翌日――。
仮面武闘会の表彰式の続きが延期になったことで、優勝賞品の虹色の枝もお預けのようになった一向。
各々自由時間を過ごしていた。
自分の片方の耳に付けたスライムイヤリングがないと気づいたユリは、一人、グロッタの町を探し歩く。
一体どこで落としたかのか分からないが、自分が移動した範囲はそう広くはない。
カミュも手分けして探してくれると言い、下層の方を探していると。
頭に高く結った艶やかな黒髪が揺れたのが視界に映った。
……マルティナだ。
いつも一緒に行動をしているロウはおらず、一人のようだ。
なんとなく目で追ってしまう。
「……!?」
曲がり角で、引きずり込まれるように彼女の姿は消えた。
ユリは急いでそちらに向かう。
「あ…あなたは……――!」
――宿屋の部屋で一人、どうぐ袋の整理をしているエルシス。
ドアをノックされ、仲間の誰かと思い「はーい」とゆるい返事をすると、返って来た声は意外な人物のものだった。
「ロウじゃよ。おぬしに用があって来たんじゃ。開けてはもらえぬか?」
昨日の決勝戦で戦った、謎多き相手。
エルシスも話したいと思っていたこともあり「今、開けます!」と、すぐにドアを開けた。
「ふむ。おぬし、ひとりだけか。すまんが仲間を呼んでくれんか。おぬしらに話があるんじゃ」
理由は分からないが、どことなく深刻そうなロウの様子に、エルシスは二つ返事をした。
ロウには宿屋のロビーで待っててもらい、仲間を呼びに行く。
宿屋の別部屋にいたベロニカとセーニャ。町中で出会したカミュに、酒場にいたシルビアはすぐに見つかったが、ユリの姿は見つからず――。
エルシスは二人と共に一旦宿屋に戻ってきた。
カミュの話によると、落としたスライムイヤリングを探しに行ったという。
「オレも手分けして探し回ってたんだ。あいつどこまで行っちまったんだ?」
なんか嫌な予感がするな…というカミュに、ロウが「もしや」と口を開く。
「そのお嬢さんも……」
「おい、じいさん。何か知ってることがあるならはっきり言えよ」
煮え切らない口調で言ったロウに、カミュが急かすように問う。
「じつは、マルティナ姫が行方不明になってしまってな。町中どこを探しても見つからんのじゃ」
「マルティナさんが……?」
「!まさか、ユリさまも……」
エルシスの言葉に、はっと続くセーニャ。
彼らに不安が生まれた。
今まで狙われているのは武闘会の参加者である闘士だけだったため、ユリがさらわれる可能性はないと考えていたが。
「おそらく、何か事件に巻き込まれたんじゃろう。そこで、相談なんじゃが……おぬしら、姫を探すのに協力してくれぬか?」
もしかしたらそのお嬢さんも一緒かも知れぬ――その言葉に、全員一致で頷いた。
「試合後、お疲れのところすまんのう。おぬしたちがいれば百人力じゃ。必ずや、姫も見つけられるじゃろう」
「どっちにしろユリを探さなきゃいけないしね。一人探すのも二人探すのも一緒よ!」
「まさかユリちゃんとマルティナちゃんまで行方不明になるなんてね」
「ユリさまもマルティナさまも、心配ですわ……」
「マルティナって姉ちゃんはともかく。なんでユリが……。いや、今はそんなことより早いとこ二人を探し出すぞ、エルシス!」
「うん…!二人が心配だ――」
ロウの案内に、彼らは足早に町を進む。
「マルティナ姫が消息を絶ったのは、ハンフリーの孤児院の近くじゃ。まずは、そこに行ってみるとしよう」
孤児院の近く――その言葉に引っ掛かりながら、エルシスは階段を降りて行く。
「ねえ、エルシスちゃん、気づいてる?前より闘士ちゃんたちの姿が見えなくなってることに……」
隣にやって来たシルビアの言葉に、エルシスは頷く。
先ほどピンクの鎧を着た剣士が「ビビアンちゃん、サイデリアちゃん。それにマルティナちゃんまでいなくなるなんて!おれっちいったいどうしたらいいんだ!?」と、嘆いているのを耳にし、あの二人も行方不明になったと知ったばかりだ。(一体、どうなってるんだ……?)
