今日はゆっくり城で休んでくれ――。
サマディー王とファーリスの計らいにより、五人は城に泊まることになった。
用意された部屋は、以前にファーリスが取ってくれた高級宿より、さらにゴージャスな造りだ。
さすが、一国の城となれば違う。
思えばファーリスの私室も、洗練された美しい部屋だった。
向かい側の部屋では女子たちがはしゃいでいるが、エルシスはというと。
自身とカミュに宛がわれた部屋に飾られている美しい壺を、恐る恐る見ていた。
「これ……いくらぐらいするんだろう?」
「割ったら、オレたちの有り金じゃあ払えねえだろうなぁ……。五人で一年、城でタダ働きってとこか。気を付けてくれよ、エルシス」
「お、脅すなよ……」
エルシスはひえっと壺から離れた。
田舎育ちの自分には、どうもこの部屋は刺激が強すぎる。
だからと言ってカミュも落ち着かないらしく、ベッドに仰向けに倒れるが「寝るにも肩が凝りそうだぜ」と呟いた。
「夕飯までに時間があるし……。僕、ちょっと町に出て行こうかな」
夕飯はファーリスはもちろん、王や王妃とも一緒に取ることになっていた。
きっと豪勢な食事だろうと今から楽しみだ。
「元気だな……お前は」
「会いたい人もいるし」
明日の朝にはこの地を立つだろうから、あの人に会うなら今だ。
「カミュも一緒にどう?」
その問いに、カミュは少し考えてから「そうだな……」とベッドから起き上がった。
「着替えるから待ってろ」
彼の大盗賊の服はデスコピオンの一撃を喰らい、血と共にボロボロだ。
ふしぎな鍛冶台で直せるから防具は問題はないが、あの瞬間を思い出して、エルシスは胸が痛む。
その時、部屋のドアをノックされ、入って来たのはメイドだった。
「失礼します。王子さまから皆さまにお召し物をお持ちしました。今の服はボロボロということなので……寝巻きと一緒にどうぞお受け取りください」
そう言って、二人はメイドから服を受け取る。
「へぇ、あの王子、なかなか気が利くじゃねえか」
「じゃあ、僕も着替えよう」
早速着替えをする二人。
触れただけでも上質な糸で縫われたものだと分かる。
「あ、そうだ。カミュのいつもの服、鍛えといたから。みんなの分もだけど。僕の腕が上がったから出来ることも増えたみたいなんだ」
服を脱ぎながら言うエルシスに、いつの間にと着替えながらカミュは驚く。
自分が知らぬ間に、この勇者は鍛冶の腕をメキメキ上げたらしい。きっと性に合うのだろう。
「ありがとな」
カミュが礼を言うと、着替え終わったエルシスは嬉しそうに笑顔で答えた。
向かいの部屋の女子たちに声をかけると、彼女たちもファーリスから服を届けられたらしい。
ただ、男共とは違い、数ある服を用意されたらしく、どれを選ぶか盛り上がっていた。
彼女たちに自分たちは町に出るとだけ伝え、二人は城の通路を歩く。
「会いたい人ってオグイってやつか?」
「うん、そうなんだ。よく分かったね」
エルシスの言葉にそりゃあなぁとカミュは笑う。
「一応、城にいるか確認した方が良いんじゃないか?」
レースハウスに向かおうとするエルシスだったが、カミュの言葉に「あ、そうだね」と頷くと、近くにいた兵士に声をかけた。
「オグイなら、怪我から復帰したと聞きましたよ。ファーリス杯のことがくやしかったのか、ものすごく気合いが入ってパドッグの練習場にいるとか……」
怪我をしたのは一昨日で、今はもう練習してるなど確かにすごい気合いだ。
兵士に礼を言い、二人は城を出ると、レースハウスに向かった。
「ファーリス杯での走りスゴかったです!レースも再開したようですし、もしあなたがまたレースに出たなら絶対に応援しますよ!」
