「ついに来たわね!屈強な男たちが集まる町、グロッタ!」
「わーっ見て!この町って大きな建物の中にひとつの町が入ってるわよ!」
扉の中に入ると、シルビアとベロニカが真っ先に声を上げた。
「ここがグロッタの町か。闘技場がある格闘の町だって聞いてたけど、やっぱ闘士がたくさんいるな」
「建物の中に町があるなんて、びっくりだね」
カミュの言葉に続いて、ユリも興味津々に辺りを見渡す。
「まるで町全体が巨大な要塞みたい!これなら雨の心配がないから洗濯物が濡れる心配しなくていいわね」
ベロニカの言葉に確かにとエルシスは笑う。
だが、自然の中で育った自分には、閉塞感に暮らすのは無理そうだなと町並みを見て思った。
「あ、あれは……」
奥の壁から上半身を突き出すような像に、エルシスの目が止まる。
勇ましく剣を両手で掲げているのは――
「チッ!ここにもグレイグが英雄扱いされてるってワケか。まったくむなくそ悪いぜ」
グレイグの像があるということは、ここは彼の所縁がある町なのだろうか?
「ハ〜イ、カッコイイお兄さんたち。格闘大会には興味がおありかなっ?」
入口で立ち止まっている六人に声をかけて来たのは、キュートなバニーガール。
「今度、仮面武闘会っていうすっごい大会が開かれちゃうの。ウデに自信があるなら参加してみてね〜」
そう案内が書かれたチラシをエルシスは手渡される。
「なになに……。血わき肉踊るタッグマッチ。仮面武闘会開催のお知らせ。優勝者には豪華賞品を贈呈!か……」
横から覗き込んだカミュが文字を読む。
豪華賞品の所に彼は反応したようだ。
「屋上にあるコロシアムでやると、書かれてあります……。あの建物の頂上にあるのでしょうか」
セーニャの言葉に全員、中央の建物を見上げた。
「それに、仮面武闘会ってなんだろうな?とりあえずちょっと覗いてみようぜ、エルシス」
「うん!まずは情報収集だ」
奥に繋がる通路を歩くと、これは橋だと彼らは気づく。
下にもお店や施設などあるらしく、思った以上にかなり広そうだ。
広いだけではなく、入り組んだ造りにもなってるようで、ユリは迷いそうだなと眺める。
「それにしても、なんでこの町にはあんなにどでかいグレイグ将軍の像が飾ってあるのかしらね?」
シルビアがグレイグ像を下から見上げながら言う。
「何か町を助けるようなことをしたのかしら。まあでも、グレイグ将軍はみんなに慕われる英雄だってことがよくわかるわね」
「慕われる英雄ねえ……。ま、オレたちには関係ねえな」
シルビアの疑問を適当に流すカミュ。
「……なんだか、この町、汗と武器の鉄のニオイがこもっててクラクラしてしまいます。うぷ……」
「空気の入れ換えが出来ないのが難点だね……」
匂いに酔って気持ち悪そうなセーニャの背中をユリは擦ってあげた。
歩く人も武闘を嗜んでそうな人が多そうだと思いながら、エルシスは近くにいた僧侶のような老人に声をかけ、話を聞く。
「仮面武闘会はその名の通り、仮面をつけた闘士がペアを組み、協力して戦うトーナメント式の大会じゃ。仮面武闘会は古くからこのグロッタの町に伝わっている由緒正しき行事なんじゃよ」
次に話を聞いたのは魔法使いの格好をした男。
「仮面武闘会の面白いところはよ。パートナーが誰になるかで結果が大きく変わってしまうところさ。個人がどんなに強くたって、パートナーが使えないヤツだったら勝つのは難しいだろうな」
出場希望者だけでなく、観戦に来た観光客も多いらしい。
「武闘会のウワサを聞きつけてやってきたけど……すごい人ねえ。ちゃんと観客席に入れるんだろうね?」
おばさんの視線の先には、何やらその場に人が集まっている。
「なんでも今回の武闘会の賞品はすごいお宝だってウワサですよ。旅の商人から村長が買い取ったとか……。ウワサのすごい賞品ってヤツを早くこの目で見たいんですが……。人だかりがすごくて全然見えないんです」
見た目とは裏腹に、丁寧な口調と仕草で武闘家は教えてくれた。
「旅の商人から買い取った……」
「すごい賞品……」
エルシスの言葉にユリが引き継いで呟く。
もしや、今の話は自分たちにとって重要な話ではないだろうか。
彼らは顔を見合わせる。
「初めてここに来た人かい?女闘士のことならおれっちに聞きな!毎回、かかさずチェックしてるからそんじゃそこらの情報より詳しいぜ!」
「そんなのどーでもいいわッ!ちょっと今忙しいの!」
気さくに話しかけて来たピンクの鎧を着た剣士は、ベロニカにぴしゃりと言われて落ち込んだ。
「あそこに賞品が飾られてるみたいだな」
「見に行ってみよう」
カミュの言葉にエルシスは頷き、後の四人も続く。
いち早くベロニカが声を上げる。
