バンデルフォン王国跡地

 バンデルフォン王国跡地――一夜にして滅び、廃墟になった悲しき王国。

 夜の静寂に、朽ち果てた廃城が忽然と現れたように彼らは感じた。

「これが、バンデルフォン城――」

 エルシスはこの地にあるべき名前を呟き、辛うじて残ってる壁や見張り台を見渡した。
 崩壊した瓦礫がそのまま残り、よく見ると焦げ跡や、巨大な魔物に襲われたのだと分かる、痛ましい爪痕も。

 他の五人もそれぞれエルシスと同じように静かに見渡していた。

「――!」

 その時。ガラッと瓦礫が音を立て、全員瞬時に音が鳴った方へ武器を構える。

「かーっ!やってらんねえな!ここバンデルフォン王国の跡地には伝説のお宝があるって聞いて来たのによ……どこを探してもガレキだらけ。お宝どころかネズミ1匹見当たらねえ」

 そうボロボロの壁から出てきたのは男だった。

「……ん。あんたらもお宝目当てか?見ての通り、なんもねえから諦めた方がいいぜ」

 男はぶつくさ言いながらこの場を立ち去る。

 ネルセンの宿でガラの悪い男も言っていたが、どうやら伝説のお宝が眠るという噂があるらしい。

「どっちにしろオレたちの目的はアンデッドマンだ。行くぞ」

 廃城へと彼らは足を踏み入れる。

「皆さま、荒れ果てた大地に毒の沼ができておりますわ。触れぬようお気をつけくださいませ」

 セーニャが注意喚起をした。

 見る限り毒々しい紫色の沼が水溜まりのようにそこら辺にある。
 ちなみに、その毒は人間だけにダメージを受けるらしく魔物や馬などは問題ないらしい。

 へぇと思ったが、それでもエルシスはこんな沼の上を馬に歩かせたくないなぁと思った。

「足場も悪いから気をつけましょう」

 次にシルビアがそう注意を促した。
 実は彼には気づいた事がある。

 こういう時にカミュが気にするうちの二人――ユリは、意外にも足場が悪い所も持ち前の運動神経か、器用に歩き。
 もう一人のエルシスは、案外足元がおぼつかない。

「わ、わぁーー!」

 今まさに瓦礫に躓いて、毒の沼にダイブしそうな彼をシルビアはさっと助けた。

「あ、ありがとう…シルビア。助かったよ」
 恥ずかしそうに言うエルシスに、シルビアは「どういたしまして」とぱちんとウィンクする。

「この辺りはイビルビーストがうようよしてるな」
「でも、あの時より強くない気が――する!」

 空から襲ってくるイビルビーストの羽根をユリは弓で狙い撃ちして、落ちて来た所をカミュが止めを刺す。

「確かにな。それか、オレたちが強くなったのか」

 そう言いながら、カミュは短剣を収めた。
 魔物が闊歩しており、倒しながら彼らは宛もなく歩く。

 途中、地下へと続く扉を二つ見つけた。

 一つは赤い扉で、鍵がかかっており、
「こりゃあ特殊な鍵じゃないと開けられねえな…」
 お手上げだとカミュは言った。

「特殊な鍵?」

 エルシスが聞くと、どんな扉でも開けてしまう伝説の鍵があるんだとカミュは教えてくれた。

 もう一つは、魔方陣で封印された扉だ。
「この最強の魔法使いのベロニカさまでも無理ね……」
 ベロニカもお手上げと肩をすくめて言った。

 あながち伝説のお宝が眠っているという噂は嘘ではないかも知れない――彼らは思ったが、現状ではどうすることもできず、アンデッドマン探しを再開する。

「しっかし、そのアンデッドマンはどこにいるんだ?」

 痺れを切らしたカミュが口を開いた。
 墓荒らしにあった墓場を通り過ぎる。
 なんとなく出現する雰囲気にはぴったりなのに、そこはしんと静まり返っていた。

「もっと奥にいるのでしょうか……」
 セーニャが呟く言葉に、エルシスは頷く。
「うん、行ってみよう」

 崩壊が酷い奥へと進んだ。
 位置的に城内だと思うが、数十年経ち老朽化もあり面影はない。

