その町並みは下層というだけなのに、上層の城下町と全く違っていた。
「上の城下町とは違う雰囲気で驚いたろ?ならず者達が暮らす掃き溜め……ここもまたデルカダールのひとつのカオさ」
カミュは下層の街を見渡しながら続けて話す。
「……一年前、オレは相棒のデクと協力し、古代からデルカダール王国に伝わる秘宝レッドオーブを盗み出した。まぁ下手を打って捕まりはしたが、あらかじめオーブは後から回収できるよう安全な場所に隠しておいたのさ」
「ああ、だからカミュは牢屋に――って、カミュってもしかして……」
エルシスの言葉にカミュは大したことないという風に口を開いた。
「ああ、言ってなかったか。オレは盗賊だ」
その発言にへぇ、そうなんだと二人はカミュを見つめる。
「王国の秘宝を盗むなんて、カミュって大胆な盗賊なんだな」
「それに良い盗賊」
「はぁ……?」
エルシスとユリのそれぞれぽやんとした感想に、カミュは毒気を抜かれる。
特にユリの感想には異議を唱えたい。
「でも、なんでカミュは盗賊に?」
エルシスの問いかけに「色々あって、な」と、あからさまにカミュは返答をはぐらかした。
不満げな彼の視線を無視し、カミュは話を進める。
「まっすぐ進んだ先に城下町のゴミを集めたでっかいゴミ捨て場がある。その奥を掘り返してオーブを埋めたんだ」
町の奥を背にし、親指で指しながら。
「ヤツら自分達が出したゴミの中に自分達のお宝が隠されてるなんて夢にも思ってないだろうぜ。さぁさっさと回収しに行こう」
カミュの後ろを二人はついて行った。
昼間から飲んだくれている荒くれ者、怪しげな占い師、床に転がっている老人……それらを通りすぎてゴミ捨て場にたどり着く。
「着いたぜ、ここだ。すぐにオーブを回収するからお前らはジャマが入らないよう見張っててくれ」
「分かった」「りょうかい」
エルシスとユリはカミュを背にし、見張りをする。と言ってもゴミ捨て場なせいか、元々人通りは少ないようだ。
捨てられた材木をどける音と、カミュの独り言だけが聞こえる。
「間違いない……。たしか……この辺りに……」
……………………………。
「…………無い」
…無い?
「バカな!なんで無いんだ!?」
叫ぶカミュに、ゴミ捨て場を眺めながらユリは問いかける。
「誰かにとられちゃったとか?」
「いや、その可能性はないと思う。木材をパズルように組み合わせて隠してあるからな。単純に探しただけじゃ見つからねえ。それに、この場所を知っているのは、オレとアイツぐらいしか……」
そこまで言いかけてカミュははっとする。
「まさか……デクの野郎……オーブを持ち逃げしやがったのか!?」
ダンっと木材を踏みつけた。これは…ご立腹だ。
「くそっ……デクの野郎!見つけだしてしめあげてやる!お前達にもアイツを探すの手伝ってもらうぜ。デクの足どりを追うんだ!」
カミュは二人が頷く前に、さらに話を進める。
「この先にオレたちが昔寝ぐらにしていた下宿がある。まずはそこへ行くぞ」
走り出す彼の後ろを、慌てて二人は追いかけた。
カミュが入っていたのは二階建ての建物だった。
質素だが、この下層においては綺麗な建物である。
「懐かしいな、まったく変わってないぜ。ここはオレとデクが盗賊だった頃ずいぶんと世話になっていた下宿なんだ」
「へえ…」とエルシスは部屋を見渡しながら相槌を打つ。
まだ出会って間もないが、カミュが自分のことをあまり語りたがらないのにはなんとなく気づいた。
そんなカミュの過去の一面が少し見れて興味をそそられる。それはユリも同じだ。
「おい女将っ!女将はいないか?オレだっカミュだ!聞きたいことがある!」
カミュは大きな声で呼ぶが、部屋から返答はない。
「女将は留守か……。よわったな。あの人ならデクの居場所が分かると思ったんだが。まあ焦ったところで仕方がないか。まずは女将を探しだしてデクの居場所を聞き出そう」
