鎮魂の儀式

「ふぉっふぉっふぉっ。おぬしらが来るのを待っておったぞ」

 ここまでたどり着いた彼らの姿を見回しながら――。
 ロウは穏和な態度で皆に言った。

「一緒にいた姉ちゃんの姿が見えないが、じいさんひとりだけか?」
「ゆえあって姫には席を外してもらっている。それにしてもよく来てくれたのう」
「さあ、来いと言うから来てやったぜ。奪った虹色の枝を返してもらおうか?オレたちにはあの枝が必要なんだ」

 単刀直入に言ったカミュに、隣でエルシスも頷く。

「ふむ……。おぬしたちに必要とな……」

 もったいぶるような言い方で口を開き、髭を撫でつけるロウ。

「それはエルシスが勇者であるからかの?」
「…!」
「じいさん、何者だ?」
「……16年前に死んだと思っておったぞ。だからグロッタの武闘会で手のアザを見た時は、心の臓が止まるかと思ったわい」

 16年前に死んだと思って――ということは。

「あなたは……」
「エルシスにどうしても見せておきたいものがあったんじゃ。すこしだけ、この老人に付き合ってもらうぞ」

 エルシスの問いを遮るように、ロウは彼らに言った。

 こっちじゃ――と彼は歩いていく。
 しばし、その場で呆然とする彼ら。

「……とりあえず、ついていってみよう、エルシス」
「うん…」

 ユリの言葉にエルシスは頷く。
 彼らはロウの歩調に合わせるように、ゆっくりと後を追った。

「16年前に死んだと思っていた……。たしかにロウさまはそう言いましたわ。エルシスさまがユグノア王国の王子だったということ……。ロウさまは知っているのでしょうか?」
「あの言い方……ロウちゃんはもしかしてアタシたちが知りたいことを知ってるのかも。とにかく、話を聞いてみましょう」

 セーニャとシルビアが疑問を口にする。
 謎が深まるその背中を、エルシスは見つめた。

 ロウの後に続いて、過去の栄華を辿るように城内だった場所を歩いていく。

「この地は、つらい思い出が多くてのう」

 ふと、ロウは立ち止まり。彼らに背を向けたまま話す。
 
「おい、じいさん。あんた何者なんだよ?」

 カミュの問いには答えず、彼は続ける。

「あのころ、わしは隠居しておってのう。城下に降りては民と杯を交わし笑い合う。そんな毎日を過ごしておったのじゃ――。じゃが、16年前のあの日……魔物たちがすべてを奪っていった」

 その表情は彼らには見えないが、その声色が深い悲しみを帯びていくのがわかった。

「今やかつての栄華は見る影もない。たったひと晩でこうなってしまったんじゃ」

 そこまで話すと、ロウは振り返る。

「おおっとすまんのう。エルシスに見せたかったものは別にあるんじゃ。では、行くとしよう」

 明るく言うと、再び奥へと彼は歩き始めた。
 やがて、その足が立ち止まった前には……

「おじいちゃん。このお墓は?」
「この国の……ユグノアの国王夫妻の墓じゃよ」

 ベロニカの問いに、ロウは質素に建てられた墓を見つめたまま静かに答える。
 息を呑むように後ろに立つ彼らは驚いた。

 ユグノアの国王夫妻――。
 目の前にある墓を茫然と見つめるエルシス。

「それって、つまりエルシスちゃんの……」
「さよう。勇者、エルシスのじつの両親」

 シルビアの言葉にロウは顔だけ彼らに向けて答えた。
 そして、再び墓に向き合い、

「すなわち、16年前に亡くなったわしの娘とムコ殿の墓じゃよ」

 再び六人に衝撃が走った。
 カミュが驚愕のまま口を開く。

「えっ?ということはあんた、エルシスのじいちゃん……?」
「エルシスの……」

 ユリは思わずエルシスの横顔を見た。
 自分たちが驚いている以上の衝撃だろう。
 その事実を彼がどのように受け止めるのかは、ユリにはわからない。

 ――僕の、おじいちゃん。

 エルシスはその言葉を何度も頭の中で反復する。
 目の前の老人は自分と血縁関係にある存在。
 つまり、彼はエルシスの"本当"の祖父であり、目の前の墓で眠るのは"本当"の両親ということ。

(本当ってなんだ……?じゃあペルラお母さんもテオおじいちゃんも嘘だったってこと……?)

