ナプガーナ密林・後編

 虎に乗せてもらって、あっという間にキャンプ地にたどり着いた三人。
 笑顔で彼らと別れ、キャンプの準備をする。

「――カミュ。牛って喋るの… ?」
「……。はあ?」

 茂みを見つめたままおかしなことを言うユリに、なんだどうしたとカミュとエルシスが集まる。

「ンモーーーゥ。この辺りの天気がどうなるか教えるモーゥ!」
「「………………」」

 牛が喋った。

「……カミュ。僕が田舎育ちで知らないだけで、牛って喋る動物だっけ」
「少なくともオレの常識の中では喋らねえ」

 エルシスがユリと同じようなことを聞いて、カミュが唖然と答えた。 
 虎の次は牛――今日は動物に縁がある日なのだろうか。

「この辺りは明日いっぱいずっと晴れが続くモゥ!明後日になれば天気が変わるかモゥ?」
「ずっと晴れだって。良かった」
「そうだな……天気を教えてくれるなんて不思議で便利な牛だな……」

 世の中、不思議なことに溢れているものだ。
 誰が置いたか分からない宝箱があるように。
 虎を従える部族がいるように。
 牛が喋ったっていいじゃないか――エルシスは受け入れることにした。

 だが、それより順応性が高い男がそこにいた。

「エルシス、袋からでかい瓶を取ってくれ」

 牛の前にしゃがみ、カミュは手をエルシスに向ける。
 エルシスは何に使うんだろうと思いながら「はい」とカミュに手渡した。

 カミュはそれを受け取ると、さも当然のように牛の乳を搾り出す。

「ええっ!?牛乳!?飲めるの!?」
「喋ろうが天気予報をしようが牛は牛だ。生はダメだが、野生の牛でも熱処理をすれば飲める。よっぽど腹が弱くなけりゃだが」

 驚いて声を上げるエルシスに、なんてことないとカミュは答えた。
 ユリは「へえぇー…」と上手に搾るカミュに感心したように見ている。

「夕飯はシチューができるな」
「「シチューっ!!」」
「……お前ら分かりやすすぎ……」

 牛乳を手に入れ、夕飯はシチューという言葉にテンションが上がる二人。

 うきうきしてエルシスは火の準備、ユリは近くの井戸から水を汲む。
 カミュはふらりと離れかと思いきや、食べられるきのこなど採取してきたらしい。
 肉は、先程の虎の部族の人たちにお土産ともらったものがある。

 流れで料理を作るのはカミュになって、二人は指示された通りに手伝う。

 切り株に腰かけ、足を組み。
 馴れた手つきでカミュはナイフでじゃがいものを皮を剥いていた。
 皮は薄く、途切れることはない。
 ユリは鍋を混ぜるのを忘れて、その動作に見とれていた。
 その横でエルシスもぎこちないものの、人参の皮を上手に剥いている。

「二人とも……女子力高いね……」
「女子力?」
「なんだそりゃ」

 エルシスとカミュはユリの言葉におかしそうに笑う。

「料理教えてください」
 ユリは真剣に言った。
「なんだ、料理の仕方も忘れちまったのか?」
「もともとできたような……感じもしないような……」
 落ち込むユリに「ま、そのうちな」とカミュは声をかけた。

「……でも、カミュって料理もできて何でもできるんだね」

 エルシスは尊敬するような眼差しでカミュを見た。鍋の向こうでユリも「うんうん」と大きく頷く。

「何でもはできねーよ。料理っつても、食うことは生きるためになくてはならねぇから、必然的にできるようになっただけで。そういうお前だって料理できてるだろ」
「僕は母さんの手伝いをして、少しできるだけだから」

 エルシスはどことなく悲しげな笑みを浮かべた。母のことや村のことを思い出して心配なのだろう。

「……そういえば、そこの小屋の人、戻って来ないね。留守中なのかな」
 ユリは話題を変えるように、すぐそこにある小屋を見て言った。
「そういえばそうだな。しかし、こんな密林に人が住んでることに驚いたぜ」

 小屋は今は誰もいないが、虎の部族の彼らの話だと、どうも木こりが住んでいるらしい。

「よっぽど屈強な木こりの人なのかな?」
 エルシスはマッチョでいかにも強そうな木こりの姿を想像する。
「強そうといえば、橋の下の魔物……恐ろしかったね……」

 ユリは思い出して再び恐怖した。
 二人もああ…と苦い顔をする。

 三人はこのキャンプ地へ行く近道だからと、虎に乗ってその下層を通って来たのだ。

 虎の走る速度には敵わないからと押しきられたが、サイクロプスに追いかけられた際はユリは泣くかと思った。
 振り落とされたら確実に死ぬと必死に三人は虎の背にしがみついてき、無事魔の地帯を走り抜けて来たのである。

