仮面武闘会〜予選大会

「おはよう、エルシス!今日は予選試合だ!さっそく闘技場に行こうぜ!」

 ――約束どおり翌日、ハンフリーはエルシスを迎えに来た。

「さあ、いよいよ予選試合よ!頑張りましょうねんっエルシスちゃん、カミュちゃん!」

 闘技場へと彼らは向かう。

「エルシス、カミュ、シルビアさん、頑張って!観客席から応援してる!」
「絶対優勝してみせるさ!」
「おう!」
「華麗なショーにしてみせるわ!」

 ユリのゾーンになりそうな応援に、それぞれ答える三人。

「きょ…今日は、い…いよいよ。ぶ…ぶ…武闘会の、よ…予選ですわね。ごごご…ごめんなさい。私ったら、出場しないのに、き…き…緊張してしまって。エルシスさまはだ…大丈夫ですか?」
「う…うん。セーニャこそ大丈夫?落ち着いて…一緒に深呼吸しよう」

 そわそわして噛み噛みなセーニャを、逆にエルシスは心配した。
 スーハー…スーハー…と一緒に深呼吸をする。

「たしかに、他の出場者たちも強そうなヤツらばっかりだけど……そんなこと気にすることないわよ。なんてたってエルシスは、使命を帯びた勇者さまなんだから。一般の闘士なんて目じゃないわ」

 力強く、エルシスを励まそうとするベロニカに「むしろお前の妹の方が緊張で倒れそうだぞ」と、カミュは冷静に言ったが彼女は聞いちゃいない。

「さーエルシス!思う存分暴れてきなさい!絶対優勝を勝ち取ってくるのよ!」

 ビシッと闘技場を指差して言うベロニカ。
 当のエルシスは、セーニャに「手のひらにヒトという字を書いて飲み込むと〜〜」と緊張を解消するアドバイスをしている。

「ははは!愉快な仲間たちだな!」
「いつもこんな感じです」

 ハンフリーの言葉に、呆れるのではなくにこやかに、だが真面目に答えるユリ。

 もはやつっこむ気力はカミュにはない。


「いい?あたしが魔法をドババーッとやるから、そのスキにあんたがガーッとダダダッとやるのよ!」
「ドババーッガーッダダダッだな!がってんしょうちだぜ!」

 そんなんでよく通じるな……と、作戦会議をしている二人組の闘士を横目に、カミュはエルシスに最後の言葉をかけた。

「いよいよ、武闘会の予選が始まるな!絶対に優勝しなきゃならねえんだ。いっちょ気合い入れていこうぜ!」

 第一試合は抽選会の引いた番号順で、早々にエルシスの試合だからだ。

「うん…!もし、お互い当たったら、正々堂々勝負しよう!」

 気合い十分に、エルシスはグッと拳を握り締めてみせる。

「ウフっ、エルシスちゃんとカミュちゃんの試合も見てみたいわね」


「――エルシス。いよいよ、試合が始まるぞ。準備はできてるだろうな?」

 ハンフリーの問いに「はい」としっかりと答えるエルシス。

「ようし、いい返事だ!それじゃあ一発ぶちかますとするか!」

 闘技場に入ると、外は昨日と同じ青天だったが、昨日より観客席の熱気は凄まじかった。

「お待たせいたしました!ただ今より、予選第1試合を行います!」

 昨日と同じ司会者が、声高々に仮面武闘会の開始を知らせる。

「ハンフリー・エルシスチーム!ガレムソン・ペロリンマンチーム!舞台へ!!」

 左右からステージに上がる両チーム。

 歓声の中、エルシスはステージに立つと、自分の名前を呼ぶ声が聞こえて、そちらに振り返る。
 手を振り応援するユリ、ベロニカ、セーニャの姿が。

 そうか――ウマレースのときと違い、僕は"僕"としてここにいるんだ。
 エルシスは彼女たちに片手を上げた。
 勝ちにいくという決意を込めて。

「ほお、ガレムソンか。この間の一件といい、つくづくお前とは縁があるようだ」
「チッいきなりチャンピオンが相手か。オレっていうヤツはどこまでもツイてないぜ……」

 対戦相手は直前まで知らされない。ガレムソンとベロリンマンには、エルシスにもそれぞれ縁があった。
 ユリを助けてくれた人と、昨日、彼女とベロニカを危険な目に合わせた人と、まったく真逆な縁だ。

