一行を乗せた帆船は、途中悪天候に見舞われもしたが、本日は晴天に恵まれ、順調にバンデルフォン地方を目指していた。
時々遠くに見える小島に、いつか上陸してみたいとエルシスは思いを馳せながら、潮風になびく髪を手で抑え、今日も飽きずに景色を眺める。
「ウフフッエルシスちゃん。アタシの船、シルビア号の乗り心地はいかが?」
隣に並んで話しかけてきたシルビアに、エルシスはにっこり笑って答える。
「うん、すごく良いよ!快適な船旅さ!」
彼の言葉にシルビアも良かったわ、と嬉しそうに微笑んだ。
「ちょっと見た目が地味なのが気になるけど、今のデザインも気に入っているからお色直ししようか迷ってるのよねえ〜」
悩むシルビアに、エルシスは思わず風を受ける帆を見上げる。
色鮮やかな赤は真っ青な空によく映えている。
シルビアらしい派手な外装だと思っていたが、彼にとっては地味になるらしい。
「今のままでも、僕は十分かっこいいと思うけどな」
これ以上目立つのはさすがに。エルシスの言葉に「エルシスちゃんがそう言うならこのままにしようかしらね」と、シルビアは思い留まったようだ。
「……あれ、セーニャ、どうしたんだ?」
エルシスはユリとベロニカの間で悲しそうな表情のセーニャに気づいて、声をかけた。
「うう……先ほどダーハルーネの町で買ったお菓子を皆さまと一緒に食べようと持っていたら、通りすがりのカモメさんに奪われてしまいました……」
「もう、セーニャがトロいからよ」
その隣でベロニカが呆れたように肩を竦める。
「でも、あのカモメも獰猛でちょっと怖かったよ」
そこにユリがセーニャをフォローするように。
「獰猛なカモメ……」
その様子を想像して、セーニャには悪いがエルシスは思わずプッと吹き出してしまった。
「大陸に近づいて来たからカモメちゃんが飛んでいたのね」
シルビアが空を高く見上げて言う。
「ホメロス将軍から逃げおおせ、ようよくひと息つけると思いましたが、私の考えが甘かったようです……」
落ち込むセーニャは最後に「お菓子だけに……」と呟いて、ちょっとそれは上手かった。
「アリスのおっさんが言うには、もうすぐヒノノギ地方が見えるらしいぜ」
アリスと話していたカミュが、こちらに歩きながら五人に伝える。
「火山、見えるかなー」
船端を掴み、身を乗り出すようにユリは景色を眺めた。
そんな彼女はエルシスが彼女サイズに仕上げたうさぎの着ぐるみをちゃんと着ている。
罰ゲームでうさぎと言ったらバニーガールだろう、ユリの良さを分かってねえ――と。最初はそう思っていたカミュだったが、見慣れてくるとこれはこれでありだなと思えてきた。
「旅立ちのほこらも見えたから見えるかも」
続いて言ったのはエルシスだ。北東の内海を目指して進む中、遠くからだが、崖にぽつんと建つ白いほこらを目にすることができた。
エルシス、ユリ、カミュの三人は、感傷深くそのほこらを見送っていた。
「それにしても、旅立った時はこうして船旅をするなんて夢にも思わなかったな」
こちらを見ながら話しかけるエルシスに「そうだね」と、ユリも頷く。
「あたしたちもよ」
「そうですわね、お姉さま」
ベロニカとセーニャが互いに顔を見合せながら。
「あたしたちの故郷、聖地ラムダは山奥にあってね。じつはアンタを探す旅に出た後に生まれてはじめて海を見たのよ」
「はじめて見た海はそれはそれは感動しましたわ」
双子の話にへえと親近感を持ちながらエルシスは呟いた。
自分の故郷も似たようなものだ。
エルシスが初めて海を見たのは、成人の儀式で神の岩の頭上だった。
初めて見る、太陽の光を受けてキラキラと輝く真っ青な海と、その先の地平線。エマと共に見た素晴らしい絶景は、今も脳裏に焼き付いている。
「山からは元気をもらえる感じがするけど、海を見ていると自分の中の迷いや弱さが洗い流されていくような感じがするわね」
そう口にするベロニカにエルシスは意外だと思った。
いつも自信たっぷりで、妹のセーニャの手を引っ張って、迷いも弱さも無縁そうに感じたからだ。
エルシスは遠くの景色を眺めるベロニカの横顔を眺めながら話す。
「確かにそうかも知れない。……でも、それでも悩んだ時は相談してほしいな。チカラになりたいからさ」
予期せぬエルシスからの言葉に、ベロニカは面食らったらしく、彼を見て大きな瞳をしばたたかせた。
「……よくもまあ、アンタは恥ずかしげもなくさらりと言えるわね……」
数秒して口を開いたベロニカかから出たのは呆れ声である。
こっちが恥ずかしくなるわと言うベロニカに「えーそうかなぁ?」と分かってない様子でエルシスは答える。
その二人のやりとりに、セーニャはクスクスと笑った。姉はきっと照れているのだ。
「前々から思ってはいたが、エルシスは天然タラシだよなぁ……」
