港町、ダーハルーネ。
有数の貿易都市というだけあり、商人が忙しなく行き交っている。
「まぁ……なんて、美しい町!まるで、海の上に町がひとつ浮かんでいるようですわ!」
「町に水路が流れてるのね!小さな船で移動するなんて素敵」
大灯台の入口を抜けると飛び込む活気溢れた光景に、セーニャとユリがうっとりと続けざまに言った。
「ここが貿易で有名なダーハルーネの町か。たくさんの金持ちや商人が行き交う世界で一番デカい港町らしいぜ」
「ふーん……って、そんな町で自分の船を持っているシルビアさんって、もしかしてすごい人なんじゃ……?」
カミュの言葉を聞き、ベロニカはシルビアに探りを入れるように聞いてみる。
「ウフフッベロニカちゃん。余計な詮索はヤボってものよん?」
そう本心が見えない笑みを浮かべて、シルビアは答えながら指を差した。
「アタシの船ちゃんは町の南西にあるドックの中でおやすみしているの。さっ!みんな行きましょ〜!」
シルビアの後についてくなか、エルシスは黒髪を立てた少年がこちらをじっと見ているのに気づく。「?」だが、少年と目が合うと驚いてすぐに行ってしまった。
「エルシス、どうかした?」
ユリが微笑んだまま首を傾げる。
なんでもないとエルシスは笑顔で答え、後ろをついて行った。
シルビアの船は馬も乗せられるほど大きな船らしいが、一旦馬たちを馬屋に預けて彼らはドックへ向かう。
「露店は準備中が多いですわね」
「何かお祭りが始まるのかしら?ほら、あそこの広場で何か準備してるわ」
セーニャとベロニカの言葉通り、露店が並ぶ大通りの先にある広場には、円形のステージが建てられる真っ最中である。
「あ、あとでアポロさんから預かった手紙を妹さんに忘れずに渡さなきゃ」
「確か北西にあるケーキ屋だったか?ちょうど反対だな。まあ、まずはドックで船を確認してから行くか。おっさん張り切ってるし」
カミュの言葉にエルシスもそうだなと頷いた。シルビアは待ちきれないのか一足先に行ってしまったようだ。
(世界で一番大きな港町なら……何か私の手がかりとか見つからないかな……)
ユリは町の様子を眺めながら自分の記憶について考えていた。
町の風景に心踊るものの、残念ながらここでもピンと来るものはない。
昨日のセーニャが教えてくれて分かったことが、彼女の心に引っ掛かっていた。
闇の傷や、自分の聖なる魔力など。
答えの出ないことだけにもやもやするのだ。
自分が何者で、どうしてこうなったか知りたい。記憶を取り戻したいということとはまた違う。(だって、私は……思い出すのが――)
「……ユリ?どうした、ぼーっとして」
気がつくとカミュに話しかけられていたらしい。ユリは慌てて笑顔を作る。
「あ、町並みが綺麗でずっと眺めちゃってた」
ドックの入口らしき所に着くと、一足先に着いていたシルビアが困ったようにエルシスに口を開く。
「ンもう。エルシスちゃん聞いて〜!この男の子がいじわるしてアタシをドックに入れてくれないのよ〜!」
「いじわる?」
エルシスが怪訝そうに首を傾げると、ドックの扉前にいる若い男は慌てて首を横に振った。
「ちっ……違います!もうすぐ、町でコンテストが開かれるので、今ドックは閉鎖中なんです」
その言葉に、カミュは腕を組み、エルシスとは別の意味で怪訝そうな表情になる。
「ここまで来てなんだそりゃ……。つまり、そのコンテストとやらが終わるまでここは開けられないってことか?」
「はい、申し訳ありません。海の男コンテストはこの町にとって、とても大事な伝統行事でして……」
海の男コンテスト……?