 ナプガーナ密林が恐ろしいといわれる謂れを、まさに三人は身を持って知った。

「どれくらいのレベルになったら倒せるのかな?」
「少なくとも、今のオレたちのレベルじゃあ即全滅だな」
 ユリの言葉にカミュは笑い飛ばす。
「いつか、あんな魔物に勝てるぐらい強くなりたいな……」
「お前ならできちまうかもな。なんてたって勇者さまだし?」

 ぽつりと言ったエルシスに、最後はからかうような口調でカミュは言った。
 それに彼はむっと反論しながらも楽しそうに話す。

「僕だけじゃなくて、みんなでさ。これからどんどん強くなって、特技や呪文、れんけい技とか色々覚えて」
「まあ、勇者さまのお仲間になるならそれぐらい強くねぇとな」
「そしたら私、早く記憶を取り戻さないと。なんか、もっと強い呪文とか覚えてた気がする……」
「ほぅ、例えば?」
「マシャド!とか、ベホマ!とか……」
「そりゃあ頼もしいな!期待せずに待ってるよ」
「……………………」
「あはは!ほらユリ、もう少しでシチューができそうだよ」

 笑うエルシスの声とともに、美味しそうなにおいが漂う。
 カミュはシチューをよそって二人に「ほら」と渡してくれた。
 お母さんみたい、そう言ったら渡されたシチューを没取されそうだから、黙ってユリは食べることにする。

「……!おいしい!すごくおいしい!」
「うん!僕シチューが好きで味にうるさいけど、これ本当においしいよ!」
「お前らいちいち大袈裟なんだよ……。ま、おかわりはたくさんあるからいっぱい食べてくれ」
「おかわり」
「早すぎだろ、お前…」

 カミュはエルシスから皿を受け取った。
 
「――それにしても、デクの野郎がいっちょまえに店なんぞ開いてるとはな。しかも町の一等地にヨメさん付きだぜ?あれでオレと盗賊やってたなんてな。お宝もとめて世界中駆け回ってたのがなんだか懐かしく思えてくるぜ」

 カミュ特製シチューを堪能して、お腹もいっぱいになったところで、思い出したようにカミュがぼやく。

「デクさんって全然盗賊っぽくないよね」
 ユリの言葉に、カミュは水を一口飲んでから口を開いた。
「見た目だけじゃなく中身もな。何度あのポンコツっぷりで、窮地に立たされたことか……」
 その出来事を思い出したようで、彼の眉間に皺が寄る。
「でも、二人で世界中駆け回るなんて楽しそうだ」

 エルシスの言葉に、そんなカミュの表情がふっと柔くなった。

「…まぁな。デクが色々なお宝情報を集めてくるから飽きずに旅はしてたぜ。――ん。そういやデクとの旅の途中で見つけたあのお宝……今こそ役立ちそうだな」
 何かを思い出し、二人の顔を見るカミュ。
「なあ、お前らにいい物やるよ。今まで色んなお宝を手に入れてきた、オレとデクとっておきの逸品だ」

 そう言ってカミュが袋を漁って取り出したのは………

「その名もふしぎな鍛冶台!コイツの上に素材をのせてふしぎなハンマーでトンカン叩けば……なんとビックリ!金属の剣はもちろんのこと。木のブーメランになんと布の服まで!材質を問わずあらゆる装備が作れちまうんだ。すげえだろ!」
「「おぉ〜〜!!」」

 エルシスとユリは目を輝かせる。
 予想通りの良い反応に、カミュは満足げに笑う。

「すごい…!魔法道具だねっ」
「本当にこんなすごい物、僕たちが使っていいの?」
「おう。汗水たらして鍛冶に励むのはガラじゃなくてな。あまり使ってなかったんだが、好奇心旺盛なお前らなら使いこなせる気がするんだ」

 二人は楽しそうにまじまじとふしぎな鍛冶台を眺めている。まるで小さな兄妹のようだ。
「…………」
 カミュの瞳がふっと優しく細められた。

「ちなみにふしぎな鍛冶をするには作りたい装備の素材と専用のレシピブックが必要なんだ」
「素材とレシピブック」
 エルシスが繰り返す。
「そうだな……まずはこのレシピブックをやるからオレの話が終わったらさっそく作ってみろよ」

 エルシスはカミュからレシピブック『ふしぎな鍛冶入門』を受け取った!