 月明かりは届くが、その明かりだけでは乏しく。
 ベロニカの魔法で松明に火を灯してもらう。

「なんだか、雰囲気あるね……」
 松明で辺りを照らしながらエルシスは言った。
「まるで幽霊ちゃんが出て来てもおかしくない雰囲気ね」

 幽霊……シルビアの言葉にエルシスは人知れずごくりと息を呑んだ。

「幽霊ねえ……」
 カミュ。
「幽霊さんは本当にいるのでしょうか…」
 セーニャ。
「私はそういう非現実的なことは信じてないけどね」
 ベロニカ。

「…お前はどうだ?」
 この話の流れでカミュはユリに聞いた。
「私は分からないけど…いても不思議ではないかなって」
「!?」

 そう答えるユリに、カミュはぎょっとする。

「お…おい、ユリ……なんだそれ」

 恐る恐るというように、指差しながら聞くカミュ。
 ユリの手の中にはボロボロで古ぼけた人形が。
 カミュの指の先を追った四人も同じようにぎょっとする。

「今、そこで落ちていたのを拾ったの」
「そうか、今すぐ元の場所に返して来い」

 あっけらかんと答えたユリににべはもなくカミュは言った。

「こんな所で一人で可哀想だかららもうちょっと綺麗な場所に置いてあげたいと思ったんだけど……」

 ユリはボロボロの人形を見つめた。
 人形の持ち主はきっとこの世にはいないだろうが、人形はこうしてなんとか姿形を残しているのだ。

「さすがユリさま、お優しいですわ」
「そうね、人形ちゃんだって寂しいわよね」
「持ち主がいたってことだもんな」
「呪いの人形かもしれねえだろ!?」

 肯定的なセーニャ、シルビア、エルシスとはよそに、慌てるカミュ。

「ちょっとユリ、見せて。…………そうね、魔力や嫌な感じはしないし、呪いはかかってないんじゃないかしら」

 ベロニカの言葉にユリは「大丈夫だって、カミュ」と笑顔で彼に言うが。

「だとしても。悪いことは言わねえ、戻してこい」

 カミュは納得してないようで、再度ユリに言い聞かせるように言った。
 ユリは不満そうな目でカミュを見ながら。

「………分かった」

 せめて――と、ユリは雨に月光が届き、かつ雨風がしのげそうな場所に、人形を壁に寄りかかせた。

 そして、彼らは再び歩き始める。

 しばらくして「あ」とユリが声を上げた。「今度はなんだ?」とカミュが聞く。

「あそこに女の子がいる……」
「…!?」

 その言葉と共に、誰もいない場所に指差すユリ。

「誰も…いないよね……?」
 今度はエルシスが恐る恐るユリに聞いた。
 他の五人もうんうんと頷いている。
「みんなには見えないの?」
 ユリは皆を見ながら不思議そうに呟いた。

 あれが幽霊だろうか――彼女は冷静に考える。
 確かにうっすらとその姿は透けて見えていた。
 それでもまだ幼い少女だと、ユリには分かる。

「私には……」
「あたしも見えないわ…」
「アタシもよ」

 次々と続くなか、カミュがユリの両肩に手を置く。

「…ユリ。それは見間違いだ。もっとよく見てみろ」
「見間違いじゃないと思う。今もほら、見えてるし」
「なら、幻覚だろ」
「……………カミュ、怖いの?」

 彼女は小首を傾げて真顔で聞いた。
 
「…怖かねえよ!むしろお前の方が怖えよ」
「またそういう酷いことを…――」

 むっとしてユリは言い返そうとして途中で言葉が途切れる。

「待って!」
「ユリ…!?」

 少女は足音もなく、スーっと移動するのを見て、ユリは追いかけた。

 瓦礫の上を器用に飛び乗って走るユリの姿を彼らは追う。

「どうしちゃったのユリは!?」
「分からないっでも追いかけないと!」
「あいつ、とり憑かれてんじゃねえか!?」
「ユリさまには幽霊が見えるのでしょうか」
「フフ、ユリちゃんは不思議な子ね」