その言葉にひとりの男が食いついた。
「海の男コンテスト……ですって?なぁに、その乙女心をくすぐるヒビキ……。ねえ、くわしく教えてくれない?」
正しくは乙女心を持つシルビアである。
「海の男コンテストとは……波のように荒々しく、空のように爽やかで、海のような深みを持つ!その三拍子がそろった男を決めるものです」
コンテストの詳しい説明を聞いて、すぐさまエルシスとユリはそろってカミュを見た。
口に出さずとも、二人が言いたいことは分かる。「オレは出ないからな」カミュは先に宣言した。
「なので、この時期になると美しい肉体美を誇るたくましい男や、潮風の似合う美男子が続々とこの町に集まってくるんですよ」
「ヤダ……なんだか面白そうじゃない。それなら、この町で少し休んで海の男コンテストを見てから出発しましょ」
うきうきと皆にそう提案するシルビア。
「あのなぁ、おっさん。オレたちは…」
「そうそう、ユリちゃんとベロニカちゃんとセーニャちゃん。この町のお店には世界中から集まるステキなお洋服やスイーツが売ってるの」
カミュが何かを言う前に、シルビアは再び楽しげに口を開く。その仕草は乙女だ。
「まだ時間があるみたいだし、女だけでショッピングやスイーツ巡りをして、コンテストを待つことにしましょ♪」
良いわね、と頷いて同意したのはベロニカだ。
「……海の男コンテストにはキョーミないけど、ショッピングは面白そうね。あたし、新しいクツが欲しいところだったの」
「おい、ちょっと待てよ。オレたちは虹色の枝を探しに来たんだぜ。遊んでる時間なんてねえだろ?」
カミュが異議を唱えると「カミュさま……」と、セーニャが思い詰めたような声で答える。
「ごめんなさい!私……甘い物には目がないんですっ!」
そう言ってセーニャはシルビア側につく。
だろうなとカミュは怒る気にもなれない。ユリとセーニャが甘い物が好きなのはとっくに知っている。
「確かにスイーツ巡りは魅力的……」
ぽつりと言ったエルシスの言葉に、今度こそカミュは呆れた表情を浮かべた。
「エルシス……お前は顔に似合って甘い物が好きだよな」
「顔は関係ないだろ」
小バカにするようなカミュの口調に、エルシスはむっと反論した。
「カミュは甘い物が苦手なんて、人生の半分は損してるよ」
「はっ、田舎育ちの世間知らずに、人生のなんたるかを語られてもね」
子供のケンカのように言い合う二人に、他の四人は呆れたような乾いた笑みを浮かべ、ドックの若い男に至っては若干引いている。
「じゃあ、私がカミュと虹色の枝を探すから、エルシスはシルビアたちと楽しんで来て」
二人に見かねたのか、ユリがそう言った。その言葉にエルシスはえっと驚き慌てて口を開く。
「あーごめん、ユリ。大丈夫だよ。君がシルビアたちと行動してくれ。なんなら情報収集はカミュひとりでも……」
「おい」
最後の言葉にすかさずつっこむカミュ。
「ううん、もともと私は虹色の枝を探したいって思ってたから」
さらりと言った言葉に、シルビア以外の彼女をよく知る全員が目を丸くして驚く。
「……。えっと。カミュ、何してるのかな」
「熱はねえみてえだな。脈も正常か」
カミュは左手をユリの額に当て、次に手首の脈を計った。
「ユリ、どこか他に具合が悪いとか……?」
エルシス。
「ユリさま、この間のショックで後遺症が……」
セーニャ。
「ユリが甘い物に無反応なんて……」
ベロニカ。
「なんだか一大事みたいね!」
シルビア。
「もうっみんなしてどういう意味!?」
私をなんだと思ってるのとプンプン怒るユリに「「食いしん坊」」と、シルビア(とセーニャ)以外の声がハモった。
「………………」
ユリはショックを受けた。確かに食べるのは好きだが、そんな一致されるほど思われていたのかと。
「あら、食いしん坊のユリちゃんも可愛いわよ?」
シルビアのフォローのように言ったが、あまり効果はなかったようだ。
「とにかくっ。情報収集は私たちがするから!」
ユリはそう言って、ひとりさっさと行ってしまう。
「ずいぶんとご機嫌斜めになっちまたな……」
