流浪の旅芸人の夢

 翌日、一行は玉座の間に訪れた。
 旅立ちの挨拶をするためだ。

 以前の服装に戻って、彼らは玉座の前に立つ。

「昨日はお世話になりました。ボクたちはダーハルーネに向かってみます」

 代表してエルシスがファーリスたちに挨拶をすると、王が用意していた物を手渡す。

「これを持っていけば、西の関所を越えることができる。その先を進めばダーハルーネだ」

 エルシスは『サマディー王の書簡』を手に入れた!

「エルシスさん。虹色の枝の代わりといってはなんだが、サマディーの騎士が使う伝統的な修行道具……このボウガンを受け取ってくれ!このボウガンで遠くにいる魔物を撃つと怒って近寄ってくることがあるんだ。うまく使えば、効率よく戦いの経験が積めるぞ!」
「ボウガンか……じゃあユリにかな」

 エルシスは受け取った『まもの呼びのボウガン』をユリに手渡す。

「ボウガンは使ったことないと思うけど、使いこなせると良いな」

 ユリは受け取ったボウガンを眺めた。
 あのボウガンを愛する男、ユミルを思い出す。彼はボウガンは愛だと言っていたが、これは愛だろうか。

「キミたちには本当に世話になった。何か困ったことがあったら、今度はこのボクが、いつでもチカラになるからな!」

 そう最後にファーリスは親指を立て、良い笑顔で五人を見送った。
 サマディー王と一緒に笑う姿に、ベロニカは「まったく調子が良いんだから」と呆れながらも、すっきりした笑顔を浮かべている。


 そのまま大階段を降りて進むと、城の入口には騎士の敬礼をする兵士たちの姿が。
 ともにデスコピオン捕獲に向かった兵士たちだ。

「王子さまの遠征隊に加わった時は、もう生きて帰って来れないと覚悟したが……あなた方のおかげで助かった。感謝します」
「バクラバ砂丘では世話になったな。キミたちがいなかったら、俺たちも王子さまも無事では済まなかっただろう。感謝してるぜ」
「手柄をあげることは出来なかったが、地道に私は努力し続けるよ。キミたちがいなかったら全滅もあり得たからな。ありがとう。もし、シルビアさんにどこかへ会ったらよろしくと伝えといてくれ」
 
 兵士たちは感謝の言葉を五人に送る。
 この国の未来は安泰だろう。
 成長した王子だけでなく、立派な騎士たちが揃っている。

「エルシスさんに皆さん。此度は本当にありがとうございました。あなたたちとシルビアさんが、ボクたちに変わるきっかけをくれました。この国はもっとより良い方向に変わって行くでしょう」

 ユルい側近の緩くない口調が少しむず痒い。

「こちらこそ、僕たちが混乱した時は助けてくれてありがとう。これからもファーリスの側にいて、彼を支えてやってくれ。優秀な側近さん」

 エルシスの言葉に、ユルい側近はへらりといつもの笑みを浮かべて口を開く。

「やだなぁ。ボクはユルい側近ですよ〜?王子の厄介ごとで過労死せずに済んだと、安心してるところです」

 そのユルい発言に、その場に楽しげな笑いが起こった。

「あ、エルシスさん。あなたたちが求めてた虹色の枝が少し気になって、学者に調べてもらったんですけど。どうやら虹色の枝はいにしえの時代にユグノアより譲り受け以来、サマディーの国宝として保管されてたものだと記録されています。ただ、どうやって生まれたのか、どういう経緯でユグノアが所有するようになったのかは、明らかにされてないみたいなんですよー」

 ユルい側近の話に、エルシスは意外なところでその国の名を聞いた。

「あまり役に立たない情報ですみません〜」という彼に「いや、ありがとう」とエルシスは礼を言う。

「ユグノアといえば…16年前に魔物に滅ぼされた際に、ちょうど男の子が生まれたそうなんです。ですが、その事件でお亡くなりになり……そのことがショックで、サマディー王と王妃は自分の息子の王子を溺愛するきっかけになったと、ボクは聞きました」
「それで……」

 明かされた真実に、エルシスはしばし茫然とした。
 まさか自分の出生がこんな風に関わっているなんて。不思議なものだ。
 もし、自分が王子として育っていたら、虹色の枝を譲る国の間柄だ。
 国同士親交があり、きっとファーリスと友人になっただろう。

 だが、違う人生を歩んでも、こうしてエルシスはファーリスと友人になれた。
 不思議な縁のようなものを感じずにはいられない。

「すべては、繋がっているのかも知れませんね」

 そうぽつりと言ったセーニャの言葉が、エルシスの心に深く残った。

「では、王子さまのご友人の方々に敬礼!あなた方のこの先の旅のご武運を、お祈りいたします!!」


 最後に熱い騎士たちの洗礼を受け、彼らは城を後にした。


「ふふ、あんな風に見送られると気分が良いわね」
 兵士に気持ちよく見送られて、ベロニカは上機嫌だ。
「王子はしょーもないヤツだったけど、魔物にひとりで立ち向かえるほど成長したし、あたしたちが骨を折ったかいがあったわよね」