 少女を追って、追いかけたユリは辿り着いた場所に――彼女は唖然とした。

 少女はスーっと宙に消える。

「――おい!ユリ、勝手に走り出して……っ」

 いち早く追い付いたカミュは、茫然と立つ彼女の後ろ姿に声をかけ、小さく息を呑む。

 彼女の背中越しに目に映る光景。

「これって……」
「あぁ……!」
「……彼らは、ここにいたのね」

 追い付いたエルシス、セーニャ、ベロニカが。

「アンデッドマンちゃんたち――魔物になってもなお、ここを守っていたのね」

 シルビアの感傷的な声で彼らを見つめて言った。

 玉座――失われたその場所を守るように、アンデッドマンたちはさまよっていた。

 あの少女がこの場所に連れて来てくれた本当の理由は分からないが。
 ユリには分からずとも胸が締め付けられた。

 きっと、あの少女は助けてほしかったのだ。

 無念の死を遂げ、同じ魔物になり果てようとも。
 忘れることなかった彼らの忠誠心。

 もう十分、彼らは使命を果たした。

「エルシス、セーニャ――。彼らの縛られた魂を命の大樹へ還してあげなくちゃね」

 ユリが微笑みながら言った声は、澄みきって、どこか慈悲深くも聞こえた。

「うん。彼らを……ゆっくり眠らせてあげたい」
「参りましょう。ユリさま、エルシスさま!」

 エルシスとセーニャがユリの隣に並ぶ。

 三人のれんけい技――聖なる祈り。

 三人が背中合わせに両手を組み、祈れば、聖なる光がその場に降り注ぐ。

「目映くも暖かい光ね…。これならきっとアンデッドマンちゃんも安らかな眠りを迎えられるわ」
「ああ…。数十年得て、あいつらはやっとこの地から解放されるんだな……」
「なんだか涙が出てくるわね……」

 後ろからその光景を眺める三人。

 アンデッドマンたちの姿は光に包まれるように消えて行く。
 そして。彼らの魂は天に昇り、命の大樹へ還るのだろう。
 
 他の魂と同様に。流れ、巡り、その時まで――。

 ユリはその光景をただ、見つめていた。
 懐かしいような、自分はその光景を知っているような気がする。

 ――どこからか、ユリの耳に声が届く。

 ……ありがとう……これで、お母さんとお父さんと一緒に眠れる……

「…!」
「…ユリさま。いかがなさいました?」
「あ…、ええと……」

 きっと、あの少女の声だ。
 どうやら自分にしか聞こえてなかったようで、セーニャの問いにユリは皆に話す。

「……それは空耳ではないと私は思いますわ」
「僕もそう思うよ」
「ユリちゃんにはきっとそんな力があるのね!」
「不思議な話だな……」
「親子三人が一緒になれて良かったわ!」

 信じてくれる皆の言葉に、ユリはほっと胸を撫で下ろした。

「あ…途中で見かけたお墓、少しでも綺麗にできないかな」

 ユリの提案に、もちろんだというように彼らは頷く。

 弔いの意味を込めて――彼らは出来る限り荒れた墓を綺麗にした。

「ん……なんだ、ユリ。その人形、結局持ってたのか」

 墓の前にお供え物のように置かれている人形は、紛れもなくユリが拾ったボロボロの人形だ。

「……?私はちゃんと置いてきたよ」

 カミュも見てたでしょう――と不思議そうに言うユリ。

「「…………………………」」

 しばし、固まったカミュとエルシス。
 顔を見合わせると、お互い引き吊った笑みを浮かべていた。

「あれ、この人形……どうしてこんな場所に……?」
「ま、まあ…あれだな。目的は済んだし、明日も早いからとっとと帰ろうぜ!なぁ、エルシス」
「う、うん!お墓も綺麗になったしね!さあ、みんな!早く戻ろう!!」
「?あの二人、急にどうしたのかしら?」
「何かあったのでしょうか?」

 足早にその場を離れようとするエルシスとカミュに、不思議がるベロニカとセーニャ。

「…うふふ、あの二人の意外な一面を見たわね」

 こっそりユリにそう話しかけるシルビアに、彼女もおかしそうにこっそり笑みを返した。


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