その後ろ姿を見ながら苦笑いを浮かべるカミュ。
「カミュ、早く!」いつもと逆の立場で急かされ、彼は「あーはいはい」と慌ててついて行く。
「とりあえずエルシス。あとで合流するぞ」
振り向き様にカミュは言って、エルシスは「うん、ユリを頼んだ」と返事をした。
「ユリさま、大丈夫でしょうか……?」
悪いことをしてしまいましたと落ち込むセーニャに、ベロニカは大したことないという風に口を開く。
「カミュがついてるから大丈夫でしょう。合流する頃にはあの子の機嫌も直ってるわよ」
「そうね、ユリちゃんはカミュちゃんにまかせておけば大丈夫な気がするわ」
シルビアは納得したように頷く。
「じゃあ、僕たちも……」
「あのぅ……」
エルシスが行こうとしたら、先ほどの若い男がおずおずと声をかけて来た。
「もしお急ぎでしたら、町長のラハディオさんにご相談してみてはいかがでしょう」
「ラハディオさん?」
エルシスが聞き返すと、彼は詳しく話してくれた。
「はい。コンテストの責任者でもあり、このダーハルーネの町をわずか一代でここまで発展させた偉大な方です。どんな相手でも優しく接してくれる人格者ですし、会ってみると良いでしょう。町の北東にあるお屋敷にいるはずですから」
「へえ、ありがとう。なら、ドックを開けてもらえるか直接ラハディオさんに掛け合ってみるか」
エルシスは若い男にお礼を言うと、三人に顔を向けて言う。
「ええ。でも、まずはせっかくだからこの町を楽しみましょう!」
「じゃあ先にケーキ屋さんに行かない?預かった手紙の妹さんは、そこでパティシエをしてるらしいし」
エルシスの提案に、三人は賛成!と一致団結した。
彼らは北西にあるというケーキ屋へと向かう。
店内に入ると、様々な種類のケーキがカウンターに並べられており、真っ先にセーニャが飛び付いた。
「お姉さま、見てください!ケーキがこんなにたくさん!どれにしましょう、迷ってしまいますわ……」
興奮気味にうっとりするセーニャに、ベロニカが仕方ないわねと口を開く。
「じゃあ、セーニャ。あたしと半分こしましょう。そしたら、二つの味が楽しめるでしょ」
「まぁっ!お姉さま、大名案ですわ!」
きゃっきゃっと楽しげに選ぶ双子。
「あら、良いわね!エルシスちゃん、アタシたちも半分こしましょう!」
「え、シルビアと?良いよ」
双子はチーズケーキとチョコレートケーキを選び、エルシスとシルビアはショートケーキとモンブランを選んだ。
「おいしいですわ〜!」
ケーキを一口食べて、セーニャは満面の笑みを浮かべる。
「本当ね!見た目も味も素晴らしいわ!」
ベロニカもセーニャとそっくりな笑みで言った。
「甘い物に、紅茶……幸せな一時ね〜」
優雅にカップを持つシルビア。
「うん!どっちのケーキもおいしい!」
両方を食べ比べて、エルシスも満足げな笑顔だ。
「ふふ、そんなに喜んでくれて嬉しいわ」
四人の様子に、女性の店員が話しかけて来た。
もしかしたら彼女がアポロの妹だろうかと、エルシスは手紙のことを彼女に聞いてみる。
「……え?兄さんからの手紙?いいえ、私はディアナじゃないわ。私はヘラっていうの。人違いね。ディアナなら確かにうちでパティシエとして働いてたけど……ちょっと前に辞めちゃったわよ」
「辞めちゃった……?」
どういうことだろうか。エルシスは顔をしかめる。
「ウデが良かったのに残念だわ。次は確か……ラハディオさまの屋敷で使用人になるって言ってたかしら。今頃、北東にあるラハディオさまの屋敷の近くで忙しくしてるんじゃないかしら。ディアナに会ったら宜しくね」
ヘラはそう言うと仕事に戻って行った。
ラハディオとは先程聞いたばかりの名だ。
「妹ちゃん、せっかくパティシエになったのに辞めてしまったのね」
シルビアが人差し指を口許に当てながら言う。
「うーん、何か事情があるのかな?僕はラハディオさんの所に用事もあるし、行ってみることにするよ」
ケーキも食べ終わり、シルビアと双子はこの後ショッピングに行くらしく、エルシスはここで三人と別れた。