 彼女に応えるように、セーニャもにっこりと頷く。

「砂漠の殺し屋が起き上がった時はどうなるものかとヒヤリとしましたけれど、王子さまの戦いぶり勇ましかったですわ」
「ファーリス王子、すごく頑張ってたよ。王子の剣が折れて、エルシスが自分の剣を投げたところは熱かったね〜!」
「無我夢中だったというか……、その後すぐにシルビアさんが助けてくれて良かったよ」

 ユリがその時のことを思い出しながら言うと、エルシスは照れ臭そうに笑った。

「シルビアさまは騎士道にも精通しているようでしたし、流れる剣さばきで、かなりの達人のようでした。いったいシルビアさまは何者なんでしょう?とても独特で面白いお方でしたし、また、どこかでお会いできると良いですわね」

 セーニャの言葉に、エルシスはシルビアのことを思い出す。
 礼を言いたいと兵士たちが彼の姿を探したが、忽然と消えてしまったそうだ。

「まー王さまも反省してたみたいだし、王子もちょっとは頑張ってたしで、一件落着だな」
 カミュの言葉にエルシスは頷く。
「これで心残りなく、進めるな。じゃあ、オレンジを連れて来て……」
「待ってたわよ〜ん。みんな〜!」

 軽快な声に五人はきょろきょろするなか、「あっあそこ!」とユリが指差す。

 遥か頭上のサマディー城門の上にシルビアの姿があった。「はぁい」

「げっ!何しに来たんだ!?まだ、オレたちに用があるのかよ!」

 カミュが嫌そうな顔をするのをよそに、シルビアはよっはっと、五人の前に降り立つ。

「も〜決まってるじゃないの!アタシもついてくわ。命の大樹を目指す旅に!そして、邪神ちゃんを倒すのよ!」
「おいおい、冗談じゃねえ!いきなり出てきてなに言ってんだ!?オレたちの旅は遊びじゃねえんだぞ!」

 すかさず強く反論するカミュに、シルビアの顔つきがふっと変わった。

「もちろん、遊びでついていく気はなくてよ」

 真摯な口調で彼は話す。

「旅芸人として、世界中をまわってたくさんの笑顔と出会ったわ……」

 次に、遠くを見るように視線を移し。

「でもね、それと同じくらい魔物に苦しめられている人たちの悲しみにも出会ったの……」

 そして、旅芸人であるシルビアが語るのは自身の夢。

「アタシの夢はね、世界一大きなホールを建てて、盛大なショーをして、世界中の人々を笑わせることよ。でも、みんなから笑顔を奪おうとする邪神ちゃんがいたら、その夢も叶わなくなるじゃない?」

 そう投げ掛けられて「確かに……」と、真面目な顔つきで、エルシスもユリも頷く。

「……だ・か・ら、アナタたちの旅の目的は、アタシの旅の目的でもあるってワケ!それじゃみんな、これからもよろしくねん!」

 新たにシルビアが仲間に加わった!

 呆気に取られる五人だったが、すぐに笑顔が浮かぶ。
 カミュだけが「やれやれ。相変わらず強引なヤツだぜ」そう腕を組んで、仕方ないという様子だった。

「シルビアさまがいらっしゃれば、これから先、とても心強いですし、旅がもっと賑やかになりますわ。お姉さまと二人きりで旅をしていたのもなつかしい思い出ですけれど……こうして仲間たちと旅するのも良いものですね」

 セーニャの言葉にベロニカは「そうね」と微笑みながら頷く。

「僕たちも最初は二人で旅立ったから、そう考えるとずいぶん仲間が増えたな」

 エルシスはユリを見て言うと、彼女も同じことを考えてたようだ。

「一緒に旅に出た時も楽しかったけど、旅は道連れみたいに、どんどん賑やかになって今も楽しいよ。ね、カミュ」
「…まあ。ちょっとやかましいのが玉にキズだが、戦力になるのは間違いないし、シルビアが旅に加わるのも悪くはないかもな」

 笑顔のユリの言葉につられて、同意を示すカミュ。

「で?アナタたち、とりあえずこれからどうするの?」
「これからダーハルーネの町に向かう所だったんだ」

 シルビアの質問に答えるエルシスに、セーニャが続いて詳しく付け加える。

「命の大樹へのカギとなる虹色の枝……その枝を手にした商人がダーハルーネの町に向かったそうなのです」
「なるほどね。でも、あそこは港町。もう船に乗って海に出てるかもね〜そしたら、どうやって追うつもりかしら」

