デルカダール地方の無人島に上陸した一行。
「無人島ってわくわくするね、エルシス」
「うんっ冒険って感じだ!」
「宝の一つでもありゃあ嬉しいんだが」
そう楽しげに話すユリ、エルシス、カミュの三人。
「小さな島でなんだか可愛らしいですわね、お姉さま」
「ええ、別荘とか建ててみたいわね」
その後を続くセーニャとベロニカ。
「この島の所有権はデルカダール王国になるのかしら?」
「ここまで海の領土は持ってなかったと思うわ。たぶん、誰の所有地でもないんじゃないかしら…?」
「うむ。彼女たち、双子の別荘にできる可能性もあるのう」
シルビアとマルティナ、ロウが笑いながら後ろをついていく。
無人島にも魔物が生息していたが、オコボルトなど、よく見る魔物たちだった。
探索しながら、素材集めをするエルシス。
まりょくの土、ようせいの綿花、しおかぜ草……
小さな島なので、一周をするのにもそう時間はかからない。
不思議な建物を見つけたが、扉には鍵がかかっており、特殊な鍵じゃないと開かないものだとカミュは言った。
残念に思うなか、エルシスの目に一つの宝箱が目に飛び込ぶ。
「カミュ、宝箱があったよ!」
浅瀬に浮かぶ小島にぽつんと。
じゃぶじゃぶと音を立てながら駆け寄るエルシスに、それに続く仲間たち。
「無人島の宝箱なんて期待しちまうな」
「エルシス!早く開けてみて!」
ベロニカに急かされ、行くよ――とエルシスは宝箱を開ける。
中には『世界のゆびわ図鑑』という、レシピブックが入っていた。
「なぁんだ、レシピブックか」
がっかりするベロニカに「これも貴重なものですわよ」とセーニャが宥める。
「指輪が作れるレシピなんだね」
「あら〜ロマンティックじゃなあい!」
パラパラとレシピブックを捲るエルシスの横から覗き込むユリとシルビア。「すぐに作れそうなのもあるから、さっそく後で作ってみるよ」と、エルシスは笑顔で言った。
「エルシスにとっては立派なお宝じゃな」
「うん!新しい物を作ると、やっぱりわくわくするし」
「それにしても、ふしぎな鍛冶台なんてそれこそ貴重な物を持っていたわね」
マルティナの疑問に「カミュにもらったんだ」と嬉しそうに答えるエルシス。
「さすが、優秀な元盗賊ね。デルカダールの秘宝が盗まれたというウワサを聞いたときは驚いたけど、それがキミ――カミュだって知ったときはもっと驚いたわ」
「……結局ヘマして一年も牢獄に入っていたけどな」
「でも、そのおかげでエルシスとユリ嬢は助かったんじゃ。お手柄じゃよ、カミュ」
「あの時は成り行きで――って、いいだろ、その話は」
予想外に褒められて照れてるらしいカミュに、ユリはクスクスと笑う。
「おい、笑うなよユリ」
そんな彼女に、カミュは浅瀬の海水を手で掬いかけた。
「っ冷たい!…も〜お返し!」
「うわ、やったな」
「カミュが先にやってきたんだよ」
今度はユリがカミュに海水をかける。
笑い声を上げながら掛け合う二人。
「いやんっカミュちゃんとユリちゃんってば……青春ね!」
「ええ、青春だわ……!」
「羨ましいのう……」
その光景を甘酸っぱい気持ちで見るのは、シルビア、マルティナ、ロウの年長組。
「ちょっと魔物の存在が気になるけど、のんびりできて良い場所ね」
「ええ、潮風がとても気持ちいいですわ」
体をう〜んと伸ばすベロニカに、セーニャは潮風を肌に感じながら、さざ波の音に耳を傾ける。
そして、エルシスは……
「それー!」
「あっおま…!シャレにならねえ量をかけやがって」
「後ろからはずるいよっエルシス!」
「あははっ!」
「よし、ユリ。一時休戦だ。手を組むぞ」
「敵の敵は味方だね」
「えっちょっと待って!うわっ冷た…しょっぱ!」
彼が参戦して水掛け合いは白熱したものに。
いつもの三人に、年長組は今度は微笑ましく笑った。
「アンタたち……ホント子供ね」
すっかり海水に濡れてベタベタの三人。
彼らを見て、腰に手を当て飽きれるベロニカ。その隣でくすりと笑ったセーニャ。