「それ、すごく分かるわぁ」
その一部始終を見ていたカミュがこっそり呟き、シルビアがうんうんと同意する。
「天然タラシ?」
二人の会話を拾ったユリが首を傾げて二人に聞き返した。
「いや、なぁ?」カミュはシルビアに振ると「エルシスちゃんが女性の扱いが上手ということよ」彼はにっこりとユリに言った。
遠くにヒノノギ火山を背にし、船が大海原を往く中――不思議な光景が一行の前に現れた。
広大な海に突如現れた、天にそびえる光の柱だ。
あれはなんだろう?と不思議がるエルシスやユリにカミュが教える。
「ああ、あの光の柱は人魚が住む国に繋がっている扉なんじゃないかと言われてるんだ」
海底王国があるなんて、まさにお伽噺の世界ですわ――うっとりしているのはセーニャだ。
「本当かどうかは定かじゃねえぜ?あの光の中を船が通っても何も起こらないしな」
カミュは軽く笑いながら付け加える。
「世界は不思議に溢れてるのね」
「海底に行く方法なんてまったく思い付かないや」
ユリとエルシスの目に映る光の柱は、昼間だというのに白銀のように輝いていた。
「なんか思い出すことはねえか?」
「思い出す?」
ふと、カミュはユリに聞いて、振り向いたユリの顔はきょとんとしていた。
「いや、なんでもねえ」その顔を見てカミュは笑った。
ユリが人魚でも不思議じゃないとカミュは思っていたが、うさぎの着ぐるみを着ている彼女に気のせいだなと思えてくる。
「カミュちゃんって、船旅や海についてすごく詳しいわよね」
シルビアの言葉にベロニカが「そうね」と頷く。
「嵐に襲われた時もいち早く気づいて、的確に対応してたし……。まあ、ちょっとは見直してあげても良いわよ?」
「なんでお前はいつも上からなんだよ」
カミュは自分より小さいベロニカを呆れ顔で見下ろした。元の年齢にしても彼女は自分より歳下である。
「カミュさまは船旅を長く経験されてるんでしょうか?」
セーニャの問いに「まあな。あちこち世界を旅して来たからな」そうカミュは答えたが、それだけじゃない気がすると――ユリは思っていた。
『この景色を見ていると、海の近くで育ったガキの頃を思い出しちまうな……』
カミュが航海の最中に溢したその言葉を思い出す。
驚いていると「くだらねえ事を言っちまったな」と、そうすぐにはぐらかされてしまったが、あれは彼の故郷を言っていたのではないだろうか。
(自分のことは教えられないのに、カミュのことを知りたいって思うのはずるいかな……)
そうユリは考えながら、ふと視線を下に落とすと――異変に気づいた。
同時にアリスの叫び声が甲板に響く。
「マーマンが現れたげす!!こいつらは集団で襲い、船を沈める凶悪な魔物でげす!」
「船が囲まれてるっ……!」
ユリも慌てて武器を手にし、声を上げた。
船と横並びに泳ぐマーマンたち。
こちらに向かってシャーと口を大きく開いて威嚇している。鋭い牙が恐ろしく凶悪だ。
「エルシス!船に上がって来たわ!」
ベロニカの声に、エルシスはそちらに向かう。マーマンは半魚人の魔物だが、太い腕と鉤爪でよじ登って来たらしい。
「ユリは弓で登ってくるマーマンを阻止してくれ!」
「分かった!」
エルシスの指示に、ユリは今まさに船端に手をかけたマーマンに矢を放ち、海に打ち落とした。
「エルシス、あの爪には気を付けろよ!」
「分かってるさ!」
二人はにっと笑みを浮かべあうとそれぞれマーマンに攻撃を仕掛ける。
「アタシの船を沈めようなんて、そうはさせないわよ!」
水中じゃなくとも、マーマンはその屈強な筋力で飛び上がるように襲いかかって来た。
マーマンの鋭い爪を横に避けながら、シルビアは胸から腹にかけて剣を入れる。
すかさずそこにベロニカのメラが撃ち込まれ、マーマンは倒れた。
「ナイス!ベロニカちゃんっ」
ベロニカはシルビアにぱちんとウィンクをし、親指を立てる。彼女もシルビアに親指を立て、にっと笑い返した。
「それっ……!」
「エルシスさまに続きます!――バギ!」
エルシスが大剣をぶんまわし、そこにセーニャの風の魔法が切り刻んだ。
三体同時に倒したが、休む暇なくエルシスは次のマーマンに攻撃する。
カミュもマーマンのするどい爪攻撃を避けながら、スリープダガーで眠らせていく。
「ひいぃ!!こっちに来たげす!!」
アリスの叫び声を聞き、ユリは弓をそちらに向けた。
よじ登り、アリスに飛びかかろうとしたマーマンを三本打ちで仕留める。
だが、さすが集団で襲うだけあって、マーマンは次々と現れてくる。
「ユリ、セーニャ!今こそあたしたちのれんけい技を使う時よ!」
ベロニカの言葉に「はいっ、お姉さま!頑張りますわ!」「す、少し恥ずかしいけど……!」それぞれ答えるセーニャとユリ。
恥ずかしい……?