 その言葉に一同沈黙し、考える。
 港町で、海まで追いかけるとは予想をしていなかった。

「ダーハルーネは港町なんだ……。どうしよう、虹色の枝が海を渡っちゃってたら」
「考えたくねえ展開だな……」

 ユリの言葉にカミュは眉を寄せた。
 ダーハルーネ。どこかで聞いたことがあるような気がしたが、港町という言葉で思い出した。

 世界有数の大きな貿易都市だ。

 確かに、そこから海に出る可能性は高い。
 一度海に出てしまえば追いかけること以前に、見つけ出すのも困難だ。(ここまで来て厄介だな……。いざとなったら…)

「そうですね……その場合は定期船を乗り継いで行くしか……」

 セーニャの言葉に「ダメダメ」と、シルビアが却下する。

「定期船なんかじゃ、あまりにも時間がかかりすぎるわ。いつまで経っても追いつけないわよ」
「いや、船をちょいと拝借してだな……」
「たぶんカミュちゃんが言ってるそれは拝借って言わないわ。アウト!」

 シルビアは胸にばってんを作って却下した。

「ファーリス王子みたいなジャンピング土下座で、船を貸してくださいってちゃんとお願いして……」

 ユリの発言に、シルビアは目を丸くする。

「あのお坊ちゃん、そんなことまでしてたの?見たかったわ!でも、いくらジャンピング土下座したって船を貸してくれるとは限らないわよ?」

 ユリの提案も却下された。

「もうっそれじゃどうしろっていうの?」

 しびれを切らしたベロニカが聞くと、得意気にシルビアは口を開く。

「ふふん。自分たちで自由に使える船で行けば良いのよ」
「でも、僕たち船を買うお金は……」

 表情を曇らせるエルシスに、シルビアはすかさず言う。

「問題ないわ!アタシが持ってるのよ、フ・ネ♪」
「シルビアさん、すごいわ!やっぱりただ者じゃないと思ってたのよ!」

 変わり身の早さでベロニカが声を高くして調子よく言った。

「その船、お借りしても良いですか!?」

 姉に続いてセーニャがそう聞けば、シルビアはしかと傾く。

「もちろんよ〜!仲間じゃないの!それじゃ、アタシの船が泊まってるダーハルーネに行くわよ!」
「船旅だって、素敵!」
「船旅かぁ、世界が広がるな!」
「お前ら気が早いな。まだ虹色の枝が海を渡っちまったと決まったわけじゃねえぜ?」

 楽しげなユリとエルシスに、苦笑いを浮かべるカミュ。

「どっちにしろ、シルビアさんの船なら大海原を冒険して新しい場所に行けるようになるわね!」

 ベロニカは続けて「……それにしても船を持ってるだなんて、本当にシルビアさん、すっごい人なんじゃ!?いったい何者なのかしら?」と疑問を口にするが、当の本人は「ダーハルーネはここより西!さあ、しゅっぱ〜つ!」と、すでに前を歩いている。

 こうしてシルビアが仲間に加わった一行は、改めてダーハルーネに向かうことになった。

「待って、オレンジを忘れてるよ!」

 ユリの言葉に「あっ」と気づいて一同は止まった。

「それなら大丈夫よ。アタシの後ろについて来て」


 シルビアにそう言われ、わけは分からないが、彼らはついて行く。
 城門を通り、町の外へ出ると、ちょうどボウガンの朝練帰りらしいユミルとすれ違った。

「ついにそなたもボウガンガール…!」

 感激され、ユリは『ボウガンガール』の称号を手に入れた。ボウガンはまだ使っていないが。

「エルシスちゃん。これをあげるからさっそく使ってみて」

 エルシスはシルビアから『馬呼びのベル』を貰った。

「このベルは……?」
「町や洞窟の外で、そのベルを鳴らせばすぐに馬が駆けつけてくれるの。使えない場所もあるけど、とっても便利よ。前にサーカスの団長に貰ったんだけど、アタシは"馬呼びの指笛"を覚えているから、エルシスちゃんたちにあげるわ!」

 シルビアが指笛を吹くと、どこからともなくマーガレット号が現れる。

「ベルを鳴らせばこんな風に、馬が駆けつけてくれるわ」

 その光景を見て「物理的原理は……??」と、ユリが彼女らしからぬ単語で疑問を口にすると「もうっユリちゃん、細かいことは気にしないの!召喚魔法みたいなものよ」とシルビアは言った。

