ユグノア城跡

 ユグノア城跡へ行くには、ちょうど分かれ道の反対の道になる――。

 かつては盛んに行き来がされていたユグノア王国とグロッタの道も、今ではほとんど人通りが少ないのだろう。

 石畳や人の手が加えられた形跡はあるものの、雑草が道を埋めつくし、エルシスは自分たちの背丈ほどに伸びた草を短剣で刈りながら前に進んだ。

 ユリも同じようにカミュの短剣を取り出す。
 蜘蛛糸も容易く切った刃だ。やはり切れ味がいい。

「カミュの短剣のおかげで蜘蛛の糸から脱出できたの」
「そいつが役に立ったんならよかった」

 ちゃんと手入れ方法を教えてほしいというユリの言葉に、カミュはもちろん二つ返事をした。

 途中、辺りを見渡しながら「この辺りはダンスニードルが多く生息しているのね」と呟くシルビア。
 彼らはこの地特有の黄色いカボチャみたいな植物に擬態している。

「彼らは音楽が流れるとひとりでに踊り出す面白い魔物ちゃんなのよ」

 そう言ってシルビアが笛を取り出し、メロディを奏でると、その場にいるダンスニードルたちが一斉に踊り出した。

 面白いというよりもはや珍妙な光景である。

「ダンスニードルたち、すごく楽しそうだ…」
「魔物と心を通わせるシルビアさん、すごい」
「心を通わせているのか……?」

 唖然とするエルシスに続いて言ったユリの言葉に、カミュは考える。

「なにあのダンスー!」
「ふふっ面白いですわ!」

 その隣で双子は無邪気に笑っていた。

 シルビアが笛を吹くのをやめると、ある者は悲しそうに、ある者は寂しそうに彼らはまた植物に擬態する。
 ダンスニードルはちょっかいを出さなければ襲って来ないし、ふくめんバニーも同様なので、彼らは順調に先に進んだ。

 ちなみにふくめんバニーは見た目は凶悪だが、陰で恵まれない子供のためにプレゼントをしているという心優しいマスクマンである。

「ユグノア王国に通じる道が塞がってなくてよかったわね」

 岩肌が露になった山岳地帯の狭い道を進みながらシルビアが言う。

「ああ、落石の危険もなさそうだしな」

 カミュは頭上を見上げながら。
 この辺りは地形の問題から落石が発生し、道を塞いでしまうことがあるらしい。

 開けた場所に出ると、遠くに高い崖から滝がいくつも流れる雄大な景色が彼らの前に現れた。

 そして――崩れた瓦礫と化したユグノア城も。
 眼下には荒んだ城下町が広がっている。

 魔物に滅ぼされる前は、きっとここからの景色はさぞかし素晴らしかったものだろう。
 堂々と君臨する王国を目にすることはもう叶わない――。
 ……ユリはこっそりとエルシスの横顔を伺う。
 その景色を映す透き通るような瞳からは、何の感情も伺えなかった。

