「声が……。声が聞こえなくなりました。亡国を憂うような悲しみの声が……」
翌朝――彼らが神父に会いに行くと、報告する前に彼はそう口にした。
「どうやらアンデッドマンとなった者に安らかな眠りを与えたようですね……。旅の方、誠にありがとうございました。こちらは私の気持ちとなります。どうか遠慮せずに受け取ってください」
エルシスはやすらぎのローブを受け取った。
「さまよい続ける魂が命の大樹に還れず魔物となるという現象はこの地だけでなく、各地でも起きています。願わくばすべての魂が自然の理にしたがい、命の大樹に還れるように……そんな時が来るのを祈るばかりです」
「各地で……」
悲しげに呟くエルシス。
他の五人も神妙な表情を浮かべた。
その魔物が人を襲い――負の連鎖が渦巻いているという。
「早いとこその元凶である魔王ちゃんを倒して、その悪〜い連鎖をアタシたちが止めなくちゃね!」
明るいシルビアの言葉に、彼らも笑顔を浮かべて頷く。
自分たちに立ち止まっている暇はない。
「北にあるグロッタの町に向かおう――」
改めてエルシスは次の目的地を定めるように彼らに告げた。
「じゃあ、まずはアリスちゃんに行き先を告げてから行きましょう」
シルビアの言葉に、一同、港に向かう。
「君たちも旅人か?」
港に続く一本道で、男に声をかけられた。
どうやら彼も旅人らしく、船でこの地にやって来たらしい。
「バンデルフォン王国を見に行こうと思ってな」
エルシスが昨日自分たちも行ったこと、話通りの現状だったと話すと「そうか…」と男は呟いた。
「俺はグレイグさまを尊敬していてな」
続けざまに出てきた名前に「グレイグ…?」とエルシス、ユリ、カミュの三人は思わず顔をしかめる。
「この大陸にあったバンデルフォン王国はデルカダールの英雄、グレイグさまの生まれ故郷だったらしいぞ。しかし、魔物に襲われて30年ほど前に、滅びてしまったという。英雄を生んだ国……この目で見たかったな」
最後に「良い一日を」と挨拶をし、旅の男は彼らが来た道を歩いていく。
三人は顔を見合わせなんとも言えない表情をした。
「グレイグの故郷だったとはな……」
歩きながらカミュが呟く。
「30年前ほどって言ってたから、彼が幼い頃に……」
ユリは目を伏せ、憐れむような口振りで言った。
「だから、僕をあんなに恨んでたのかも……」
故郷を滅ぼされた者としての憎しみ。
「それなら、なおさらグレイグは真実を知るべきだよ」
エルシスの言葉を聞き、ユリが強く言う。
「誤解を解くにしても、話してすんなり分かる相手じゃねえぜ?」
じゃなくても頭が堅そうだからなぁ、あのおっさん。カミュはグレイグの顔を思い出しながら言った。
港に着くと、自分達はグロッタの町に行くとアリスに告げる。
「グロッタの町といえば、武闘会で有名な町でげすね」
アリスの言葉にそっちの武闘会か!と全員気づいた。
「てっきり踊る方の舞踏会かと思ったけど、戦う方の武闘会なのね。でも、仮面ってなんのことかしら」
「武闘会なんて各地の屈強な男たちが集まるのよね!?ますます楽しみだわ〜!」
行けば分かるわよっ早く行きましょう!――と、テンション高いシルビアに皆は眉を下げて笑う。
次に馬で行くかどうかエルシスは悩んだ。地図を見ると、山に囲まれた高地地帯を通るらしい。
「距離はあるが、徒歩で行った方がいいんじゃないか」
というカミュの言葉に、そうだなと頷くエルシス。
バンデルフォン地方は広大な地域だが、山道だと馬では立ち往生になる可能性がある。
「馬たちをよろしく、アリスさん」
「まかせてくだせぇ!」
六人はアリスに手を振りながら。
まずはユグノア地方に入るのを目標とし、北へと向かう。
小麦畑の道を通り、バンデルフォン跡地を過ぎ去る。
遠くから見た明るい日差しで見たバンデルフォン城は、昨晩とはまた違った雰囲気に見えた。
少なくとも、あそこにはさ迷う悲しげな魂はもういない。
草木や花が咲く穏やかな風景を堪能しながら、小川にかかる橋を渡る。
この辺りには剣と盾を持つ小鬼ソルジャー、オコボルトが蔓延っているらしく、群になって襲いかかって来た。
「このベロニカさまにまかせない!」
ベロニカはベギラマを唱える。
激しい炎の呪文はオコボルトたちを一掃した。
「やるじゃないの!」
「さすがですわ、お姉さま!」
「師匠、すごい!」
「ギラの上位呪文か!僕も覚えないかな」
「ま、少しは戦いが楽になるな」
エッヘン!と上機嫌なベロニカだったが……
「ちょ、ちょっとエルシス。もっとゆっくり歩いてちょうだい。あたしは今子供の姿なんだからずっと早歩きして疲れちゃったわよ……」