「レシピブックは町にある本棚や宝箱の中……他にも世界中のいろんな場所で手に入るから、あちこち探しまわってみろよ」
「レシピブックを探すのも楽しそうだね」
 ユリはエルシスと一緒にレシピブックを見ながら言った。
「……それじゃさっき渡したレシピの素材もやるよ。それを使って試しに武器を作ってみな」
「ありがとう、カミュ!ユリ、さっそく作ってみよう」
「うんっ」

 カミュはその様子を横目で見て再び笑うと、地面に座って腕を伸ばす。
 自分は愛用の短剣を取り出し、手入れを始めることにした。

「レシピにあるのは『せいどうのつるぎ』『せいなるナイフ』『かぜきりの弓矢』……ちょうど僕たちが装備できる武器だな」
「あ、でも材料の関係で今作れるのは一つだけかも」

 二人はそろってレシピを眺める。
 エルシスが一つ足りないと残念そうに呟いた。

「きよめの水があれば、せいなるナイフを作りたいと思ったんだ。カミュには色々と世話になってるからね」

 そのエルシスの言葉に、ユリは「ふふふ」と笑みを溢す。「はい、これ」
 ユリに渡された瓶を見てエルシスは驚く。

「きよめの水!?え、でも……」
「イシの村に流れている水だよ。エルシス、これでせいなるナイフを作ろう」

 それは怪我が時々痛む時にかけると良いと、イシの村の医者に言われて持ってきたものだった。
 痛みはそこまで気になるものじゃないし、きよめの水は綺麗な水流であればどこでもいいのだから、すぐ手に入るだろう。

「ありがとうユリ!よし、材料を入れて………」

 お互いに交代してハンマーで叩いていく。
 トン、カンと心地よい音がキャンプ地に響いた。


「……おう。はじめての鍛冶、おつかれさん。どうだ、うまくできたか?」

 音が鳴りやみ、出来た!という声にカミュは振り返り、二人に聞いた。

「うん!素晴らしい出来だって」
 嬉しそうに言うユリに、カミュも同じように笑う。
「マジか!初めての鍛冶なのにやるな二人とも!練習したらもっとうまくなると思うぜ!これからはふしぎな鍛冶を好きに使っていいからな」
「ありがたく使わさせてもらうよ。で、これが僕たちが共同で初めて作ったもの」

 そう言ってエルシスはカミュに『せいなるナイフ』を見せた。
 聖なる力を宿した細身の美しい短剣。

「これって……短剣を作ったのか!?」
 なんで、というようにカミュは声を上げる。
「カミュは愛用の短剣があるけど……僕たちからの感謝の気持ちというか、とにかく二人で決めて、最初はカミュの物を作ろうってなったんだ」

 真剣に話すエルシスに、ユリはにこにこと笑っている。
 カミュは諦めてはあとため息を吐いた。

「仕方のねぇやつらだな……。なら、ありがたく使わせて貰うぜ」

 そう言ってカミュは二人からの短剣を受け取った。

「……さてと、色んなことがあってさすがに疲れちまったよ。今日はそろそろ休むことにしようぜ。さすがに追っ手もここには来ねぇだろうし、ゆっくり休めそうだ」

 その言葉に、三人は就寝の準備を始める。

「三人で並んで寝ようよ」
「あのなぁ、さすがに男女がくっついて寝るのは……」
「じゃあユリ真ん中、カミュそっちね」
「おい、勝手に……」
「うふふ。安心して眠れそう……………すぴー」
「!……落ちるの早すぎだろ……」
「疲れてるんだよ。僕も正直、疲れてる。カミュもだろう?さあ寝よう、おやすみ」
「……はぁ……おやすみ」

 カミュも観念して身体を横にした。
(よくもまあ、出会ってほんの数日の盗賊にここまで信頼してくれるものだ)
 悪い気はしないし、好都合なのだが、それはそれで二人には心配になってくる。
(田舎育ちの純朴勇者さまと、記憶喪失の美女……。危うい過ぎる……)

 二人には預言者の言葉を借り、勇者を助ける運命なんて言ったが、そんな彼らはその言葉を信じているのだろうか。

 カミュ自身はこれっぽっちも信じてないと言うのに――。

「……ん……」

 不意にユリがこちらに寝返りを打ってきた。
 自身も同じように寝返り、彼女の寝顔を見てやる。
 夜目がいいカミュは、ユリの長い銀色睫毛までしっかり観察できた。

(無防備すぎんだよ……お姫さま)

 思えばこの旅のきっかけも、地下牢獄でユリと出会ったことからかもしれない。
 あの時は……正直、下心があった。
 たぶん長きに渡って禁欲生活を強いられたせいだとカミュは結論づける。
 仕事以外で女を口説こうとしたのは初めてだった。

(こいつ、本当は人魚だったりしてな。船乗りを美しさで惑わす……)

 そんな彼女に必死に助けを求められ、勇者の危機だということに手を貸し、成り行きでここまで来た。

 それが、今ではどうだ。

 カミュの問題は、自分には不必要な感情を抱き始めていることだった。
 それは目の前のユリにだったり、エルシスにだったり、この旅に対してだったり。
 チクリと感じる罪悪感に目を逸らしてはいけない。

 カミュは反対方向を向き、瞳を閉じた。


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