買い物を済まし、一行は商店街を後にする。
「見てください!ユリさまっ」
「わぁ可愛い!」
セーニャが買ったのは『ペロリンスティック』というそのまんまペロペロキャンディをイメージしたスティックだ。
「一目惚れしてしまいました!」
と、嬉しそうなセーニャ。
しかも叩いた敵をたまに混乱させるらしく「これで叩いて、私も頑張ります!」という言葉に横から「えっ」とエルシスが驚いた。
物理攻撃は彼女のイメージからかけ離れている。
「こう見えてもセーニャは槍術が使えるのよ」
というベロニカの言葉に、エルシスだけでなく全員が驚いた。
「あたしはてんでダメだったんだけど、セーニャには才能があったのよね」
「ええ、護身術として少しだけですが……」
照れ臭そうに言いながら、セーニャは背中から、今度は自分の背丈ある三股の槍――『バトルフォーク』を見せた。
「こちらも一緒に買ってしまって……。補助呪文だけでなく、皆様の手助けができればと……」
「素敵な心意気ね、セーニャちゃん!」
「かっこいいよセーニャ!」
「うん!槍を扱えるなんてすごいな!」
「まさか、セーニャがな」
驚きと共に皆から褒められ、ホッとしたように、とても嬉しそうに笑うセーニャ。
――姉のベロニカは、優しげな眼差しでその姿を見つめていた。
まだ新しい記憶。
ダーハルーネで三人が狙われたこと。
カミュが人質になったこと。
エルシスとユリの何よりも辛そうな姿。
その出来事は、セーニャにとっても心苦しく、自分はどうあるべきか悩ませていた。
…いや、きっと、その前からだ。
デスコピオンにユリとカミュが襲われた、今までで最大の危機から。
勇者を守る――それが聖地ラムダに生まれた一族の使命だ。
いつからかそれは、一族の使命だからではなく、大切な仲間だからという理由に変わっていた。
勇者のエルシスだけではない。
ユリもカミュも、シルビアだってそうだ。
命を懸けても守りたいと思える大切な仲間――。
セーニャがそう直接ベロニカに言ったわけではないが、片割れであるベロニカには分かっていた。
何故なら、彼女も同じように思っていたから。
(あたしも、もっと強くならなくちゃ)
そうベロニカがぎゅっと握り締めたのは、セーニャと一緒に買った『ピオラの杖』
翼を象った洒落た見た目だけでなく、すばやくなる呪文を封じ込められた魔法の杖だ。
「師匠の杖も素敵だね」
「うん!翼のモチーフ、すごくかっこいい!!」
そう笑いかけるユリとエルシスに、ベロニカはにっこり笑って、
「最強の魔法使い、ベロニカさまにぴったりの杖でしょ」
と、いつものように自信満々に答える。
「フフフ……アタシもね、一目惚れして買っちゃったの」
そう次にジャーンとシルビアが見せたのはカラフルな色のムチ――『みわくのリボン』
「シルビアにぴったりだ!」
「ありがと、エルシスちゃん!エルシスちゃんは結局買わなかったのね?」
そう言うエルシスはうんと曖昧に笑う。
エルシスは銀色に美しい刀身の『はがねのつるぎ』と、これまた黒く光るかっこいい『シャドウエッジ』のどちらを買うか、悩みに悩んで結局買わなかったのだ。
「今ある剣を最大までふしぎの鍛冶台で鍛えようかなって思って…」
その言葉にカミュは「お前らしいな」と呆れながら笑う。
「みんなは先に宿屋に行っててくれ。うるさくないよう、僕はどこか人気のない場所で鍛冶をやってくるから」
「ほどほどにしとけよ?」
「そうよ!近々試合なんだから!」
全員、困った顔をしつつも。
止めないのは無駄だと分かっているから。
普段はのほほんとしてるのに、案外頑固なのだ。この勇者は。
「結局、ユリとカミュも何も買わなかったのね」
「私は新しい矢を買い足したよ」
ベロニカの言葉にユリは答える。
本当はカミュも新しいナイフを買っていたのだが。
『これは明日、ちょっと驚かせたいことがあってな。秘密にしといてくれ』
そうイタズラっぽく笑って口止めされたので、ユリは黙っていた。(明日の試合で使うのかな?)