「娘も死にムコ殿も死に……それでもわしだけが生き残ったことには意味があると。そう思わなければ、あまりにもつらすぎた」

 語られるロウの言葉は、とても重く痛ましいものであった。
 彼は彼で、もがきながらこの日まで生きてきたのだ。
 ロウはエルシスに向き合う。

「だから16年間、わしは追い求めたじゃよ。なぜ、ユグノアは滅ぶことになったのか……。その原因を探るのを生きる目的としたのじゃ」

 彼は眼差しでエルシスを促した。
 気づいたエルシスは、墓の前に立つ。

 墓には『ユグノア王 アーウィンと 王妃 エレノア ここに眠る』と刻まれている。

 この時、エルシスは初めて二人の名前を知った。
 会ったことはないのに、墓に刻まれた名前を目にした途端、エルシスは胸が苦しくなる。

 彼らは、もうこの世にいない。

 自分がどんな風に受け止めようと、二人にもう会うことは決してできない。

(アーウィンお父さんと…エレノア…母さん)

 彼は右拳を左手で包み、拱手礼をする。
 エルシスだけでなく、その場にいる全員が……。目を閉じ、今は静かに眠る二人に黙祷を捧げた。

「――そして。各地を回り、わしは知った。勇者伝説の信奉者であった盟友、デルカダール王の変心をな……」

 目を開き、話の続きをするロウ。
 勇者伝説の信奉者――あのデルカダール王がかつて……。
 ユリは王の姿を思い出していた。
 三人の逃亡劇のきっかけになった王だ。

「16年前のあの日から……デルカダール王はまるで人が変わったかのように勇者を悪魔の子と呼び、非難を始めたんじゃ」

 その言葉と共にロウは悔しげに拳を握りしめる。

「あまつさえ自分の娘の死まで勇者の仕業として世に広めている始末。わしには王が正気であるとは思えなかった。裏で何かが起きてる……。亡国の真相と盟友の変心……ふたつの謎を必ずや解き明かしてみせると誓ったのじゃ」
「……………」

 エルシスは目の前の、ましてや仮面武闘会で優勝を争った老人が、悲壮な決意と共に生きてきたとは思いもよらなかった。
 
「エレノアよアーウィンよ……。よろこべ、お前たちの息子じゃ。元気に生きておったぞ……」

 ロウは墓にそっと触れ、二人に伝える。

 ――ロウにとって、これほど喜ばしいことはなかった。

 一度は心の底から恨んだ神に、感謝するほどに。
 彼は二人の形見であり、光だ。

「よく戻ってきたな、我が孫よ。よくぞ……よくぞ、生きていてくれた」

 涙が滲む目でロウはエルシスをまっすぐ見つめる。
 その眼差しに間違いなく愛情があると――エルシスはわかった。
 何故なら、テオも同じように自分に向けてくれた眼差しだから。

 だからこそ、エルシスは戸惑った。

「こうして、16年ぶりに愛する孫と再会することができたんじゃ。このじいの頼みを聞いてくれんかの?」

 エルシスはぎこちなくもロウに頷く。

「ユグノア王家には代々伝えられている鎮魂の儀式があってな。非業の死を遂げたエレノアたちを共にとむらってほしい。儀式は城の裏山にある祭壇でおこなう。おぬしも祭壇まで来てくれ」

