仮面武闘会〜準決勝

「起きろ……起きろエルシス!今日から本戦だぞ!」
「……はへ……ハンフリーさん…?」
「よーし、起きたな!さっそく闘技場に向かおうぜ!」

 今朝のエルシスはハンフリーの声で目を覚まして、寝惚け眼のまま連行されて行った。

 エルシスとは別に、闘技場へ向かったシルビアを除いた四人は――宿屋で朝食を食べながら昨日の各々の情報共有をする。

「行方不明事件についてアタシもいろいろ調べてみたけど全然ダメね、収穫ゼロよ」
 ため息混じりに言うベロニカ。
 他の三人も同じように目ぼしい情報は得られなかった。
「オレも今回はお手上げだな……。まず、目撃情報がなさすぎる」

 首に手をそえ頭を動かすカミュ。
 どうやら昨日の夜遅くまで情報収集をしていたらしく、肩が凝ったようだ。

「あの女武道闘家とおじいちゃんがアタシはあやしいと思ってたけど……。手がかりはつかめなかったわ」

 ベロニカの言葉に、ユリは昨日の出来事を話すことにした。
 教会に賊が入ったことはエルシスと共に伝えたが、ロウに出会ったことはまだ話していなかった。

「賊が入って大変だったと聞いたが……その前にそのじいさんに出会したのか。行方不明事件といい何か関係があるのかな」
「最近、ウワサになってる行方不明事件や孤児院に入った賊といい、なんだかぶっそうな事件が続きますね……」
「やっぱり、あたしはあの二人が怪しいと思うわ!」

 結局、感想を言い合うだけで話は進展しないまま終わった。

「まあ、とりあえず今は、エルシスとシルビアのおっさんを応援してやろうぜ――」


「試合に負けた私たちにできることはただひとつ……気合いを入れた応援をして武闘会の会場を盛り上げることよ!」

 エルシスがハンフリーと共に闘技場へ向かうと、いつぞやの二人組が再び盛り上がっていた。

「私が口笛でピッピッピッとやったら、あんたは手拍子をパンパンパン!最後に太鼓をドドーーンッとやるのよ!」
「ピッピッピッのパンパンパン、最後にドドーーンッだな!がってんしょうちだぜ!」

 大雑把だが勢いがすごい――出場するエルシスより張り切っているような気もする。

「フンッ!まだまだこんなモノじゃダメだ!たとえ、みんながお前の強さを認めてもオレだけは絶対に認めんぞ!」

 待ち構えていたように声をかけて来たのは、何度かエルシスに絡んできたあの神経質そうな神官だった。
 エルシスは「頑張ります…」と曖昧に笑って答えるだけにした。

「よう、エルシス。いよいよ、試合が始まるぞ。準備はできてるだろうな?」
 予選のときと同じように、ハンフリーの問いに「はい」とエルシスはしっかりと答える。
「ようし、いい返事だ!それじゃあ一発ぶちかますとするか!」

 闘技場に出ると、再び大喝采がエルシスを迎えた。

「さあ!始まりました!仮面武闘会、決勝トーナメント!栄えある最初の試合は……」

 司会者は声高々に二組のチームを紹介する。

「優勝候補の筆頭……ハンフリー・エルシスチームと……グロッタが誇るお色気美人コンビ!ビビアン・サイデリアチームとの戦いだ!」

 両チーム、ステージに上がると。

「ビビアンでーす」
「サイデリアでーす」

 お色気ムンムンに自己紹介した二人に、ステージから凄まじい歓声が起こった。

「うおおおおおおおーーーーー!!いいよーーー!!ビビアンちゃーーーん!!サイデリアちゃーーーん!!」
「お色気美人コンビの登場に会場は大いに盛り上がっております!私のテンションも最高潮です!」

 司会者が私情を挟んでいいのだろうかと、エルシスは思う。

「両雄、並び立たず!!果たして勝つのはどちらなのか!?」
「エルシス。色香に惑わされるなよ。決勝トーナメントまで勝ち上がった相手だ。本気でいくぞ」

 司会者の声が響くなか、ハンフリーが隣のエルシスに言う。
 こくりと神妙に頷いた。

「それでは、決勝トーナメント第1試合……はじめ!」
「うふふ。アタシの魔法でコテンパンにしてあげる♪」
「あたいのあっつ〜い剣技でメロメロに見とれなよ!」

 背景にハートが見えそうなおいろけポーズを決めるビビアンとサイデリア。あざといぞ…!エルシスは別の意味で戦きながら剣を構える。

「見た目が可愛くても惑わされるなよ!(可愛い…)」
「はい!(確かに可愛い)」

 本心はどうあれ二人は攻撃を仕掛けた。

 向かってくる二人にビビアンは余裕の笑みを浮かべながら。

「あついわよ〜」
「っく!」

 ギ〜ラ!――彼女は呪文を唱える。
 炎の波が二人を襲う。

「かえん切り!」
「っ!」

 それを隠れ蓑に飛び込んできたサイデリア。その炎を纏う剣をエルシスは寸前で避けるが、掠め、エルシスの髪を焦がした。(二人の連携がばっちりだ…!)

