も大概、王子サマに前向きな解釈をするよな」

 カミュは呆れを通り越して感心しているようだ。

「うーん、なんかほっとけなくてさ。同い年だし」

 それに――。

 エルシスは自分の今までの生き方に満足しているが。
 もし、自分が王子として生きていたら……と、ファーリスを通して違う生き方をしている自分をこっそり想像していた。(もうちょっと自分はしっかりしていると思いたいけど)

「ファーリス王子はきっと変われると思うんだけどな……」
「どうだか」
「あたしもそれは難しいとは思うわね」

 ユリの言葉にカミュとベロニカが続く。でも……と、再びユリは口を開いた。

「昨日、メタルスライムに立ち向かった勇気はあるよ」
「メタルといえ、たかがスライムだろ?」
「スライムでも逃げ出しそうな王子が、剣を握って立ち向かったんだよ?」

 ユリは純粋かつ真面目に言ったのだが、辛辣なのか優しいのか微妙なところだった。
 どちらにせよ、裏表がないからこそさらりと言った言葉に「確かに…」と、カミュは納得した。


 キャンプ地に着くと、一行は休まず馬に跨がり、サマディー王国へと戻る。

 西の関所に着くと、兵士たちが驚きと喜びで出迎えてくれた。
 伝令が早馬でサマディー国に向かうので、町に着いたら早々に歓迎されるだろうとユルい兵士は言う。
 まあ、自分たちには関係ない話だと、カミュが小さく呟いた。


「見よ!我が国の王子ファーリスが、あの砂漠の殺し屋を捕らえてきたぞ!」

 誇らしげなサマディー王の言葉に、その場に沸き起こる拍手喝采。

 予想通りに城門前にはたくさんの人が集まっており、皆、ファーリスの帰りを今か今かと待っていたようだ。

 ファーリスは王の前に跪き、にこやかに手を振る――。
 その様子を、後ろの方で五人は眺めていた。

「勇敢な王子がいる限り、サマディー王国の未来は安泰だ!さあ、ファーリスよ!民に言葉を!」

 王の言葉に立ち上がり、デスコピオンの前で手を広げ演説を始めるファーリス。

「皆さんの声援をチカラに変えることで、この通り。砂漠の殺し屋を倒し、捕らえることができました。今後もこの国の王子として、より精進をかさね……」

「ちょっとあれ!!」

 ベロニカが指を差して、叫ぶのと同時だった。
 鎖がパキンと音を立て、次々と破片が飛んでいく。
 未だ力が残っていたのか、鎖を引きちぎって、暴れ出すデスコピオン。

「っチ!しぶとい野郎だぜ!だからあの時、仕留めときゃ良かったんだ」

 カミュが短剣を掴み、すぐさま臨戦体勢に入る。

「こんな町中で……!」

 エルシスも背中から、今度は大剣を引き抜いた。

「大丈夫?危ないから離れていてね」

 ユリは転んだ女の子に手を貸し、

「皆さん離れてくださいませ!」
「こっちに逃げて!」

 セーニャとベロニカの二人も逃げ惑う人々を誘導する。

 デスコピオンは六本の腕を振り回して、危険な状態だ。カミュはエルシスに視線を投げかける。

「エルシス!被害が出る前に一気に……」
「みんな、慌てるな!オレたちには王子さまがついてる!王子さまがきっと魔物を倒してくれるはず!」
「お……おお!たしかに!ファーリス王子がいれば安心だ!」

 次に発した彼の言葉は、次々と飛び出す声援によってかき消された。

「す、すごい……王子コールが」

 戸惑いながらエルシスは周囲を見渡す。

 王子!!王子!!王子!!――そう一斉に皆、王子の名を叫んでいるのだ。

「おいおい、これじゃあ」
「手が出しにくいな……」

 あまりの周囲の熱意と盛り上がりに。
 武器を構え、デスコピオンを警戒しつつも、カミュとエルシスは攻撃に移せないでいた。

 ――自分の名前を呼ぶ声が町中に響く。

 ファーリスもまた、違った意味で動けずにいた。
 身体が震え、足も産まれたての子鹿のようにガクガクしている。(……違う。ボクじゃ、ボクには)

