レッドオーブの行方

 城下町へ続く階段を登る途中、先頭を歩くカミュが慎重に辺りの様子を伺う。

 見張りの兵士は近くにはいないようだ。
 カミュは二人を手招きした。

「エルシス、ユリ。こっちだ」
 カミュに案内され、民家の裏の路地裏を進む。
「?カミュ、方角が違う気がするけど…」

 今から向かう貴族街は、町の中心を通って上になる。
 エルシスの疑問にカミュは答える。

「あそこは特に兵士が厳重だからな、正面突破はムリだ。別の道を使う」

 確かこの家だったな――しばらく歩いてカミュはとある民家に目をつけると、裏手に回って行った。

「はしご……?」
 民家の裏の壁には屋根に上がれる梯子がついてるのに気づいたユリ。

「ああ、この民家には屋根に上がれるように梯子がついてるんだ。これに登るんだが……一年も前だからな……先に確認してくるから少し待っててくれ」

 カミュは何やら呟き交じりにそう言って、するりと登って行ってしまった。

 何を確認するんだろう?警備?二人はハテナを頭に浮かべながらカミュを待つ。
 すぐに彼は屋根の上から顔を出して二人を呼んだ。

「大丈夫だ!上がって来てくれ」

 エルシス、ユリの順に梯子を登る。
 そういえば最初にデルカダールに来た時に、エルシスが猫を助けるために屋根に登っていたなとふとユリは思い出した。
 なんだか遠い昔のように感じる。

 二人が屋根に上がると、そこにはフードの下に不敵な笑みを浮かべるカミュの姿があった。

「デルカダールの秘宝を盗むんだ。当然、逃走経路の一つや二つ、用意してあった」

 カミュの後ろを見ると、民家と教会の屋根を足一つ分のロープが繋がれている。
「これ、カミュが?」
 エルシスが驚きながら聞いた。

「ああ。一年も前だからまだ残っているか心配だったが……ここを渡れば貴族街に侵入できる」
「カミュって、本当に盗賊だったんだな……」

 エルシスの言葉にカミュは「だから最初から言ってんだろ」と軽く彼の頭を小突いた。

「ロープの強度も問題ねえ。エルシス、渡れるか?」
「もちろん。自然の中で育ったし、木登りとか得意だよ」
「問題はユリか……」
「私も大丈夫だよ。高い所は好きみたい」
「お前、崖から飛び降りる時びびってたじゃねーか」
「だってあの高さだし……記憶喪失の危機を感じて…」
(……そこは命の危機じゃねえのか?……まあいいか)

「なら、さっさと行くぜ」
 三人はロープを渡り、警備兵に見つからずに無事に貴族街への侵入を果たした。
「さて。あいつの店は……ここか?」
 それらしきお店を見つけ、さっそくカミュは扉を開ける。