「あ、ごめんっベロニカ」
高い岩肌に囲まれた道のりに、息を切らした。
先頭を進んでいた慌ててエルシスは速度を緩める。
遠くにユグノア地方の景色は見え、ここが自分の故郷の風景――と思っていたら、どうも心が逸り、それは歩く速度に現れてたらしい。
いけない――とエルシスは自分を叱り、落ち着かせるように深呼吸する。
「私とお姉さまの故郷は高い山の上なので、こう見えても足腰に自信があるんです。何時間歩いていても平気だったんですが……、お姉さまが小さくなってしまっていたのをすっかり忘れてしまいましたわ」
「セーニャ…あんたねぇ」
悪気なく笑うセーニャに、ベロニカはジト目で見る。
「ベロニカちゃんは小さくなってもセーニャちゃんのお姉ちゃんですものね」
「はい!」
シルビアの言葉に満面の笑顔で答えるセーニャ。さらにベロニカの毒気を抜かれる。はぁとため息だけ吐いた。
キャンプ地を見かけたら、無理せずそこで一晩明かし。彼らがユグノア地方に入ったのは、その三日目の日盛りだ――。
「開けた場所に出たら、お昼も兼ねて少し休憩するか」
「そうだな」
和やかな雰囲気に、自然とエルシスの表情も綻ぶ。
「あ、見て!デンダーの色違いの魔物みたい」
「ここで会ったら100年目!あの時の恨みを忘れてないわよ!ユリ、セーニャ!倒すわよ!」
「お姉さま、あの魔物はあの時の魔物とは違いますわ」
「なんだか分からないケド、アタシも参戦するわ〜!」
四人はデンダーによく似た黄色い竜――デンデン竜と交戦する。
「ったく、あいつら…無駄に体力使いやがって」
「…やっぱり、仲間っていいな」
エルシスは彼らを見てふっと笑った。
四人はツボの中身を気にしてるデンデン竜に容赦なく攻撃している。
「……まあな」
それに、カミュも小さく同意した。
「オレは基本、ひとりかふたりでしか旅をしない主義だからさ。こんな大人数で旅するの初めてなんだ」
そうカミュが自分自身のことを語るのは珍しいので、エルシスは黙って耳を傾ける。
「追われる身としては少々目立つが、旅してる間中コソコソしてんのも疲れるし、オレも賑やかなのは嫌いじゃねえしな」
エルシスに顔を向け、笑顔を見せるカミュ。
「……まあ、ひとりだけ賑やかすぎるお子さまがいるが……。ソイツさえ気をつければ問題ないだろ」
「あはは」
ベロニカは「いくわよー!」と元気よくイオを唱えている。
さっきまで続く山道にうんざりしてたのに。
無事、デンデン竜を倒した四人。
すると、何やらユリがエルシスの元へやって来た。
「エルシス、さっきの魔物が落としたの」
はい――と、黄色に光を放つ小さな石を渡す。
「イエローアイか。結構貴重な石だぜ」
「そうなの?」
「ありがとう、ユリ!」
エルシスは嬉しそうに受け取ると、袋にしまった。
ふしぎな鍛冶にハマるエルシスにとって、素材集めは今や趣味である。
坂を下って行くと、岩肌に囲まれた小さな湖が現れ、六人はその湖畔でお昼を取ることにした。
せいすいをかける途中、大きな黄色いカボチャみたいな植物が気になったエルシス。
こんな大きな実?は初めて見る。
「エルシス。カボチャによく似てるけど、それは食べられないんだって」
まだ何も言ってないのに、そう言ってきたユリ。
ちょっぴり恥ずかしくなるが、その言い方に、彼女も先ほど植物に詳しいセーニャに聞いたらしい。
「ここには、今までの旅でまた見たことない植物が生えてるね」
続けて、この辺りで生えてる木は針葉樹の一種だと教えてもらったとユリは話す。
火山地帯に砂漠地帯――密林に湿地地帯。
エルシスは今まで旅してきた場所を思い出す。
「世界は広いなぁ……」
あの日、初めてイシを村から旅立ち、見た景色を思い出す。
あの時、思ったよりずっと世界は広かった。
そして、自分達の旅の終着点は分からないが、ここまで来た。
(あの山の向こうに、ユグノア城跡地が――……)
「エルシスちゃーん、ユリちゃーん。準備出来たわよー」
シルビアに呼ばれ、エルシスは行こうと言うように、にこっとユリに笑いかけた。
今日のお昼はネルセンの宿で入手した日持ちするパンで作ったサンドイッチで、おいしく彼らのお腹を満たした。
しばし体を休め、再び彼らは出発する。
グロッタの町まであと半分ぐらいだろう。
なんとか今日中に着きそうだ――カミュがそう思った矢先。
「あら、キラキラした魔物ちゃんがいるわね!」
「……キラキラしてるな」
すぐさま彼らの現れた前に現れたのは、ビーライダー。
大きなハチを乗りこなしているのは、その辺にも歩いているオコボルトだ。
「オコボルト界ではエリートらしいわ」
