「エルシスさまっ!まことに……まっことに申し訳ございませんっ!!」
表彰式は波乱で終わり、エルシスは受け付けの男に頭を下げられていた。
「今回、優勝賞品が盗まれたのはひとえに我ら運営側のミスでございます。なんと、お詫びしたらよいのやら……」
目立つ場所に飾られた賞品が盗まれるなんて、誰も思ってもいないだろう。エルシスは彼らを責める気はない。
「しかし……盗まれた賞品につきましてはこちらでは責任を負いかねます。すみませんがそういう規則ですので……たしか犯人はユグノア城跡で待つ……。手紙にはそう書かれておりましたしそちらに向かってみてはいかがですかね?」
受け付けの男の言葉に「そのつもりです」と、答える。
「ユグノア城の跡地はここより南西の地。あの辺りは強い魔物が出ると聞きますので、お気をつけていってらっしゃいませ」
最後に受け付けの男は丁重に頭を下げ、エルシスの健闘を祈った。
「盗まれた虹色の枝……正直なところやっぱり使い道わからんよなあ。投げてイヌに取ってこさせるくらいしか……」
からっぽのガラスケースを見ながら言った男の言葉に、さすがにもっとまともな使い道があるのでは……とエルシスは思う。
「……あっ、チャンピオンじゃないか!いやいやキレイだよな、虹色の枝!うらやましいなーオレもほしいなーっと」
エルシスに聞かれていたと気づくと、男は調子よく言った。
「今年の仮面武闘会は盛りだくさんだったな。行方不明事件にハンフリー引退。それから前代未聞の賞品盗難騒ぎ……!」
――そんな風に。町中は賞品が盗まれたことはもちろん、ハンフリーの不正と引退、表彰式での話はすでに広まっており、皆、その話題で盛り上がっていた。
「でも、やっぱり忘れられないのは新チャンピオン、エルシスさんの誕生だな!ホント楽しい思い出をありがとうよ!」
エルシスはとんでもないですと笑って答える。自分がチャンピオンだとはまるで実感がない。
「ハンフリーがドリンクのチカラで強くなってるって聞いたことがあったんだがあのウワサは本当だったてワケだな」
「……でも、あいつは最後まで観客を楽しませるファイターだったよ。オレはあいつを尊敬するぜ」
行方不明事件で魔物に拐かされ、加担したこと、それによって生まれたハンフリーの不正は公然の明らかになった。
それでも非難するどころか彼を讃える言葉たちが出てくるのは、ハンフリー自身が紛れもなく皆に慕われていたからだろう。
エルシスは自分のことのように嬉しくなった。
「あなたも災難だったわね。相棒が不正をおこなったり、優勝賞品を盗まれたり……。でも、これからも強く生きてね。どんなことにもめげないその心が男の人を本当に強くするんだから」
通りがかりの女性の励ましの言葉に、エルシスは「はい」と笑顔で答えて、仲間の元へと向かう。
「――そういうわけで、虹色の枝はもう少しおあずけみたい」
苦笑いと共に肩を竦めて。
「なんだか妙なことになっちゃったね……」
「ちくしょう。あの、じいさんやっぱとんだ食わせんもんだったな!まんまとはめられたぜ!」
困惑するユリの隣で、カミュが怒りを露にする。
「ようやく虹色の枝を手に入れたと思ったら、サマディーでは商人に売ったと言われ、グロッタじゃふたり組に盗まれて……ここんとこ空振りばっかりじゃない!これはもう虹色の枝が呪われてるとしか思えないわ……」
ベロニカがそう思うのも無理もない。あと一歩というところで、虹色の枝は遠退くのだ。
「どうしてあのおじいちゃんたちは、エルシスちゃんの故郷である、ユグノア城跡を指定したのかしら」
皆が疑問に思っていたことをシルビアが口にする。
「見せたいものがあるから、ユグノア城跡で待つ……。ロウさまたちはそう言ってましたわね。見せたいものっていったいなんでしょうか?ユグノア城跡はがれきばかりで今は何もない場所ですのに……」