「……そういや、エルシス。闘士から受けたクエストの『ヌルットアロエ』って、西にある大滝の近くに生えてるって言ってたよな。この辺りじゃないか?」

 神妙な空気を変えるように、カミュはエルシスに言った。

「…そうだね。忘れずに採取しなきゃ」
「そのヌルットアロエって何に使うものなの?」

 会話を繋げるように、ユリがエルシスに尋ねる。

「それを使えば美肌になるとかなんとか……」
「んまあ美肌!?」
「美肌ですって……!?」

 シルビアとベロニカが食いついた。

「書物で見たことありますわ。山岳地帯の水源地近くのみに生えるアロエの一種で、そのしぼり汁を肌につけるとツルツルの美肌になれるとか……」

 セーニャの説明にエルシスも「闘士の人もそう言ってた」と頷けば。

「さあ、エルシス!そのヌルットアロエってのを、あたしたちの分も取りにいくわよ!」
「ええ!みんなでツルツルの美肌になりましょう!」

 急に張り切るベロニカとシルビアにやれやれと首を横に振りながら苦笑いを浮かべるカミュ。
 エルシスも思わず笑みを溢した。

「エルシス、ますます美肌になっちゃうね」
「その言葉、そのまま君に返したいんだけど」

 ユリの言葉にエルシスはそう返す。
 なんだか似たような会話を前にもしたことがあるような。

「ちょっとみんな!メタルちゃんよ!」
「逃げられないうちに倒すわよ!」

 エルシスが思い出していると、先に行く二人が呼ぶように声を上げる。

「今行く!…行こう、三人とも!」
「はい!」
「メタルに出会すのは久しぶりだね」
「レアモンスターだからな」

 感情を切り替えるようにエルシスは笑顔を浮かべ、二人の元に走った。

 メタルスライムはカミュの姿に見とれていてチャンスだった。
 セーニャも槍で攻撃し、僅かなダメージを蓄積していったが、結果的に彼らはメタルスライムに逃げられてしまう。

 最初「カミュに見とれるなんてあのメタルスライム、大丈夫かしら?」と言い放ったベロニカだったが。
 目にも止まらぬ速さでメタルスライムが逃げ出すと「あとちょっとだったのに〜!最後まで魅了し続けなさいよ!」と、今度はカミュに理不尽に怒った。
 本当にこいつめちゃくちゃだよなぁと冷静にカミュは思う。

 メタルスライムは諦め、ヌルットアロエを探しに向かった六人。
 ユグノア地を流れる川は、底が見えるほどに淀み一つなく美しい川だ。

「あっ…あれですわ、みなさま!」

 セーニャが指差す。
 川沿いを西に少し進んだ先――いくつもの滝が並ぶ川辺近くに、ヌルットアロエは生えていた。
 見た目は普通のアロエとさほど変わらないが、そのしぼり汁は美容成分がたっぷり含まれているという。

「さっそくつけてみましょう!」
「ほら、カミュちゃんも」
「オレもつけるのかよ」
「…わ、本当にヌルってしてるね」
「エルシスさま。キズにも効果がありますので、先日受けたキズにもつけてみてください」
「そうなんだ。わかった、つけてみるよ」

 アラクラトロの攻撃で受けたエルシスの横腹のキズは、ロウのベホイミのおかげで大事には至らなかったが、まだ完全には治りきっていなかった。(そういえば、僕のことを助けてくれたんだよな……)

 エルシスはまずは皆と同じように顔につけてみることにする。
 セーニャからヌルットアロエのエキスを手のひらにもらった。

「ヌルヌルしたさわり心地がクセになりそう」
「確かに……このヌルヌルがクセになるな……」

 無邪気なエルシスの言葉に続いて、指に絡ませながら言ったカミュ。妙な色気がある。
 ベロニカがジト目で彼を見ながら言う。

「……あんたが言うとアウトね」
「なんでだよ!」
「シルビアさん、お肌ツルツル!」
「ウフっユリちゃんもお肌が眩しいわ!」
「本当にお肌がツルツルに……!もう少し採取して、常備しましょう!」

 全員の肌がツルツルになった。
 これならあの美意識高い闘士も満足だろう。

「……あら、こんな所に岩の塊なんてあったかしら?」

 美肌を手に入れ、満足した一行は来た道を戻る。
 前を歩いていたベロニカが不思議そうに呟いた。
 すると、岩の塊は突然動き、バラバラだったものが集まるように形を作っていく――ストーンマンだ。

 魔物はいきなり襲いかかってくる!

「きゃっ!いたたた……ちょっとびっくりしたじゃない!」
「師匠!大丈夫!?」

 突き飛ばされて尻餅をついたベロニカにユリが駆け寄り、すかさずホイミを唱えた。

「バギ!」
 セーニャが牽制するように唱えた風の魔法が、ストーンマンの体にいくつもの小さな傷をつける。
 頑丈な石の巨人。防御も高いが、その重い拳の一撃は強烈だ。

「ルカニ!あんたたちやっちゃいなさい!」
「言われなくても…!」

 カミュが素早く二回攻撃。
 エルシスは片手剣から両手剣に変えて「渾身斬り!!」頭上から斬りつける。
 その縦の攻撃に対し、シルビアが横からの剣での攻撃。
 ユリがヒャド、再びベロニカがメラを唱え、ストーンマンはバラバラに崩れさって倒れた。

