軍師、ホメロス

 一行がダーハルーネへと戻るなか、前を歩くシルビアが振り返り、彼らに話しかける。

「そういえば、海の男コンテストが始まるのは今日よね。ヤヒムちゃんもノドが治った状態でコンテストを楽しめそうで良かったわ」

 コンテストを思い出してウキウキするシルビア。

「まったく呑気で良いよな……。虹色の枝の行き先がまだ見つかってねえってのに。しまいにはお尋ね者なのに人助けして、オレたちは人が良すぎるぜ」

 しかも助ける相手は、自分たちを冷たくあしらった男の息子だ。

「そう言うカミュだって、ヤヒムくんのことを放っておけないって思っただろ?」
「ヤヒムくんにさえずりのみつを届けたら、また虹色の枝ついて情報収集しよう」

 エルシスとユリの二人にそう言われてしまえば「……まあ、仕方ねえな」と、カミュの溜飲が下がる。
 確かに息子のヤヒムには罪はない。


「まあ……ちょっと見ない間に町はすっかりコンテストの雰囲気ですわね!エルシスさま、ほらご覧ください!」

 ダーハルーネに着くと、町はさらに賑わいを増していた。

「僕らが来た時はステージが建てられている最中だったけど、すっかり完成したみたいだ」

 広場の方は昨日より露店も増え、人混みで溢れている。

「や〜ん、ロマンチックじゃない♪もうすぐ、あのステージの上にイイ男たちが勢揃いするのね♡」

 シルビアはうっとりとそう言って、不意にエルシスとカミュの二人を見る。

「ねえ、エルシスちゃん、カミュちゃん。ヤヒムちゃんの顔も見たいし、さえずりのみつはアタシたち女4人で届けてくるわね」

 女4人……?

「その代わり、エルシスちゃんとカミュちゃんにコンテストの場所取りをしておいてほしいの。イイ男がよく見える場所を取っておいてね」
「はあ?おい、勝手に……」
「よろしくね、エルシス、カミュ。ちゃんと良い席を確保するのよ」
「私たちがしっかりとヤヒムくんにさえずりのみつを届けて来ますわ!」

 カミュが最後まで反論する前に、ベロニカとセーニャが続いて、シルビアは「さあ、ユリちゃんも行きましょ♪」と彼女も連れて、さっさと双子と共に歩き出してしまう。

「エルシス、カミュ。また後でね」
 振り返り、笑顔で手を振るユリに「うん」「おう」とエルシスとカミュも思わず笑顔で手を上げ応えた。

 彼女が再び前を向いた瞬間、カミュはシルビアのスマートな背中を睨む。

「面倒くさい仕事は全部男まかせかよ……。急に子供を助けようとか言い出したり、戻ったら席の場所とりをしろと言ったり、あいつらホント勝手だよな。シルビアのやつ、男手が増えて楽になるかと思ったらとんだ期待外れだったぜ」

 一気に不満を口にするカミュ。そこまで不満はないものの、エルシスも困ったように苦笑いを浮かべていた。

「でも、ほら。戦闘とかやっぱり頼りになるし、料理もおいしかったし……とりあえず広場まで行ってみよう」

 それでもフォローをする辺り、エルシスはとんだ筋金入りのお人良しであるとカミュは毒気を抜かれてしまう。

「……めんどくせえけど、仕方ねえな。ひやかしにステージの様子でも見に行くか」

 エルシスとカミュもステージがある広場の方へ歩き始めた。


「昨日より露店がいっぱい出ていますわね!」
「海の男コンテストの参加者と思われるイイ男もたくさんいるわ!」
「名物、ラハディオまんじゅうだって」
「ラハディオって、確か町長の名前よね。どこも商売魂がすさまじいわね…」

 町の雰囲気を楽しみながら、彼女たちは昨日、ラッドとヤヒムに会った場所に向かう。

 だが、そこには二人の姿は見当たらない。

「おかしいですね……。確かこの辺りで待ち合わせしたのに……。あの子たちどこに行ったのでしょう?声が出ないなんて苦しいでしょうし、早くさえずりのみつを渡して喜びの声を聞きたいですわ」
「本当よね……どこに行っちゃったのかしら。早くヤヒムにさえずりのみつを渡してノドを治してあげたいわ。声が出ないなんてとってもつらそうだもの!」