「あっみんな!あれ、見て!あれって虹色の枝じゃない!?」
卵みたいなガラスケースの中に飾られている一本の枝。
「虹色……!」
ユリの驚きの言葉通り、枝は虹色で、神秘的に輝いていた。
「不思議な枝ね。きっとエルシスちゃんたちが探していた枝じゃない?」
「うん、間違いないと思う」
シルビアの言葉にエルシスはその枝を見つめたまま答える。
「やっと虹色の枝とご対面だな」
「サマディーの王さまが行商人に売った虹色の枝がめぐりめぐって、この大会の優勝賞品になってたのね」
「ということはお姉さま。あの枝が手に入れば、大樹への道が……」
セーニャの言葉に頷くベロニカ。
「そうね!絶対優勝するしかないわ!この仮面武闘会に参加してなんとしてでも虹色の枝を勝ち取りましょ!」
高々に宣言するベロニカに、周囲から「お嬢ちゃん頑張れ!」「元気だなぁ」と応援の声が飛び交った。
「ダーハルーネであんな騒ぎがあったのに、今度は武闘会かよ……オレたちは追われる身だってのに、なんか目立つことばっかしてるよな。先が思いやられるぜ……」
項垂れるカミュにエルシスが肩を叩いて励まして。
「というわけで――」
声援を受けるベロニカだったが。もちろん、彼女に出場する気などさらさらない。
「エルシス、カミュ、シルビアさん!闘技場の受け付けに行ってさっそく武闘会に参加するのよ!」
びしっと三人を名指しした。
「虹色の枝を手に入れるために絶対に仮面武闘会で優勝しなくちゃ!頑張るのよ!」と再度他人事のように言うベロニカに「簡単に言ってくれるぜ……」とカミュはぼやく。
「ペアで戦うのはともかく、一緒に組む相手が誰だか分かんないんだろ?」
情報収集でわかったことだ。気心知れたカミュかシルビアと組めるなら、優勝を狙えるとエルシスは思っていたが。
「二人とチームになれるかわからないのか……」
まったく知らない相手と組んで勝ち抜けるかは、正直自信がない。
「こればっかりは運によるわね。アタシは誰とパートナーになるかドキドキして楽しいけど」
人指し指を顎に触れて言うシルビア。
続いて「私も参加しようかな」とぽつりと言うユリ。
優勝を狙えるほどの実力は乏しいが、聞けば女性の闘士もいるらしいし、自分の実力を試す良い機会かも知れないと彼女は考えた。
「危ないからだめだ」
すかさずカミュが却下した。
「あら、ユリちゃんも出場したら良い線行くと思うわよ」
「本当に?シルビアさん!」
シルビアの援護を受けて、ユリは喜ぶがカミュの顔は渋いまま。
「魔法や弓の腕前なら文句ねえけど、組む相手によっちゃあ前衛での近接戦闘になる。お前、剣での対人戦はやったことねえだろ」
カミュのもっともな意見に、ユリだけでなくエルシスも納得させられる。(そうか、対人戦……)
思えば、エルシスの対人戦はホメロスが初めてだった。
「確かに…剣技はまだまだだ、私……」
技もヒャド切り以外覚えてない――と僅かばかり落ち込むユリにベロニカが励ます。
「いいのよユリ!こういう荒事は三人の出番なんだから!」
「ああ、僕たちにまかせてくれ!」
「ユリさま。私たちはエルシスさまたちを精一杯応援しましょう!」
「…うんっそうだね。三人とも頑張って!」
「ウフ、これは何としてても優勝しなきゃね♪カミュちゃん」
「どっちみち狙うは優勝だけどな」
全員の気持ちがまとまったところで、三人は参加するため、受け付けに向かう。
「ようこそ、いらっしゃいました、旅の方。手に汗握る、仮面武闘会に参加するならこちらで受け付けておりますよ」
受付の男は改めて三人に、競技の説明をする。
「仮面武闘会とは仮面をつけた闘士たちがタッグを組んで戦う格闘大会のことです。誰とタッグを組むかは抽選で決まります。パートナーが誰になるかわからないなんて面白いでしょう?これがグロッタ名物、仮面武闘会なのです!」
ペアは抽選で決まるらしいと聞いて、運が良ければ二人と組めるかも――とエルシスは少し希望を抱く。
「今年は優勝賞品も超豪華!町長じきじき、あるスジから高値で手に入れた最高級の逸品……虹色の枝を差しあげます!」
あるスジという言葉に「知ってるよ」とエルシスとカミュは思う。
二人の脳裏にふくよかな体型の陽気な某王と、調子の良い笑顔の某王子の姿がありありと浮かんだ。
「見たことろ、お客さまもずいぶんウデに自信があるご様子……。ぜひ仮面武闘会にご参加ください!」
エルシスたちは参加を希望だと伝えた。
「おお!それではこちらをどうぞ。試合の時に身につける仮面とパートナー選びに必要となる抽選番号です」
エルシスは参加者資格である仮面と「11」と書かれた抽選番号を手に入れた!