 ストーンマンは最後に宝箱を落とし、エルシスは『つけもの石』を手に入れる。

「……カミュ、つけもの漬ける?」
「漬けるか」

 ――そんな軽口を言ってるのも最初のうちだった。
 確かに噂通り、ユグノア王国に近づくほど、魔物が好戦的に強くなっていく。

 槍を構え猪突猛進で突っ込んでくるオーク。
 体ごと突進してくるよろいのきし。
 デスフラッターは見た目の不気味さだけでなく……
「あいたっ!」
 エルシスは頭を擦る。

 掴んだ髑髏を落として攻撃してくるは、その力強い爪を向けて急降下して攻撃してくるはで、なかなか厄介な魔物であった。

「はっ――!」
 空を飛ぶ魔物にはユリの矢が効果的で、的確に撃ち抜く。

「さすがね、ユリちゃん!アタシも続くわ!」

 シルビアは小型のダガーを取り出し、さらにそこに投げつけると、見事命中。

 デスフラッターたちを倒した。

「すごいや、シルビア!」
「まるで的に当てるみたいね!」
「短剣を扱えるのはカミュちゃんだけじゃなくってよ」
「さすが人気の流浪の旅芸人ってとこか?」

 ふふん♪と得意気に笑うシルビア。
 旅芸人の彼は短剣の扱いも長けており、特に投げナイフを得意としていた。


 夕陽に照らされ――ぽつりぽつりと建っている崩壊した建物が、寂しげに彼らの目に映る。
 人が住んでいた形跡を残すそこに、どんな人々が住んでいたのか。
 エルシスは思いを馳せることしかできない。

「お、キャンプ地があるぜ。もう日が暮れるし、今日はここで休もう。あのじいさんたちは無理やりこっちを呼び出してきたんだ。少しぐらい待たせてもバチは当たらないだろ」

 後半は置いておいて、全員賛成した。
 移動と手強い魔物との戦いで、疲労を感じる。

 キャンプ地は川のすぐ近くにあって、彼らはキャンプや夕飯の準備を手分けして始めた――。

 周辺で焚き火用の枝を集めるユリ。
 近くにいた天気予報の牛からこれからの天気を聞いたり。枝だけでなく、エルシスが喜ぶので、素材集めも同時に行っていた。

 ふと、崩れた家の中にその存在を見つけ、同じく枝集めをしているエルシスを呼ぶ。

「エルシス!ヨッチがいるよ」
「こんな所にもヨッチが?」

 ヨッチは建物のかつて窓があった近くの木箱の上に、ちょこんと立っていた。
 
「オッス!勇者さま、はじめまして!ボク、がんばって汗と涙の大冒険の果てについにこの合言葉を見つけたんだ!」

 青色をしている汗と涙の大冒険ヨッチだ。

「このボクのアツい思いと合言葉を今から勇者さまに託させてもらうね。あとのことはまかせたよ!」

 エルシスは冒険の書の合言葉を教えてもらった!