マーマンと好戦中のエルシスはデインで一気に片付け、視線を彼女たちに向けた。
三人はピンクのハートが浮かぶ中、うっふんという効果音が似合いそうなポーズを決める。
三人のうち二人は着ぐるみ姿と、お色気とはほど遠い姿だが、マーマンたちの目がハートになった。
「えーい!!」
「いきますっ!」
「はっ!」
魅了してる間に、三人は武器で攻撃する。
まさかの物理攻撃……!!
エルシスが呆気にとられているうちに、彼女たちの怒濤の攻撃によりマーマンたちは次々と倒れていった。
「お姉さま、上手く行きましたわ!」
「息ぴったりに出来たね!」
「さすがあたしたち!」
顔を見合わせてれんけい技の成功に喜び合う三人。
「きゃーー!素敵よーー!三人ともっ!」
「すごい……マーマンを倒しちゃったよ」
「マジか……」
そう興奮気味に三人に手を振るシルビアとは反対に、エルシスとカミュはぽかんと呟いた。
つっこみたい所は色々あるが、三人のれんけい技、名付けて"美女攻撃"によってマーマンは一掃し、船上に平和が戻る。
「いやぁ、あのマーマンですから一時はどうなるかと思いやしたが、さすが皆さん!あっという間に片付けちまいましたげす!」
安堵したアリスは「皆さんがいれば航海も安心でげす!」と、豪快に笑った。
「エルシスちゃん、カミュちゃん。アタシたちもれんけい技、美青年攻撃をやりましょう!」
シルビアのその提案に、すかさず断ったカミュはもちろん、さすがのエルシスも曖昧に笑う。
むしろ美女攻撃にシルビアが加わっても良いのでは?
マーマンは厄介だったが、内海の魔物たちは外海よりも弱いらしく、時たま現れる魔物を彼らはすんなりと倒していった。
「まあっ可愛いらしいですわ!」
次に現れただいおうキッズに、思わずセーニャはそう口にした。
「本当!マーマンを見た後だから余計可愛いく見えるね」
ユリもセーニャに同意だ。だいおうキッズは手足をうねうねと動かし、くるりと一回転した。
まるで踊っているみたいだ。
うふふとセーニャと共に穏やかに微笑んでたユリだったが、つられるように身体が動き出す。
「あ、あれ?」
着ぐるみを着てるにも関わらず軽快に踊るユリ。彼女だけでなく、隣でエルシスとシルビアも踊り出す。
「ええ、身体が勝手に……?」
「踊りなら負けないわよ!」
「さそうおどりに三人がつられちまったか」
カミュがその様子に、苦笑いを浮かべながら言った。
戸惑うユリとエルシスとは反対に、シルビアはつられたとは思えないほどにキレキレかつノリノリで踊っている。
着ぐるみじゃない格好でのユリの踊りを見てみたいなとカミュは思いながら、エルシスの踊りを見てぷっと吹き出す。
「エルシスっ……なんだその踊り」
彼は両手を上げながら、リズミカルに身体を左右に揺らしている。なんともユルい踊りにカミュは笑う。
「し、仕方ないだろ……踊ったことないのに踊らされてるんだから!」
エルシスは頬を赤く染めた。やめたくても自分の意思ではやめられないのだ。
そんなエルシスを見て笑っていたカミュだったが……
「ちょっと、アンタまでつられてるじゃない!!」
「……。つられちまったもんはしょうがねえ」
「皆さまの素敵な踊りについ見とれてしまいますわ」
――しかも、なにそのかっこつけた踊りは!