――そして、翌日。
「これからの時代、闘士は強いだけじゃダメだ。スキンケアにも気を使わないと……お客さんも肌荒れした闘志なんて見たくないだろうし。アンタの肌もなかなかイケてるけど、オレに比べたらまだまだだな!もっとツルツルになろうぜ!」
……と。3階の闘技場で抽選会が始まるのを待っていたエルシスは、さっそく見知らぬ美意識高い闘士に絡まれていた。
「もうっエルシスちゃん、夜更かしなんてするからよ〜普段のエルシスちゃんのお肌だったら勝ってたわ!」
そのシルビアの言葉に「ハハハ…」と彼は乾いた笑みを浮かべる。
昨日は遅くまで鍛冶台をしていただけでなく、ひょんなトラブルと出会いもあり、すっかり寝るのが遅くなってしまったのだ。
そして、いつも早起きが苦手なエルシスだったが、朝早く起きて、カミュに手合わせをしてもらった。
「ふあぁ」
「おいおい、大丈夫かよ?」
大きなあくびをするエルシス。
他の出場者は、
「きききき、緊張してきたなななな。抽選会が始まる前に、もう一回剣の素振りでもしておこうかなななな」
という風に。こちらが心配になるほど緊張をしている者もいるというのに。
エルシスは立ったままうつらうつらしていた。(ある意味、大物だな…)
「まったく、緊張感がないな……。もしかして、お前も参加する気なのか?」
次に声をかけて来たのは神経質そうな神官の男だった。「はい」とエルシスは素直に答える。
「ならひとつ、忠告しておいてやろう。近頃、大会参加者を狙ったぶっそうな事件が起きているそうだ。くわしいことはわからんが、せいぜい気をつけることだな」
男の言葉にぽやんとしながらエルシスは頷いた。
「ちょっと気になる話ね」
神妙な口調で言ったシルビアに「ああ」とカミュも同じような口調で答える。
「こんだけ大きな大会だからな。優勝を狙う者が候補を潰すために手回ししたか、賭け事が絡んでいるか……。どっちにしろエルシス。警戒しろよ」
「…わかった」
エルシスは今度こそしっかりと頷いた。
屋上の会場に案内され、抽選会が行われる。
剣と剣が交差する巨大な闘士の像の下、それは行われた。
観客席は満員で、すでに歓声がすごい。
「レディースアンドジェントルメン!今年もホットな季節がやってきたぞ!準備はいいか!?今こそ戦いの時!」
司会者の男が声を上げると「おおーー!!」という観客の声がそれに答える。
「この戦いの聖地、グロッタ闘技場で今年はどんな名勝負が生まれるのか!?グロッタ名物、仮面武闘会いよいよ開催です!」
再び大きな歓声。ウマレースの時みたいだ…と、エルシスは思い出していた。
「それではさっそく……皆さまお待ちかね!誰がパートナーになるかハラハラドキドキ!運命の大抽選会を行います!私がこの箱からボールをふたつ取りだし、数字を読みあげます!呼ばれたその2名が晴れてパートナーとなります!」
どうか、カミュかシルビアとパートナーになりますように――エルシスは心の中で祈る。
「仮面武闘会は2対2で戦うタッグマッチ!選ばれたパートナーとチカラを合わせ、優勝を勝ち取ってください!」
それでは始めます!――司会者者は箱からボールを取り出した。
「番号11!おーっと最初に選ばれたのは初参加の11番の方でした!さあ、11番の方、ステージにどうぞ!」
「あら、早速エルシスちゃんが呼ばれたわね」
エルシスは変わらない表情とは裏腹に、ドキドキしながらステージに上がる。
「さあさあ、誰だ誰だ!11番のパートナーは誰になるのか!?」
再び司会者者は箱の中に手を入れて、一つのボールを掴んだ。
「8番!8番が選ばれました!」
カミュは12番で、シルビアはその次の13番だ。
エルシスは内心がっかりしながら、ステージ下を見る。
「それでは、番号8の方、ステージにどうぞ!」
司会者に呼ばれ、"彼女"はどこか優雅な足取りで階段を登り、ステージに上がった。
艶やかな長い黒髪を頭の上に一本に結び。
紫のバタイフライ仮面の下でも分かる、華やかで美しい顔立ち。
綺麗な女の人だと素直に思ったと同時に、エルシスは、
(めちゃくちゃ強そう……!)
