「ヤヒムという男の子にかけられていた呪いは、かなり強力な魔法によるものでしたわ。いったい誰があんなひどいことを……あの子、とてもつらそうな目をしていました。早く私たちの手で元気な声が出せるようにしてあげましょう」
清き泉に湧く神聖な水を求め、霊水の洞くつに向かう道中、セーニャは真剣な口調で言った。
不思議な牛の天気予報通り、この一帯は雨が降り、彼らは看板が示す奥の道を行く。
「最初いきなり杖をひったくられた時は子供のドロボーだとばかり思ったけど……友達のためにやむを得ず盗んだのなら、あまり怒るのもかわいそうね。なんとかして助けてあげましょ」
ベロニカの言葉にこくりと頷くエルシスは。
雨が降るなか、猫の着ぐるみで濡れずに済んで良いなと彼女を見ながら思いつつ、その姿につっこむ機会を失ってしまった。
「事情があるにせよ、まさか人のモンを盗っちまうなんて……。まあ、あれくらいガキの頃だと何が正しくて何がダメかは分からないからな」
「それ、君が言うのはちょっとおかしいような……」
しみじみと言うカミュに、エルシスは苦笑いを浮かべた。(妙なところでカミュは真面目なんだよな)
霊水の洞くつまでの道のりは、海に面し、花が咲く緑豊かなものであった。
木造の橋を渡り、奥に進むと、再び看板が立て掛けられている。
『←霊水の洞ぐつ入り口。すべりやすいので足元に注意!』
そう書いている矢印の方角を見ると、岩の段差を上がった所にぽっかりと穴が開いていた。
彼らは滝が流れる側の岩の上を、慎重に歩く。
雨で濡れてさらに滑りやすくなっているな――そう思った瞬間にエルシスは足を滑らせ、それをさらりとシルビアが支えた。
にこりと笑う彼に、エルシスは照れ笑いを浮かべる。
意外に自分は足元はおぼつかない。
「ここが霊水の洞くつ……。奥から川が流れてる」
今度こそ滑らないように気を付けないとと、エルシスは流れる水の中を足を進める。
「こちらの洞窟の中を流れている川はダーハルーネの町の方向……。海の方へと続く源流のようですわね。きっと、この洞窟の奥へ進んでいけば清らかな水が湧いてる場所があるはずです。川の流れをたどってみましょう」
歩きながら言ったセーニャの言葉に、彼らは川の流れに逆らうように奥に進んで行った。
「なんだかこの辺りはジメジメしてるな……。オレの髪も心なしかしんなりしてきたぜ」
「もう、しめっぽい場所は苦手だわ。神聖な泉が湧くという清き泉を早く探しましょ」
不満を口にするカミュとベロニカ。
水が流れる洞窟内は湿度も高かく、じわりと湿気が彼らの身体にまとわりつく。
「しびれくらげがいっぱいいるね」
ふよふよと宙に浮かぶしびれくらげたちをユリは横目で見る。
見た目は可愛らしいが。
「くらげちゃんのしびれ攻撃は厄介だから、こっそり通りすぎましょう」
シルビアの言葉通り、静かにその場を通り過ぎた。
道なりに進み。途中、外に出ると、雨に打たれながらも元気なまほうじじいと交戦する。
「雨が降って、炎の魔法が弱まって良かったですわ…」
「魔物もれんけい技使ってくるなんて、びっくりね…」
戦闘を終え、セーニャとユリが顔を見合わせて言った。
まほうじじいのれんけい技の"クロスギラ"は、雨のおかげで威力が弱まって、彼らは大ダメージを受けずに済んだのは幸いである。
「れんけい技といえば、アナタたちのれんけいすごいわよね!」
アタシもみんなとれんけい技をしたいわというシルビアに、エルシスは笑顔で頷く。
「そうだな!シルビアも入れて僕たち六人になったし、色々な組み合わせができてれんけい技の幅も広がりそう!」
「ふふん、こんなのはどうかしら?アタシとエルシスちゃんとカミュちゃんで……」
「却下」
「んもうっカミュちゃんったら、まだ何も言ってないわよ」
「ロクなもんじゃねえ気がして」
「僕たち三人でれんけい?良いね!」
エルシスのノリ気の言葉に、カミュは嫌そうに顔をしかめた。