「おい、相棒。作戦はわかってんな?チャンピオンのほうは後まわしにして、まずはあの兄ちゃんをたたきのめすんだ」

 ばっちりエルシスに聞こえる声量でガレムソンは言った。
 それも作戦の内かも知れないが。

「チャンピオンひとりならまだ勝機はある。キングスライム級の重量を誇るオレらのケツで、ハンフリーの野郎を押しつぶしてやろうぜ!」
「ベロッベロッベロロ〜ッ。大会に優勝したら女子にモテるベロン。だから、がんばるベロ〜ン」

 対して、エルシスたちは。

「狙いがあんたなら、攻撃はオレにまかせてくれ!やつらの攻撃に耐えてくれればいい」

 というハンフリーの言葉に、エルシスは素直に頷いた。(でも、チャンスがあるなら僕だって攻撃を仕掛ける…!)

 エルシスは片手剣を背中から引き抜き、キッと敵チームに身構える。
 
「両チーム、気合い十分!準備もととのったようです!それでは、予選第1試合……」


 ――はじめ!!


「こいつらはれんけい技を使う。気をつけろ!」
「オレたちの重量級の攻撃!くらいやがれ!」
「ベロベロ〜ン!いっぱいがんばるベロ〜ン」

 それぞれが同時に言葉を発し、地面を蹴る。

「ウィングブロウ!」
「てッ!!」

 先制攻撃を仕掛けたのは、ハンフリーだ。
 武器の両手で装備した爪で素早くガレムソンを切り裂く。
 シュンッと大きく風を切る音は、まさに技名の通り。

「ベロ〜ン!!」
「ふッ…!」

 ベロリンマンの跳び蹴りをエルシスは剣で防いだ。
 だが、重量を誇るという彼らの言葉通り重い攻撃に、後ろによろめく。(まともに喰らえないな……!)

「ソードガード!」

 それはダーハルーネでホメロスが見せた剣技。
 エルシスは次の攻撃に備える。
 狙いは自分だからだ。

「そんな細っこい武器じゃオレの攻撃は防げねえぜ!!」

 今度はガレムソンが突っ込んできた。
 カキンッ――!
 鋭い音と共にガレムソンは弾かれる。
 
「後ろががら空きだぞ!タイガークロウ――!!」

 再び、ハンフリーの力強い攻撃が炸裂。
 優勢な前回チャンピオン&ルーキーチームに、歓声が湧いた。

「チッ…長期戦は不利だ!一気に片をつけるぜ!!」
「必殺!れんけい技ベロ〜ン!」

 二人は息ぴったりに空高く飛び上がると、ガシッとお互いの両手を握り合う。

「「ケツッ!!」」

 ガレムソンがそのまま上に反転し、背中合わせになれば。

「………!!」

 見上げる先。二人の特大ヒップを強制的に見せつけられ、エルシスは精神的ダメージを受けた。
 まさにキングスライム級の尻が二つ…いや、割れてるから四つ……?そんなことはどうでもいい。

 とにかく非常にむさ苦しい。

「「ダブルヒップアタッーーク!!」」

 ベロン。ガレムソンとベロリンマンは横に高速回転しながら、隕石が落ちるがごとく突っ込んで来た。

「ぐぅっ!」
「ぐあっ…!」

 二人は避けることも出来ずダメージを受ける。

「…っあのれんけい技は厄介だな!」
「ハンフリーさん…どちらか一人を先に倒しましょう……!僕もうあのれんけい技見たくないです」

 エルシスは死んだ目をしながら言った。

「そうだな、いけるか?」
「はい!」

 エルシスは力強く答える。

「なら、ガレムソンだ!!」

 ハンフリーのその言葉を合図に、二人は同時に駆け出す!

 素早くエルシスが飛び上がって剣をかざし、ハンフリーが腰を低くし、ガレムソンの懐に入った。

「はあぁ!!」
「そら!!」
「ぐはぁぁ……!!」

 頭上からのエルシスの攻撃と、横腹にハンフリーの攻撃が決まり、その場に倒れるガレムソン。

 あとはベロリンマンだけだ。

「こうなったら分身するベロ〜」

 分身……!?