 話が終わると、ロウは一足先に歩き始めた。

「鎮魂の儀式……」

 その後ろ姿を見ながら、沈黙が訪れた場にカミュがぽつりと呟く。

「私たちも参加していいのかな?何かできたらいいんだけど……」
「ああ……エルシス。オレたちもお前の家族の魂をとむらう……城の裏山にあるっていう祭壇に向かおうぜ」

 ユリとカミュの言葉にエルシスは「ありがとう」と頷く。

「……それにしてもあのじいさん。こんな険しい山登れんのかな。まあ、あたたかく見守ってやろうぜ」

 再び彼らはロウの歩調に合わせるように、ゆっくりと後を追った。

「エルシスのおじいちゃんってことはユグノア王家の人ってこと?そんなすごい人だったなんて……」

 歩きながら口を開くベロニカ。

「……エルシス。突然のことで実感がないと思うけど……。おじいちゃん、生きててよかったね……」
「…うん」

 ベロニカのその言葉に微笑み素直にエルシスが頷くと、次にセーニャが口を開いた。

「ユグノア王と王妃のお墓……。国王夫妻のモノにしてはボロボロなお墓でしたわ。あれはきっと、ロウさまがご自分で作られたんでしょうね。16年前のあの日を思って……」

 セーニャは手を握りしめ、その心情を考えるように……。

「自分の家族のお墓を作るなんてどんなに悲しかったことでしょう……。ロウさま、おいたわしいですわ……」

 彼女がそう言うように――ユリもまた胸を痛めていた。
 墓までの道も瓦礫がまったく落ちておらず、綺麗に片付けられていたことに気づき。
 きっと、いつか誰かが自分以外にも墓参りに来れるようにと――そんな思いがあったのではないかと、ユリは感じ取っていた。

「アタシもウワサでしか知らないけど、デルカダール王はある時から勇者の捜索にチカラを注ぎ始めたらしいわ。それがエルシスちゃんの故郷。ユグノア王国の悲劇と関係があるのか……。たしかに裏がありそうな話ね」
「そのせいでオレたち酷い目にあったからな」

 シルビアに続いて、カミュがうんざりして言った。
 彼の家臣であるグレイグやホメロスの襲撃は記憶に新しい。


 鎮魂の儀式を行う祭壇に向かうため、ロウの後ろをついてく形で、六人は山の斜面を上がっていく。


「あの……背中の荷物、持ちましょうか?」
 杖を突きながら、一歩一歩ゆっくり歩くロウにユリは声をかけた。
「ありがとう。やはりお嬢さんは優しいのう。でも、大丈夫じゃ。坂はきついがこの老いぼれ、まだまだ現役じゃよ」

 にっこり微笑んでおちゃらけて答えるロウに、ユリも思わずふっと綻ぶ。
 確かに彼は決勝戦で、ハンフリーと近接戦闘を行っていたのを思い出した。

「かっこつけんなよ、じいさん。そんな歩きじゃ日が暮れちまうだろ?」

 横から現れたカミュがそう言いながらロウの背中からさっと荷物を奪い取る。
 手際の良さに思わずユリは感心した。(さすが元盗賊……)

「まったく、おぬしはせっかちな少年じゃのう」
「その少年はやめてくれ」
「鎮魂の儀式は日が沈んでから行うので問題はない。時にはゆっくりと確実に歩むのも大切と覚えておくとよいぞ」
「へーへー」

 カミュは聞き流すように答えると、ロウの荷物を肩に背負った。

「あいつがせっかちなのは確かね」
「そうかも」

 そのやりとりを見ていたベロニカの言葉に、エルシスはくすりと笑って答える。
 それは追われる身だったのも関係するだろうが。(二人は他愛なく話せるのに……)

 エルシスの顔から笑みが消える。
 自分はきっとあんな風に話せない。

 実の祖父だというのに――ロウに対してどこかそっけなく接してしまう自分に、エルシスは自己嫌悪していた。

 ――……でも。

(テオおじいちゃん……僕は……)