「どうした、ファーリスよ。お前ほどの実力があれば、問題なかろう。民の期待に応えるのだ」

 後退りするファーリスに、サマディー王は不思議そうな顔をする。

 ファーリスは剣を抜き、足を進めるも。

 威嚇するデスコピオンを前に、首を振って意を決して、口を開いた。

「父上……。ボクにはムリです……」

 自分に落胆しながら、吐き出した言葉。
 は?と唖然とする王に、ファーリスは目を伏せる。止まない大歓声のなか、

「騎士たる者!」

 彼に、一つの芯の通った声が届いた。

「……信念を決して曲げず、国に忠節を尽くす」

 身に付いている騎士の格言は、ファーリスの口から自然と出た。
「……えっ?」
 遅れて気づき、声の在りかを彼は探す。

 確か、上の方から――目を凝らすと、サーカステントの一番上。

 そこには、シルビアが立っていた。

「騎士たる者!」

 シルビアは再びファーリスに向かって問いかける。

「どんな逆境にあっても正々堂々と立ち向かう!」

 ファーリスはシルビアに向かって、今度ははっきりした声で答えた。

「そう!アナタは騎士の国の王子!卑怯者で終わりたくなければ戦いなさい!」

 シルビアのその言葉を噛みしめながら、ファーリスはデスコピオンを見据える。

「ボクは……」

(卑怯者で、終わりたくない。ボクは変わりたい。変われると言ってくれた人がいる。こんなボクを信じてくれる人たちがいる。その人たちのためにも、ボクは変わらなきゃならないんだ――!)

 だって、ボクは。

「騎士の国の王子……!」

 ファーリスはデスコピオンに剣を向けると。

 足を踏み出し、その剣を振り下ろした――!

 デスコピオンの腕の一振りで、剣を弾き返されて後ろによろけるが、彼は負けずとすかさずデスコピオンに立ち向かう。

 震えはない。怯えもない。

 ファーリスは民衆の声援のなか、剣を振り、凶悪な魔物と戦う。

「ファーリス王子……」
 その光景に、エルシスは驚き目を見開き、すぐに口許に笑みを浮かべる。

「負けるな、王子ーー!!」

 そして口許に片手を添え、彼もファーリスに声援を送った。

「王子、すごい……!!」

 ユリも嬉しそうに、ファーリスの勇姿を見る。

「ああっ!」

 その直後、セーニャが小さく悲鳴を上げた。

 鋭い音と共に、折れた剣が宙を舞う。

 ファーリスの剣は、デスコピオンの鋭い攻撃に耐えられなかったようだ。
 折れた剣を見て驚くファーリスだったが、それでも彼は諦めなかった。


 逃げるのは、もうやめだ。


「――ファーリス!僕の剣を使え!!」

 エルシスは自身の片手剣を彼に投げ、ファーリスはそれを慌てて受け取る。

「ありがとう!エルシスさん!」

 鞘から剣を引き抜き、ファーリスは再びデスコピオンに立ち向かった。

 横からのカマの攻撃も、頭上からのハサミの攻撃も。

 ファーリスは夢中で振っていそうに見えて、しっかりと剣で受け止める。
 それは端から見れば、防戦一方かも知れない。
 だが、デスコピオンと戦ったエルシスは、それすら難しいと知っている。