「これがその仮面か…シャレたデザインなこった」
「なんかシルビアだけ僕たちとデザイン違くない?」
「素敵じゃな〜い!」
似合うかしら?と二人のより過剰に装飾された仮面を自分の顔に合わせるシルビア。
めちゃくちゃ似合っている。
瞬時に似合う仮面を渡すとは、この人、タダ者じゃない――とエルシスは受け付けの男を感心して見た。
「パートナー選びの大抽選会は明日になります。この時間までに3階の闘技場に向かってください」
そして、抽選会でペアが決まったら、まずはトーナメント戦だという。
「闘技場はこの受け付けの裏にあるエレベーターから行けますからね。では、がんばってください……ご武運を!」
受け付けの男に見送られ、三人は待っているユリたちの所へ戻った。
「虹色の枝はもちろんですが、準優勝の賞品である黄色い宝玉も……キラキラしてすごくキレイですわね」
虹色の枝と同じように、反対側に飾られてる宝玉を眺めながら言うセーニャ。
「カミュが探していたレッドオーブに似てるね」
ユリの言葉に「確かにな」とカミュは頷く。
カミュ自身も目にしてから気になっていたことだ。
だが、自分が求めていたレッドオーブは手に入れることができたし、今は虹色の枝が最優先だ。(元盗賊の気質としては手にしてみたいが)
「なんだか似たようなものを故郷のラムダの里にあった書物の中で見たことがあったような……気のせいかしら」
「ねえ!受け付けも済んだし、宿屋を取ってご飯を食べに行きましょう。お腹もペコペコだわ!」
セーニャの呟きは無邪気な姉の声によってかき消された。
宿屋に部屋を取ると、武闘会初出場する選手は無料で泊まれるらしく、ラッキーと彼らは部屋を二つ確保する。
ついでに宿屋の女将さんから簡単な町の案内を聞いた。
ちょうど入口側と奥を半分とし、繁華街と住宅街に別れているという。
「下の繁華街の商店には、武器や防具がたくさん取り揃えてありますよ。なんてたって武闘会が有名な町ですから!」
「昔は、このグロッタの町には血気盛んな若者が多かったらしくて、毎日誰かがケンカしてたんだそうです。若者たちのありあまる体力をどうにかして発散させる方法を探して、仮面武闘会が誕生したらしいですよ」
そう付け加えたのは宿屋の主人だ。
町の歴史にへえと彼らは頷く。
「武器や防具も気になるなぁ!ご飯食べたら見に行こうよ!」
ワクワクとするエルシスの言葉に、皆はもちろんと微笑ましく頷く。
「住宅街にある教会は、孤児院でもあるんです。前大会のチャンピオンのハンフリーさんはその孤児院出身で、今も子供たちの面倒を見ている人格者。この町で一番人気のある闘士なんですよ」
誇らしげに言う女将。
再び彼らはへえと頷いた。
人格者だけでなく優勝するほど強いとは、優勝を争うライバルになりそうだ。
「ご飯を食べるなら上の階の酒場がおすすめです」
道を教えてもらい、彼らは階段を上がる。ちょうど上の階ではグレイグ像がよく見えるらしい。
「ちょっと見てよ、あのグレイグ像の上腕二頭筋……やばくない!?見事に本物を再現しているわ!」
「上腕二頭筋……?」
「大胸筋も腹筋も……カンペキだわ!あの像を作った人はグレイグさまの身体をスミからスミまで熟知してる筋肉マニアね!」
「そういうあなたもグレイグさまマニアね……」
若い女性二人のそんな会話が聞こえてきて、理解できないと顔をしかめるカミュに、エルシスは苦笑いを浮かべた。
「このフロアは酒場や露店など、他の町から来たお客さまが楽しめる憩いのスペースとなっています。中には有名な闘士の方もお見えですが、試合前で気が立っている方もいますからもめごとなど起こさないでくださいよ」
出迎えてくれたウェイターは最後にそう注意を促した。
グロッタの町の構造上、真ん中を壁にぐるりと一周できる造りだ。
「さすが格闘の町だけあって闘士でにぎわってるわね!みんな、大会の出場者なのかしら?」
賑わいを見ながらシルビアが言う。