 途中で軽食を取りながら休憩し。
 ロウと彼らが目的地に着く頃には、日が沈み、辺りは闇に包まれていた。

 岩のトンネルを抜けると――

「お待ちしておりました、ロウさま」
「うむ。仕度は済ませてくれたようじゃな。ごくろうであった姫よ」

 そこには、月明かりに照らされるマルティナの姿があった。

「あら、アナタは……」
「皆さん、下がって。鎮魂の儀式はユグノア王家のおふたりのみでおこなわれるので、こちらにどうぞ」

 シルビアが何かを言う前に、マルティナは両手で彼らを制止しながら言う。
 そして、彼女も後ろに下がり、共に見守るように並んで立った。

「あんた。じいさんに姫ってよばれてるけど、もしかして、あんたは……」
「静かに。儀式が始まるわ」

 カミュの問いにマルティナは人差し指を立て、しっ…と沈黙を促した。
 カミュは仕方なく前に向き直る。

 儀式を行う台座には、香木の青々とした葉が供えられていた。
 エルシスはロウから松明を受け取る。

「では、エルシスよ。わしのマネをするのじゃ。よいな」
「はい」

 ロウの真剣な言葉に、同様に答えるエルシス。
 正直、まとまらない気持ちのままこの場に立っているが、非業の死を遂げた彼らの魂を弔いたい気持ちは変わらない。

 ロウは静かに松明の炎を枝葉に移した。
 エルシスも同じように、そこに松明の火を灯す。

 炎に包まれる枝葉。そこから生まれた白い煙が……闇夜に昇っていくのを二人は見上げる。

「人は死ねば、皆、命の大樹へと還ってゆく。あの大樹の葉、1枚1枚が人の魂と言われておる。されど……」

 エルシスの横顔を見つめながら話すロウ。
 彼の清々しい空のような瞳は、娘のエレノアにそっくりで……。まっすぐとした眼差しは、父であるアーウィンの面影を感じさせた。

「魔物によって非業の死を遂げた者は未練を残し、この世を迷うという……。そんな魂を救う儀式がこの地に伝わっておる」

 煙の行く末を見つめていたエルシスは、自分の周りを飛ぶ光に気づき、姿を追う。

「見よ……。煙の香気につられて光り輝く蝶たちがやってきおった」

 どこからともなく現れたキラキラと輝く蝶たち。
 後ろで見守っていた六人も驚きに周りを見た。

「この蝶を人の魂と見立て、命の大樹へと送る。それをもって死者のなぐさめとするのじゃ」

 光り輝く蝶は増えて、煙に乗るように命の大樹へと向かっていく。


 夜空に生まれた、光の道――美しくも哀しい儀式。
 命の大樹へ還れなかった魂に、少しばかりの安らぎを……。

 ――ユリは両手を握り、そう静かに祈った。

 閉じた瞼から一筋の涙が流れる。
 何故、こうも胸が痛むのか分からない。
 自分はとても大事なことを忘れているんじゃないかと焦燥する。

『……る…私の、使命――だから』

 記憶の断片、過去の自分が大事な何かを言った。 
(私は、なんて言ったの――)
 自分に問いかけても答えはもちろん返って来ない。

 ああ、また思い出せないのだ。

「……大丈夫?顔色が悪いわ」

 ユリの様子に気づいたマルティナが、彼女の顔を覗き込むように声をかける。
 その向こうで眉を寄せたカミュと視線が合った。
 心配かけぬようユリは「大丈夫です」と笑顔で答えた。


「エレノアは……ただ死んだわけではない。おぬしとデルカダールの王女を救うため、自らおとりとなったのじゃ」

 ――枝葉が燃え尽きようという頃、エルシスにロウは話しかける。

「かけがえのない、ふたりの命が救われた……。ありがとうな、エレノア」

 煙が空に消えていくのを見つめながら。

「……そういえば、エレノアはおぬしに何か遺さなかったかのう?」

 その言葉に、エルシスは大事なものを入れている腰のポーチから手紙を取り出し、母の手紙をロウに渡した。

「おお!こ……これは!」

 ロウは受け取ると、さっそく封を開ける。
 手紙に書かれている文字は紛れもなくエレノアのものだ。

「そうか。そういうことじゃったのか……。この手紙があったからこそ、おぬしはデルカダール王のもとに……」

 手紙の内容を読んで、ロウは独り言のように呟く。

「エルシス。苦労をかけたな……」
 読み終えたロウは、追われる身になった彼のここまでの旅路を想像するように目を伏せた。
「しかし、ならばこそ、こうしておぬしと出会うこともかなった。ひとえにエレノアの導きであろう」