続いてセーニャが思考しながら話した。わざわざそんな場所に呼び出すとは、何かあるとしか思えない。
(二人は、僕の左手のアザを見て驚いていた……)
二人は何か、勇者と関係あるのだろうか。
「虹色の枝はあくまでオトリだ。あいつらの狙いはどうやらエルシス……お前にあるらしい。こうなりゃ行って確かめるしかねえな」
カミュの言葉にエルシスはしかと頷いた。彼らの次の目的地はユグノア城跡だ。
「あの辺りは強い魔物が出るみたいだし……しっかり準備をしてから行きましょう!」
シルビアのその提案に、全員頷く。
しばし自由行動に、エルシスは一連の経緯をハンフリーに伝えることにした。優勝賞品を彼から譲ってもらったことには変わりないからだ。
「闘士としてお客さんに見られてもはずかしくない、パーフェクトな肌を常に維持するのがオレのポリシー!」
そんなエルシスの前に立ち塞がるように声をかけて来た男がいた。大抽選会のときに、最初に絡んできたあの美意識高い闘士だ。
「とはいえ仕事柄、生キズ、肌荒れだけは避けられないからな……スキンケアに使うヌルットアロエって草が欲しいんだ」
話が見えず、エルシスは首を傾げる。
「あのときはアンタの肌はまだまだだと思ったが、よく見りゃ素晴らしい美肌の持ち主じゃないか。そんなアンタに頼みたい。なあ、礼はするからオレのためにヌルットアロエを採ってきてくれないか?」
どうやら、クエストの依頼だったらしい。
「ユグノア地方の西にある大滝の近くに生えていてな……しぼり汁を肌にすり込むとツルツルの肌になるっていうすぐれものさ。アンタもこれを使えばさらなる美肌になれるぜ」
さらなる美肌を目指してはいないが……どちらにせよ、これからユグノア城跡に向かうことだし、エルシスは引き受けることにした。
美意識高い闘士も、それを見越して自分に声をかけたのだろう。
「ふたつ返事とはありがたい。アンタ……カオだけじゃなくて心の方までイケてるみたいだな」
ぐっと親指を立てられた。美意識高い闘士からのクエストを引き受けたエルシスが、次に出会したのは……あの純朴な青年と怪しい男だ。
また純粋な彼を騙そうとしているのかと思ったが、どうやら違うらしい。
「あ!エルシスくん!表彰式見たさぁ〜新チャンピオンおめどうさぁ〜!!」
「オレ、こいつのこといいカモだと思って高い金で商品を売りさばこうとしたんだが……。心が純粋すぎてさすがに良心がとがめてよ。こんなにほめられたのはじめてだし、なんだかだましてたこっちが恥ずかしくてケツがムズムズしてくるよ……」
どうやら純朴の青年の純粋な心に、怪しい男は改心したらしい。
「武闘会を見にひとり都会に来てじつはすっごく心細かったけど……。こんないい人たちと巡り合えたさぁ」
何はともあれ良かったと、エルシスは思っていると……
「ばあちゃんからもらった金。全部使っちゃったけど、いい買い物をしたからきっとばあちゃんも許してくれるさぁ〜」
「君、いったい何をそんなに買ったの!?」
正規の値段だとしても、またそれはそれで問題である。
エルシスが教会に訪れると、すぐに彼に気づいて孤児院の子供たちが集まってきた。
「ハンフリーにいちゃん、かえってきたよ!エルシスにいちゃんたちがたすけてくれたんだね」
「おかげでこじいんのみんなもげんきになってよかったよ。ありがとう、エルシスにいちゃん!」
喜ぶ子供たちの笑顔を見て、彼が生きていてくれて本当に良かったとエルシスは心から思う。
「ハンフリーにいちゃんはほんにでてくるゆうしゃさまよりもつよくてやさしいぼくのヒーローさ」
その言葉に勇者である彼はくすりと笑った。
誰かのヒーローになれることは、きっとそう簡単なことじゃない。
子供たちからハンフリーは地下の中庭にいると聞いて、エルシスはそちらに向かう。
「ハンフリーさんから、全部聞いたよ。武闘会で優勝するために、ハンフリーさんは魔物と手を組んでたんだってね」