 どうやら当たりのようだ。腕を組み、イイ笑顔で店内をゆっくり歩む彼に、二人は修羅場にならないだろうかと心配しながらついていく。

 品物を整理をしている後ろ姿の男に、カミュは声をかけた。

「へぇ……。なかなかいい店じゃないか」
「いらっしゃい!うちで扱ってる品はどれも全部一流の品物よー」
「じゃあ一流の宝石……例えばオーブなんかも扱ってるのか?」

 カミュの姿を確認すると男は目を真ん丸く見開き、驚愕している。

「……ア、アニキ!?」
「久しぶりだなぁ……デク!」

 カミュが殴ろうとするのを、男はするりとかわしてカミュにタックルした。

 …………いや、違った。

「アニキー!カミュのアニキ!お化けじゃない!本物のアニキだー!無事でよかった。ずっと心配してたんだよー!」
「お、おい、引っ付くな!離れろ、むさ苦しい!」

 自分に抱きつこうする男をカミュは必死に肩を押して抵抗している。

「感動の、再会?」
「そうだね…、ちょっと心配して損したかも」

 ユリとエルシスは呆気にとられてその光景を眺めた。
 エルシスに至っては目が死んでいる。
 いくら純朴少年でも男同士のじゃれつきはむさ苦しい。

 やっとカミュは男を突き飛ばして放すことに成功した。
 突き飛ばされた男――デクはなお嬉しそうだ。

「ったく、調子のイイこと言いやがって。この店だってオレを裏切ってオーブを売った金で始めたんじゃないのか?」
「裏切るわけないよー!アニキのことは一日だって忘れたことなかったよー!店もアニキを助けるために始めたんだから!」
「はぁ、オレを助けるため?なんだそりゃ。だいたい元盗賊がやってるにしてはずいぶん立派な店じゃないか」
「ワタシ、盗みの才能はイマイチだったけど、商売の才能はあったみたいよー」

 カミュははぁとため息を吐いた。
 自信満々のデクに毒気を抜かれたようだ。

「アニキが捕まってなんとか命だけでも助けようと色々考えたのよー。放っといたらどんな酷いことされるか……。だからワタシ、オーブを拾ったとウソついて王様にオーブを返したのよ。それでもらった賞金で商売始めたのよー。商売で稼いだ金は城の兵士にバラまいてアニキが早く出てこられるよう裏から手を回したってわけ!」
「……牢の床にデカイ穴を開けても見つからなかったのはそのせいか?妙に監視が緩くて気になっちゃいたが」
「でしょでしょー!きっとワタシの渡したワイロが牢の兵士達にも効いていたんだよー!」

 えへへへへと邪気のない顔で笑うデク。
 カミュは白旗をあげるように両手を上げた。

「……はぁ。わかったよ。疑って悪かった。礼を言うぜ、相棒」
「アニキー!わかってくれて嬉しいよ!」

 本当に嬉しそうなデクに「誤解がとけてよかったね」とユリも嬉しそうに言った。
 だが、カミュにとってはめでたしめでたしでは終われない。

「けどな……これでオーブは行方しれずか……」
 顎に手を触れ思案する。
「フフフー。それなら大丈夫。安心しちゃってよーアニキ!……ちょっと店の外までついて来て!」

 デクの後ろをついて、三人は外に出る。
 先ほどより空に暗さが増したようだ。

「どうしたんだよ、デク?何に安心しろって言うんだ?」

 その問いにデクはまっすぐとカミュの顔を見て答える。

「ワタシ。国にオーブを返した後も人を使ってオーブの行方ずっと追ってたのよー。アニキが大事にしてたの知ってたからね。オーブはグレイグ将軍が南のデルカダール神殿に移して厳重に守ってるらしいよー」
「デルカダール神殿だって?」

 カミュが驚いたように聞き返す。
 そして袋から地図を取り出した。
 いつの間に手に入れたのだろうか。

「たしか、デルカダール神殿はここから南東……この辺りだ。エルシスの住んでいたイシとかいう村もたぶん同じ方角だな」
「うん、イシの村はこの辺りだよ」

 地図を指差すカミュにならって、エルシスも自身の村を指を差す。

「なるほど、道中だな。手間が省けてちょうどいい。さっそく向かうとするか。デク、お前も一緒に来るか?」

 カミュの誘いに、デクはゆるゆると首を横に振った。

「残念だけど行けないよ。商売始めた後、ワタシ、ヨメさんもらって……それに店のこともほっとけないよ」
「そういやお前は昔から商売やりたいってよく言ってたもんな……。わかったよ、ヨメさんを大事にしろよな」

 優しい口調でそうデクに言った後、カミュは「それじゃ足がつかないうちに出発するか」と二人に向き合う。

 長居するのは自分達だけじゃなくデク達にも危険が及ぶだろう。その前に、目的地までの道のりを相談する。

「さっき屋根に登った時に見たが、南門は兵士だらけで突破はムリだな。グレイグの部下が相手じゃ、ワイロを握らせてってのも難しいだろう」
「最初に言ってたカミュの知っている抜け道は?」

