純朴青年〜山と海の出会い〜

 エルシスは皆と別れて一人、鍛冶をやるのに最適な場所を探していた。


 すると、何やら通路の奥に人影が見える。


「このチケットがあれば、いい席で大会の試合が見られるぜ。今なら破格の値段で……」
「ナギムナー村からはるばる武闘会っちゅうのを観にきたんだけど、都会にもいい人がいるもんさぁ〜。故郷のばあちゃんが持たしてくれた金で買える値段でよかったさぁ〜」

 チケット……。観戦するにはチケットがいるのか。ユリたちの分も用意してあげたいとエルシスは考える。
 三人分のチケットが余ってないかな――。
 二人の取り引きが終わったら聞いてみようとエルシスはその場で終わるのを待った。

「チケット買ってくれてありがとな。ところで……幸運グッズに興味はないかい?これを持ってれば女の子にモテモテ……」
「武闘会のチケットだけじゃなく、幸運グッズもお安く売ってくれるなんてこの人はなんていい人さぁ〜」

 ………………んん?

 その会話を聞いて、あの男は怪しくないか?とエルシスは思い当たる。

 カミュが言っていたことだ。
 上手い話には罠がある…と。

 特に、儲かる・幸運・異性にモテるなど…話に出して来たら、そいつは間違いなく詐欺と思えと。

 それはまだエルシスとユリとカミュで三人旅をしていた頃に、世間知らずでお人好しと、危うい二人にカミュが言い聞かせた彼の知恵袋だった。

 相手の青年を見ると、自分と同い年ぐらいの、いかにも田舎から出てきましたという感じの純朴青年。
 昔の自分を見ているようだ。

 これは見過ごせないと――。

 エルシスはその教えと、自分の良心に従い、そしてお人好し精神を存分に発揮した。

「あの」
「な、なんだあんたは?こっちは今大事な話をしてるんだ。向こうに行ってくれよ」
「その幸運グッズは本物なんでしょうか?」
「は、はあ!?イチャモンつける気か!?」
 動揺する怪しい男に、エルシスはさらに疑惑を深める。
「ねえ、君。チケットはいくらで買ったんだ?」
「2万ゴールドでさぁ」

 青年の言葉に「2万ゴールド!?」と、エルシスはすっとんきょんな声を上げる。

 高い、高すぎる。最初は金銭感覚が分からなかったエルシスだったが、旅をするうちに、鍛冶で造った装備品を売ったりなどし、一般的な物価の値段は熟知していた。

 いくら人気の闘技場のチケットといえ、サマディー王国でのサーカスだってそんな高額な値段はしない。

「ぼったくりですね」
「なっ何を根拠に……!?」
「じゃあ僕と一緒に会場の人に確認しにいきましょう」
「…っま、待て待て。すまない、それは特典付きのプレミアムチケットの価格だった」

 あからさまに怪しい男は態度を急変させ「一般チケットは2000Gなんだ。ほら、お釣り」と、残りの金額を純朴青年に返した。

 2000Gって、えらく高く吹っ掛けたなとエルシスは呆れる。桁が一つ違う。

「ちなみに、あとチケット三枚余ってる?余ってたら買いたいんだけど」
「お客さん、ラッキーだぜ。あと残り三枚なんだ」

 調子の良い怪しい男に「もうそんな悪どいことしたらダメだよ」とお金を払い。「まいどあり!」と、男は逃げるように去っていた。

 何はともあれ、エルシスは会場のチケットを手に入れた!

「どこぞの誰かは存じないけど、なんて優しい人だ。ばあちゃんが昔言ってたさぁ〜人の真心を信じなさいって……。それは都会も田舎も変わらんさぁ〜」

 にこやかに笑う純朴な青年に、エルシスもつられて笑う。

「じゃあ僕もこれで……」と立ち去ろうとしたエルシスを、純朴な青年は引き留める。

「ぜひ、お礼をさせてくれ!ばあちゃんが言ってたさぁ〜。良くしてくれたらちゃんとお礼をしなさいって」

 引かなさそうな純朴な青年に、エルシスは「じゃあ…」と飲み物だけ奢ってもらうことにした。(おばあちゃんかぁ)

 エルシスに祖母はいないが、自分の祖父みたいな感じかなと考える。


 上の階の憩いの場に行くと、お酒は控えて二人はジュースを頼んだ。

 こちらも名物のぶとうジュースだ。
 ブドウのスッキリした甘さがおいしい。

「へぇ、君はナギムナー村って所から来たんだね」
「ここからぐーーーーんと南にある小さな漁村さぁ〜。青い空、白い砂浜が広がるのどかな良い場所なんさぁ」
「海の村かあ」

 確かに彼は短髪に浅黒い肌をしており、海の青年という雰囲気だ。
 凛々しい眉に、澄んだ少し色素の薄い目。
 好青年という印象も受ける。

「僕はここから南にあるデルカダール地方の、渓谷地帯にひっそりとある村出身なんだ」
「山に囲まれた村かぁ〜オレずっと海の側で育ってきたから、都会もびっくりだけど、山もどんな暮らしか想像できないさぁ〜」
「ははっ、僕もだよ」

 山と海で違えど、お互い田舎出身。

 平均年齢の高さや村の皆は全員顔見知りとか。都会の人の多さに驚いたなど……田舎あるある話で二人は盛り上がった。

「都会には悪い人がいるからね。特に、儲かる・幸運・異性にモテるとか、そういう話を持ちかけてくる人は注意だよ」
「ほぅほぅ」
「あとは人気のない場所とか暗い場所には行かないとか…」
「ふむふむ」
「物を買うときは色んな店を見て回ると相場が分かっていいよ!」
「エルシスくんはオレと同い年なのにすごくしっかりしてるさぁ〜」
「いやいや〜」

 感心して頷く純朴な青年は、尊敬の眼差しでエルシスを見て、彼もまんざらでもないと笑う。

 すべてカミュからの受け売りだが。

「そんなエルシスくんが育ったイシの村にいつか行ってみたいさぁ〜」

 何気ない無邪気なその言葉に、エルシスは思わず胸がズキリと痛む。
 曖昧な笑みだけ浮かべて答えた。

 ――あの、のどかで自然豊かなイシの村はもうないからだ。

「…僕は、仲間と旅をしてるんだけど、もしかしたらナギムナー村に行くかも知れないな」
「お仲間さんと一緒に旅は楽しそうさぁ〜。もし、ナギムナー村に来ることあったら魚をいっぱい食べてくれ!」
「うん!おいしそうだ!」

 その後、エルシスは自分が今度の武闘会に出場することなど話した。

「じゃあオレ、エルシスくんを応援するさぁ〜!」
「ありがとう!」

 太陽のような眩しい笑顔でエールを送られ、エルシスは新しい気合いを入れる。

 彼と別れた後、よーしやるぞぉ!と金槌を握り締めて。
 人気のない広場に、カンカンカンと音は夜更けになるまで響いた。


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