二人は楽しそうに話を進めている。
「ふふ、エルシスさまたち楽しそうですわね」
「三人のれんけい技、楽しみだね!」
「ねえ、アタシたち三人も負けずとれんけい技を作らない?」
ベロニカの提案に二人は賛成し、それそれがれんけい技の開発に頭を寄せた。
「――やあね、まったく!」
しばらくして、煩わしそうに口を開いたのはシルビアだ。
突然、先制攻撃を仕掛けてきたのはくらやみハーピー三体。
「さっさと片付けるぞ!」
「ああ!」
カミュは短剣、エルシスは大剣をそれぞれ手にする。
「待って!二人とも、今こそアタシたちのれんけい技を披露する時よ!」
「あれ、マジでやんのかよ……」
「確かに魔物は空を飛んですばしっこいし、ちょうど良い相手だ」
エルシスは笑顔でシルビアを見た後、次にカミュを見る。「へいへい…」カミュはしぶしぶ了解した。
さっそく三人はれんけい技を使うらしいと、女子三人は興味津々に後衛からその様子を眺める。
「行くわよ、エルシスちゃん、カミュちゃん!その名も――《アクロバットスター》よ!!」
二人の真ん中でシルビアが宣言すると、エルシスとカミュは同時に駆け出し、華麗に側転。
「まぁっ!」拍手をするセーニャ。
まるで小さなショーを見ているようだ。
そのままカミュが演舞のようにエルシスに蹴りを繰り出し、反対に彼は拳を繰り出す。
その間、シルビアはウィンクしたりポーズを決めたりと、どちらを見たら良いかユリは迷った。
シルビアが二人の演舞に加わり、最後は三人揃ってポーズを決めると。
味方全員のみかわし率と、敵の攻撃のカウンター率が上がる補助のれんけい技だ。
くらやみハーピーが空を飛びながら勢いよく攻撃をしてくるが、彼らはさらりと交わして当たらない。
「さっきのお返しだぜ!」
「ウフフ、残念!」
カミュとシルビアの二人は避けながら攻撃を入れ、カウンターを食らわす。
「はあ!」エルシスが飛び上がり、大剣を振り落とし、一体を倒した。
物理攻撃はだめだと悟ったのか、呪文を唱えるくらやみハーピーは。
それはエルシスが初めて見る攻撃魔法で、まるで黒い球が弾けるようにセーニャを襲った。
「セーニャ…!」
急いでユリがセーニャにホイミを唱えた。
なんだか嫌な感じのする魔法だ。
「はい、ありがとうございます…ユリさま。今のは闇属性の魔法――ドルマ。初級魔法の中でも威力が高い魔法ですわ」
セーニャの警告の最中、もう一体のくらやみハーピーもドルマの呪文を唱える。
今度の標的はユリだった。
「――ッ!ぁ…う……」
威力が高いとセーニャが説明したが、予想以上に強いショックを受け、ユリはふらりと身体がよろめく。
「!?おいユリ……!」
自分でも何が起こったのか分からない。
カミュの慌てた声が遠くに聞こえる。
ユリは意識が混沌として、そのまま目が回るように手放し――彼女が地面に倒れる前に、カミュがその身体を素早く受け止めた。
「………………、」
――ユリが意識を取り戻すには、さほど時間はかからなかった。
目を開けると、気づいたカミュとセーニャの心配そうな顔が映る。
「ユリ、大丈夫か?」
「ユリさま!ご気分はどうですか?」
自分は一体どうしたんだろう?と、ユリはゆっくり身体を起こす。
「カミュ、セーニャ……私は………」
「ユリさまはドルマの魔法を受けて、気を失われたんです」
「ちなみにここは霊水の洞くつにあるキャンプ地だ」
セーニャとカミュの二人が、彼女に説明する。
そうだ、ドルマの魔法を受けて……。
あの時は身体がショック反応を受けたように感じたが、今は何ともないようだ。
ユリは辺りを見渡すと、雨は止んでおり、辺りは真っ暗だ。
「ご…ごめんっ、私どれぐらい気を失ってたんだろう」
「ほんの数十分だ。エルシスたちが別行動で探索に行ってるから気にすることねえ」
焦るユリに、カミュが穏やかな口調で言った。
「ユリさまは聖なる魔力が強いからでしょうか……闇属性の攻撃に弱いみたいですわ。後遺症はないみたいで良かったです」