「あなたのファーリス杯の走りっぷりに私すっごくカンゲキしたのよ!ぜひ、また走ってほしいわ!」
「そういえば、あなた……王子さまにどことなく雰囲気が似てて、ちょっとカッコいいかも……ぽっ」
城下町に出て歩くと、あちらこちらからエルシスは声をかけられた。
特にエルシスのレースへの参加を求める声が多く、今まで追われる身として過ごして来た彼はだいぶ戸惑う。
「お前もずいぶんと人気者になっちまったな」
「これなら影武者の方が気が楽だったかも……」
おかしそうに言うカミュの言葉に、エルシスは肩を竦めて答えてみせた。
「もう砂漠の殺し屋グッズが売ってる」
「ここの商売魂はえげつねえな……」
途中の露店を眺めながら、二人がパドッグに着くと。
馬を走らせるオグイが二人に気づいて、すぐさま近くにやってきた。
「聞いたぞ。ファーリス杯はキミが王子の代わりに走ったんだってな。あの走りがキミだなんて驚いた!見事な走りだったぞ」
「すみませんでした、オグイさん。あなたを騙すような真似を……」
エルシスの謝罪に「いや、謝らないでくれ。事情を聞いている」とオグイは首を横に振った。
「オグイさん、すぐに練習だなんてすごいですね。僕はファーリス王子の代わりとはいえ、オグイさんと走るの楽しみにしてたんです。だから、次はぜひ僕と対決してください!」
挑戦状を叩きつけるようにオグイをまっすぐ見て言うエルシス。
「嬉しいこと言ってくれるね。だが、ボクたちのスピードについてこれるかな?……フッフッフッ。レース場でまた会おう、エルシスくん。キミと走れることを心待にしているよ」
そう片手で拳を作るオグイに、モグパックンも嬉しそうに鼻息を荒くした。
エルシスも同じように片手で拳を作る。
ここでも熱い友情が生まれたらしい。
「……ん、どうしたんだ?」
何やら慌ただしく男が走って来るのに気づいて、オグイはそちらに声をかけた。
「あ、オグイさーん!次のレースの出場者に、体調不良で二人欠員が出ちまったんですよ!」
「ほう。なら、ちょうどいい人材がいるぞ。ねえ、キミたち!」
……ん?なんか、つい先日こんなことがあったような。エルシスが苦笑いを浮かべる横で「キミたち……?」と顔をしかめカミュ。
「おお!ってキミはあの時の子で、王子の替え玉で走ってくれた子か!いやー助かるねぇ。キミが出ればレースも大盛り上がり間違いなし!しかもお友達も出てくれるのかい!?助かるよ〜!ははは!」
「は!?おいおい、エルシスはともかくオレはウマレースなんて出ねえぞ」
あんたが出れば良いじゃねえかと言うカミュに、オグイは「彼とは万全な状態で走りたいんだ」と熱く答える。
「良いじゃないか、カミュ。一緒に出ようよ」
「エルシス、お前まで……!」
「よしっ、じゃあもうすぐレースが始まるから、すぐに準備してくれ!」
「じゃあ僕、オレンジ連れてくる!」
さっさと行ってしまうエルシスに「………マジか」とカミュはひとり唖然と呟いた。
エルシスはオレンジに跨がり、カミュはその横で黒鹿毛に跨がっている。
エルシスが出場するということで、観客の盛り上がりはすごかった。
「なあ、エルシス。オレたちは追われる身で、目立つのはご法度なんだが」
「まあまあ、明日この地を去るんだし良いじゃないか」
僕はカミュとレースに出れて嬉しいよ。
そうエルシスは綺麗な笑顔を浮かべたまま、続ける。
「あ、でも、1位になるのは僕たちだから。ごめんな、カミュ」
笑顔とは裏腹に挑発的な口調。
カミュのやる気にカチンと火がついた。
「走る前から言うじゃねえか。お前、ファーリス杯の優勝者さまだもんなぁ。一日天下で引きずり下ろしてやるよ」
「望むところだよ…!」
二人の間に火花が散るなか、スタートの旗が下ろされる――!