 しばらくこの場所で待っていたが、二人は現れず。
 セーニャとベロニカは首を傾げる。

「ヤヒムちゃ〜ん、どこ〜!アタシよ〜!怖がらなくて大丈夫だから出ておいで〜っ!」

 シルビアが声を上げるが、当然のように返答はない。

「手分けして探してみようか」

 ユリの提案に「そうね」とベロニカが頷く。

「この人混みで呑まれちゃったのかも知れないし、この場所に集合で手分けして探しましょう」
「じゃあ4人いることだし、それぞれ東西南北に分かれましょ」

 シルビアが続いて言い、それぞれが別の方角に探しに行く。

 ――二人の少年を見つけたのは、それからしばらく経ってからだった。

「あら、いたわ!ヤヒムちゃーん、ラッドちゃーん!」

 二人の少年の姿に気づいたシルビアが手を振る。
 なかなか二人が見つからず、一旦待ち合わせ場所に戻ってきたのはシルビア、ベロニカ、セーニャの三人だった。

「もうっあんた達、どこへ行ってたのよ。この人混みのなか探したじゃない!」

 怒るベロニカに「ごめん」と、ラッドが謝る。

「よくわかんねえけど、ヤヒムが急に逃げるよう走り出して……。でもさえずりのみつを飲めば、その理由も分かるし、作って来てくれたんだろ?」

 期待を込めた目で見るラッドの横で、ヤヒムが慌てた様子でこくこくと頷いている。

「何か深〜いワケがありそうね。セーニャちゃん」

 察したシルビアが彼女に声をかけると、セーニャは「はい」と頷き、ヤヒムにさえずりのみつを渡した。

「これを飲めば喉の呪いも解けるはずですわ」

 ラッドが見守るなか、ヤヒムは受け取ったさえずりのみつを飲んだ。

「………あ…あー!声が出る……!声が出るよ、ラッド!」
「呪いが解けたんだ!良かったな、ヤヒム!」

 顔を見合わし喜ぶ二人に、三人の顔にも笑顔を浮かぶ。

「ありがとう、お姉ちゃんたち!」

 子供特有のあどけない笑みで礼を言うヤヒムだったが、すぐに大人びた真剣な眼差しになる。

「さっき、ボクに呪いをかけた人がいたんだ……!」

 その言葉に驚いて、三人は顔を見合わした。

「ヤヒムちゃん、詳しく話してくれるかしら?」

 シルビアの問いにヤヒムは真摯に頷き、詳しく話した。

 数日前――。その男が町の港の外れで、魔物と密会しているところを偶然にもヤヒムは目にしてしまったと言う。
 魔物に驚いて声を上げてしまい、気づいた男が呪文を唱えると声が出なくなってしまったとヤヒムは話す。

「きたねー!口封じかよ!」

 ラッドが地団駄を踏んで怒った。

『他の方法でこの事を伝えてみろ。この呪いがお前の命を蝕むだろう』

 そう脅され、怖くて周りに何も伝えられなかったとヤヒムは告げた。

「なんて卑劣な男なの!許せないわ!」
「それに魔物と密会という話も気になりますわ……」
「アタシたちがその悪い子ちゃんを成敗してあげましょう!」

 ベロニカ、セーニャ、シルビアがそれぞれ言葉を口にすると、ラッドが「あっ」と何か気づいたように声を上げる。

「もしかして、その男ってさっき見かけた長い金髪の白い鎧の男か?」
「うん!あのたくさん兵士を連れてた……」

 ラッドに答えたヤヒムの「兵士」という言葉に、怪訝そうな表情になる三人。
 兵士ということはどこかの王国の者だろう。その者が何故、魔物と……。

「確か町の人たちがデルカダールって言ってたような……」
「「デルカダール!?」」

 双子が同時に叫び、ヤヒムとラッドはびくっと驚いて肩を震わした。

「あら、どうしたの?双子ちゃんたち」

 首を傾げながらシルビアは二人に問う。

「まずいのよ……!デルカダール兵とあの三人が鉢合わせしたら……!」
「エルシスさまとカミュさまはお二人で行動されてますが、ユリさまはお一人のはず。心配ですわ……!」
「事情は分からないけど、とにかく三人の危機のようね!」
「ええ、詳しくは後で話すわ、シルビアさん。まずはデルカダールの兵がこの町にいることをあの三人に伝えないと……」

