「……ここがウワサに聞く秘境ナプガーナ密林か。この密林を抜ければお前の故郷ももうすぐだ。さあ、行こうぜ」
鬱蒼と茂るその秘境に三人は足を踏み入れる。
道が分かりにくく、迷いやすいのはもちろんのこと、魔物の巣食う場所で二重の意味で危険なようだ。
さっそくびっくりサタンが二体飛び出してきた。
三人は冷静に対処したが、一般の旅人なら危険であっただろう。
地図と方位磁石を頼りに、彼等は進む。
「薄暗いから足元気を付けろよ」
カミュの言葉に、今まさにエルシスが蔓に引っ掛かり転けそうになった。恥ずかしそうだったので、ユリは見なかったことにしてあげた。
「きゃあ!」
「どうした!?」
今度はユリが短い悲鳴を上げ、カミュがいち早く短剣を抜く。
ユリの頭上にバブルスライムがいきなり落ちてきたのだ。
ダメージはなかったが、ぷよんとした感触にユリは驚いている。
バブルスライムはカミュに投げつけられた短剣と、エルシスの大剣での攻撃に倒れる。
「ユリ、怪我は大丈夫?」
心配したエルシスがユリの顔を覗き込むと「だ、大丈夫。びっくりしただけ」と彼女は答える。
「怪我もそうだが、毒は大丈夫か?」
「うん。毒になってもキアリーの魔法を覚えてるから大丈夫だよ」
「心強いがいざという時のために温存しておけよ。そのために毒消しやら準備したんだからな」
「頭上にあまり葉が伸びてないところを歩いた方がいいね」
見上げながらエルシスは言った。
生い茂る葉の隙間から見える空に、明るみを帯びてきたようだ。
その後は魔物との戦闘があるものの、比較的順調に進む。
大きな遺跡を見つけると「おぉ〜」と三人で声を上げ眺めて、宝箱を見つければワクワクしながら開ける。
「宝箱って誰が置いてるの?」
というユリの記憶喪失?ゆえの純粋な質問には、カミュもエルシスも悩ましげな顔をした。
そこに宝箱があるからあるとしか答えられない。深くは考えてはいけない世の常識の一つだ。
川が流れている場所に出ると、少し休憩をとることにした。
女神像はないので、カミュはせいすいを辺りにかける。完全に安心はできないが、それでも三人はリフレッシュできた。
まずは回復をし、簡単な携帯食を口にする。
流水に手を浸したり、顔を洗うとすっきりした。
休憩の後は橋代わりに置かれた大木の上を落ちないように渡り、川を越え、
「「!?」」
――三人は一頭の虎に出会した。
「虎だと……!?」
「でかい……!」
「威嚇してるね……?」
木の上の太い枝からこちらに向かって低くグルルル…と唸る虎。
三人はゆっくり後退りながら、武器を構える。
「私たちのことを獲物と思ってるのかな……」
「魔物じゃないから、なるべく戦いたくないけど…」
「とりあえず、このままゆっくり距離をあけるぞ」
「――プックル!」
その時。声が響き、虎は木からぴょんっと降りて、その声の方向に駆けていく。
「勝手に行ったらダメじゃない」
虎は民族衣装を着た女性の足にすりすりと頭を擦りつける。まるで大きな猫みたいだとユリは思った。
「あなたたち、驚かせて悪いね。旅人さんがこの地に来るのは珍しいから、この子、様子を伺ったんだと思う」
女性は三人ににっこりと人が良さそうな笑顔を浮かべ、親しげに話してきた。
彼らはホッとして武器を収める。
「ええと、その虎はあなたが飼ってるんですか?」
「ああ、あたしたちは遥か昔から虎を従える部族でね。この先に集落があるんだ」
「部族……初めて聞いたな」
カミュが驚きながら呟くと、ははっと人が良さそうな彼女は笑う。
「道なら他にもあるし、魔物も出て危険で滅多に人が来ないからね。逆にそんな珍しい旅人さん。あなたたちはどうしてここに?」
「まあ…ちとワケあって、この密林を抜けて渓谷地帯の方に行きたいんだ」
カミュの言葉に「ふうん」と頷き、何やら三人を見渡してから。
「だったら、この子に乗って行くかい?」
この子…?三人は首を傾げる。
「ああ、この先の奥地にキャンプ地……だっけ?この密林で野宿は危険だから、そこまで虎に乗せて連れて行ってあげるよ」
「良いんですか!?」
予期せぬ人が良さそうな女性からの提案に、真っ先に嬉しそうに答えたのはユリだった。
彼女は猫を可愛がるように虎を撫でている。
いや、彼女だけではない。エルシスもだ。いつの間に。二人の順応性の早さにカミュは呆れるやら感心するやら。
ちなみに虎はゴロゴロと喉を鳴らして本当に大きな猫のようだった。
「確かに、イシの村がある辺りはまだまだ先だからな。ありがたい話だが、初対面のオレたちにそこまでする義理はねえと思うが……」
カミュの疑問に「ここは野宿は危険だって言ったじゃない」と人が良さそうな女性は不思議そうな顔をして再度言う。
「あなたたち、連れの女の子を危ない目に合わしちゃダメだよ」