「それじゃあボクはこれで失礼するよ。勇者さま、これからもがんばってね。ヨッチ村のこと頼んだよー!」

 お決まりの台詞と共に大冒険ヨッチは空気に溶け込むように消えていく。

「赤、黄色、緑に青…。次はどんな色のヨッチと出会えるかな?」
「うん、僕も楽しみになってきた」

 ヨッチは皆、同じ姿なのに個性豊かである。
 四番目の合言葉を教えてもらった二人は、枝も集まりキャンプ地に戻った。

「どうも、お邪魔させてもらってます」

 すると、キャンプ地には旅の商人も滞在していた。
 別の町からグロッタの町へ向かう途中だと言う。

「私まで皆さんの夕飯をご馳走になってしまい、すみません」
「うふふ、袖振り合うも多生の縁というもの。気にせず召し上がって」

 シルビアの言葉に商人は嬉しそうに「では、お言葉に甘えていただきます」とメインの肉と野菜の蒸し焼きを口にする。

「おお!すごくおいしいです!いやはやキャンプ地でこんなおいしい料理を食べれるなんて私はラッキーですね」
 
 満面な笑顔の商人に、彼らも笑顔を浮かべた。
 商人はお礼に商品を安く売ってくれるという。

「いらない物もあれば良い値で買い取らせてもらいますよ」
「ちょうど良かった!素材もいっぱい取れたし、色々造れそうなんだ」

 商人の言葉にエルシスが喜んだ。
 楽しげな会話をしながら食事は進む。

「ほぅ、あなたたちはグロッタの町から来たんですね。この時期に行う仮面武闘会は観戦しましたか?私は毎年観戦を楽しみにしてたんですが、いやはや今年は行けなくて残念で……。え!?あなたが新チャンピオン!?」

 商人は驚きに目を丸くするが、やがて「チャンピオンが造った装備品なら売れますよ!ぜひ私に買い取らせてください!!」と、意気込む。商人魂に火がついたらしい。

 食事が終わり、片付けを済ませれば。
 就寝までの僅かな時間を彼らは自由に過ごす。

 この夜はセーニャの琴の旋律が優しく響いていた。

 その隣でベロニカは木箱に座り、足をぶらぶらさせながら耳を傾け。
 シルビアは膝を立てて座り、うっとりと聞いている。

 ユリはカミュから短剣の手入れ方法を教えてもらっていた。
 ちょっと離れた場所で、鍛冶をするエルシス。
 やがて嬉しそうにその場で跳び跳ねる姿に、どうやら大成功したらしい。
 造りたてほやほやの武器や防具を商人に見せて、しっかりと良い値で買い取ってもらったようだ。

 すっかり商売上手になっちまったもんだとカミュはユリに教えながら、ほくほく顔のエルシスを見る。
 これからは自分が財布を盗んで、管理することはなさそうだ。

「カミュ、どうかしたの?」
「いや、思い出し笑いをな」


 彼らは交代で見張りをしながら睡眠を取り、一夜が明けた――……。


 商人はグロッタの町に旅立ち、六人はそこから歩いてすぐ――いよいよユグノア城跡地へと足を踏み入れる。

 城の入口へと通じるスロープを上がり、かろうじて残っている白い石でできた門を潜った。
 
「こ…こいつは……」

 カミュは眉を潜めて言葉を漏らした。
 ユリも現状を目の当たりにして、顔を悲痛に歪める。

 バンデルフォン王国跡地とは違い、城の形は保ち、かつての栄華が垣間見ることができる分。

 魔物の襲撃の爪跡が、生々しく残っていた。

 壊され、殺され、逃げ惑う人々、たくさんの悲鳴――当時の光景が見えてきそうだった。
 エルシスは耐えきれなくなって瞳を閉じる。

「ここがエルシスちゃんのユグノア王国ね……。ウワサでは聞いてたけど……ひどいありさま」
 いつも明るいシルビアが、両手を握りしめ、悲しげに口を開く。
「16年前、世界一の歴史を誇るユグノア王国は魔物の大群生に襲われ、たったひと晩で滅びたそうよ……」

 たった一晩。たった一晩で、何もかも壊されてしまったんだ――。

 脳裏にイシの村の光景と重なる。
 焼き払われた故郷。

 あの日以来、のどかで自然豊かなあの村を思い出そうとすると、あの荒れ果てた大地が目に浮かび、エルシスの脳裏にこびりついて消えなかった。
 
「ユグノア王や王妃……そして偶然訪れていたデルカダールの王女さまも魔物に殺されたと聞いてるわ。もしかして……その王と王妃ってエルシスちゃんのお父さんとお母さん……?」