三人は言い返す言葉がなく、それぞれ苦笑いを浮かべた。
「十分楽しんだし、そろそろ帰りましょうか」
「うん、そうだね」
マルティナの言葉にエルシスは頷くと。
皆を見渡しながら、再び口を開く。
「みんな、ありがとう。島に上陸したいっていう僕のわがままに付き合ってくれて」
「ずいぶん可愛いわがままね。でも、そんな風に思っている人はいないんじゃないかしら。ねえ、みんな?」
シルビアの言葉に全員が頷いた。
「ええ、とても素敵な時間を過ごせましたわ!エルシスさま」
セーニャ。
「そうね。リフレッシュもできたし!」
ベロニカ。
「楽しかったね、エルシス。それに素材もレシピブックもゲットできたよ」
ユリ。
「ま、たまにはこういうのも良いんじゃねえか」
カミュ。
「ほっほ。旅は道草も大事じゃ。ずっと気を張り詰めておったらくたびれてしまうわい」
ロウ。
「また、島を見つけたら上陸してみましょうか。新たな発見が見つかるかも知れないわ」
マルティナ。
最後にシルビアが「ほらね」と言ってウィンクすると、エルシスははにかむような笑みを見せた。
足取りも軽く、シルビア号に戻る一行の前に――
「なんだ、てめえらは!」
突然、武骨な男たちの集団が現れた。
そっちがなんだ誰だと彼らは思っていると……
「オレたちは、泣く子も黙るカンダタ海賊団だ!!」
勝手に自己紹介をしてくれた。
どうやら真ん中のこの男が海賊団のボスらしい。
…………………。
パンツ一丁にマスク。右手に斧を持ってる姿はどう見ても海賊のお頭に見えない。せいぜい山賊辺りである。
「ただのヘンタイじゃないのよ!!」
ベロニカが指を差して叫んだ。確かに。子分たちはちゃんと海賊風なのに、何故。
エルシスはというと、首を傾げながら……
「カン…?ダダ??」
「カンダ「タ」だ!!」
「カンダタダ海賊団!」
「カンダタ海賊団っ!!」
「あ、カンダタ海賊団かぁ」
やっと分かったとスッキリするエルシス。
……こいつのすごい所は、今のを全部真面目にやってる所だとカミュは思う。
「あーもうっ!紛らわしいし言いにくいわね!もっと覚えやすい言いやすい名前に改名しなさいよ!」
「なっなんだとこの生意気なガキめ!」
「お頭!こいつらもしかして……」
子分の言葉に、何やらハッと気づくカンダタお頭。
「黒コショウを取り戻しにきたのか!?」
黒コショウ……?なんのことだ。
「そうはさせねえ!やっつけてやる!」
何がなんだか分からないうちに武器を取るカンダタ海賊団に、彼らも臨戦態勢を取る。
「へっへ…よく見りゃあ綺麗なねえちゃんが揃ってるじゃねえか」
「より取りみどりかよ!」
「…あいつら、汚ならしい目付きしやがって」
「四人は後衛に!」
「う、うん」
「はい…!」
「フフ、私もね?」
「べーっだ!」
男たちの言葉に、カミュとエルシスだけでなく、シルビアもロウも彼女たちを守るように自然と前に出る。
「シルビアのおっさんも何なら後衛でもいいぜ?」
「あらん。お気遣いありがと、カミュちゃん。でも、この場合は大丈夫よ」
短剣を構えるカミュに、取り出した鞭をしならせるシルビア。
「優男とジイさんじゃねえか!」
「ま、生意気なガキもいらねえけどな」
「なんですってー!?」
怒りのまま前線に出ようとするベロニカを、ユリとセーニャが必死に押さえた。
「いくぞ、てめえら!!」
「「おおーー!!」」
武器を振り上げ、迫る海賊たちに迎え撃つ。
「うわっ!」
「ぎゃ!」
片手剣のエルシス、短剣のカミュ。
海賊団の中心に飛び込んだ二人は、意気ぴったりにかき乱すように、暴れる。
「ヒャダルコ!!」
「うわわ!」
「寒いっ!」
ロウの魔法が炸裂し、
「ハーイ!悪い海賊ちゃんはお仕置きよ!」
シルビアの鞭が唸った。
「ピオリム!」
「マヌーサ!」
援護を――と、ユリとセーニャが呪文を唱える。
「チッ。魔法は厄介だ!マホトーン!」
対して、魔封じの呪文を唱えるカンダタ。
そんな見た目で魔法が使えるのか!