地下の中庭で声をかけて来たのは年長の少年だった。
「……これからはオレもはたらいてハンフリーさんにもラクさせてあげなきゃ。だって、オレたち家族だもんな」
彼の視線の先には小さな子供たちと遊ぶハンフリーの姿。エルシスはその小さくも頼もしい肩を激励するように、ポンとそこに手を置いた。
「よう、エルシス。オレな、闘士を引退することに決めて、今までのことをみんなに打ち明けたんだ」
ハンフリーはその時のことを、エルシスに穏やかな顔で話す。
「町のヤツらはこんなオレを受け入れてくれた。まったくお人よしなヤツばかりだぜ。へへ…試合に負けた時は厳しいくせにな」
笑う彼の顔は憑き物が落ちたように晴れやかだ。エルシスはあの夜のように、彼の話に耳を傾けた。
「これからオレは、この町のためにできる限り貢献していきたいと思ってる。それがオレにできるつぐないだよ」
「僕も応援してます」
きっとこれからは良い方向に向かうだろう。彼は一人じゃない。
大切な家族がいる。
次にエルシスは虹色の枝がロウたちに盗まれて、これからユグノア城跡へ向かうつもりだとハンフリーに伝えた。
「盗まれた噂は聞いたが、あの人たちだったのか。恩人を悪く言いたくないっていうもあるが……きっと何かワケがあると思うぞ」
その言葉にエルシスも同意した。
「あの辺りには強い魔物が出ると聞く。気をつけて行ってこいよ!……いや、新チャンピオンには不要な言葉だな」
最後はにやりと笑って言ったハンフリーに、エルシスは照れくさそうに笑い返す。
「仲間たちにもよろしくな!」
「はい!行ってきます!」
「いってらしゃーい!」
「またねー!エルシスにいちゃん!」
彼らに、笑って手を振って別れた。
教会を後にするエルシスだったが、ここでも彼はクエストを引き受けることになる――。
「待って!新チャンピオンのお兄ちゃん!サインちょーだい!」
ノートと筆を持ってきて呼び止めたのは、闘士のサインを集めるのが趣味の少年だった。
「はい、どうぞ」
「わーい!ありがとう!」
照れくささが垣間見えるエルシスのサインを、少年は喜んで受けとる。
「ところでお兄ちゃん、デルギンスって闘士知ってる?気配を消して相手に近づく戦闘の達人で、その戦いぶりから幻の闘士と呼ばれてるんだ!」
「デルギンス……?」
エルシスは首を横に振った。幻……そんなすごい闘士がいたのかと驚く。
「ああ〜……幻の闘士のサイン、ほしいなぁ。ボク、闘士たちのサインを集めてるからさ。デルギンスのサインもほしくなっちゃったよ。ねぇ、お兄ちゃん。お兄ちゃんもデルギンスを探して、サインをもらうの手伝ってくれない?」
少年の言葉に「いいよ」と、にこやかに返事をした。
「ありがとう!デルギンス……どんな人なのかなぁ。戦闘の達人だし、きっとムキムキのマッチョで、すごく強そうな見た目にちがいないよね!」
わくわくと楽しみにする少年を微笑ましく見たが、なかなかの難易度ではないかとエルシスは考える。
姿どころかその存在も今初めて知った。
少年が言うにはデルギンスはこの町にいるらしいが……。(そうだ、カミュに相談してみよう。カミュなら何か知ってるかも)
エルシスはカミュの元へと向かうと、そこにはユリの姿もあった。
「デルギンス?そんな幻の闘士、情報収集したときには耳にしなかったが……。仮面武闘会にもいなかったよな?」
どうやら、カミュも初めてそんな闘士を耳にしたらしい。彼が知らないとなると探しだすのは困難かも知れない――そう二人が途方に暮れそうなとき。
「……私、心当たりあるかも」
うーんと何やら考えていたユリが口を開いた。それっぽい人を見たという。
ユリはその人物がいた場所に二人を案内する。
「よっと……」
高い段差に手をかけ、乗り上がったユリは二人に手招きする。
「二人ともこっち!」
何故そんな辺鄙な場所に……?