「手分けして探す?」
ユリの問いにカミュはそうだな…… と考える。それぞれ手分けして探した方が効率がいいが、この下層で彼女を一人にさせたくはない。
「オレは町中を探すから、ユリとエルシスは町の東側にある火の見櫓から女将を探してくれ。そこからだとこの下宿に戻って来てもすぐ分かるからな」
「いいけど、女将さんってどんな人?」
女将さんが通っても僕らは分かるだろうかというエルシスの疑問に、大丈夫だとカミュは答える。
「女将は見ればすぐにわかるぜ。この辺じゃただひとりの赤髪だからな!二人とも、よろしく頼んだぜ」
そう言ってさっさと出ていったカミュに、唖然としながら二人も言われた櫓へと向かった。
「あれ、かな」
「そうみたいだね。中に梯子があるからこれで上まで登るんだな」
エルシスが先に登り、ユリが後に続く。
「こうして見ると、下層はそんなに広くないんだね」
「うん。だからか、上の方にも住居が作られてる。結構ボロボロに見えるけど大丈夫なのか……?」
二人はそれぞれ反対側に立ち、見張ることにした。――が。
「…………全然見つからないね」
はあとため息混じりに、ユリは反対側で同じように見張ってるだろうエルシスに言った。
体感時間、小一時間は経過しただろうか。
女将らしき人物は見つからず、見飽きた景色にユリはあくびを噛み締める。
「下宿には戻って来てないし、見過ごしてはないと思うんだけど……男の人と子供しか通ってないし」
「僕の方は門番が見えるんだけど、おばあさんが来て追い返したと思ったら、男の賄賂を受け取ってあっさり通してる」
エルシスが抑揚のない声で言うと「世の中お金なのね……」と同じような声色でユリは返してきた。
(あ、今度は美人なお姉さん。ってふらふら着いて行っちゃって、持ち場を離れて良いのかな。……ああ、彼は犬が苦手なのか。犬に追いかけられて本気で逃げてる)
対して面白くもなく、エルシスが眺めていると、門番不在の門の向こうからひとりの女性が歩いて来た。――赤髪だ。
「ユリ!あの人じゃないか!?」
エルシスに呼ばれて、ユリは横から顔を出す。
「きっとそうだよ!下宿に戻るみたい」
「カミュに知らせよう!」
二人はすぐさま櫓から降りた。
「――うわあ!」
その時、二人の耳に悲鳴が届いた。
聞こえた方に視線を向けると「危ない!」声を上げるユリ。
頭上の足場が抜け落ちたらしく、今にも落ちそうに小さな男の子が引っ掛かっている──
すぐさまエルシスは駆け出し、落下する男の子が地面に叩きつけられる前に受け止めた。
「……怪我はないかい?」
エルシスは腕の中で捕まえた男の子を解放するとしっかりと立てるようだ。
「う、うん。腕擦りむいただけだから。兄ちゃん、助けてくれてありがとう」
落ちる時に引っ掻けたのだろう。腕に少し血が滲んでいる。
「待って。……ホイミ」
駆けつけたユリが男の子の腕に呪文を唱えた。
「わぁ、姉ちゃんありがとう!ぜんぜん痛くないや」
喜ぶ男の子はジェットと名乗った。
かくれんぼが得意で、上に隠れようとして起きた事故らしい。
修理してもらえるように頼んでくる!と、ジェットは元気よく行ってしまった。
代わりにフードを被った見知った青年が二人に近づいて来る。
「……まったく女将はどこに行ったんだ。お前達の方はどうだった?」
カミュは髪を掻きあげながらため息をつく。あちこち探し回っていたらしい。
エルシスはあっと思い出して下宿に入っていた赤髪の女性のことをカミュに話した。
「おお!ふくよかな赤髪のおばちゃんだな。間違いねぇ、さっそく女将に会いに行くぞ」
三人は再び下宿に訪れた。
「よお女将。久しぶりだな」
受付で背中を向けて作業する彼女にカミュは声をかける。
「いらっしゃいましー。今日はお泊まりかし……」
女将は最初エルシスに顔を向けたが、隣のカミュの存在に気づくと、見て分かるほどに驚く。