たくさんの露店も出ており、観光客らしき人ももちろん、明らかに闘士らしき人たちも多い。
「あっ」
「どうしたの、ユリ」
一つの露店を見て、声を上げたユリにエルシスは首を傾げる。
「ベロロン、ベロ〜ン。また腹が減ってひもじいベロン。なんでもうまそうに見えるベロ〜ン」
「お客さま!こまります!こちらの品物は食べられませんよ!朝から変な客ばかり来るんだからもう!」
そこには舌の長い巨体の男と店員が何やらもめている。
個性的な風貌に、間違いない。
ユリがダーハルーネでホメロスに追われたところを助けてくれた男である。
「あの…!あの時はお世話になりました!」
ユリが駆け寄り、お礼を言うと「あの時のケーキのお嬢さんだベロン!元気だったベロ〜ン?」男は再会を喜ぶ。
「ユリ、知り合いなのか?」
不思議そうな彼らを代表して聞いたカミュに「ダーハルーネで……」と事情を話した。
「お嬢さん!このお客さまと知り合いなら連れてってもらえます?うちの商品を食べようとして困ってるんですよ!」
迷惑そうな顔を隠さず言う店員。
押し付けられたユリは困った笑みを浮かべた。
先に席を取ってるわねとセーニャを連れてさっさと行ってしまったベロニカ。
二人を除いた彼らは、男――ベロリンマンを露店から引き離すことに成功した。
「ええと……今日はお連れさんと一緒じゃないんですか?」
歩きながらユリが聞くと、ベロリンマンは「ハンなら瞑想するってあそこにいるベロン」と通路の一角を指差す。
そこには、ひとり静かに座禅を組む武闘家の男が。
どうやら二人も仮面武闘会に出場するらしい。
「ちょい待ちな――」
彼らの前に何やら男が立ち塞がった。
「あそこで精神統一してる闘士な。あれがちまたでウワサの拳法使いミスター・ハンだぜ。おい、見ろよ……さっきからピクリとも身体を動かしてないんだ。ありゃ相当な集中力だな」
瞑想の邪魔をするなと言いたいらしい。
「寝てるだけベロン」
気にせず起こすベロリンマン。
「………ぐう、ハッ。俺は寝てないぞ!」
ミスター・ハンは起きた。
「……。こんなに騒がしい所で熟睡できるなんて、さすがミスター・ハンだよな!」
こちらを見て瞬時に切り替えしてきた男に、それはさすがに無理があると四人は首を横に振った。
「おお、あの時のお嬢さんか!色々事情があるみたいだが、深くは聞くまい。元気そうで良かったよ。そちらがお仲間か。もしかしたら明日はペアになるかも知れんな。もし、対戦相手になったらその時は正々堂々と戦おう」
ユリはミスター・ハンとも再会を果たした。
彼女を助けた人だけあって、良い人そうだ――エルシスは差し出されたその手を握り返す。
そして、彼らは席を取った双子の元へと。
「今回の武闘会にもいないのか…?本当のボクを理解してくれるパートナーは……」
「きゃ〜クールだわ〜」
なるほど……ウェイターが言った通り、人気な闘士が多くいるようだ。
なかにはファンのような人に囲まれている者もいる。
「なっなんだあのじいさん!?」
「な、なんですか、あいつらはっ」
「ビビアンさまとサイデリアさまをあんなジロジロと見つめて……!ええい、おふたりをそんな目で見るな!おふたりから早く離れるんだ!」
バー席に座る女性闘士の二人は、見た目の美しさもあって、男性からの人気がすごいようだ。
「ウフフ。アタシたちも明日、活躍したら人気者になりそうね♪」
「嬉しくねえな」
うきうきとするシルビアとは反対に、うんざりと返すカミュ。
「あっベロニカとセーニャがいたよ」
丸テーブルに座る二人にユリは気づいた。
混雑具合にテーブル席は一つしか取れなかったらしい。
席は女子四人に譲り、エルシスとカミュはカウンター席に座った。
「仮面武闘会が開催される時期は、観光客と闘士の客が増えるから、酒場のうりあげが2倍になるんだよ」
クールな見た目のバーテンダーが二人に話す。