「――虹色の枝?あぁ、それのことか分からないけど、知り合いにウデの良い商人がいるんですがね。なんでもサマディーで秘宝を手にしたらしく、ウキウキでこの町を去って行きましたよ。え?どこに行ったか知らないかって?……う〜ん、そこまでは分かりませんなあ」
一方――虹色の枝の行方を探すユリとカミュはそれらしい情報を手に入れていたが、男の話に二人は顔を見合わせする。
「サマディーの秘宝って、虹色の枝のことで間違いないよね……」
「ああ。ってことはこの町にはもういねえってことになるな」
カミュはため息を吐いた。どうやら一足遅かったらしい。
これから追いかけるとしても、行く先も分からなければどうしようもならない。
「まだまだ聞き込みを続けないとね」
そう言って、ユリはひとりで歩き出す。
カミュはその後ろ姿を眺めながら、顎に手を当て思案した。(まだご機嫌斜めなのか?このお姫さまは)
大きな港町なら自分の記憶の手がかりがあるかもと、それも含めて情報収集をしたいとユリは言っていたが。(なーんか、いつもと様子が違うんだよな。分かりやすいくせに分かりにくいな……)
「…なあ、ユリ。ゴンドラに乗ってみねえか?」
「でも、カミュ。早く手がかりを探さないと」
………これだもんなぁ。
いや、彼女が言っていることは正しいのだが。
いつもならそれはカミュが言うことであり、いつものユリなら乗りたい!と食いつくことである。
(さっきのことを気にしてるのか?それに、ダーハルーネに向かう途中、こいつ何か言いかけてたしな……。ちょっと探りを入れてみるか)
「町中を移動するにも便利みたいだし、オレが乗ってみてえんだ。付き合ってくれよ」
カミュにそこまで言われてしまえば、ユリに断る理由はない。素直にこくりと頷いた。
ゴンドラを自分で漕ぐ分には無料らしい。
カミュは先に乗り込み、ユリに手を差し出す。
「では……ユリ姫、お手をどうぞ」
ユリはくすりと笑い、素直にその手を取る。
「カミュも王子さまみたい」
エルシスとセーニャのやりとりを思い出してだ。
「エルシスみたいに、王子ってガラじゃねえけどな」
揺れるから気を付けろよ――カミュに支えられながら、ユリもゴンドラに乗り込んだ。
促され、彼女は奥の椅子に腰を降ろす。
カミュが長いオールを手に漕ぐと、ゆっくりとゴンドラはエメラルドグリーンの水路を進んだ。
ユリは軽々と漕ぐカミュを眺めた。
簡単そうに彼は漕いでいるが、実際は難しいんじゃないだろうか。
「オレじゃなくて、景色を見ろよな」
おかしそうに微笑むカミュ。恥ずかしくなって、ユリは慌てて視線を外し、景観を眺めた。
狭い水路から大きな通りへと出る。
水に建物が浮かんでいるような不思議な光景。
水面の揺らぎが映る橋の下を通る時。
ユリは「綺麗……」と自然な笑みと言葉を溢した。
カミュは器用に漕いで、他のゴンドラとすれ違う。その際、こちらに手を振る小さな子供に、ユリも微笑み、手を振り返した。
心地よい時間が流れる。
「向こうに本物の海が見えるぜ」
カミュは海の見渡せる隅の方にゴンドラを寄せると、自身もユリと向かい合おうように座った。
「ゴンドラ、素敵だね。乗って良かった」
そりゃあ良かったとカミュは笑う。そして、静かな空気が二人に訪れた。
他にゴンドラは通らず、ユリとカミュしかいないような空間だ。波の音が微かに耳に届く。
「……あの、カミュ」
少しの沈黙の後、先にユリが口を開いた。ん?とカミュは少し首を傾げ、彼女の次の言葉を待つ。
ユリは意を決したように、カミュをまっすぐと見つめた。
「デスコピオンに襲われた時、助けに来てくれて本当にありがとう。ちゃんとお礼を言えてなかったから……」
だが、ユリの表情はお礼を言う時の表情ではなかった。
「でも、カミュが意識を失ったと分かった時――私は、自分が襲われた時より辛かった」
ユリは真摯な口調で続ける。
「私は、カミュを犠牲にしてまで助かりたくない……もうあんな真似はしないで」
どうやら道中に言いかけたことはこのことだったらしい。
カミュは一息置いてから、口を開く。
「あの時はかっこ悪いところを見せたな」