 手分けして探しましょう――と、ベロニカの言葉に、三人は散るように駆け出す。

「なんなんだぁ……?」

 取り残されたラッドは、頭にハテナを浮かべた。

「ラッド、ボクたちはボクのお父さんのところに行こう!町長のお父さんにこのことを教えるんだ!」

 ヤヒムの言葉に「そうだな!」とラッドは頷いた。少年二人は、ヤヒムの父であるラハディオの元へ急ぐ。


 その少し前――ユリは西側を探しに来ていた。
 だが、しばらく辺りを探しても見つからず、待ち合わせ場所に戻る途中。
 人混みの中、その瞳と視線がかち合ったのは、全くの偶然だった。
 
 記憶にある酷く冷たいその瞳に、ぞくりと背筋に走る悪寒。

(ホメロス……!!)

 ユリは目を見開き驚くと同時に、素早く踵を翻す。

「っあの娘を逃がすな!!」

 銀髪をなびかせ。人混みに紛れるように逃げるユリに、ホメロスが叫んだ。

(早くっ……エルシスとカミュに知らせないと……っ!)

 小柄な体格を活かし、ユリは人混みをかき分けながら走る。
 二人は北側のステージの方にいるはずだ。(その前にどうにか撒かないと……)

 ベロニカ、セーニャ、シルビアはホメロスと面識はないので大丈夫だと思うが、もし二人が鉢合わせをしたら――

「……!?」

 後ろを気にしながら走っていたため、次に前を向くと、そこには舌の長い大柄な男が。
 ――ぶつかる……!

「ベロッベロッこの町にはおいしそうなモノがたくさんあるベロン。全部食べつくし……ベロ〜ンっ!?」
「きゃ……!?」

 急には止まれず。ぶつかったユリは、その男の屈強な身体に跳ね返されるように尻餅をつき。
 その反動で、舌の長い男の手に持っていたケーキたちが宙に舞い、ぐしゃりと地面に落ちた。

「ベロッ!?おれのケーキがぁ……!」

 無惨に潰れたケーキに、舌の長い男は悲しげな声を上げる。

「ケーキなんてまた買えば良いだろ?…それより、あんた大丈夫か?」

 連れが悪かったなと、側にいた武闘家のような男がユリに手を差しのべた。

 ユリは「ぶつかったのは私の方ですから……」と申し訳なさそうに言いながら、その手を掴む――最中。

「どけ!!……逃げ足の早い娘め……!」

 賑わいのなか、ホメロスの声が耳に届く。ユリははっとし、素早く立ち上がった。

「すみませんっ!そのケーキは弁償します!これで足りるかな……?足りますか!」

 慌てながらも律儀に財布からお金を取り出すユリに、彼ら二人はぽかんと顔を見合わした。

「――やれやれ、ケーキが台無しだ。それにしても、あの銀髪のお嬢さんは何をあんなに急いでたのだろうな」

 そう言いながら、地面に落ちたケーキを武闘家の男は片付ける。

「銀髪……!」

 その単語を耳にしたホメロスは振り返り、武闘家の男に詰め寄った。

「おい、その娘はどっちに行った?」
「その子ならあっちの路地裏に走って行ったよ」
「ベロン」

 武闘家の男が指差すと「追うぞ!」ホメロスは兵士を数人連れてその方角に走って行く。

「………もう、出てきて大丈夫だ」

 そう彼に声をかけられ、ユリはゆっくりと大柄な男と露店の隙間から顔を出した。

「あ…あの、ありがとうございます、助けていただいて……」
「良いってことよ。何があったかは知らないが……逃げなきゃならないって時なのに、弁償をしようと必死な姿に悪い者には見えなかったからな」
「そうだベロン」