「人気なのは武闘会名物ぶとうサワーさ。ゴリゴリのマッチョが精根こめてしぼった極上のブドウ酒なんだぜ!」
「おいしそうだ!」と、食いつくエルシスに「おいしそうか……?マッチョが絞ってるんだぞ……」と訝しむカミュ。
「一杯だけそれをもらおうかな」
「……じゃあオレも」
結局カミュも同じのを頼む。
ぶとうサワーは、シュワシュワの炭酸と酸味にのど越しが良く、確かにおいしかった。
「あ、そうだカミュ」
注文したご飯をモグモグと食べながら、エルシスは口を開く。
「明日、手合わせお願いできないかな?」
ごっくんと飲み込んで。その問いにカミュは「別にかまわねえけど」と答える。
「カミュがさっきユリに言ってたけど、僕も対人戦をこなしたことないから少しでも経験を積みたいんだ」
エルシスの声は真剣だった。
確かに、今まで戦って来た相手は魔物だ。
今まではそれで良かったが、これからはあのホメロスの時のように、人とも戦うかも知れない。(こいつにも必要か……)
「いいぜ。相手してやる」
もう一度、カミュはにっと歯を見せて笑って答えた。
――お腹も満たされ、彼らは最下層の商店街に来ていた。
魔法使い用の武具も揃えているらしく、両手杖や魔法のスティックを楽しそうに眺める双子。
ユリはズラリと並ぶ刃物を眺めていた。
新しい片手剣を……と思って、気になったものを何本か握るが。
しっくり来ず、今はまだ手持ちの剣が一番自分に合ってるような気がした。
それに、エルシスが新しく鍛え直してくれたし。(あ……)
短剣コーナーに来たようだ。
武器としてではなく、日常で使う、冒険用として欲しいと考えていたのを思い出す。
目に止まったナイフを手に取った。
大は小を兼ねるというが、どれぐらいの大きさが使い勝手が良いのだろう?と眺める。
「――なんだ、ユリ。短剣を使うのか?」
カミュが後ろから覗き込みながら彼女に声をかけた。
「あ、カミュ。戦闘用じゃなくて、冒険用に欲しいんだ。エルシスが一本あると便利だよって…」
「…ふぅん、なるほどな」
そうだ、カミュに相談すれば良かったんだと今更ながらユリは気づく。
「カミュならどれが良いと思う?」
ずらりと並ぶ短剣を眺めるカミュに聞いた。
「……別に、わざわざ買わなくたって…これ使えよ」
そうカミュが取り出したのは、普段戦闘で使う短剣とは別に、いつも腰に巻いた布に差している――
「えっこれって……!」
元々彼が使ってた、愛用してる短剣だ。
差し出すカミュに、ユリは慌てて首を横に振る。
「つ、使えないよ!カミュの大事な短剣だよね?……あの時に、」
――こいつがあれば百人力だぜ。
それは、二人が初めて出会ったデルカダールの地下牢で。
武器を取り戻したカミュが言った言葉。
よく覚えてんなぁとカミュはふっと笑ったあと「いいんだ」と口を開く。
「エルシスが新しい武器を造ってくれたりで、どんどん強い武器に新調してるからな。…こいつの出番はないんだよ」
それでも手離さなかったのは、盗賊業を始めたと同時に手にした武器であり。
愛着を持っているのは確かだ。
「で、でも……」
「お前なら、大事にしてくれるだろ?だから……代わりに持っていてほしいんだ」
愛用のこの短剣なら、彼女の手に渡っても。
カミュに微笑まれ、そう言われてしまえば。
ユリはこくりと頷き、ゆっくりとその手から受けとる。
「カミュ……、ありがとう。私、大切にするよ」
エルシスとはまた違った綺麗な笑みを浮かべるユリ。
次いで「お守りにする」と無邪気に言う彼女に「ちゃんと活用はしてくれよ」とカミュも笑って言う。
(お守り、か……)
確かに、幾度の困難を共に乗り越えてきた相棒だ。
もし、自分が側にいないときは、代わりに守ってくれよ――そう、カミュは短剣に自身の思いを託した。
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愛用の短剣なら呪いにかかってるはずがない。