「そんなこと……っ」
自分に情けないと言うようなカミュに、ユリはすかさず否定した。
「分かってる。だが、それで気に悩んでいるなら悩むだけ無駄だ。オレが助けたいと思ったから助けただけだし、自分を犠牲にとか思っちゃいねえよ。それを言うならお前だってオレのことを庇っただろ」
「あれは……当然でしょ」
逆に問われ、ユリは視線を泳がしながら答える。
「なら、オレも当然だ」
今度はカミュがすかさず言い返す。
「…私の気持ちは無視なの…」
ユリは小さく反論した。
「じゃあ、逆の立場で考えてみろ」
「…………」
カミュの言葉に、彼女は今度こそ押し黙る。
逆の立場になったら、ユリが自身を犠牲にするのは明白だ。
それこそ、きっとカミュ以外にも。(そんなこと、オレがさせねえが)
「…この話はやめようぜ。答えが出ねえ」
カミュは無理やり話を切り上げる。
「……そうだね」ユリも同意を示した。
もし逆だったら、ユリもカミュを助ける。彼と一緒だ。納得はしてないが、平行線な話にユリにだって答えは分からない。
そんな状況にならないように、自分が足手まといにならないことぐらいしか考えが思い付かなかった。
「……しかし、なかなか虹色の枝の行方が掴めねえな」
再びオールを手にし、ゴンドラを漕ぎながらカミュが口を開く。
「やっぱり船で海を渡ちゃったのかな……」
困ったようにユリも続いた。
「今日のお前は、記憶探しにも気合いが入ってたよな」
何かあったのか?と質問の意味を込めてカミュは言った。
本命の話はこっちだ。
大きな港町というのも理由の一つだろうが、他にも何かあるような気がする。
「私……今まで何で記憶を思い出せないんだろうと考えてたんだけど、思い出すのが怖いんだって気づいたの――」
そう気づいたのはデスコピオンに切り裂かれた時だ。
思い出したのは怪我を負った時の感情。
ユリは同じような痛みと恐怖を、記憶を無くした時に味わっている。
「でも、自分のことは知りたいって気持ちはあるんだ。この間、セーニャが教えてくれたこととか、少しずつ分かったことがあったのに、全然分からなくて……早く見つけたくて焦ってたかも…」
セーニャが気づいたことは、カミュやエルシス、シルビアも後から聞いた。
ユリには聖なる力がある。
どことなく身にまとう清らかな空気がセーニャと似ていることもあり、カミュはそのことを聞いて納得した。
そして、やんわりとセーニャは伝えたが、ユリの身体にその時の傷痕が残っているのだと知った。
強い闇の力で受けた傷。
ユリが上半身の露出を嫌がっていたことがここに繋がる。
「無理に思い出さなくたっていい」
カミュはきっぱりとユリに言った。
それほど恐怖を味わったのなら。
今もなお、彼女を苦しめるのなら。
それこそ綺麗さっぱり忘れてほしいぐらいだ。
「知らない自分に不安になるだろうが、お前はお前だろう?記憶があってもなくっても」
「私は私……?」
カミュの言葉にユリはそうなのかなと考える。
「ああ、ユリはユリだ」
もう一度、言い聞かせるようにカミュは言う。
彼にそう言われただけで。今の自分が認められたみたいで、ユリは今までもやもやしてたのが嘘みたいに心が晴れる。
「今は虹色の枝が優先だが、落ちついたらシルビアの船であちこち回ろうぜ。約束しただろ?お前の記憶を見つけてやるって」
約束――ユリはゆっくり頷いた。
「……私は、いつもカミュに助けられてばかりね」
次に彼女は困ったように笑った。
いつだって危険な時は真っ先にカミュが助けに来てくれて、悩んだ時もすぐに気づいてくれて、彼から与えられるその言葉に単純なほど救われてしまう。
「助け合いの精神だろ?」
いつだったかそれは、ユリがエルシスに言った言葉だ。
「オレもお前には色々と助けられているから、おあいこだな」
続けて言って微笑むカミュに、助けられたことは多いが逆はあっただろうかとユリは考える。
それでも、嬉しくなって自然と笑顔になってしまう。
彼が困っていたら、助けを必要とするなら、今度は自分が全力で力になると――。
ユリは改めて心に誓った。