「魔物界にもエリートとかあんのかよ」
ベロニカの説明にカミュはしっかりとつっこんだが、それより問題は。
「倒そう!ユリ!」
「こんな所にもキラキラした魔物がいるなんて!」
張り切ってる二人に、カミュはため息を吐いた。
「寄り道は旅の醍醐味よ、カミュちゃん」
「寄り道が多すぎだろ…」
「でも、カミュ。あれを全員分倒して移動したら速いんじゃないかしら?」
何気ないベロニカの言葉に、はっとするカミュ。
「お前……たまには良いこと言うな」
「たまにはって何よ!たまにはって!」
「私も乗ってみたいですわ!お姉さま、加勢しましょう」
セーニャの言葉に四人も加わり、もはやビーライダー狩りである。
「ハチの矢とヤリを巧みに組み合わせて攻撃するからみんな、気を付けるのよ!」
ベロニカの言葉に全員しかと頷く。
「落とすのもありだな!」
カミュがブーメランを投げて攻撃すると、その衝撃でハチから落ちるオコボルト。
オコボルトはそのまま泣き叫ぶように逃げて行った。
「少し可哀想ですわね……」
「あんた、非道ね」
「どっちみち倒すから一緒だろ」
まずは一体。だが、全員分のキラキラしたビーライダーを集めるのはなかなか厄介だ。
「エルシスちゃん。アタシに良い案があるの。実は新しい魔法を覚えてね」
ゴニョゴニョゴニョとシルビアはエルシスに耳打ちし、二人は作戦を決行する。
「ユリは"まもの呼びのボウガン"でキラキラしたビーライダーを!みんなも一ヶ所に集めてくれ!」
一気に倒すとエルシスは言った。
「いくわよ!エルシスちゃんっ」
「うん!準備はいいよ!」
シルビアはバギを、エルシスはメラを唱える。
「「メラハリケーン!!」」
火炎の竜巻がビーライダーたちを襲う。
二人のれんけい技にして、合体魔法が炸裂だ。
「合体魔法ね!やるじゃない、二人とも!」
ド派手な技に、おいおいハチまで巻き込むんじゃねえか?とカミュは心配したが、それは杞憂に終わった。
「――まあっ、本当に飛んでますわ!」
「あまり高くは飛べないけど、少しならジャンプもできるみたい」
初めて乗るセーニャに、乗り方の手解きをするユリ。
「ねえ、カミュ。ちょっとさっきの湖の上を飛んでみない?」
「あらっいいわね!」
「ええ!すっごく気持ち良さそうだわ!」
「おいおい、そこまで寄り道する時間はねえだろ?」
エルシスの言葉にノリ気なシルビアとベロニカ。
そこにユリとセーニャが加われば5対1。……カミュの完敗である。
「でもカミュ!宝箱が見つかるかも知れないし」
明らかに不機嫌なカミュに宥めるユリ。その言葉通りに、湖の反対の岸に宝箱を見つけた。
中身は『破毒のネックレス』だ。
「かっこいい!」
「いや、かっこいいか…?」
武骨なデザインは、カミュの趣味ではないが、エルシスは違うらしい。
「僕、装備していいかな?」と、皆の了解を得て、嬉しそうに彼は首にかけた。
水上の空中散歩を楽しみ、戻ってきた彼らに――さらなる一悶着が待っていた。
「グヘヘ!宝箱の中身に持ち物、ついでにその乗れるハチも全部置いていってもらおうか!!」
待ち構えていたのは、ごろつき集団である。
「「……………………」」
マントと一体になっている頭巾をすっぽり頭から被り、手には斧を。
驚くべきことは、
「……パンツ一丁の姿だけど、兵士に捕まらないのかな」
「すぐに通報されてむしろごろつけねえよな」
「だから、こんな辺鄙な場所に……」
「や〜ね!」
「下品ですわ…」
「ちょっといきなり見せつけるんじゃないわよ!このヘンタイ!!」
それぞれあまりその姿を見ないように口にする。
言葉に出さずとも、彼らの次の行動は決まっていた。
「おいコラ!逃げんじゃねえ!!」
「無視しないで!!」
「待ちやがれ〜〜!!」
相手にするだけ無駄である。
無言で飛び去る一行に、ごろつきたちは懸命に走って追いかけるも、もちろん追い付けず。
それ以降は、寄り道時間を巻き返すように、彼らは順調に前に進んだ。
分かれ道に差し掛かり、看板通りに曲がると。
武闘会で有名な町らしく、槍を掲げた大きな二体の武人の像が立っていた。
岩に挟まれた狭い細い道を進むと、開けた先に真っ先に目に飛び込む建物。
「あれがグロッタの町……?」
ユリが驚きながら口にする。
想像していた町とは違い、塔のような大きな建物だった。
一番上には先ほどの像のような二体の武人が今度は剣を掲げている。
「行ってみよう――」
エルシスを先頭に坂を降り、メイジドラキーの合間を飛びながら入口にやって来た。
夕闇のなか、灯された左右の炎が揺らめく。
鉄の大きな扉を、彼らは開けた。