 もう一度、ロウはエレノアの遺した最後の言葉を眺める。

「……すまん。しばらくはひとりにしてくれ」

 ――エルシスに背を向けて。
 その心情を察して、エルシスは静かにその場を離れた。

「あたしたちもあの蝶みたいに命の大樹まで飛んでいけたら苦労しないんだけど……」

 そう話していたベロニカは、エルシスが戻って来るのに気づいてあっと慌てて口を紡ぐ。

「って、こんなときに不謹慎だったわね……。ごめんなさい、エルシス」
「ううん。気にしないで」

 素直に謝るベロニカに、エルシスは穏やかな笑顔で答えた。

「とっても美しい儀式だったわね……。国王夫妻の魂もきっとなぐさめられたにちがいないわ」
「王妃さまの勇気ある行動にエルシスさまは救われていたのですね。その大切なお命……。これからもお姉さまと共にお守りいたしますわ」
「ありがとう…シルビア、セーニャ」

 励ますようにエルシスに声をかけた二人。
 次に、彼は離れた場所に立っているカミュの元へと向かった。

「じいさんと一緒にいるあの女の正体……。さっきの話でようやく確信が持てたぜ。たぶんあいつは……そういうことだよな?」
「うん、まさか……こんなことがあるなんて」

 ロウがマルティナのことを「姫」と呼んでいた理由だ。

「……そういえば、ユリは?」

 キョロキョロと辺りを見回し、見当たらない姿に、エルシスはカミュに聞いた。
 カミュは意味ありげな表情を浮かべ、無言で後ろに親指を向ける。

 少し、斜面を下がった所に彼女はいた。
 亡きユグノア王国を見ているのだろうか。

「ユリ――?」
「あ、エルシス」

 振り返る彼女はいつもと変わらない表情だ。

「ちょっと記憶を思い出しそうで…、考えてたの」
「!何か思い出したの!?」

 何かあったのかエルシスが聞く前に、ユリは彼に話した。
 驚くエルシスに、彼女は苦笑いを浮かべながら首を横に振る。

「それが思い出せなくて……」
「そっか……」

 二人の間に訪れる沈黙。

「――……実感が、湧かないんだ」

 先に話を切り出したのは、エルシスの方だった。

「二人のお墓を前にして、ああもう二人はこの世にはいないんだって思ったら、胸が苦しくなった。母が自らの犠牲になって僕を守ってくれたと聞いて、悲しくなった」

 ……でも。

「でも、二人が血の繋がった本当の両親っていうことが、よく分からないんだ――」

 ……いや、分からないんじゃない。
 受け入れるのが怖いんだと、エルシスはユリに話していて気づいた。

 ペルラとテオとの繋がりがなくなるようで……。
 自分はイシの村で育ったただの普通の青年だったのに。

 勇者の生まれ変わり
 ユグノアの王子
 悪魔の子――。

(……違う。僕は……っ)

 ――本当は。本当は、ただの冒険者になりたかった。

(テオおじいちゃんのような、トレジャーハンターに――)

「…ユリなら僕の気持ちわかるよね?記憶を失ってる今、もし君の家族が現れたら――」

 エルシスはここまで言いかけてハッと我に返る。

「ご、ごめんっ!無神経なこと言って……!僕ちょっと頭を冷やしてくるっ……」
「あっ待ってエルシス……!」

 私は大丈夫なのに――ユリが止めるまもなく、エルシスは行ってしまった。

 ため息と共に頭を抱えるユリ。

「……おい、大丈夫か?」
「……カミュ」
 こっそり様子を伺ってたカミュは、思わずその姿に声をかけた。
「私……エルシスに気の利いたこと、一つも言えなかった」

 ――わかるのに。ユリはエルシスの去った後を見つめながら続けて言う。

「エルシスの言ってたことわかる。私ももし、家族の存在が現れたら、戸惑うと思うから……」

 そして、覚えてないことに申し訳なく思うだろう。
 エルシスもきっとそうじゃないかと思った。
 受け入れることができない罪悪感。

「……今すぐには無理でも、時間が解決してくれることだってあると思うぜ。あいつも考えたいことがあるだろうし、しばらく一人にしてやろう」
「……うん」


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