「だったらこっちもお返しだ!」
 ハンフリーは自身が装備している炎のつめを掲げると。
「燃えつきな……!」
 そこから生まれた炎の玉がビビアンを襲った。

「きゃうん!」

 可愛い悲鳴を上げたビビアンはすぐさま自身に「ベホ〜イミ!」と唱える。(!魔法は厄介だな……)

「ハンフリーさん、先にビビアンさんを倒しましょう」
「そうだな」

 二人の標的がビビアンになる。
「いや〜ん、怖ーい」
 そう彼女は本心は思ってなそうな声で言ったかと思えば。

「――本気だしちゃお」

 急に声色を変えて、呪文を唱える。

「ベギラマ〜!」

 ギラの上位魔法がハンフリーとエルシスを襲った。「っ!」二人は左右に飛び退く。

 それはエルシスとハンフリーを分断させる彼女たちの作戦であった。

 ちゅっ――そんな可愛い音と共に、お色気たっぷりに投げキッスをするサイデリア。

「うっ…!」
「ハンフリーさん!?」

 それはただの投げキッスではなく、立派な攻撃である。
 ハンフリーにハートが直撃し、うっとり状態に。(あのハンフリーさんが…!なんて恐ろしい技だ!)

「これで決めるぞ!」

 剣を掲げるサイデリア。
 ならば、こちらも……!

「ラリホー!」
「ふ……………」

 エルシスはサイデリアに呪文を唱えると、彼女は眠りに落ちてその場に倒れる。

「眠りの魔法…!やるじゃない。でも、これで有利になったと思わないでね。ボ・ウ・ヤ」

 余裕の笑みを浮かべながらビビアンはフラワースティック片手にエルシスに向かってくる。

「!」

 臨戦体勢を取りつつも。近接攻撃を仕掛けてくるのか、はたまたそう見せかけて魔法攻撃をしてくるか。(どっちだ!?)
 思案するエルシスだったが――

「うっ…………」

 ビビアンが小さく呻き声を上げ、その場に倒れる。

「やれやれ、厄介な相手だったな」
「ハンフリーさん!」

 うっとりが解けたハンフリーが後ろからビビアンに一撃を喰らわしたのだ。

「そこまで!!勝者!!ハンフリー・エルシスチーム!!」

 まずは、決勝トーナメントを勝ち抜いた。
 虹色の枝まであと二試合――……


「いよいよ、大会も大詰め!準決勝、第1試合を始めます!まずは優勝候補の筆頭……ハンフリー・エルシスチーム!」


 トーナメント戦は三試合とも早めに決着が着き、すぐさま二人はステージ場に立っていた。


「対戦チームは……これまた異色のコンビ!まさか、ここまで勝ちあがるとは誰が予想できたでしょう!レディ・ザ・ハンサムチームーーー!」

 司会者が視線の先にはその二人がいない。
 彼は不思議そうに首を傾げる。
 先程までその場にいたのだが……?

「おーっほっほ!!アタシならここよ!!」

 直後、そんな高笑いと共に声は頭上から。
 その場の全員が見上げる。

 二人の闘士の像――重なる剣の上で、逆光のなか、小さな二つの人影。

「レディーーーー!」「マスク・ザーーー!」

 叫びながら空から降ってくる二人は――

「マッシブ!」「アンド、ハンサム!」

 着地をすると、息ぴったりにポーズを決めた。

「ふふ〜ん!エルシスちゃん!やっぱり勝ちのこると思ってたわよ!」

 彼らしい派手な登場シーンだ――エルシスが苦笑いを浮かべた。
 シルビアはダンスをするように回りながらエルシスに詰め寄り……

「今こそ、このシルビ……」
 言いかけてブンブンと首を横に降る。
「い…いや、このレディ・マッシブと」
「……シルビアだよね?」
「この"レディ・マッシブ"!!…と」
 
 エルシスの問いに再びそこをを強調して言うシル……レディ・マッシブ。

「どちらが上か白黒つけようじゃない!」

 ビシッとエルシスは宣戦布告を受ける。

「おっ?なんだ、エルシス。今度の対戦相手はお前の知り合いなのか?」
「おほほほほ!知り合いじゃないわよ!まったくもって知り合いじゃないわ!だって、アタシの名はレディ・マッシブ!」

 ハンフリーの言葉にそう返すシル……レディ・マッシブは、あくまでもそう主張し、エルシスは合わせることにした。

「はい、彼…彼女?とは初対面です!」
「そうよ!宿命の初対面よ!」
「……まあ、なんでもいいが」

 今度は「そして、こっちがマスク・ザ・ハンサム!」とレディ・マッシブはパートナーを紹介し、再び二人は息ぴったりにポーズを決める。

「やれやれ、にぎやかな人たちだな……」
「ともかく!やるからには真剣勝負!手は抜かないから覚悟しなさい!」

 意気揚々に二人に指を差すレディ・マッシブ。

「ふっ無論だ。手など抜かないさ」

 ハンフリーは小さいビンを取りだすと、中身を一気に飲み干した!