このグロッタの町自体が不気味に思えてくる。
「ユリちゃんとマルティナちゃんと同じように何か事件に巻き込まれたのよ、きっと。アタシたちが解決して助けてあげましょう!」
「ああ!これ以上、被害者を出さないためにも絶対に解決しないと!」
何より大切な仲間のユリが行方不明なのだ。
彼女の無事を祈りながら、彼らは孤児院でもある教会近くにやって来た。
「何か手がかりがあると良いけど……」
きょろきょろと辺りを見渡すベロニカ。すると……
「あ!たいへんだよ、エルシスにいちゃん!」
エルシスの姿を見た途端、一人の少年が駆け寄ってきた。
「なんだ?」
「ハンフリーさんの孤児院の子だ。――どうしたんだい?」
カミュに答えながらエルシスは少年に優しく尋ねる。
「ねてたはずのハンフリーにいちゃんがいなくなっちゃったんだよ!」
「ハンフリーさんが……?」
まさか、ハンフリーも行方不明事件に巻き込まれたのだろうか。
「ちかにあるおにわもたいへんなことになってるし……いったいなにがおこったの!?」
地下にある庭……?ハンフリーと話をしたあの場所だ。
エルシスは皆と顔を見合わせると、察した彼らは無言で頷く。少年と共に教会に入った。
「ハンフリーさんは必ず僕たちが見つけるから大丈夫だよ」
「うん…っわかったエルシスにいちゃん!必ずハンフリーにいちゃんをつれてかえってきてね!」
その言葉に、再び安心させるようにエルシスは優しく頷いた。
子供たちに笑顔で手を振ると、階段を降りて皆を地下の中庭に案内する。
中庭では年長の少年が唖然として立っており、エルシスたちに気づくと慌てた様子で口を開く。
「聞いてくれよ、エルシスさん。ハンフリーさんがいなくなったから孤児院をくまなく探してたんだ。そしたら…見てくれよ、これ」
年長の少年の促す視線の先には、壁が破壊され、大人が余裕で通れる大きな穴が空いていた。
「そこに見覚えのない地下への階段が開いてて……。もしかしたら、ハンフリーさんはこの先にいるのか…?いったいどうして地下なんかに……?」
怪訝に呟く年長の少年と同じように、彼らも眉を寄せてその穴を見る。
人工的に造られた階段は、かなり深く地下に続いてるようだ。
「マルティナ姫は孤児院の近くで消息を絶ったんじゃ。その後に開かれたのがこの場所……」
ロウが神妙に皆に言う。彼が言いたいことは全員分かっていた。
「偶然にしてはできすぎている。姫もユリ嬢もこの場所にいる可能性は高い。さあ、もっと奥まで行ってみようかの」
一致団結で全員しかと頷く。エルシスは年長の少年に「僕たちが中を探してみるから、子供たちが間違って入らないように見張っててくれ」と告げた。
「エルシスさん……皆さん。ハンフリーさんをお願いします……!」
懇願するような年長の少年の言葉に、それぞれ笑顔で答えながら穴の中に足を踏み入れる。
「まさか、孤児院の地下にこんな場所があるなんてな。まるで迷路みたいに入り組んでやがる」
カミュが辺りを見渡しながら離す。
「どうして孤児院の下にこんな洞くつがあるのかしら……。あやしい!あやしすぎるわ!何かを隠すにはうってつけじゃない。きっと、何かあるに違いないわ。奥に行ってみましょ、エルシス」
「うん、僕もここが怪しいと思う。奥まで探そう。もし、ユリたちがいるなら魔物もいるし、心配だ」
一行は慎重に進んだ。洞窟の中はメイジドラキーが飛び交っている。
「ユリさま、マルティナさまだけじゃなく、ハンフリーさままでいなくなるなんて……。いったい何が起こっているんでしょう?」
歩きながら不安げに呟くセーニャ。
「行方不明事件と関係してるなら、いったい誰がどんな目的でこんなことをしてるんでしょうか……?」
「それも犯人を取っ捕まえれば分かることだ。早く見つけ出すぞ。ユリの身が気がかかりだ」
逸る気持ちを抑えながらカミュは言った。
それだけではなく、後悔の渦も彼の中で渦巻く。
あの時、別々ではなく、一緒に探していたら……。一人にしなければ。(ユリがさらわれることは……!)