ずいぶん心配かけたであろうセーニャが安堵してそう言う。
「もう身体は何ともないみたい。心配かけてごめんね」続けて「二人ともありがとう」と、ユリが言えば、二人もほっとした笑顔を浮かべた。
「あとはあいつらが戻って来るまでここで待つだけだな」
見つめる先は、三人が行った方角だ。
「清らかな泉はこの先の奥地に湧いているはずですわ」
きっとエルシスたちが神聖な水を見つけ、汲んで戻って来るだろう――そう思っていた矢先、彼らが戻って来た。
「あ、ユリ!良かった、目が覚めたんだな」
「いきなり倒れるから心配したじゃない!」
「ユリちゃん、もう顔色も良いみたい。元気になって良かったわ」
三人はユリの姿を見て、彼女の回復を喜んだ。
「エルシス、神聖な水は手に入ったのか?」
カミュの質問に、エルシスはそれが……と、困った表情で切り出す。
「この奥に泉が湧いてる所を発見したんだけど、シーゴーレムって魔物が二体、道を塞いでて一旦戻って来たんだ」
さすがに僕たち三人で二体は厳しいからさ、そう付け加えた。
「シーゴーレムが?普段海辺にいる魔物だが、また面倒な所に……」
「セーニャ、カミュ。私はもう大丈夫だし、私たちも加勢しよう」
ユリの言葉に、二人は頷き。
三人を加えた一行は、エルシスたちの案内で、再び洞窟内に足を踏み入れる。
「あそこ……」エルシスが指差す方を見ると。
確かに、大きなシーゴーレムが二体、道を塞ぐように立っていた。
珊瑚のような頭に、暗い隙間から二つの目が光っている。身体は岩で出来ているようで、頑丈そうだ。
そして、その後ろには光輝くような泉が見える。
「シーゴーレムは見た目通り硬いけど、ルカニが効くからあたしたちにまかせて」
ベロニカはそう言い「ね、ユリ」と彼女に視線を投げ掛ける。
「うん、師匠にルカニを教えて貰ったから私も使えるようになったの」
ユリの言葉に「頼もしいな」とエルシスは微笑む。
「よし、じゃあ行こう――!」
背中の大剣に手を伸ばし、エルシスは先頭を切って魔物に向かって駆け出した。
彼らに気づいたシーゴーレムは、迎え撃つように両手を広げ、どっしりと構える。
「ユリ、そっちはまかせたわよ!」
「はい!……ルカニ!」
ユリとベロニカが同時に呪文を唱えて、二体の守備力を下げる。
「エルシス、一体はオレにまかせてくれ」
「あ、もしかして新しい技?」
期待を込めた目でカミュを見るエルシスに、まあなと彼は答える。
「こいつは状態異常が結構効くんだ!」
カミュはそう言いながらスリープダガーで切りつけ、シーゴーレムAを眠らす。
「マヌーサ!」
そのカミュの言葉通り。セーニャが唱えた幻惑の魔法が、もう一体のシーゴーレムBを幻で包んだ。
「フフ、そっちはカミュちゃんにまかせて……エルシスちゃん!アタシたちはこっちのシーゴーレムちゃんをやっつけちゃいましょう!」
シルビアがそう言った後「バイシオン!」とエルシスに呪文をかけると、エルシスの攻撃力が少し上がる。
「ありがとう、シルビア!」
幻惑に包まれたシーゴーレムBの攻撃はエルシスに当たらない。
エルシスは大剣を構えると、渾身斬りをぶちこむ。
ルカニとバイシオンの効果にシーゴーレムBは大ダメージを受け、珊瑚のような頭が砕けた。
「やったわ!」
ガッツポーズをするベロニカ。
「もう一体はこいつで仕留めるぜ」
カミュは短剣を構えて、眠っているシーゴーレムAに狙い目を定める。
「ヒュプノスハント……!」
短剣は青く大きなオーラに包まれる。
が、カミュが続いて攻撃をする前に、そこに庇うようにシーゴーレムBが仁王立ちをした。
「なっ!」
ここに来て邪魔をするか――カミュは舌打ちをした。
この技が不発に終わるのは何回目だ。
「「ラリホー!!」」
すかさずエルシスとユリが同時に呪文を唱えた。
シーゴーレムBも眠りに落ちる。
「!ありがとな、二人とも!」
――もらった!