と、同時に思うエルシスとカミュ。
ロウとセーニャが魔法を封じられた。
「魔法を封じられては仕方ないのう……」
「魔法が使えないジイさんはダダのジイさんよ!てめえら、このジイさんからやっちまえ!!」
「いけません、ロウさま……!」
慌てるセーニャに「大丈夫よ」と、マルティナがその言葉と共に手で制した。
子分たち数人に囲まれたロウだったが、次の瞬間。
ロウから台風が起きたように、全員吹っ飛ばされた。
「ほれ、もっと踏ん張らんかい」
「ロウおじいちゃん!」
「やるじゃない!ロウちゃん!」
「じいさん、あとで腰がやれても知らねえぜ」
ツメを装備し、勇ましく構えるロウ。
「わしが若かりしろ頃は援軍と、バンデルフォン近海の海賊をよく懲らしめたものじゃ」
「っあのジイさん、何者だ!?」
――ね。マルティナはセーニャにそう笑いかける。
「ロウさん、すごい……!」
「そういえばおじいちゃん。仮面武闘家で戦ってたのは魔法だけじゃなかったものね」
「私の武術は、ロウさまに教わったのよ」
マルティナの言葉に、えっと驚く三人。
「……強くなりたくて、ずっと鍛えてもらってたの。ああ見えて、ロウさまはすごい人……」
そう言いいながら、マルティナは背中の槍を握り――トンッと地面につけた。
「オレたちは海賊だからな!卑怯な手もお手の物よ!」
「ねえちゃんたち、オレたちの相手してくれよー」
現れたのは伏兵たち。マルティナの唇が弧を描く。
「私がお相手してあげる。――この子たちには指一本触れさせないわ!」
「「(!マルティナお姉さま……!)」」
そう言い切るな否や、マルティナは「はあぁ!」と力強く彼女愛用の槍を振るう。
片刃の大槍をいとも簡単に振り回す姿に、すごい……と見とれるセーニャ。
自分も槍を少しだけだが扱うため、そのすごさがよく分かる。
一騎当千のごとく、次々と伏兵たちを倒していったマルティナ。
「マルティナさんっ避けて!あたしの怒りを喰らいなさーい!」
「「うわあぁ!!」」
メラミ!――と、倒れているそこに魔法を撃ち込むベロニカに「結構容赦ないわね、あの子…」とマルティナはこっそり思った。
「――さあ、エルシス。あとは船長だけよ」
「ああ!」
「!?」
カンダタが気がつくと、子分たちは全員倒されているではないか。
焦るカンダタに、足払いをかけたマルティナ。
「今よ!エルシス!」
「ちょっとたんま!」
「はああ……!」
――一刀両断!
「や、やられた……!」
エルシスの攻撃が綺麗に決まり、倒れるカンダタ。
――もちろん、命までは取ってはいない。
一部(ベロニカのメラミを喰らった)者以外は軽傷で、彼らは全員、正座をしていた。
「奪った黒コショウは返しますんで許してください!!」
カンダタが土下座をすると、子分たちも一緒に土下座をする。
「……もう、悪さをしないなら許してあげてもいいよ」
そして、シルビア号に戻ってきた一行。
「お前、よくあいつらのことをあっさり許したな。いつもならもっと悩みそうなのに」
「また、無限ループになったら嫌だなと思って」
「無限ループ?」
カミュの言葉にエルシスは薄く笑って答える。脳裏にいつぞやの砂漠の泥棒の姿が浮かんだ。(あの二人、ちゃんとやってるかなぁ)
それより……と、エルシスは手にある布の袋を見る。
「この黒コショウ、どうしようか?持ち主に返したいけど……」
「海賊ちゃんたちはソルティコ行きの商船から奪ったって言ってたわね…」
「黒コショウは高級品じゃ。きっと、ソルティコの中でも質の高いレストランで使われているんじゃないかのう」
ロウの言葉に「そんなに高級品なんだ」とまじまじ見るエルシス。
「黒コショウ一粒、金の一粒と言われるぐらいだからな」
「え!そんなに!?」
「そんな高価な香辛料が世界にはあったのですね……」
カミュの言葉に、エルシスは持ってる袋がずっしり重くなったように感じた。
「だからあのカンダタ海賊団はこれを狙ったのね」
「あーあ。せっかく良い気分転換になったのに、最後は台無しよ」
「今日はお香でも焚いて、ゆっくり休みましょう。――でも、ユリは早くシャワーを浴びてきた方がいいわね。エルシスもカミュも」
海水が乾燥し、ベタベタからガビガビになってきた三人は、互いの姿を見て、再び苦笑いを浮かべた。