「――後悔するにはまだ早いのではないかのう、少年」
「っ……」
そう見透かしたような声をカミュにかけたのは、ロウだった。
「……あんたといい、あの姉ちゃんといい、オレを子供扱いするのは止めてくれねえか」
「わしらから見たら、まだまだおぬしたちは子供じゃからのう」
あっけらかんと言うロウに「食えねえじいさんだ」とカミュは一人ごちる。
だが、彼が言うことはもっともであった。
今はユリを見つけ出し、助けるのが先決で、後悔なんてしてる暇はない。
(待ってろよ、ユリ……!)
意識を切り替えて、集中するカミュの横顔を、ロウは一人満足そうに頷いた。
「ここ、すっごくジメジメしてるわね。これじゃアタシの自慢のシルビアンヘアーがウネウネしちゃうわ。こんな場所にホントに三人がいるのかしら?早く見つけてココから出ましょう」
シルビアが不快そうに言うように、洞窟内は湿度が高い。
不快に感じるのはそれだけではなく――
「わっ……!なんだこれ……蜘蛛の糸?」
エルシスは自分の体に絡まった蜘蛛糸を必死に取り払う。まとわりつくそれは、なんとも言えない気持ち悪さがある。
「見て!この先、蜘蛛の糸が道を塞いでいるわ。……メラ!」
ベロニカは得意な炎の呪文を唱えて、焼き払う。
「こんな大きな蜘蛛の巣があるということは……」
「イヤ〜〜セーニャちゃん、それ以上言わないで!」
シルビアが身体に鳥肌を立てながらセーニャの言葉を遮った。
「引き返すなら今だぜ、シルビア」
松明の炎で、他の蜘蛛の糸を焼きながらカミュが言う。
「もちろん。――引き返さないわ。アタシだって、ユリちゃんたちを助けたいもの!」
打って変わって凛々しい口調で言ったシルビア。
得意の火吹き芸で、蜘蛛糸を一掃した。
「頼もしいのう」とロウは彼らの後ろをついていく。
「あたしはこの姿だから楽々通れるけど、背の高いシルビアは大変そうね」
「ウフフ、体が柔らかいから大丈夫よ」
途中、低い岩の隙間を腰を屈めながら通り抜けた。
先を急ぐ一同は、魔物との戦闘を避けながら進むが、そう簡単にはいかないようだ。
「!」
いきなり土の中からどくどくゾンビが数体這い上がって、彼らに襲いかかってきたからだ。
「毒にかかったら厄介だ!一気に倒すぞ!」
カミュの言葉に彼らは瞬時に武器を取り、応戦する。
「はっ」
そこには、バトルフォークを握り、果敢に戦うセーニャの姿もあった。
ベロニカが言ってた通りに、なかなか様になってる。
「セーニャちゃん、やるじゃない!」
「あ、ありがとうございます!」
シルビアの言葉にセーニャは照れくさそうに笑う。
無事どくどくゾンビたちを倒したが、奥へと進むほど魔物は多くいるようだ。
「ホラーって苦手なのよね…」
「いちいち倒してたらきりがねえ」
「うん、こっそり進もう」
どくどくゾンビだけでなく、徘徊しているアンデットマンの目を盗みながら彼らは静かにその場を切り抜ける。
――そして。同じように奥深くになるにつれ、蜘蛛糸もそこかしこに張っていた。
「この蜘蛛の糸を張ったやつに近づいてるってわけか……」
「まさか、行方不明事件の犯人って、もしか……――」
松明の炎で蜘蛛糸を焼き払いながら言ったエルシスの言葉は、途中で途切れる。
その先に数メートルあるだろう、大きな影が現れたからだ。
「トロルよ!気をつけて!」
「!?」
いち早く叫んだシルビア。
こちらに気づき、振り返ったトロルは、手に持つ棍棒を前にいる二人に向かって振り落とした。
ドシンッと音と共に地面が揺れ、その場に亀裂が走る。