エルシスたちとカミュたちはほぼ同時の速さで駆け出した。
(挑発に乗ってみたものの、こいつマジで腕は確かだからな……)
カミュはちらりと横を走るエルシスの表情を確認する。
まっすぐ前だけを見る表情は真剣そのもの。
勝機があるとすれば、ファーリス杯では王子の愛馬として名馬に乗っていたが、今エルシスが乗っている馬はオレンジだ。(オレンジには悪いが)
オレンジは体格も細身で小柄な方なので、ファーリス杯の時のようなあんな疾走はできないだろう。(まずは、ちょっとからかってやるか)
カミュは馬に踵で合図を送り、加速させる。
ほぼ並んで走っていたところを頭一つ分抜けた。
にやりと笑えば、エルシスはムッとする。じつに単純だ。
エルシスもオレンジに合図を送り、追い付き、再びカミュと並ぶ。
そのすぐ後ろには二頭の馬が走っており、ほぼ団子状態のなか、最初のカーブが見えてきた。
((先に内ラインを取る!))
二人は同じことを考え、同時に馬を誘導。
だが、スタート時に内側寄りにいたエルシスたちが有利だった。
彼はこの先も譲る気はさらさらない。
オレンジはカーブが苦手らしく、少しスピードを落として壁ぎりぎりに寄せる。
カミュたちがこのまま内ラインを行くとすれば、当然自分たちより速く走り、追い越さなければならない。
いくらこちらがスピードを少し落としたといえ、ここで無理に追い抜かすのは愚策だろう。
カーブでの無理な疾走はより馬の体力も消耗する。
とすれば、大人しく減速させて自分たちの後ろに行くか、諦めて大回りするかだが。(どっちだ?カミュ)
カミュは馬の手綱を徐々に引き、減速させる。エルシスたちの後ろを走るが、諦めたわけではない。(甘いな、エルシス。馬を走らせるのは馬術だけじゃねえ)
カミュは再び軽く馬に合図を送り、オレンジの後ろを煽るようにぴったりと走らせ、圧をかけた。
魔物の気配にオレンジが敏感に反応していたのをカミュは知っている。
彼の予想通り、オレンジはすぐに後ろから迫る存在に気づき、嫌がるように横に逃げる。
その空いたスペースにするりと、カミュたちはすかさず滑り込んだ。
「わりぃな、エルシス」「!にゃろうっ」
内ラインを奪還し、カーブに沿い、流れるような小回りをしてカミュたちは走り抜ける。
馬一等分、二人の距離が空いた。
カミュは自他共に認める器用さの持ち主だが、ここでもそれが発揮された。
手綱を絶妙な長さと力加減で握り、馬が走りやすいように走らせる。特に、カーブに入るときは緩やかに誘導し、馬に負担がない。
シルビアと馬の乗り方が似ているだろう。
対してエルシスは、自然のなかで馬に乗って育ち。天性の才能と、抜群のバランス感覚を持ち合わせていた。
それに深い馬への愛情だ。
彼は馬の能力を引き出す乗り方を得意としている。
エルシスは軽く踵で腹を触れ。
カミュたちを追い越さないにしろ、離れないように走る。
他の走者と並んだりするが。
彼が見ているのは、カミュたちの背中だけだ。
(追い越して来ねえな、エルシスのやつ……)
カミュが後ろを気にする素振りを見せる。追い抜かされない程度に、彼は絶妙にスピードをコントロールして走っていた。
二週目を過ぎ、最後の週で勝負をしかける気だろうか。
なら――と、カミュは馬に合図を送り、早々に飛ばす。
エルシスたちが後半、全力疾走で来ようと追いつけないぐらいの距離を。
同時に、馬の体力もぎりぎり持つように考慮しながら。
不本意だが、その点はエルシスより、小柄で体重が軽いカミュの方が馬も乗せて楽なため、騎手としては有利であった。
(カミュのやつ、飛ばすなぁ)
エルシスたちが追い越せない距離まで走り切るつもりだろう。
(だけど、逃がさない……!)