「そんな技を使えたのか……!」

 四人に増えたベロリンマンを見て、エルシスは戦く。
「落ち着けエルシス」
 ハンフリーがそれこそ落ち着いた声で彼に言った。

「本体は一体。あとはニセモノで攻撃すればすぐ消えるはずだ」

 攻撃……そうか!

「デイン!」

 エルシスは得意の魔法を唱える。
 聖なる雷がベロリンマンたちに落ち、ニセモノは消え去った。

「…!あんた、魔法を使えるのか。やるじゃないか!」

 ハンフリーに褒められ、エルシスは照れ臭そうな笑みを浮かべる。

「さあ!一気に畳み掛けようぜ!!」

 二人同時の攻めに、ベロリンマンは呆気なくその場に倒れた。

「そこまで!!」

 すぐさま司会者が入って来て、勝負を公平にジャッジ。

「勝者!!ハンフリー・エルシスチーム!!」

 その瞬間、会場から大きな歓声が響く。

 片手を上げ、答えるハンフリー。
 エルシスは自分の名前が観客席のあちらこちらから上がり、少々戸惑っていた。


「やるじゃないか、エルシス!思った以上の強さだな!あそこまで戦えるとは思わなかったぞ!」

 試合が終わり、控室に戻ると、ハンフリーが驚きながら彼に言う。

「ハンフリーさんはとても強かったです!速さも力もタフさもある!」
「ははは、褒めすぎだぜ」

 興奮ぎみに話すエルシスに、彼は控えめに笑って答えた。

「――次の試合が始まったみたいだな」

 次はカミュだ。エルシスは彼の勇姿を見なければと、闘技場入口にハンフリーと共に向かう。

「おお、すごいぞ!あの女武闘家!」

 観客席からそんな歓声が聞こえて来て、エルシスはその光景に目を見開いた。

 ――あのカミュの攻撃を、足技ひとつで防いでいる……!?

 カミュの素早い短剣攻撃をひらりと避け、次に来る攻撃を踵で受け止める。

 トン、そう地面に足をつく女武闘家――マルティナは、優雅さと共に余裕の姿であった。

 カミュは一旦、体勢を整えると。
 パートナーであるミスター・ハンと無言で顔を見合わせた。

 二人が頷いた瞬間、再び前に出るカミュ。

 素早い短剣の攻撃を、マルティナは脚で受け止めるだけでなく、今度はもう片方の脚で蹴り上げた。
 素早さと威力を備えたそれに、よろめくカミュ。
 その隙に、彼女の背後から現れたミスター・ハンが攻撃を仕掛ける――が。

「うわあああ!!」

 見ずともマルティナは下に避け、後ろ蹴りを喰らわした。

 強烈な一撃にミスター・ハンが宙を跳ぶ。

「すごい……」

 観戦してたエルシスが思わず呟く。
 まるで、暴れ馬の蹴りみたいだとエルシスは思った。
 走ることに特化した馬の脚は、細いが瞬発力があり。人間がそれをまともに受ければ、骨が折れてしまうぐらいだ。

 弧を描き、地面に叩きつけられたミスター・ハンはそのまま気絶する。(カミュ……!)

 二体一だ。何故か向こうの老人――ロウは、彼女の後ろで傍観を決め込んでいるが。

 カミュは鋭く見据えると、地面を蹴った。

 サシでの勝負。

 蹴りと短剣――二人は激しく攻防を繰り広げる。

 息つく暇もないその光景に、観客も歓声を忘れ、勝負の行方を見守っていた。

 カミュが攻撃すれば、マルティナは防ぎ。
 マルティナの反撃に、カミュもひらりと躱すが。

「くそっ!脚が見えねえ!こいつ、なにもんなんだ!?」

 焦燥するカミュとは反対に、マルティナは余裕の笑みを浮かべている。

「――チッ!あのジジイ、余裕かましやがって!」

 カミュがちらりと見ると。彼女のパートナーであるロウは後ろに手を組み、未だに静観したままだ。
 にんまりと仮面の下で笑う。
 ……自分の出番は必要ないということか。
 
(ラチが明かねえ!決勝戦まで取っておきたかったが……――)

「!」一瞬目を放した隙にマルティナの姿がない。

 背後か――!!