 武闘家の男に続いて、舌の長い男も頷く。

「ケーキ代はちゃんと弁償します!」

 こちらにも非があると受け取らない武闘家の男に、ユリは無理やりお金を渡した。最後に会釈をし、すぐさま走り去る。

「不思議なお嬢さんだったな……」
「ケーキ代を弁償してくれるなんて、良い子だベロン」

 舌の長い男はユリが消えた方角を見ながら嬉しそうに言った。
 ユリはステージがある広場に、急ぎ向かう。


「おや、そちらのお兄さんたち!おふたりともサラサラ、ツンツンと髪型が決まっていて男前ですねぇ〜!そんなに男前なのに見物とはもったいない!ぜひ、海の男コンテストに参加してください!」

 一方のエルシスとカミュ。

 のんびりとコンテストの場所取りの最中に、コンテストの関係者らしき人物から勧誘を受けていた。

「僕はともかく、カミュは出てみれば良いのに。優勝狙えるよ!」

 笑うエルシスに、カミュはジト目を向ける。

「んなコンテストに出るワケねえだろう。第一、オレたちはコンテストなんかに付き合ってる場合じゃ……」
「エルシス!カミュ!!」

 その時――、二人の耳にユリの声が届く。間に合ったようだと、彼女は二人に駆け寄る。

「ユリ?」
「何かあったのか?」

 ただならぬユリの様子に、エルシスとカミュの表情に陰りが差した。

「デルカダールのホメロスが、兵士を連れてこの町にいる……っ」
「「っ!?」」

 息を切らしながら言うユリの言葉に、エルシスとカミュは驚きに目を見開く。

「さっき、ホメロスに出会して、逃げて来て……」

 その言葉に、二人の表情が険しくなった。

「ホメロスって言えば、グレイグと並ぶデルカダールの将軍だよな……。とりあえずこの場所は目立って危険だ」

 離れよう――カミュがそう言い終わるか否や。
 後ろからデルカダールの兵士が何人も現れ、三人は剣を向けられた。……どうやら、一足遅かったらしい。

「……フッ。予想通り、三人で行動していたか」

 その声に振り返ると、ステージの上から冷たく瞳で見下ろすホメロスの姿があった。
 長い前髪をかき揚げる仕草がキザったらしいと、カミュは睨み上げる。

「逃亡者は人混みに紛れるもの。このコンテストを利用し、貴様らをあぶりだそうと画策してこの町に来たが……」
「………っ」

 エルシスは悔しそうに唇を噛み締め、彼もホメロスを睨み上げた。
 思い返せば。デルカダール王に言われ、イシの村に向かったのはこの男だった。

 ならば、あの諸行をしたのは――。

「すでに人目もはばからず堂々とコンテスト会場に居たとはな。この娘を人質に捕らえて誘き寄せる手間も省けた」

 ユリを見てホメロスは鼻で笑う。

「ヤツのあの鎧……あいつがホメロスか。いけすかねえ野郎だぜ」
「どうしよう……囲まれて逃げられない……っ」

 三人は後ろのホメロスを気にしながらも、じわじわと追い詰められ、ステージ上へと追い込まれた。

 兵士たちに囲まれるなか、困惑する人々の顔が見える。

 こんな町中で戦闘は避けたいものだが、それでも三人は武器を手にするしかない。

「聞きたまえ、ダーハルーネの民よ!」
 
 突然。手を広げ、演説をするかのようにホメロスは声高々にざわめく人々に言う。

「私はデルカダール王の右腕、軍師ホメロス!そして……あの者こそ、悪魔の子――エルシス!ユグノア王国を滅ばした災いを呼ぶ者だ!」

 ホメロスはエルシスに指を差すと、周囲のざわめきがいっそう大きく広がった。

「――ふざけるな!!」

 エルシスが怒りのままに叫んだ。それぞれ背中合わせの状態で、ユリとカミュは驚き振り返って彼を見る。

「僕は悪魔の子じゃない!何がユグノアを滅ばしただ!お前たちこそイシの村を滅ばしたじゃないかっ!!」
「……エルシス……」

 ユリが小さく彼の名を呼ぶ。込められたのは怒りだけじゃない。胸が痛くなるような叫びだった。

 あの時のイシの村の光景を、思い出す。

「罪人の戯れ言だ。忌まわしき悪魔の子を育てた罪深き村を浄化するのは当然だろう。さあ、エルシス!おとなしく我が手中に落ちるがいい!共犯者の二人も一緒にな!」

 人を恨んじゃいけないよ――テオの言葉が、エルシスの脳裏を過る。(ごめん、おじいちゃん。今はまだ、)

 この男を許せない……!!