そう印象を受けた。上品な雰囲気を醸し出してるが、しなやかに鍛えぬかれた体型は、武術を嗜むそれだ。
「よろしくね」
8番の女性は口許を魅惑的に上げ、右手をエルシスに差し出す。
エルシスがその手を握ろうとした時――
「ちょっと待ったぁ!!」
すっぽり顔を覆う仮面を付けた老人が、そう叫んでステージに乱入してきた。
「どこのウマのホネかもわからんヤツに姫の相棒などまかせられん。この抽選は取りやめてもらおう」
突然、抗議をする老人。
エルシスは、姫…?と首を傾げる。
「し……しかし、そう言われましてもこれは規則ですので……」
困惑する司会者に、何やら老人は耳打ちした。
「えっ!!」
驚く司会者。
「ただ今、聞いてまいります!」
そう言うと、急いでどこかへ確認しに行く。
当然どよめく会場。
何がなんだか分からずエルシスも唖然とする。
「はあ……。まったく、ロウさまったら……ごめんなさいね」
独り言の後に、女性に謝罪されて、エルシスは「いえ…」とだけ答えた。
程なくして司会者の男は帰って来た。
「と……特別招待枠として、8番の選手はこのご老人のパートナーに決定いたしました!11番のパートナーは選びなおしとなります!」
司会者の発言にその場は、困惑の声とブーイングの嵐だ。
「おい!いったいどういうことだ!」
「きたねえぞ!公平にやりやがれ!」
当然、出場者からも不満が飛び出す。
「ど……どうかお静かに!こちらは決定事項ですのでもうくつがえることはありません!そ…それではっ11番のパートナーを選びなおします!」
司会者は強引に抽選会を決行した。
箱に手を入れる司会者を見て、エルシスはチャンスだと、再びカミュかシルビアとペアになれるように祈ってみる。
「7番!7番の方、ステージにどうぞ!」
またもや違った。
「やあ、オレみたいだな」
返事は出場者たちの後ろから響いて、彼らは驚きに振り返り、先程とは違うざわめきが起こる。
「ハンフリーだと……?」
ハンフリー……どこかで聞いたことが。
「な…なんと前大会のチャンピオンであるハンフリー選手が11番の選手のパートナーとなりました!」
――そうだ。今も孤児院の子たちの面倒を見ている、優しき闘士。
「やあ、よろしく。一緒にがんばろうな」
片手を上げ、にこやかに声をかけるハンフリーに、エルシスは「よろしくお願いします」と答えた。
残念ながらカミュとシルビアとはペアになれなかったが、前チャンピオンとペアになれたのは幸運かも知れない。
その鍛えぬかれた屈強な身体と穏和な笑みに、エルシスは心強く感じた。
「なんだ、ペアはあんたか」
「ああ、お嬢さんのお仲間さんの……縁があるみたいだな」
カミュに――。
「ハ〜イ。私、シルビアって言うの。よろしくねんっ」
「……!!」
シルビアもペアが決まる。
抽選はその後も続き、司会者が読みあげる数字にある者はよろこび、ある者はなげき、会場は熱気に包まれたまま、抽選は終わった。
「明日の予選すら突破できないなら、次に控えた本戦で戦うなど到底ムリだな。武闘会には、それほどの強者が集まるのだ。お前も、運だけでチャンピオンと組めて勝てたと思われたくなければ、実力で観客を黙らせることだな。フン」
――そして、さっそくエルシスは再び絡まれていた。
「チャンピオンとパートナーになれるなんてあんた、とんでもない幸運の持ち主だな。オレのチームと当たりませんように……」
「あんた、チャンピオンと組んだヤツだろ?武闘会で相手になったら手加減しないからな。お互い、いい試合をしようなっ!」
「気心の知れたサイデリアとペア組めてホントラッキーだったわん。これで優勝はあたしたちのモノね〜ん。……ボクちゃんもせいぜいがんばってね。いくらチャンピオンと組めたからって、それで勝てるほど武闘会は甘くないわよん」
通りすがりに、美人女闘士と名高い彼女たちにも言われる始末。
チャンピオンとペアになったルーキーということで、余計目立つらしい。
「よう、ハンフリーの相棒。今年の武闘会は抽選会からぶっとんでて面白かったな。まさか、一度決めたペアをくつがえしてキレイな姉ちゃんと組み直すなんて……。あのじいさん、ただもんじゃないぜ」
その言葉に確かに……とエルシスは思い出す。
あの老人は彼女のことを「姫」と呼んでいたが、何者だろうか。
出場者の中を探すが、その姿はすでになかった。
「よお、エルシス。お前、すでに人気者じゃねーか」
「カミュ」
現れたカミュの姿にエルシスは肩を竦めて答える。
「みんなにチャンピオンと組めてラッキーなルーキーって思われてるよ。僕もそう思うけどさ。やっぱり、カミュと組みたかったな」
「こればかりは、な。シルビアは気が合う相手だったらしく、早々に盛り上がってどっか行っちまったぜ?」
確かにシルビアの姿もない。
まあ彼は神出鬼没だから、またひょっこり戻ってくるだろう。
行きと同じく、エレベーターを使って下に降りると。(ちなみにエルシスは初めて利用して、こんな便利なものがあるのかと驚いた)