カミュは短剣を下から振り上げて攻撃すると、絶大なダメージを受け、シーゴーレムBは崩れ落ちるように倒れた。
「一撃で倒しちゃうなんて、カミュちゃんやるぅ! 」
シルビアが顔の横で両手を握りしめながら彼を褒める。
「すごいっ!カミュ、それはどんな技なんだ?」
「強烈な攻撃だったね!」
興奮気味に聞くエルシスとユリに、カミュはざっくりと説明する。
ヒュプノスハント――麻痺や眠りに陥った敵に、通常攻撃の6倍ダメージを与える技だ。
ひと手間必要なものの、その分その威力は壮絶。
「だから、あいつ。デンダー戦の時にあんなに怒ってたのね……」
ベロニカは自分の攻撃で眠ったデンターを起こして、カミュが怒った時のことを思い出した。
あの時はこっちも腹を立てたものだ。
だからと言ってベロニカは今も自分が悪かったなどと、これっぽちも思わないが。
「皆さま!もう一体が目を覚ましましたわ!」
セーニャはそう注意を促し、マヌーサをシーゴーレムAにかける。
「さあ、あと一体、頑張りましょう!」
シルビアの確かな技術と的確さを合わせた剣は、シーゴーレムの弱い間接部分を切り刻んだ。
「硬い敵でも脆い部分を攻撃すれば、ダメージを与えられるのね…!」
ユリはシルビアの技術を目の当たりにして感心する。
今まで防御力の高い敵には、ユリの攻撃ではまともにダメージを与えられなかった。
技術を極めれば、もっとダメージを与えられるかも知れない。
よし――ユリは精神を統一して、弓を構え、矢を引く。
「イオ!」
ベロニカがちょうど呪文を唱え、シーゴーレムが怯んだ隙に、ユリはシルビアが攻撃をした部分に弓を的確を打ち込む。
「ユリちゃん、お見事!」
僅かな隙間に突き刺さる弓は、確かなダメージを与えた。
シルビアに褒められ、ユリは嬉しそうに笑顔を向ける。
続けてカミュが攻撃し、止めとばかりにエルシスの渾身の一撃が、シーゴーレムに炸裂。
「やりましたわ!エルシスさま」
セーニャが歓声を上げた。
シーゴーレムはぼろぼろと身体が崩れ落ちながら、後ろに怯む。
そのまま倒れるかと思いきや、ぎりぎりで耐えて、みずばしらを起こした。
「うわぁ!」
「きゃっ」
エルシスとユリが驚いた声を上げる。
ダメージより、全員ずぶ濡れになったことの方がショックが大きい。
「切り裂け!バギ……!」
セーニャが唱えた小さな竜巻がシーゴーレムを切り裂き、今度こそ魔物は倒れた。
「最後の最後に余計なことしやがって……」
不機嫌に言いながら、濡れた服を絞るカミュ。彼の自慢のツンツンヘアーはさらにしんなりしている。
「後でキャンプ地で服を乾かさないとな……」
濡れた前髪をかき上げながら、エルシスは苦笑いを浮かべた。
「どっちにしろ、今日はキャンプ地で泊まることになるわね」
シルビアの言葉に「えーどうして?」と不満げな声を漏らすのはベロニカ。
「海の男コンテストが開催されるせいで、宿屋はすでに満室だったのよ」とシルビアが答えると「そんなぁ」とベロニカは項垂れる。
「食料もありますし、今日の所はキャンプで我慢しましょう、お姉さま」
セーニャが膝を曲げ、小さな肩に手を乗せて彼女を励ました。
「――ねえ、見て。これが清き泉だよね。とても澄みきった水が湧いているよ」
ユリはうっとりとその光景を見ながら皆に言う。
霊水の洞くつ、最深部。
ぽっかり空いた天井の穴から、月光に照らされた水面がキラキラと輝いている。
奥底まで見える美しい湧き水に純度の高さが伺えた。
紛れもなく神聖な水と言えよう。
「まぁ、なんてきれいな湧き水なんでしょう……!ここの水ならきっと最高級のさえずりのみつが作れますわね!」
セーニャがユリの隣に立って、感嘆の声で言った。
そして、セーニャはさっそく湧き水をすくう。
「では、キャンプ地へ戻りましょう。さっそく調合しますわ」
神聖な水を手に入れた彼らは、キャンプ地へと向かう。
「この辺りはじめじめしてるせいか、きのこがいっぱい生えてるな。食べられるきのこはないかな?」