「……あ、あんたまさかカミュちゃんかい!?城の連中に捕まってたんじゃないのかい!?ひょっとして城下町を騒がせてる脱獄囚ってのは……」
矢継ぎ早に言葉を放ち、あーと説明しづらそうなカミュの様子を見て、何かを察したらしい。
「……どうやらワケありみたいだね。やれやれ、相変わらず危なっかしい子だよ」
「そう言うなよ。アンタに迷惑はかけないさ。……デクの野郎を探してるんだ。どこにいるか知らないか?」
「おやまぁ、懐かしい名前だこと。けど最近この辺りじゃ見かけないね。なんでも城下町のお城の近くで店を始めてずいぶんと忙しくしてるらしいよ。羽振りが良くて結構なことさ」
その話においおいとカミュが半笑いを浮かべる。
「店を始めるったって、アイツそんな金持ってなかっただろ……。しかも城の近くといえば一等地じゃねぇか。いや、待てよ……。まさかオーブを……?」
「おっと、他人の事情には首を突っ込まないのがこの町のルールだ。これ以上知りたければ自分で聞いてみるんだね」
そういえばそんなルールがあったなと、カミュは思い出す。
「……そうだな。礼を言うぜ、女将。二人とも行こうぜ」
話を終え、呼ばれた二人は女将に軽く頭を下げてから外に出た。
途端に怒りを露にするカミュ。
「デクが城下町で店をやってるだと?あの野郎、オレとオーブを売りやがったんだ!しめあげてオーブの行方を吐かせてやる!」
「なんか妙なことになったな……」
「そうだね……」
城下町のデクの店に乗り込む勢いだが、おたずね者の自分達には色々問題があるのではないだろうか。
ぶつぶつと思案する彼に何か案があるのかも知れないが。
「城下町はあの門を越えた先だ。ジャマな門番には金を握らせるか……。だが、旅立ち前に余計な出費は避けたいな……」
「レッドオーブってそんなにすごいお宝なの?」
「さあ?でもデルカダールの秘宝って呼ばれて、あんな地下深くの牢獄に閉じ込められるぐらいだから……」
ユリとエルシスの二人にはお宝の価値はさっぱりだ。
「兄ちゃん、姉ちゃん」
計画はカミュに任せ、ぼけーと突っ立てる二人に声をかけたのは、先程のジェットである。
「なんだ、知り合いか?」
不思議がるカミュに、エルシスは先程の出来事を話した。
「門を通りたいんだろ?さっき助けたお礼に良いこと教えてあげる」
ジェットはいたずらっぽく笑う。
「そこの下宿の女将のおばちゃん。あの人若い頃、露天の酒場にいるダイアナにソックリだったらしいんだ!だからってワケじゃないだろうけど、手紙を書くときの文字までソックリでさ。ほとんど見分けがつかないらしいよ」
へぇ…と頷く三人。そのダイアナも女将のおばちゃんの若い頃も知らないので他に感想がない。
「おばちゃんにダイアナのフリしてラブレターでも書いてもらって、門番に渡したら面白いイタズラができるかもなー!」
……なるほど。彼が言いたいことが分かり、三人は顔を見合わせる。
「ありがとう、ジェットくん。君って物知りなんだね」
エルシスのお礼の言葉にジェットはへへと笑って、かくれんぼしてると色々な話を耳にするんだと教えてくれた。
「エルシス、ユリ。やるじゃねえか!さっそく女将に頼むぞ」
二人は頷き下宿に再び戻る。
「おや、あんたたち。また一体どうしたんだい?えっ?ダイアナのフリして門番にラブレターを書いてほしい……?こりゃまたえらいことを頼まれたもんだ。でも確かにあの門番はダイアナにゾッコンってウワサだし……。案外うまくいくかも知れないねぇ。よし。ちょっと待ってな。他人の事情にゃ首を突っ込まないルールだけど……他にはないカミュちゃんのためだからね。ダイアナには悪いけどおばちゃんひと肌脱いじゃうよ!」
女将は便箋セットを取り出すと、可愛らしい文字でラブレターを書き上げた!
「ほれ。こいつを門番に渡してみな。ダイアナにそっくりの可愛い文字で書いといたよ」
カミュは女将のラブレターを手に入れた!