 シルビアの問いに、感情を押し殺した声でエルシスは答える。

「うん。――僕の、産みの両親だ」

 本当の両親、とは言えず。

「……にしても、あのじいさんと女武闘家はどこにいるんだ?呼びつけておきながらもったいぶりやがって」

 カミュが話題を変えるように言った。
 辺りを見渡すが、人影も見当たらない。

「あっ!奥のほうにかがり火が見えるわ!」

 指を差し、声を上げるベロニカ。
 二階に位置する場所から、灯された火が風に揺れるのが見えた。

「もしかしたら、あそこにいるんじゃない!?ちょっと行ってみましょうよ!」

 ベロニカの言葉に一同頷き、彼らは歩き始めた。

「――待て」
 すぐさまカミュがその言葉と共に片手で制止する。
「何か来る……」

 耳を済ますと、どしんどしんという足音。
 現れたのは――

「!ドラゴン!?」

 セーニャが両手で口を押さえ、声を潜めたまま驚きに言った。

 緑の分厚い皮膚に覆われ、鋭い牙を覗かせるドラゴン。
 我が物顔でこの場を闊歩している。

「なんで、ドラゴンなんて魔物がこんな所に……」

 その姿に戦きながら、ベロニカも小声で呟いた。
 ユリはドラゴンの姿を見て、デルカダール地下水路のブラックドラゴンを思い出す。
 あのドラゴンよりは小さいが、皆の反応を見ると、脅威なことには変わりないらしい。

「16年前から住み着いているのか……」
「何にせよ、戦わないで済むならそれに越したことはねえ」
 エルシスの言葉に続いてカミュが言った。
「そうね。他にもいっぱいいるみたいだし、なるべくドラゴンちゃんを避けて進みましょう」

 シルビアの言葉に再び一同頷いた。
 大通りを避けて、路地を彼らは歩く。

「16年前……どうしてユグノア王国は魔物に襲われなきゃいけなかったのかしら。30年前に滅ぼされたバンデルフォン王国もだけど……。どんな理由であれ……。国を滅ぼし、多くの罪なき命を奪うなんて絶対に許されないことよ……」

 独り言のようなシルビアの言葉が耳に届いた。
 確かに何故、ユグノア王国もバンデルフォン王国も同じように魔物に滅ぼされたのか。
 
 何故――。

(僕は、生き残ったんだろう)

 この惨劇の中。生まれた疑問を胸に抱きながら、エルシスはただ皆についていくように足を進める。

「……エルシス、無理しないでね」
「……ユリ。うん、大丈夫」

 心配そうに見るユリに、エルシスは大丈夫だと答える。

「……いや、大丈夫か自分でもわからないけど……。でも、この場所で何が起こったか、ちゃんと真相を知りたいんだ」
「私も……私も知りたい」

 その理由を知っても過去は変えられない。
 知ったところで自分は何も出来ない。
(けど……一緒に受け止めることはできるはず)

「……ありがとう、ユリ。心強いよ」

 彼女の気持ちが伝わったエルシスは、今度は彼らしい笑みと共に答えた。


「……だめだ。上に続く階段が瓦礫で塞がれている」
「そんな……。だったらどうやって上へ行くのかしら?」

 水路に囲まれた城の構造上、他に道はなさそうだとカミュは考える。
 あるとすれば抜け道か……。(ん?)

「ピキー!!」

 そんな声に見ると、スライムがドラゴンに襲われているところだった。

 最強の種族といわれるドラゴンと、対して最弱の種族といわれるスライム。

 魔物の世界も弱肉強食だな……と思っていると、彼の視界にエルシスが両手剣を掴む姿が映った。

「……助けよう」
「は…助けようってスライムだぞ?」
「スライムといえ、この場所でこれ以上襲われる姿は見たくない……!」

 そう言って、ドラゴンに向かって駆け出すエルシス。もしかしたら、エルシスはあのスライムが小さな子供に重なって見えたのかも知れない――。

 すぐさまその後をユリも続いた。

「あっおい!」
「確かにスライムといえ弱いものいじめはよくないわ!あたしたちも行くわよ、カミュ!」
「スライムさんをお助けしましょう!」
「いじめっ子のドラゴンちゃんをおしおきね!」