二人は首を傾げながらもついていく。その奥のすみっこに、鎧を身を包んだ男が一人ぽつんと立っていた。
「……おや。あなたは以前、私を心配して声をかけてくれた……」
どうやらユリはこんな所に一人でいる男を、気分が悪いのかと思って声をかけたらしい。
「えっ、デルギンスという闘士を探している?デルギンスは私ですが……いったいどんな用件でしょうか?」
……ビンゴ!すごいとエルシスとカミュはユリを見た。
「闘士みたいだからもしかしてと思って……」
見つかって良かったと彼女は笑う。
不思議そうにするデルギンスに、エルシスは事情を話した。
「……ええっ!孤児院の男の子が幻の闘士と呼ばれる私のサインをほしがってるですって!?」
わかりやすく驚くデルギンス。
「いやいや、それはないでしょう!だって私、幻の闘士だなんて一度たりとも呼ばれたことがないですよ」
彼は続いて肩を落として話す。
「なんせ、仮面武闘会では影が薄いせいで誰からも気づかれず、パートナーと組めなくて予選落ちどころか抽選会落ちです」
抽選会落ち……三人はかける言葉が出てこない。
「となりに立って声をかけても相手の闘士は気づかないくらいで……トホホ」
「そ、それは……」
確かにこう会話していても、ちょっと目を話したら見失ってしまいそうなほど、存在感が薄い。
そう考えると、彼の存在に気づいたユリはすごいなぁとエルシスは改めて彼女を見る。
「……ですが、子供の夢は壊したくないですね。わかりました……私なんかのサインでよければ、どうぞ持っていってください」
エルシスは幻の闘士のサインを受け取った!
ありがとうございますとデルギンスにお礼を言い、そのままエルシスは二人と共に少年の元へと向かう。
「お兄ちゃん!デルギンスを見つけてサインもらえた!?」
エルシスは闘士のサインを渡した!
「うわぁ、これが幻の闘士のサインかあ!ありがとう、お兄ちゃん!ねぇねぇ、どんな人だったのデルギンスは?」
無邪気な少年の言葉にどう言おうかと悩みながらも、エルシスはあまり脱色しないようにデルギンスのことを話す。
「……え?となりに立って声をかけても相手に気づかれないの!?デルギンス気配消しすぎでしょ!すごいや!さすがは幻の闘士だなぁ。もし戦ってたら、チャンピオンのお兄ちゃんも危なかったんじゃない?」
「あはは、そうだね」
確かに、いざ戦っていたらかなり厄介そうな相手だ。
「ボク、ファンになっちゃったかも!もらったサインは大切にしないと……。そうだお兄ちゃんにもお礼をしないとね」
エルシスはちいさなメダルを受け取った!
「サインのお礼も言いたいし、デルギンス本人にやっぱり会ってみたいから、今度デルギンスをがんばって探してみるよ!」
少年の言葉に「頑張ってね」と、ユリが言い「町の隅々まで探すといいよ」と、エルシスがアドバイスした。
「まあ……なんにせよ。喜んでるみたいでよかったな」
「うん。そういえばこの『ちいさなメダル』ってなんだろ?今までも何枚か手に入れたけど……」
ちいさなメダルを不思議そうに眺めるエルシスに、ユリが横から覗き込む。メダルには星のマークが描かれていた。
「収集品だな。これを集めてるやつもいるみたいだぜ。噂によると景品と交換してくれるとか……」
「へぇ〜じゃあ大事に取っておこう」
失くさないように、エルシスはどうぐ袋にしまった。
三人は双子とシルビアとも合流し、ユグノア城跡に向けて出発する。
「偶然なのか、何かあるのか……。行ってみたら全部わかるわよ。さあ、ユグノア城跡へ急ぎましょう」
ベロニカの言葉にこくりと頷くエルシスと仲間たち。
そこへ訪れたら、ロウたちについてだけでなく。
何か、自分にとって大切なことがわかる気がする――エルシスはそんな予感がしていた。