「ああ、気にしないでくれ。試合前にこいつを飲むと調子がいいんだ」

 それを不思議そうに見つめるエルシスに、大したことないとハンフリーは答える。

「さあ、行くぞ!エルシス!」
「はい!……負けないぞ、シル……レディ・マッシブ!」

 エルシスも二人を強く見据えると。

「それでは準決勝、第1試合……はじめ!!」

 司会者がスタートを切って、開始早々にマスク・ザ・ハンサムの先制攻撃が二人を襲う。「ハン!サム!」

 やいばのブーメランが二人を襲う。

「あついわよ〜」

 続けて炎を吹き出すレディ・マッシブ。
 続けざまの厄介な攻撃に、エルシスは負けずと「デイン!」と唱える。「いやん!エルシスちゃんの得意な魔法ね!」

「こちらも反撃させてもらうぜ!」

 マスク・ザ・ハンサムに向かって飛び出すハンフリー。

「これぞ、我が美学――」

 マスク・ザ・ハンサムはひらりと宙を舞いハンフリーの攻撃を避けた。
 同時に密かに投げたブーメランが、弧を描き、ハンフリーを後ろから襲う。

「…ふっ!悪いな……!」
「ぐぅっ…!」

 後ろを見ずにハンフリーは避けて、そのまま爪を振り落とす。

 カキン――!その近くで、何度も剣と剣がぶつかり合う音が響いていた。

 エルシスとレディ・マッシブだ。

(やっぱり、シルビア…じゃなくてレディ・マッシブ……強い!)

 まるで太刀筋を読まれているように自分の剣を受け止められる。

 なら、これはどうだ――!

 足を一歩前に踏み込み。剣をまっすぐに突き立てる。
 レディ・マッシブは余裕の笑みを浮かべたまま、後ろに飛び引くと。
 おもむろに地面に片膝を着くようにしゃがむ。

「?」 
「危ないキスよ!」
「くっ!」

 レディ・マッシブによる投げキッス。
 その衝撃に呻きながらエルシスはサイデリアがした攻撃かと一瞬焦ったが。(シルビアにうっとりするのか…!?)

 毒々しい色のハートが見えたそれは、ポワゾンキッス。
 毒に犯される可能性もある言葉通り"危ないキス"だ。

「これがアタシの騎士道よ!」

 次にレディ・マッシブがそう勇ましいポーズと共に宣言すると、彼の守備力と攻撃力が上がった。(いつものシルビアとは違う戦い方だ……!)

 エルシスは翻弄されながらも、再び剣を構える。

「うおお……!」
「真っ正面から向かってくる姿……嫌いじゃないわ」

 エルシスの剣をレディマッシブの剣が再び受け止める。

「ミラクルソード!」
「ぐっ!初めて見る技だ……!」
「だって、エルシスちゃんとアタシは初対面じゃな〜い!」
「……っそうだった!」

 ――真っ向勝負と見せかけて。

 以前のエルシスならそうだったかも知れないが、カミュに手合わせをしてもらったこともあり、相手に不意打ちを突くという事を覚えた。

「ギラ……!」
「あちちち……!」

 呪文を唱えてから、ぐっと剣を握る手に力を込める。
 ギラの炎を目眩まし代わりに「かえん切り――!!」

 下から払い上げるように!
 炎の勢いに押されたこともあり、弾かれた剣はレディ・マッシブの手から離れ、宙を飛んだ。

「……まいったわ」

 彼は素直に負けを認め、両手のひらを見せるように上げる。
 
「そこまで!!」

 司会者が勝敗を判断し、声が響いた。

 エルシスが気づくと、ハンフリーの前に、倒れているマスク・ザ・ハンサム。

「勝者、ハンフリー・エルシスチーム!!」

 勝った……!と喜ぶエルシス。
 
「こ…この、シルビ……いや、レディ・マッシブを打ち負かすなんてやるわね、エルシスちゃん……」

 最後までシルビアはレディ・マッシブだと突き通して、ビシッとエルシスに指差し、

「でも、アナタにだったら負けて悔いなし!最高の勝負ができてよかったわ!アディオス!エルシスちゃん!」

 そう言って「とう!」っと、華麗に後ろに飛んでその場を立ち去る。

「なんだったんだ、あの人は……」
「あはは……」

 呆気に取られるハンフリーに笑って誤魔化すエルシス。
 何はともあれ、次はいよいよ決勝戦だ。


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