 ベロニカ、セーニャ、シルビアも二人の後を追いかける。
 
 どっちにしろ、エルシスとユリが立ち向かってカミュがただ見ているはずがない。

 しかたねえ――カミュも短剣を両手に握り締め、駆け出す。

 ドラゴンが大きな前足をスライムに降り下ろそうとする前に、ユリが矢を放って気をそらした。

「こっちだ!」

 両手剣を構えるエルシスに、ドシドシと向かってくるドラゴン。

「エルシスちゃん、カミュちゃん。それにユリちゃんも」
「…?」
「剣技を一つ、教えてあげるわ――」

 口許に笑みを浮かべたまま、シルビアは腰に差してある剣を引き抜く。

「よーく見ててちょうだいね!」

 笑ってそう言った後、すぐに真剣な顔になるシルビア。
 地面を蹴り、大きく飛び上がると、宙で体を捻りその勢いのまま。

「ドラゴン斬り――!」

 斬りつけた瞬間、オーラが龍のようになって昇っていく。
 ドラゴン系の魔物に威力を発揮する、これぞ竜殺しの剣技。

 ドラゴンは呻き声を上げる。

「……!なるほどな」
 カミュは短剣をしまい、背中から片手剣を引き抜く。
「見とけよっ、エルシス、ユリ!」

 シルビアと同じようにカミュも地面を蹴り、飛び上がる。

「ドラゴン斬り……!」

 カミュも見事成功した。
 何がなんだかと呆然とするエルシスとユリ。

 確かなダメージを食らいながらも、反撃というようにドラゴンは二回攻撃をしてくる。
 すかさずセーニャが回復魔法と、ベロニカが祝福の杖で彼らを回復した。

「さあ、次はエルシスちゃんとユリちゃんの番よ!」
「エルシス、わかった……?」
「ううん?」
「とりあえず真似してやってみろ!」

 エルシスは両手剣から片手剣に持ち変え、ユリもすでに片手剣を装備していた。
 二人は戸惑いつつも、お互い顔を見合わせて。
 こくりと頷くと同時に、地面を蹴ると。

 不思議なことに、その瞬間、体が閃くように二人は左右からドラゴン斬りを放った。

 四連続のその攻撃に、さすがの魔物の王者といわれるドラゴンも倒れる。

「やりましたね!エルシスさまっユリさま!」
「さっすが私の一番弟子!」
「二人ともばっちりじゃな〜〜い!」
「おめでとさん」

 喜ぶのは二人も。エルシスとユリは、新しい剣技『ドラゴン斬り』を習得した。

「ピキー!いじめないで!ぼく、わるいスライムじゃないよ!」
「おいおい、こっちは悪いドラゴンから助けてあげたんだぞ」
「助けてくれたの?わー優しいにんげんさんたち!ありがとう!お礼にいいこと教えてあげるよ!」

 いいこと……?スライムは体をぷるぷるさせながら話す。

「この井戸は、お城の方につながってるんだよ!ピキー!」

 井戸が城とつながっている――。

「でかしたぞスライム!」
「スライムくん、ありがとう」

 ユリがしゃがんでお礼を言うと「エヘヘ」とスライムは頬をぽっと染めて、わかりやすく照れた。

「エルシス。人助け……ってこの場合はスライム助けだけど、して良かったわね」

 ベロニカの言葉に、エルシスは微笑み頷いた。

 彼らはスライムに教えてもらった井戸の中に、ロープを伝って降りていく――。
 中は広く、人工的に造られた通路になっていた。

「こりゃあ有事の際の抜け道だな」
 カミュが観察しながら言う。自分が睨んだ通り、その通路は存在していた。

「引っ張り上げるから君たちはここで待っていてくれ」

 上から伸びるロープを見ながら、エルシスは女性陣に言う。
 降りるのは問題なかったが、ロープを登るとなると彼女たちは大変だろう。

「私、登れるよ」
「……そうか。いや、だとしても一緒に待っとけ」

 顔に似合わず頼もしいユリの言葉にカミュは戸惑いながら答えた。
 先に男性陣が登ると、井戸の水を掬うのと同じ要領で、彼女たちを順に引っ張り上げる。

 外に出ると、少しだけ日の光が眩しく感じた。
 階段を上がると、目の前で一斉に白い鳥たちが飛び立ち、驚くエルシス。


 白い羽が舞うその先に――、ロウがひとり、待ち人を待っていた。


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