もう一体のだいおうキッズのさそうおどりにつられて踊るカミュを、ベロニカはじと目で見た。
シルビア同様キレっキレだ。
だが、こちらは妙にクールに踊っていて鼻につく。イケメンめ。
「お姉さま。つい皆さまの踊りに見とれてしまいましたが、このままでは埒が明きませんわ」
「……そうね。なんか面白くなくなってきたし、さっさと倒しましょうか」
だいおうキッズはもともと好戦的ではない魔物だ。
ベロニカは杖で、セーニャはスティックで叩けば、だいおうキッズたちは慌てて海へと逃げて行った。
「久しぶりに踊って楽しかったわ〜」
「つられて踊って恥ずかしい……」
「ユリはちゃんと踊れてたからまだ良いじゃないか……」
清々しい笑顔で言うシルビアに対して、エルシスとユリは気まずそうにしている。
「旅芸人のシルビアはともかく。カミュは僕とは反対にキレキレでかっこよく踊ってたし……」
「まあ、カミュだから……」
エルシスとユリはじぃとカミュを見る。
「なんだよ……」
何事もなかったように涼しい顔をしていたカミュだったが、そう注目されると恥ずかしくなってくる。
「フフ、エルシスちゃんもユリちゃんも可愛いダンスだったわよ。そうなると、ベロニカちゃんとセーニャちゃんの踊りも気になるわね」
シルビアは双子を見ると、ベロニカは自信満々に笑った。
「ふふん、あたしの踊りはラムダ一といわれた……」
「ちんちくりんダンスか?」
「なんですってーー!?」
すかさずからかうカミュに「よっぽどあたしの特大メラを食らいたいみたいね!」と、ベロニカは意気込む。
「師匠、それは船が燃えちゃう……!」
そこにユリが慌てて止めてに入った。
よくある三人のやりとりが行われ、エルシスとセーニャとシルビアは声を出して笑った。
「皆さまと一緒でしたら、どこを旅しても楽しいでしょうね」
穏やかに言うセーニャの言葉に「そうだな」とエルシスは頷く。
「皆さま、バンデルフォン地方が見えて来たでげす!」
直後、アリスの声に前方に視線をやれば、うっすらと大陸が姿を現した。
バンデルフォン地方――。
上陸用の小船に乗り込み、彼らは桟橋へと降り立つ。
「アリスちゃんはアタシの一番弟子でね。シルビア号の面倒を見てくれるイイ子なのよ。アタシたちがシルビア号を降りている間も、船におイタする子がいないようにずっと見張ってくれるから安心してね」
「へえ!船はあっしが責任持ってお守りしやす」
「ありがとう、アリスさん!」
エルシスはアリスに礼を言うと、辺りを見渡した。想像していたより閑散としている港だ。ダーハルーネを見た後だから余計にそう感じるのだろうか。
「ずっと船に揺られてたから、降りると不思議な感じがするね」
「長い船旅でしたものね」
「デルカダール兵士は待ち構えてないみたいだ」
「ああ。だが、油断はできねぇぜ。ホメロスのやつ。オレたちに出し抜かれてくやしがってたし、これからもっとしつこくなるだろうな。根に持つタイプだぜ、ありゃ」
カミュはうんざりしながらエルシスに言った。
「――虹色の枝を持った商人?いや、知らねえな」
漁師に虹色の枝の行方を尋ねるが、答えは皆、首を横に振るものだった。
「ここ、バンデルフォン地方にはかつて花の都と呼ばれた美しい王国があったんだ。……魔物に襲われて滅びちまったけどな」
「魔物に……」
虹色の枝とは別に、バンデルフォンについて教えてくれた若い漁師の話を聞いて、エルシスの表情が陰る。
「今でこそ。この港もひなびた様子だが、当時はデルカダールのような大国とのかけ橋として栄えていたそうだぜ」
港を見渡しながら話す漁師にならい、エルシスも同じように眺める。
ユグノアと一緒だ――打ち寄せる波の音がどこか寂しく聞こえてくるようだった。
「はぁ〜……まさかここに来て虹色の枝の行方が分からなくなるなんて……」
「諦めるのはまだ早いですわ、お姉さま」
項垂れるベロニカを励ますのは、セーニャの役割だ。
「バンデルフォンから別の場所に行くとしたら……」
地図を見るカミュに、ユリは隣から覗き込む。
バンデルフォンの隣接する地方は――。
「……ユグノアだ」
カミュは控えめに、だがごく自然に聞こえるように言った。
「…………」
その言葉を聞いても、エルシスは特に表情を変えることはなかった。
むしろユリの方が心配そうに顔を曇らせている。
「そうね。確か、ユグノア地方の北には人が集まる大きな町があったはずよ」
シルビアがいつもの口調で言うと、続いてエルシスも口を開く。
「うん。情報収集するには大きな町がいい。……ユグノアに行こう」
変わらぬ明るい口調で。大丈夫だよと言うように、エルシスはいつも自分を気遣ってくれるユリに微笑んだ。
旅を続ける中、いつかその地に足を踏み入れるだろうかと考えてはいた。
それが、少し予想より早く訪れることになっただけだ。
(僕の、もう一つの故郷――)
複雑な思いを抱えながらも、エルシスは目的地を定めた。
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れんけい技の美女攻撃はゲームの幻水から。
美青年攻撃はあと一人足りないのでお披露目にはまだまだまだ先です。