「うーん、あんまりこの辺りのきのこはおいしそうに見えないけど……」
歩きながらエルシスとユリがそんな会話をしていると、いきなりマタンゴが怒って彼らに襲いかかって来た。
どちらの発言がマタンゴの怒りを買ったかは不明である。
「っ甘い息か……!」
カミュは腕でその息を防ぐ。
そして、すぐさま二人を見る。
「すー」「すぴー」
予想通り、エルシスとユリは気持ちよさそうに眠っていた。
「……お前らには効くと思ったよ」
苦笑いを浮かべるカミュに「アタシたち以外寝ちゃったみたいよ」と同様なシルビアの言葉に。
見ると双子も仲良く寄り添って眠っている。
「マタンゴ三体だ。オレたちで先に片付けちまった方が早い」
「ふふ、そうね!」
カミュは背中の片手剣を手に取り、マタンゴにかえん斬りで斬りかかる。
シルビアもそれにならって、同じくかえん斬りで仕留めた。
残り一体のマタンゴの攻撃をカミュは易々と避けてから剣を振るい、シルビアは口から火を吹き、特技の火ふき芸でマタンゴに止めを刺す。
襲いかかって来たマタンゴはあっという間に二人に返り討ちにあってしまった。
「……全然起きる気配がねえな、こいつらは」
仕方ねえやつらだと呆れながらも、カミュは左手を半円を描くように上げながら呪文を唱える。
「ザメハ」
伸ばした両手から出る光が、眠っている四人を起こす。
「あ、あれ……?」
「いつの間に眠って……?」
「マタンゴの甘い息ね!」
「ふあ……」
エルシス、ユリ、ベロニカ、セーニャが同時に目を覚ました。
「あら、カミュちゃんったら魔法も使えたのね」
「少しだけな」
驚くシルビアに短く答えるカミュ。
魔法なんて覚える素質も予感もなかったのに、使えるようになったのは勇者であるエルシスの仲間になったからでは?なんてカミュは考えていた。
現に覚え始めたのはエルシスたちと旅をしてからだ。
その後は戦闘もなく、キャンプ地に一行は戻って来た。
まずは服を着替え、濡れた服を乾かす。
シルビアも料理が得意ということで、カミュと共に夕食を作り、エルシスはその手伝いをする。
「さえずりのみつは、先ほど採取した神聖な水に、花のみつとゆめみの花を調合して作るんです」
セーニャがユリに説明した。
彼女はベロニカと共に、セーニャのさえずりのみつ作りの手伝いだ。
「まずはゆめみの花から用意しましょう。ユリさま、ゆめみの花の花びらだけを一緒に取ってくださいますか」
「うん、分かった」
「花粉は吸い込まないよう気を付けるのよ。眠くなっちゃうからね」
ベロニカは自身の火の魔法で、鍋の花のみつを温めていた。
火加減が重要らしく、沸騰してしまうのは良くないらしい。
「花のみつはちょうど良さそうですわ。その中にゆめみの花びらを入れて、花の成分が溶けるまでこれを煮詰めます」
ユリが花びらを入れて、セーニャがそれをゆっくりとかき混ぜる。
「どれぐらい煮詰めるの?」
「ほんの数分で大丈夫なんです。花のみつにゆめみの成分が溶けると、とても綺麗な色に変わるのですぐに分かりますわ」
セーニャの返答に「へぇ、楽しみ」と、ユリは鍋の中を眺めた。
「それをろ過して冷ましたものを、神聖な水と調合すれば完成なんです」
セーニャはにっこりと笑う。
「さえずりのみつか……なつかしいわね。さえずりのみつをお湯に溶かして飲むと、ノドの調子がとても良くなるの。子供の頃、あたしたちもよく飲んでいたわ」
ベロニカがその頃を思い出しながら話し、セーニャもええと同じくなつかしそうに頷く。
「さえずりのみつは聖地ラムダに伝わる薬で、ノドを痛めた吟遊詩人がこれを飲むとたちまち美しい声を取り戻したと言います」
「ラムダに伝わる秘伝の薬なんだ……。二人がいてくれて良かった」
ヤヒムくんの呪いもこれで安心だねとユリは柔らかな笑みを浮かべる。
「もしかしたら、前より美声になるかもしれませんね」
セーニャはそう言って、ふふと微笑んだ。
「さえずりのみつはどんな感じ?」
そう三人の様子を見に来たのはエルシスだ。
料理はカミュとシルビアの二人でこと足りるらしく、やることがないと彼は肩をすくませた。