 マルティナが脚を上げのると、カミュが振り返るのは同時だった。

「ッ!」

 予期せぬ方向からの攻撃。ぴりっとした痛みを感じ、マルティナは後ろに跳び引く。
 露になっていた彼女の太股からツーと血が流れた。

「二刀流――」

 マルティナの目に、左手だけでなく右手にも短剣を持って構えるカミュが映る。「へっ」とカミュは不敵に笑った。

「よくも姫のおみ足にキズを……!!」
「ロウさま」

 初めて動いたロウだったが、すぐにマルティナが手で制止する。

「思ったよりやるわね、坊や」
「……おいおい。その坊やはねえだろ」

 再びカミュはマルティナに向かって駆け出す。

 二刀流によるキレが増した攻撃。

 逆手持ちから瞬時に持ち変えての突きのような攻撃では。
 その切っ先が先程よりマルティナに届いた。
 彼女の髪が数本舞う。

 互角の戦いに、観客席からどちらの闘士も応援する声が響く。

「カミューー!!勝って!!」

 その中にはユリの声援も――。
(…期待には、応えねえとなぁ!)

 もう一歩、踏み込む。
 
 途端、ずっと応戦して来たマルティナからの反撃はなく、スッと彼女は横に避けた。(しまっ……!)

 体勢を崩すカミュ。

「――可愛い子ね。恋人かしら?」
「は……!?」
「スキだらけよ、坊や」
「ッぐああ……!!」

 カミュは避けようもなかった。

 マルティナが宙を華麗に一回転する。
 完璧なムーンサールトは、完璧にカミュの顎を蹴り上げ、彼は大きく後ろに倒れた。
 同時にマルティナも軽やかに着地して。

「くッ…………」

 それでも起き上がろうとカミュはしたが……急所の顎を蹴られて、脳を揺さぶられてはどうにもならない。やがて、意識を飛ばす。

「そこまで!!勝者!!ロウ・マルティナチーム!!」

 司会者は勝敗のジャッジを降した。

 直後――

「……!?姫っ……!」

 突然、片膝をついたマルティナ。ロウは急いで駆け寄る。

「一体どうしたというのじゃ……」

 ――これは、麻痺?

 マルティナはカミュの手に握られている武器を見る。(あれは……、"どくがのナイフ"!)

 昨日、カミュがグロッタの武器屋でこっそり購入したものだ。
 カミュは二刀流で不意討ちを突いただけでなく。

 その攻撃に賭けていたのだ。

 例え掠り傷でも傷さえ付けられれば、刃に塗られた毒は傷口から体内に吸収される。

「油断も隙もない小僧でしたな……」
「ええ……」

 キアリク――と、ロウは唱える。マルティナから麻痺毒が消え去った。

「あと少し……粘っていたら、私に勝ててたわ。"坊や"」

 大人しく、防御に専念していたら。(勝負に勝って、試合に負けた……というところかしら)
 口元に笑みを浮かべながら気を失っているカミュを見下ろすマルティナ。

 白熱した試合に大きな歓声を浴びながら、彼女はロウを連れて颯爽とステージを後にした。


「こいつはたまげた……。あの姉ちゃん、相当できるぜ…」

 神経質そうな神官の驚く声も、今のエルシスには右から左へと流れた。茫然とする。

 あのカミュが負けた――。

 カミュの長所である素早さも反応速度も上回るような攻撃。
 衝撃とショックを受けるが、同時に誇らしさもあった。

 最後までカミュは食いついたんだ。

 いつの間にか"二刀流"という特技まで身に付けて。

(やっぱり、カミュはすごいなぁ)

 優勝を争うならロウ・マルティナチームとも戦うだろう。そしたら。(僕がカミュの分まで戦うんだ!そして、絶対勝つ……!!)

 逆にエルシスは闘争心を燃やし、ふぅーっと息を吐き出した。

「なあ、ハンフリー。さすがのあんたもうかうかしてられねえんじゃねえか?」
「ああ、そうだな……――」


 その後もエルシスとハンフリーは危なげなく予選を勝ち進み。

 ついに、決勝トーナメントへと進んだ!


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