純粋な心配からの提案だったらしい。
どうも自分は疑り深い――カミュは素直に彼女の提案に甘えることにした。
「じゃあまずはうちの集落に案内するよ。そこに他の子たちもいるから」
三人は人の良い女性の後ろについて行く。
草木をかき分けながら。
先頭をまるで自分が案内するように虎のプックルが歩いている。
「――さあ。ここがあたしたちの集落だよ」
人の良い女性が大きな葉っぱを退けると……
「うわあ……!」
「ナプナーガ密林の中にこんな集落があったとはな」
「プックルみたいな虎がいっぱいいる……!」
カミュはてっきり素朴な集落を想像したが、目の前に現れたのは遺跡を利用して暮らす人々。
そして、たくさんの虎たちが闊歩したり、寝てたり、じゃれあったりと自由に暮らしている。
「あたしたちは老若男女関係なく虎を従えるんだ。この子たちと一緒に狩をしながら今もこうして暮らしているんだよ」
一人一頭ならこの虎の数も納得だ。
「お姉ちゃんっ……!!」
その時、一人の泣きじゃくる少年が人の良い女性を姿を見た途端、駆け寄ってくる。
「この子はあたしの弟なんだけど……」
「やっぱりチロルがどこにもいないんだ!!」
人の良い女性が紹介する前に弟の少年は泣きついた。
「ボクが目を放したから……っ!」
「大丈夫だって!今みんなが探しくれてるからすぐ見つかるよ」
彼女はしゃがんで弟と同じ目線になると、宥めるように笑顔で言う。
どうやら、少年の虎が昨日から行方不明らしい。
虎もまだ子供で、好奇心からどこかへ行ってしまったのかも知れないと。
「早く見つかると良いけど……」
「うん…この密林のなか、遠くへ行ったら探すのが大変だ」
「オレたちが来た道には見かけなかったな」
ユリとエルシスが心配そうに呟く後に、カミュも思い出しながら言った。
「ああ、ごめんね。こっちの事情だから気にせず――」
人の良い女性が申し訳なさそうに三人に向き合う。
すると、今度は虎に乗った戦士のような男たちが近づいて来た。
「やはり、チロルはあの『入らずの遺跡』に行った可能性が高い――」
一人の深刻そうな言葉に、人の良い女性の表情も曇る。
入らずの遺跡――?その平穏ではなさそうな響きに、三人の表情にも陰が差した。
「そんな……」
「ああ、残念だがチロルが自ら出てくるのを待つしかないな」
「あの、その入らずの遺跡って……」
意を消してエルシスは話に割って入った。
戦士の男は「彼らは?」と聞くと、人の良い女性は「旅人だよ。キャンプ地まで送ってあげようと思ってね」と答える。
「太古からある遺跡の一つなんだが、我々の掟に「足を踏み入れてはならぬ」というものがあって「入らずの遺跡」って呼んでるんだ」
「掟……」
戦士の男の説明にエルシスが呟く。
「何故、入ってはいけないか理由は分からないんだ。神を祀っている神聖な遺跡だからとか、入れば呪われるんじゃないかとか…」
「呪い……」
別の戦士の説明に、今度はユリが神妙に呟いた。エルシスは口を閉じ、何やら考えてるようだ。
ユリとカミュはなんとなく彼が考えてることが分かった。
「……その掟って、旅人の僕たちは関係ありませんよね。なら、僕たちがその遺跡に入って、探してきます」
「…!あなたたち……」
驚く人の良い女性と戦士たち。
ユリはエルシスに微笑み頷き、カミュは肩をすくめて口を開く。
「お前、いいのか?」
イシの村が心配で早く村に帰りたいんだろ――そう意味を込めて。
「うん。僕たちを送ってくれるって言ってくれたし、僕たちに出来ることがあるなら、ほっとけないよ」
エルシスの言葉に、カミュはまったくとんだお人好しだなと眉を下げて笑う。
「確かに……我々の掟は旅人の方々に適用されないのでは……?」
「でも、何があるか分からないんだ。危険があるかも知れない」
心配そうな人の良い女性にエルシスは「大丈夫です!」と明るく答える。
「お兄ちゃんたち!チロルをお願い!!」
「うん。まかせてくれ」
弟の少年に、エルシスは膝を曲げて力強く言った。
「……旅の方、恩にきる」
「ありがとうね!さっそく入らずの遺跡まで案内するよ」
人の良い女性に案内される途中、エルシスはハッとして慌てて二人に振り返る。
「ごめんっ!二人の意見を聞かずに僕が勝手に決めちゃって!」
「今さらだな」
カミュはさらりと答えた。危険かも知れないのに――焦るエルシスに「私は同意見だし、エルシスが決めたなら大丈夫だよ」と、ユリは優しく言う。
「カミュも同意見でしょ」さも当然のようなユリの言葉に「まあ、な」と彼は答える。
「つーか、今さらだろ」
「カミュさっきもそれ言った」
「今さらだけどさ!」
三人のやりとりに、人の良い女性はクスクスと笑う。
「あなたたち仲良いんだね。幼馴染みとかかい?」