 エルシスはつっこんではいけないことだと瞬時に理解し、馬呼びのベルを鳴らしてみる。
 同じようにすぐにオレンジが駆けつけてくるだろうと思っていたら──、

「!ファルシオン!?!?」

 駆けつけて来たのは最初にエルシスがダンに貰った芦毛の馬だった。
 まさかの唐突の再会に、エルシスはぽかーんとするが、すぐにその首に抱きつく。

「ファルシオン!!お前、元気だったかっ!?」

 ファルシオンも主人との再会に喜んでいるように見えた。

「すごい!ファルシオンが駆けつけてくれるなんて本当に不思議……。再会できて良かったね、エルシス!」

 ユリもファルシオンの鼻筋を良い子良い子と撫でる。原理は分からないが、海を越えて大陸を渡って来たのだ。立派である。

「なあ、ユリ。その馬は?」

 カミュがユリに尋ねる。
 ちょうど彼とファルシオンは面識がなかった。

「イシの村の村長さんが、旅立つ時にくれた馬で、デルカダールの城下町で預けっきりだったの」

 その返答にカミュはなるほどと理解した。
 あの時は逃げるので必死で、馬を取りに行く余裕はなかったはず。

「エルシスちゃんの最初の愛馬であるファルシオンちゃんが来ちゃったのね。じゃあ代わりにユリちゃんに、馬呼びの指笛を教えてあげるわ」

 これでオレンジちゃんが来るはずよと、ユリにやり方を教えてくれた。

 だが………………

「ひゅ〜〜〜」
 なかなか上手く行かず、掠れた音しか出てこない。
「ユリさま、練習あるのみですわ!」
「頑張れ、ユリ!」
「使いこなすには、まだまだ先かもね」

 セーニャとエルシスが応援し、ベロニカが苦笑いを浮かべる。

「へたくそ」そうからかうように笑うカミュにむっとして「じゃあ、カミュはできるの?」とユリが聞けば、彼はしなやかな指を曲げて唇にあてると「ピィィーーー」と、すぐさま綺麗な音が周囲に響く。にやりとするカミュ。

「………」
 ユリはぐうの音も出ない。彼はド器用過ぎる。

「あら!?オレンジちゃんが来ちゃったわ!」

 カミュの前に立ち止まるオレンジに、ますますユリは落ち込んだ。

「……悪かったよ、ユリ。そんなに落ち込むなって。出来るようになるまでオレが教えてやるよ」
「……本当に?」
「おう、まかせとけ」

 そう自信満々にユリに言うカミュ。

 ちゃっかり教えるポジションに立つとは、元盗賊は抜かりないとシルビアは感心したように見ていた。(やるわね、カミュちゃん。あれは無意識かしら?)

 ちょうど馬が三頭集まり、馬たちが疲れない距離だけ二人乗りをしながら進むことになった。

 バランスなども考慮し。

 エルシスとセーニャ、ユリとカミュ、ベロニカとシルビアのペアで馬に乗る。

「あの、エルシスさま……一つお願いがあります」

 セーニャがおずおずとエルシスに声をかけ、彼は首を傾げる。

「どうしたの、セーニャ」
「ぜひ、サマディー聖騎士の鎧を着て欲しいのです……!」

 そうお願いするセーニャに、エルシスは「?」となりながらも、真剣な面持ちの彼女に「ダーハルーネに着くまでの間なら良いよ」と答えた。

 町だとサマディー騎士だと勘違いされたらややこしいからである。
 影に隠れてごそごそと着替えるエルシス。

「!想像してた通りに素敵ですわ、エルシスさま!」

 着替え終えたエルシスの姿に、セーニャは感激の声を上げた。

「エルシス、鎧も似合ってるね!」
「サイズもぴったりだな」
「素敵よ、エルシスちゃんっ」

 ユリ、カミュ、シルビアも順に褒める。

 その横で、うっとりとするセーニャに呆れのため息を吐いたのはベロニカだ。

「本当にセーニャはお伽噺の王子さまが好きね……」
「はい!まさに鎧を身にまとったエルシスさまは本から飛び出た王子さまみたいです!それに白馬!私、王子さまの白馬の後ろに乗るのに憧れてたんです!」
「あ、それで……」

 はしゃぐセーニャに、エルシスは苦笑いを浮かべつつも。

 セーニャの希望通り彼は王子になりきることにし、先に馬に跨がると「では…セーニャ姫、お手を」とその手を差し出した。
 その姿は王子そのものだと、皆関心する。
 セーニャはきゃ〜と夢見る少女のように頬を赤く染め、満足そうにエルシスの後ろに跨がった。

「じゃあ、アタシたちも馬に乗りましょう!さあ、ベロニカちゃん」

 シルビアの言葉に一同頷き、ベロニカはシルビアの後ろに。
 ユリは自分が手綱を握りたいと言い、カミュは彼女に任せることにして後ろに跨がる。


 まずは、西の関所へ――


 バクラバ砂丘に向かう途中の分かれ道を、今度は反対に、彼らを乗せた馬たちは駆ける。





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シルビアが仲間になった!
そして、ファルシオンとの再会!


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