 エルシスの問いにカミュは「そうだな」と答え、ただし遠回りになると伝えた。
 エルシスはそれでも構わないと思った。
 どちらにせよ、それしか道はない。

「デルカダールの丘の南の裏道を抜けて、デルカダール神殿へ向かう。その前に通り道のイシの村に先に寄っていこう」

 というわけで、一度下層に戻るぞ――そうと決まればカミュの行動は早い。
 すぐに踵を返す。

「アニキ、あっちから行くっていうなら、くれぐれも気を付けてよー。あの先に広がるナプガーナ密林は迷い込んだら二度と出られない、危険なジャングルって話なんだよー」

 デクが心配そうにカミュの背中に声をかけた。
 そんな危険な場所にこれから向かうらしいが、不思議とユリもエルシスも不安を感じなかった。

「……ウワサに聞く秘境ナプガーナ密林か。だが、道はそれしかないんだ。上等だ。やってやるさ」

 最後に、カミュはデクに別れの挨拶を贈る。

「デク、世話になったな。達者で暮らせよ」
「アニキも元気でね。あと連れの人も……ワタシの分もアニキのことよろしく」 

 ユリとエルシスにも笑顔を向けるデクに、二人も笑顔で頭を下げた。


「――良い人だったね、デクさん」
「うん。それにカミュがすごく慕われているのもわかった」

 ユリとエルシスの言葉に「黙ってロープ渡んねぇと落っこちるぞ」というぶっきらぼうな彼の声が聞こえて、二人はそれにこっそり笑った。

 下層に戻ると、まずは旅に必要な食糧や道具、やくそうなどを購入するために店を巡る。
 なんだかんだ脱獄からの初めての買い物だ。
 こんな遅い時間に空いてる店は怪しさ満載だったが、そこはカミュの口八丁と脅しで正規な値段で購入できた。

 その時のカミュは「どこの荒くれ者だよ」とエルシスは思ったが、彼は盗賊だった。

 現に、いつの間にかエルシスの財布はカミュの手の中に。

 買い物を済ますと、三人は早々にこの場を後にし、外れの教会まで進む。

 夜間の外出は危険だが、れんけい技の特訓もあり、三人の経験もレベルも上がっていた。
 これなら狂暴化した魔物にも遅れをとらないだろう。
 体力の心配はあるが、下宿に休みを取ったことがここで生きてきた。
 教会までもさほど距離はない。
 以前のシスターの言葉に甘えて、教会で朝まで休み、ナプガーナの密林を攻略する流れだ。

 ──これも全てカミュの計画である。

 無駄のない計画にエルシスは感心するばかりだ。それに、自分達だけではすぐに捕まっていたかもしれない。そう考えるとカミュには感謝してもしきれないとエルシスは思った。(財布を盗られた件は水に流すか)

「あの明かりの数……。ずいぶん人を出していやがるな。ほとぼりが冷めるまでデルカダールには近づかないほうが良さそうだ」

 来た道をカミュが振り返る。
 遠くに松明の明かりがいくつも見えて、エルシスはやっと自分達が追われる身と実感し、身震いをした。

『悪魔の子』

 その名前を町で何度か耳にした。
 それが自分のことだと気づいたのは簡単だった。
 もうすぐイシの村に戻れる――これまであまり考えないようにしてきたのは。
 考えると恐ろしくて、身動きがとれなくなりそうだったから。(母さん……エマ……。無事でいてくれ)

「なにしてんだ、エルシス」
「早く入ろう?」
 教会の扉を前に、二人がエルシスを呼ぶ。
「うん……!」

 ――僕は、一人じゃない。

(ユリ、カミュ……君達がいてくれてよかった)

 エルシスは二人の元に駆け寄った。

 日付も変わり、陽が昇ればナプガーナの密林に向かう。
 今は少しでも身体を休めなくては。





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レベルやらゲームシステム用語は出てきますが、そう言った概念がこの世界にあるわけではなく雰囲気的なあれです。


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