「サンキュー女将!恩にきるぜ。ついでといっちゃあなんだが、陽が暮れるまで休ませてくれね……?」
「ついでにしては大きいついでじゃないかい?……仕方ないね。その代わり三人一部屋だよ!」
「さすが下層一の良い女だぜ!ありがとな」
カミュは調子よく笑い、女将から鍵を受けとる。
「行動するなら夜の方が隠れて都合が良いからな。お前らも疲れただろ?少し休んでこうぜ」
そう言ってカミュは階段を上がっていく。
確かにここに着くまでの移動に、魔物との戦闘、れんけい技の特訓と来て今ここだ。
正直、二人とも疲労を感じている。
(考えてくれてるんだな……僕たちのこと)
エルシスはカミュの背中を見つめた。
自分より体格は小柄なのに、その背中は頼もしく見える。
部屋に入るとそれぞれベッドに腰を落とした。座ると自然と身体の力が抜けていく。
「少しでも寝るといい。ちゃんと起こしてやるから安心しな。オレも寝る」
そう言ってカミュはベッドの上で上半身だけ壁に預けると、片足だけ伸ばして、目を閉じる。
本当に寝るわけではなさそうな姿が気になったが、疲労感の方が勝って二人はベッドに横になった。
休める時に休んだ方が良いだろう。
下層にも既に脱獄囚の噂が届いているようだ。これから向かう城下町ではそれ以上に知られているはず。
二人が目を閉じると、すぐに睡魔が訪れた――。
「良い感じに陽が落ちたな。準備ができたら、このラブレターをあの門番に渡しに行くぞ」
宣言した通りにカミュはきっちり起きて、二人を起こした。
「……カミュはちゃんと寝たの?」
エルシスも気になっていたことをユリが聞く。その声色には心配が滲みでていた。
「ああ、心配すんな。オレは盗賊だからな。浅い睡眠でも睡眠時間が短くても大丈夫な体なんだよ」
「そっかぁ……」
「お前はよく寝てたな。よだれ垂らしてたぜ?」
「っ!!ええ……っ」
慌てて口許を拭うユリに「嘘だよ」とカミュは笑った。嘘かよとショックを受けてカミュを見るユリに、エルシスはぷっと吹き出す。
「あはは」
「〜〜!笑わないでよ、エルシス!」
「ごめんごめん」
「ほら、お前ら。そろそろ行くぞ」
ユリには悪いが、エルシスは久しぶりに笑った気がする。
さっさと部屋を出て、階段を降りるカミュにふてくされたユリが追いかける。
「嘘つきは泥棒の始まりだと思う」
「はぁ?オレは盗賊だっつてんだろ?んなちんけなもんじゃねぇよ」
少し空気が和やかになった気がする。
これもカミュの計算の内だったらすごいなと思いながらエルシスも後を続いた。
「止まれ!ここから先はデルカダール王国の民が住まう町!怪しい者を通すわけにはいかん!」
逆に怪しまれないように三人はフードを取り去り、門番と対峙していた。
「おいおい、そんなに怒るなよ。オレ達はアンタに届け物をしにきたんだ。なっ?」
「うん、大事なものを預かったんだ」
「門番さんに渡して欲しいって」
カミュに振られ、エルシスとユリはそれぞれ門番に言う。
「大事なものぉ〜?」
「ほら、これさ」
怪訝に三人を見る門番は、カミュから受け取った手紙を読むと、みるみるうちに表情を変えていった。
『急なお手紙を許してください。
けれど、私はアナタのことを思って動悸、息切れ、めまいと、ヒドイありさまです。
ひと目だけでもいい、アナタに会いたい。
町の中央で、アナタが来るのを待っています。
アナタのダンジングドールより』
「これを預けたのは美人の踊り子だったぜ?……確かダイアナとか言ったかな?町の中央でアンタを待っているんじゃないか?」
あと一押しというように、カミュはスラスラと言葉を並べる。
「あ…あの、ダイアナちゃんが、お、おれに?うおおおお!仕事なんてしてる場合じゃない!おれは恋に生きるんだっ!ジャマだ!どけどけーっ!」
ひゃっほーと門番は一目散に走って行ってしまった。
「やったな!」
「まさか、こんなに上手く行くなんて」
「恋は盲目……」
門番不在の門を三人は眺める。
「さてと、今のうちだ。城下町の城の近くにあるというデクの店へと向かうとするか」
再び三人はフードを被り、上の城下町へ向かった。
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カミュが下手を打った理由は絶対に人が良い理由なはず。