初っぱなからの会心の一撃。
頭は悪いが力は強い。トロルの恐ろしさはその驚異的な破壊力だと――エルシスはすぐに分かった。
「エルシスさま!カミュさま!」
「――大丈夫!無事だよっ」
「ああ!」
青ざめたセーニャの問いに、すぐに返ってきた二人の声。エルシスとカミュは咄嗟に左右に跳び退き、事なき得ていた。
「こんなのがいるなんて聞いてないわ!」
「それは全員、同じだ……っ!」
ベロニカの言葉にカミュは答えながら、素早くトロルの足にどくがのナイフで切りつける。
麻痺になってくれればありがたいが、その巨体に毒が回るまで時間がかかるだろう。
反対側からエルシスも攻撃を仕掛けるが、トロルはその攻撃を弾き返す。
「ぐっ…!」
「…ドルマ!」
すかさずロウが呪文を唱え、トロルに撃ち込んだ。「燃えなさいっ!」一拍置かずシルビアがかえん切りで追撃する。
続けざまの彼らの攻撃を受けてももろともせず、笑いながら武器を舐めまわしているトロル。
「こちらをどうぞ!」
続いてセーニャがスティックをくるくる回し、淡い光を放つ。
あくま系の魔物に威力を発揮するスティックの技――デビルンチャームだ。
「そっか、トロルはあくま系!それならあたしは……!」
――闇を祓う聖なる光よ!
ベロニカは両手で杖を掲げ、悪魔を祓う聖なる光をトロルに放った。
ダメージと共にトロルは体が痺れて動けない。
「お嬢ちゃん、やりおるのぅ」
ロウの褒め言葉にベロニカはエッヘンと胸を張る。
その隙に、エルシス、カミュ、シルビア、槍を再び装備したセーニャの四人がかりで攻撃を仕掛け、あえなくトロルは倒れた。
「やったわね!」
「少しハラハラしましたわ」
喜ぶシルビアに、ほっと胸を撫で下ろすセーニャ。
その後は仲間を呼ぶどくろ大臣を速攻で倒し、頭上から鋭い羽で斬りかかってくるガチャコッコに苦戦しながらも、魔物の密集地を切り抜けた。
「さっきより岩の隙間が狭い……伏せないと通れそうにないみたい」
「ねえ、本当にこっちの道で合ってるの?」
「ここしか道がなかっだろ?とりあえず行くぞ」
ベロニカの怪訝な言葉に答えながら、カミュはエルシス同様に地面に伏せ、匍匐前進の要領で岩の隙間を潜る。
続いてベロニカ、セーニャ、シルビアと通り抜けた。
最後にロウが背中に背負った荷物を先に渡してから、自身も通――
「ムムム…!」
「ロウさま?」
「腹がつっかえて身動きできぬ……!」
「んまあ!」
「ちょっと大丈夫おじいちゃん!?」
「前にも後ろにも進めん……!」
「そ、それは……」
「……………助けて?」
少し予想が出来たような事態が起こった。
しょんぼりと目を向け助けを乞うロウに、カミュはしょうがねえなぁと呆れ声を出して。
「エルシス、左右から引っ張り上げるぞ」
「オーケー」
ロウの腕をそれぞれ掴んで「オーライ、オーライ!」とシルビアの掛け声と共に引っ張るカミュとエルシス。
すぽーんと勢いよくロウは抜けて二人は尻餅をついた。
「ありがとう。さて、先を急ぐかのう」
立ち上がるとケロリと何事もなかったかのように。
再び荷物を背負い歩き始めるロウに、ますます呆れるカミュと苦笑いを浮かべるエルシス。
二人は立ち上がり、歩き始めた四人の後を追った。
――どうやら、最深部はもうすぐのようだ。
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ヒロインたるもの一度は敵に拐われる(捕まる)べしだと思ってます。
(三度も捕まるカミュは真のヒロインかも知れない)