「ホメロスッ……!!」

 エルシスは大剣を構え、ホメロスに駆け出した。

「エルシス、落ち着け!」

 カミュの制止の言葉は、今の彼の耳には届かない。

「うおおぉ……!!」

 大剣を振り落とそうとするが、ホメロスに届く前に、兵士たちが立ち塞がる。エルシスはものともせずそのまま兵士を薙ぎ倒した。

「っ」

 だが、一人倒したところで補充されるように、次々と襲いかかって来る。

「デイン――!」

 エルシスは得意の魔法で、一気に兵士たちを倒す。

「なかなかやるではないか。だが、いつまで持つか……私は高みの見物をさせてもらおう」

 ホメロスは余裕の表情のままだ。

 顎でくいっと指示を出せば、兵士がぐるりとエルシスを取り囲む。(まるで、兵を捨て駒みたいに……!)

 敵である自分が思うのは筋違いだが、自分は見物したまま数で物を言わすホメロスに、エルシスはそう思わずにはいられなかった。

 ――いくらなんでも数が多すぎる。

 カミュは兵士と剣を合わせながら、辺りの状況を把握する。

 逃げ道を塞ぐように兵士を配置しており、強引に突破することは難しいだろう。

 ホメロスが画策していたと言ってた通り、計画性を感じさせる手際の良さと、兵の数を用意している。

(オレたちが次にこの町に来ると予想してたのか?あいつが軍師として名高いのは伊達じゃねえってことか)

 そこまで考えてカミュは、襲いかかって来る兵士の剣を避け、返り討ちにした。
 現役の盗賊だった頃は人間相手にもいざこざはそれなりにあったため、自分は対人戦は慣れているが……。

 二人は――カミュはエルシスを見る。

 頭に血が昇っているのかと心配していたが、エルシスは大剣をぶんまわして次々と兵士を倒している。戦えてる分にはとりあえず今はそれでいい。なら、やはり。

「ユリ、いざとなったら躊躇うなよ。やつらは敵だ」

 背中越しにカミュはユリに言い聞かせるように言った。
 自分が側で戦っているが、守りながらも限界がある。彼女の剣の腕でも、レベルでも兵士たちに引けを取らないと思うが。
 ラリホーで眠らせたり、ヒャドを致命傷にならないように当てて戦っているユリだ。
 やはり、魔物とは違い、人相手に戦うのは抵抗があるのだろう。

「大丈夫だよ」

 だが、彼女から返ってきた声は存外明るかった。

「この騒ぎに師匠や、セーニャ、シルビアさんがきっと助けに来てくれる」

 それまでの辛抱というように言ったユリに、カミュは今の今まで忘れていた彼らの存在を思い出す。そして、ふっと口元に笑みが浮かぶ。

「そういえばあいつらがいたな……。なら、早く助けに来てくれねぇかね……!」

 カミュは頭上から降ってくる剣を受け止め、その腹に蹴りを入れた。
 よろける兵士は後ろの兵士たちも巻き添えにし、段差から転げ落ちて行く。

「くそっ……!いくら倒してもキリがない!!」

 次々と現れる兵士に、エルシスは吐き捨てるように言った。
 じわじわと体力と魔力を磨り減らされる。
 すぐそばにいるのに、ホメロスに近づけない。
 ちらりと横目で見ると、ホメロスは薄い笑みを口許に浮かべていた。