「エルシスさま、花のみつとゆめみの花の花びらを煮詰めてるところですわ」
「あっほら、エルシス。色が変わるよ」
「わぁ、綺麗な色だ」
鍋の中の花のみつは、琥珀色から淡い紫色に変わっていく。
「ゆめみの成分が溶けた合図ね。セーニャ、火を止めるわよ」
そうベロニカが念じれば、たちまち炎の魔法は消える。
ユリに説明した通り、セーニャはそのみつをろ過し、後は冷めるのを待つだけだ。
「冷めるのを待つ間……神聖な水で、ユリさまの傷薬をお作りしますね。清めの水より効果がありますわ」
セーニャの言葉に「ユリ、良かったな!」と、エルシスは自分のことのように喜ぶ。「ありがとう、セーニャ」ユリも嬉しそうにセーニャにお礼を言った。
「――カミュちゃんは良い旦那さんになりそうね」
てきぱきと野菜を処理するカミュの手つきをシルビアは褒めた。
対してカミュは「料理の腕と良い旦那が繋がる意味が分かんねえ」とそっけなく返す。
「今の時代、家事を手伝うのが良い旦那の条件なのよん」
得意気に言うシルビアに「そもそもオレは結婚に興味がねえな」とカミュは鼻で笑って言ってみせた。
「あら、そうなの?」
その言葉にシルビアは目をぱちくりさせる。てっきり……と言いたそうな表情でカミュを見ている。
「なんだ、その意外そうな顔は」
そんなに自分は家庭的に見えたのだろうか。だとしたらシルビアの目は節穴もいいところである。
「………オレは独り身の方が、気が楽なんだよ」
カミュがシルビアから視線を外してそっけなく言うと、彼はふぅんと小さく呟いただけで特に追求はしてこなかった。(なんだよ、シルビアのやつ。そもそもオレは、結婚なんてものをしていい男じゃない……)
神聖な水から作った傷薬が完成し、セーニャからそれをユリが受け取っていると、ちょうど夕飯も出来上がったらしい。
「ご飯ができたわよ〜」
シルビアが四人を呼ぶ。
「ウフフ。アタシとカミュちゃんの合作料理……具だくさんオムレツに、トマトのスープよ!」
「「おぉ〜!」」
じゃーんと差し出された料理に、エルシスとユリは目を輝かせる。
「あんたたち、本当に食べるの好きよね」
「でも、お姉さま。本当においしそうですわ」
満面な笑みで皿を受け取る二人の次に、ベロニカとセーニャも二人に負けないぐらい目を輝かせて皿を受け取った。
四人はそれぞれ焚き火を囲むように座り。最後にシルビアとカミュが腰を降ろせば、いただきますとキャンプ地に明るい声が響く。
「おいしい〜!シルビアもとっても料理上手なのね!」
「ありがとう、ユリちゃん。よくサーカスのみんなに料理を作ったりしてたのよ」
「これで少しは料理番が楽になるぜ……できねえやつらの方が多いからな」
「な、なによ……あたしたちだってできることはできるわよ!ねえ、セーニャ」
「そ、そうですわ!お姉さま、いつかカミュさまにぎゃふんと言わせましょう!」
「サーカスの人たちと旅って楽しそうだ」
そんな他愛もない会話をしながら、楽しげに夕飯は進む。
片付けが終われば自由時間だ。
エルシスはふしぎな鍛冶屋に、それを興味津々に眺めるシルビア。ユリはサマディーでセーニャからもらった本を読み進め、カミュは武器の手入れ。
ベロニカはのんびりとくつろぎ、セーニャはその隣でさえずりのみつ作りの再開をする。
適温に冷めたみつを神聖な水と調合すれば…………
「できましたわ!」
セーニャ特製の『さえずりのみつ』が完成した。
「お疲れさま、セーニャ。これでヤヒムくんの呪いも解けるな。明日、ヤヒムくんに届けに行こう」
エルシスがそう労いの言葉をかけると、セーニャは「はい!」と嬉しそうに頷いた。
ヤヒムの笑顔に、声が聞けるのが楽しみだ。
そして、彼らは身体を休め。
翌日、再びダーハルーネへと来た道を戻る。
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夢主には闇属性軽減の防具が必要。
さえずりのみつのレシピはドラクエ9の錬金から。