人の良い女性の言葉に彼らは肯定も否定もせず、曖昧に笑って答えた。
エルシスとユリはともかく、カミュとはつい先日からの一蓮托生の縁である。
「いい?プックル。エルシスさんたちを守るんだよ」
「ぐるる…」
人の良い女性の言葉が分かるのか、プックルは喉を鳴らす。
魔物と戦えるし、気配に敏感だから一緒に連れて行ってと――プックルが彼らに同行した。
「三人とも、くれぐれも気をつけて」
「はい!行ってきます!」
三人と一頭は遺跡へと入って行く。
「罠や仕掛けはなさそうだな……」
慎重に遺跡内を観察しながらカミュは言った。
人工的なものはないが、遺跡の中は木の根や草花に侵食されており、自然の蔓や根っこに足を取られないように彼らは歩いた。
魔物も蔓延っているが、リップスやおばけキノコなど密林の中でも見かけた魔物たちだ。
それに、プックルがおたけびを上げると魔物たちは驚いて逃げて行く。
「良い子だね、プックル」
「君が来てくれて良かったよ」
「おかげで無駄な戦闘をせずに済んだな」
プックルは三人に褒められて嬉しいのか、得意気に鳴いて答えた。
「この遺跡はビッグハットが住みかにしてるみたいだ」
「見た目はちょっと可愛いね」
「魔物の中でもスライムみたいに無害だしな」
ビッグハットはその名の通り、大きな魔法使いのような帽子を被った小さなイノシシみたいな魔物である。
魔物とはいえ、普段から大人しく臆病で、滅多に来ない訪問者に、怯えて帽子をすっぽり被ってしまう。
それをプックルが手で転がして遊ぶのでちょっぴり可哀想だった。
「プックル、それぐらいにしてあげて行くよー!」
エルシスが呼ぶとプックルは素直に彼らの元に戻ってくる。
賢い虎だとカミュは感心した。
遺跡は複雑な構造ではなく、今のところ危険もない。
途中にある宝箱もちゃっかり彼らは入手しながら、まだ見つからないチロルを探す。
最深部に行ってしまったのかも知れない。
すると、明かりが差し込み、出口があるのか?とカミュが思った時――
二人に異変起こった。
「…!おい、大丈夫か!?」
気持ち悪そうにする二人に慌ててカミュは寄り添う。
「なんだ、このニオイ……」
「クラクラする〜……」
ニオイ……!?毒ガスか!?そうカミュは二人の鼻と口に布を押しつけ、自身も腕で覆うが。(オレは何ともねえ……?)
見ると、プックルもけろりと座って、尻尾を左右に揺らしている。
ニオイ――とカミュは鼻を利かすと、……原因が分かった。
「プックル、こいつらを頼む」
カミュはそう言い、その場を離れ、光が射し込む方に向かう。
遺跡の最深部――天井が吹き抜けになって太陽の光が届くそこに。
一面に美しい花が咲き乱れていた。
幽美な光景だが、噎せ返るような香り。
さすがの――酒に強いカミュも、これ以上吸い込まないように布をマスクのようにし、後ろに結ぶ。
「これほどのバッカスの花が咲いてたとはな……」
見た目は美しい花だが、酒と同じような香りを放ち、酒に弱い者は酔わせてしまう花だ。
先程のエルシスとユリの二人のように――。
「……ん、あいつがチロルか」
太陽の光が一番よく当たる石の上で、小さい虎がすやすやと眠っている。
まったく人騒がせな……カミュはそちらに向かうと「うにゃ」と目を醒まし、あくびをするチロルを腕に抱えた。
「――チロル〜〜!!心配したんだよっチロル!!」
「ほら、もう目を離すなよ」
カミュからチロルを受け取った弟の少年は、ぎゅっと大事そうに抱き締めた。
「あなたたち、本当にありがとう!チロルを見つけてくれて!」
人が良い女性は三人を見回し、笑顔で礼を言う。
エルシスとユリは苦笑いを浮かべる。
自分たちは何もしていない――。
香りだけなので、すっかり二人の酔いは醒めていた。
カミュが最深部で見た光景を彼らに話すと、部族の長老がほほうと頷き何やら納得する。
「実は、私たち部族の掟に「酒を飲むべからず」という掟もありまして……。どうも酒を飲むと暴れてしまう体質があるようなのです――」
そのため、バッカスの花が咲き乱れる遺跡を立ち入り禁止にしたのでは?という真相にたどり着いた。
そういえば、酒に酔って暴れることを虎になる――と、カミュは旅のどこかで聞いたことがあるなと思い出した。
その言葉の起源がこの部族なんじゃ……。
「じゃあ皆さん、この虎たちに乗ってくれ!」
「また、近くに来たら遊びに来てくれよな!」
「歓迎するぜ!」
「お兄ちゃん!お姉ちゃん!チロルを見つけてくれて本当にありがとう!!」
人の良い彼らを見て、カミュはまさかなとひとり笑った。
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公式設定資料にあったボツネタが元のオリジナルストーリーです。