 レベル5の王子は強いや――エルシスはふふっとおかしそうに笑った。

「お前なぁ、笑ってる場合じゃないだろ?あのままじゃ王子もいずれやばいぞ」
「あ、そっか」

 カミュの言葉にあっけらかんと答えるエルシス。言ってるそばからファーリスの剣が大きく弾かれた。

「危ない!」ユリが叫ぶ。

 体勢を崩したところに、デスコピオンのカマが降りかかろうとする。

 それよりも速く――。

 デスコピオンの背中に、弧を描くような流れる剣筋が走った。

 それは一閃。

 華麗にシルビアが、その場に着地。
 今度こそ、デスコピオンは地面に伏せた。

 歓声が驚きに止んだ。唖然とするファーリスのおでこを、シルビアは指でちょんと小突く。

「やればできるじゃな〜い。かっこよかったわよ」
「あ…あなたは……」

 反対に歩き始めるシルビア。振り返ると、ファーリス言い聞かせるように口を開く。

「いい?騎士の国の王子さまなんだから、いかなる時も騎士道を忘れちゃダメよ」

 その後ろ姿に、今度はサマディー王が引き留める。

「ま……待ってくれ!騎士道に深い理解があるようだが、そなたはいったい何者なのだ!?」

 シルビアは再び振り返り、

「ただのしがない旅芸人よん」

 一言そう言い、軽い二指の敬礼をしてそのまま行ってしまった。

 再び沸き起こったファーリスとシルビアの名前が交じる大歓声。

 その興奮に紛れるように、シルビアの姿は忽然と消えたという――。


「……父上、母上。というわけで、レースを走ったのも、魔物を捕らえたのもエルシスさんたちだったのです」

 場所は玉座の間に移し。
 ファーリスは王に頭を下げ、告白した。その様子を見守るように、五人は後ろで控えている。

「顔を上げよ、ファーリス。わしたちはこれまで等身大のお前を見ずに、見合わぬ重圧を与えていたようだな」

 サマディー王は自身の過ちを認め、真摯に口を開く。

「謝らなければいけないのは、わしらの方やもしれん。これからは妻とともに、考え改めるとしよう」

 隣の王妃もゆっくりと頷いてみせた。

「だが、先ほどの戦いで見せた勇気はなかなかのものだったぞ。防戦一方とはいえ、騎士の国の王子として、ふさわしい戦いだった。あの勇気があれば、いつかはお前の目標であるデルカダールの猛将、グレイグ殿の隊にも入れるであろうな」

 わっはっはっは!と陽気に笑う王に。

 グレイグと聞いて、エルシス、ユリ、カミュの三人は、顔を見合わせ苦笑いを浮かべた。

 グレイグが目標とは、色んな意味で感想が言いにくい。

「ところで父上。ひとつ、お願いがあります。ここにいるエルシスさんたちは、虹色の枝を求めて旅をしているのです」

 ファーリスがその話を切り出すと、いよいよと、五人は期待に胸を膨らませる。

「お世話になったエルシスさんたちに、国宝である虹色の枝を差し上げてもよろしいでしょうか?」

 虹色の枝と聞いて、何故か顔を曇らせるサマディー王。

「虹色の枝か……。うーむ。そいつはムリだな。行商人に売りはらってしまったからのう」

 えええーーー!!
 口に出さずに心の中で五人は叫んだ。

「虹色の枝を売りはらったですって!!あれは国宝ですよ!?どうして、売ってしまったんですか!?」

 ファーリスもが彼らの代弁をするように王に聞くと、

「バカもん!!なぜ今年のファーリス杯があそこまで、豪華にできたと思っている!!すべてお前のためにやったんだぞ!!」

 逆に怒られてしまった。

「そ…そんなぁ……」

 床に手をつき、ファーリスは項垂れる。

「すまないことをしたな、旅の者よ。虹色の枝を売った行商人だが、ここより西のダーハルーネに向かうと言っておったぞ」

 王の言葉に「ダーハルーネ」と、町の名前を記憶するようにエルシスは口の中で転がした。

「虹色の枝はもうちょっとおあずけだね……」
「たかが枝だと思っていたが、ずいぶん手がかかる枝だな……」
「こんなに手にするのが困難だということは、虹色の枝はやはり大樹の枝なのですわ、お姉さま」
「そうね……そう信じないとやっていけないわ」

 それぞれ口にするなか「すまない!!」と再びファーリスは彼らに土下座をする。

「虹色の枝のことは、本当に知らなかったんだ!!この通りだ!!許してくれ!!」

 エルシスはくすりと困ったように笑って、ファーリスに手を差し伸べた。

「顔を上げてくれ、ファーリス王子。僕たち、友達じゃないか」

 友達……?

 ファーリスは驚いて、エルシスを見上げる。
 笑顔で深く頷くエルシスに、彼はその手を強く掴み、立ち上がる。

「……ありがとう、エルシスさん。本当にキミには――、キミたちには、感謝してもしきれない」

 ファーリスの目には、涙がうっすらと。

「キミたちは、ボクの誇らしい友人だ」

 生まれた熱い友情に、王妃や周りの兵士たちからすすり泣くような声が響いた。

 エルシスはファーリスの初めての友達になった。

「……ユリさん」

 次にファーリスは、意を決したように彼女の方を見て、声をかける。ユリは不思議そうに、次のファーリスの言葉を待った。

「お友達から始めさせてください!!」

 そう勢いよく、頭を下げ、手を伸ばす姿は一世一代の告白である。
 カミュは横を向いて、見なかったことにしてくれているらしい。ユリはその手を両手で取った。

「もう友達から始まってるよ」

 その言葉に感激するファーリスに「友達以上はねえからな」とカミュが水を差した。
 知らぬ顔はできなかったらしい。
 それでもファーリスは、それだけで今は十分だった。

「分かってるよ。カミュさん」

 彼女を自らの命をかけて守ったのは彼なのだから。
 今の自分には到底出来ないことだ。
 でもいつか、彼のような騎士になりたいと思う。

 大事な人を守れる騎士に――。

 ファーリスの目標に、新しくもうひとりの男が加わった。


- 46 -
*前次#