エルシスは重心を前に少し移動し、手綱を少し緩める。
鎧じゃないだけで、ずいぶん楽だ。
秘策――というわけではないが、オレンジとは一度走って知っている。
オレンジは体力は少ないかも知れないが、瞬発力が異様に高い。
無理に走らなかったのは、その時の体力温存だ。
「さあ、カミュたちを追い抜かしてやろう、オレンジ!」
最後のカーブが終わったら、勝負だ。
「……!やっぱり、来たか」
「もちろん、勝つのは僕たちだからね!」
後ろからエルシスたちはぐんぐんとスピードを上げる。
最後のコースで、並んだ二人。
二人はほぼ同時に馬に合図を送り。
二頭はさらにスピードを上げる。
追い越し、追い抜かしと進むが、カミュたちが若干スピードを落とした反面。
オレンジは最後の力を出し切るように、風のごとくゴールを走り抜けた。
1位エルシス、2位カミュと、本日の最終レースは幕を閉じた。
「オレの完敗だよ。馬に乗ってお前の右に出るやつはいねぇんじゃねえの」
両手を上げるカミュに、エルシスは少しだけ得意気に笑う。
「オレンジとは一度走って、どういう個性か知っていたからだと思う。カミュはやっぱりすごいよ!」
違う馬だったら負けてたかも知れない――エルシスの言葉に、カミュは「違う馬でもお前が勝っていたさ」と微笑んだ。
二人がレース場を後にすると、オグイが出迎えてくれた。
「まさか、エルシスくんだけでなく、カミュくんも素晴らしい走りじゃないか!いよいよボクも負けてられないな!!」
明日からさらに練習に励むぞっというオグイに、ほどほどにとエルシスは眉を下げて笑い、彼の身体を案じた。
そして、エルシスは今回の優勝賞品の『聖騎士のよろい』を貰う。
「カミュ、着る?」
「バカ言え。どう見てもお前の装備品だろ。似合うんじゃねえか?」
「うーん、防具としては良いけど、着たらサマディーの騎士って勘違いされそう」
「良いんじゃないか、そういうコスプレもあるだろ」
「コスプレって……」
エルシスはカミュの適当な返答に不満げな視線を送る。
そんな彼は、ふと露店を見つめて、立ち止まった。
エルシスも見ると、そこには様々なアクセサリーが置いてある。
「あれ、ユリが付けていた馬の髪留めに似てると思ってな」
カミュの視線の先にある馬のモチーフの髪留めは、色や付いてる宝石が多少違うが、確かにユリが付けていたものに似ていた。
エルシスは乱れた髪を手櫛で直していたユリを思い出す。
デスコピオンの攻撃を受けた際に、落としたとベロニカたちに言っていた。
「ユリに買って行ってあげよう」と、エルシスは迷わず購入すると。
「はい」
当たり前のようにカミュに渡した。
きょとんとする彼にエルシスはくすりと笑う。
「カミュが最初に見つけただろ?カミュから渡したら、ユリも喜ぶと思うよ」
エルシスはそう言うが、カミュは何故か受け取ろうとしなかった。
「お前から渡してもあいつは喜ぶさ」
誰かに贈り物をするのが苦手なんだよ――。
そう言ったカミュに、エルシスは首を傾げる。
贈り物と言ってもこんな小さな髪留めだけど……。エルシスは不思議に思ったが、追求はしなかった。
カミュは笑っているのに、その顔はどこか悲しそうに見えたからだ。
「じゃあ、僕とカミュで選んだって、僕から渡そう」
そうエルシスが言えば、カミュは驚くように目を見開き、ふっと表情が柔らいだ。
「ありがとう、エルシス」
まったくお人好しの優しい相棒だ――。
おかしなかことを言っているであろう自分に。
訝しむことなく、何も聞くこともなく、彼はそう提案してくれたのだから。
(呪いなんて、かかってるわけねえのにな)
忘れることのできない、赦されない自身の罪の記憶。
たった小さな髪留め一つでさえ、それを身に付けて、ユリの身に何か起こったら――。
カミュは、自分の手から彼女に贈ることを恐ろしく感じた。