セーニャの姿がそこにあった。
「聞きましたわ、エルシスさま。パートナーが前大会のチャンピオンとはツイていましたわね」
もうどこかで噂になっているらしい。
エルシスは曖昧な笑みを浮かべる。
「でも、私はエルシスさまならおひとりでも優勝できると思ってますわ。ねっお姉さま、ユリさま……」
彼女は二人の名前を呼んだが、そこには二人の姿はない。
「あら?さっきまでご一緒でしたのに……」
「二人とはぐれたってこと?」
エルシスがそう言った途端、彼らの耳に喧騒が届く。
「外が騒がしいですね。なんだかイヤな予感がします……」
「だな……。行くぞ」
三人で橋の方に向かうと。
「ちょっと!どこ見て歩いてんのよ!」
「ったく、うるせえガキだな。てめえがチビなのがいけねえんだろ!」
「ハァ!?なに言ってんの、この筋肉ダルマ!そっちからぶつかってきたんでしょ!ゴメンのひとつも言えないの!?」
「チッ!クチの減らねえガキだ!オレは抽選会が最悪の結果に終わってむしゃくしゃしてるんだよ!」
大男と言い合いになってる小さな少女は――もちろんベロニカだ。
「それとこれとは関係ありません!彼女を突き飛ばしたことを謝ってください」
ユリが毅然と反論してるところを見て、100%悪いのはあの大男だとエルシスもカミュも結論づけた。
「っなんだと……!!女のくせして生意気言いやがって!!」
「女のくせにって何よ!?もう怒ったわッ!ユリ、下がってなさい!!」
「し、師匠……っ!」
さらにベロニカが割って入り、一発触発。
「お姉さまっ……!」
「まずいぞ、エルシス!」
「うんっ助けに行こう!」
「――いい大人が八つ当たりとはな。見苦しいぜ、ガレムソン」
三人が乱入する前に、穏やかだが、有無を言わせないような声が響いた。
「ああん!?誰だ!?」
振り向いたガレムソンは、
「チャ…チャンピオン……」
その姿を見て、急に態度を萎縮する。
「抽選の結果が望ましくなかったからといって、子供にあたるなんてみっともないぜ。パートナーが誰であろうと闘士なら全力で戦うのみ……だろ?」
「あ……ああ、そうだな。チャンピオンのあんたがそう言うなら……」
ハンフリーの言葉に、打って変わった態度でユリとベロニカに向き合うガレムソン。
「へへっ。悪かったな、お嬢ちゃんたち。それじゃオレはこのへんで……」
そう愛想笑いを浮かべると、そそくさと彼は退散した。
「お姉さま、ユリさま!おケガはないですか!?」
慌てて二人に駆け寄るセーニャ。
「よお、相棒。このコたち、あんたの知り合いだったんだな。この通り、お嬢ちゃんたちは無傷だ。何事もなくてよかったよ」
「ありがとう、ハンフリーさん」
エルシスのお礼の言葉に「良いってことよ」と彼は人の良い笑みを浮かべる。
「それじゃ、子供たちがハラをすかせて待ってるんでこれで失礼するよ。明日から始まる武闘会、絶対に優勝しような!」
背を向けるハンフリーだったが「そうそう!」と思い出して、再びエルシスに振り返る。
「明日の試合前には宿屋まで迎えにいくから、ちゃんと寝て、しっかり体調をととのえるんだぜ!」
最後にエルシスにそう言って、今度こそハンフリーは颯爽と去っていた。
「良い男じゃな〜い!さすが、前チャンピオンの貫禄があるわね」
「っ、シルビア!」
エルシスが考えてた通り、シルビアは神出鬼没にいつの間にかそこにいた。
「ベロニカちゃんも無事だったし、今日はもう明日の予選に向けて、ゆっくり休みましょ」
「そうだね……。僕も寝不足だし」
シルビアの言葉にエルシスは賛成する。なんだか疲れた……精神的に。
彼らは宿屋に向かう。
「あの、ハンフリーさまというお方。チャンピオンと言われるだけあって、ものすごい貫禄ですわね。あの優しげなキレ目の奥から並々ならぬ闘士が感じられましたわ。さすがチャンピオンは違いますわね」
ハンフリーについて感想を言うセーニャの隣で、真逆のことを言うのはベロニカだ。
「あのガレムソンとか言うヤツ、ほんっとーにムカつくわ!あたしたちには威張りちらしてたクセに、チャンピオンのハンフリーって人にはへこへこ謝っちゃってさ!」
彼女が憤怒するのも無理はない。
ユリも彼に対しては悪い印象しかない。
「でも……、師匠に怪我がなくて良かった」
「あんたも!あんな言い返しちゃって危ないんだから……。ハラハラしたわよ!」
「かね同意だが、ユリもお前にだけは言われたくないと思うぞ」
「相手によって態度を変えるああいう男、大っ嫌い!エルシスもああならないよう気をつけなさいよ!」
「えっ、僕?」
思わぬ流れ弾に当たったエルシス。
ああなるように見えるのだろうかと地味にショックを受ける彼に、ユリが懸命にフォローしながら励ます。
「ベロニカのやつ……。元気なのはいいコトなんだが、少々威勢がよすぎるのが玉にキズだよな」
カミュの言葉に、それにはエルシスもユリもこっそり頷いて同意を示した。