「無駄な足掻きはやめるんだな。さあ、おとなしく……」
「待ちなさぁ〜いっ!!」

 その時、ユリが待ち望んでいた幼い少女のような声が響き、エルシスの耳にも届いた。
 三人だけでなく、ホメロスや兵士たちも声が聞こえた方へ意識を向ける。

 そこには腰に手を当て、仁王立ちをするベロニカとシルビアの姿が。

「……。なんだ、ありゃ」
「猫の着ぐるみ?」
「通りすがりの旅芸人じゃないか?」

 そんなざわつきが兵士たちの間に起こる。

「師匠とシルビアさん!やっぱり来てくれた!」

 ユリはそう嬉しそうに言ったが、カミュは冷めた笑みを浮かべた。
 シリアスな展開をぶち壊す登場の仕方はさすがである。

「アタシの仲間におイタする子はお仕置きよっ!」

 シルビアがびしっと指を差す。

「お仕置きよっ!!」

 同じくベロニカもびしっと指を差す。

「……。おい、なんだあいつらは!警備の者たちは何をやっている!!」

 一瞬、その整った顔を酷く歪めたホメロスの顔を、エルシスは見逃さなかった。
 おかげで自身の熱くなった頭が、少し冷めていく。

「ほらほらっ!サッサとどかないとヤケドするわよ!」
「するわよ!」

 ベロニカが手のひらからお得意の炎の玉を産み出し、ボンボンと兵士たちの方に向かって投げる。

「どわあぁーっ!!」

 まるで炎の投石のようなそれは、兵士たちを撹乱するには打ってつけだった。

「……チッ。まだ仲間がいたとはな。さっさと取り押さえろ!」

 ホメロスが先頭に躍り出て、指揮を出す。

「エルシスさま、ユリさま、カミュさま」

 その隙に、セーニャが横道からこっそりと三人に手招きをした。

「さあ、こちらにお逃げください」

 三人は静かに歩き、セーニャの後ろをついて行く。

 海に面している通路を四人は走った。彼らに驚き、怯えて避ける人々の視線に、胸が痛くなる。

「あ…悪魔の子め!よくも故郷のユグノアを……!!」
「……!!」

 一人の男が立ち塞がり、震えながらそうエルシスに叫んだ。
 ユグノアの出身らしい男の恨む目に。
 エルシスはショックを受けて、足が止まる。

「エルシスっ、今は逃げよう!」

 ユリがすぐさまその腕を引っ張る。エルシスは「あ、ああ…」と短く返事をし、その視線から背くように、再び足を動かした。

「――逃がしはせぬ」

 カミュがその殺気に気づき、後ろを振り返ると……その目に映るは、ホメロスが呪文を唱える姿。

 あれは――闇の魔法、ドルマ。

 だが、ホメロスの手の上で大きく蠢くそれは。くらやみハーピーが唱えていたものより、格段に威力が高いように見える。

「エルシス、あぶねえっ!」

 カミュは叫んだ。やつの狙いはエルシスだ。
 放たれた魔法に、カミュは瞬時で考える。
 あの威力ではエルシスだけでなく、側にいるユリも巻き込むだろう。
 闇属性に弱いユリに、当てさせるわけにはいかない。

 二人を守るには、どうすれば良いか。

「――カミュ!!」

 ユリが悲鳴のように名を呼んだ。
 二人を庇うようにカミュは――自らドルマに当たりに行き、身を盾にし、受け止める。

「ぐぅっ……ッ!」
「カミュ!」
「カミュさまっ!」

 エルシスもセーニャも同時に彼の名を叫ぶ。その好機を見逃さず、すかさず後ろから兵士が詰め寄って来た。
 慌ててエルシスは駆け寄り、その手を差しのばすが、ぱしんっと音を立てカミュに振り払われる。

 エルシスは固まった。

「オレのことはかまうんじゃない!お前たちだけでも逃げるんだ!」
「嫌だ!!」

 反射的にエルシスは答える。逃げろ?カミュを置いて?

「そんなことできるわけないだろ!?」
「今度はちゃんと私も戦う!みんなで戦えば……!」

 エルシスに続いてユリもそう言い出す始末だ。(本当に、お前たちは……)

 だが、それこそまたこの場にドルマを打ち込まれたらどうなる。
 今度こそユリに当たり、倒れるかも知れない。エルシスだって先程の疲労が蓄積されているはずだ。(勇者のお前が捕まったらどうなる……っ)

「セーニャ!!」

 カミュは頼みの綱のように彼女に訴えた。
 エルシスとユリを連れて逃げろと目で言う。
 セーニャは一瞬戸惑ったが、すぐにカミュの心情を察して、二人の手を引く。

「カミュさまの決意を無駄にしてはなりません……!」

 そうだ、それでいい――カミュは兵士に取り押さえながらも、口元にはうっすらと笑みを浮かべた。

 走り去る三人の背中。

 こちらを気にする二人の悲痛な表情が、だんだんとぼやけていく。

 カミュはそこで意識を手放した――……。


- 54 -
*前次#