白の入り江

 崖と崖の間に作られた、外海を繋ぐ大河のようなソルッチャ運河。

「この先に繋がるのが新天地なんだ――」

 エルシスが眺める先は、果てしなく運河が続いている。
 エルシスだけでなく、他の仲間たちもそれぞれ船が進む先を眺めていた。

「新たな旅の始まりって感じだね、エルシス」
「うん。命の大樹への手がかりのオーブ……なんとしてでも見つけださないと」

 ユリの言葉に、決意を込めて言うエルシス。
 その隣で「残りのオーブはあと4つか……」カミュが独り言のように呟く。

「……ああ、オレが渡したレッドオーブのことは気にするなよ。お前の役に立つなら本望さ」

 何か物言いたげな目を向けるエルシスに、なんて事ないように彼は笑って答えた。

「……残りのオーブも絶対に見つかるよ。…ううん、見つけよう」

 大事にしていたオーブを渡してくれたカミュの為にも――ユリの言葉に、エルシスは力強く頷く。


 ――船は一本道の運河を進む。この辺りは魔物もあまり出ないようだ。


「ロウさまと旅をしていた頃、海を渡る時は貨物船の積み荷に紛れたり、釣り船に乗せてもらったりしたものよ」

 女性陣で会話に花を咲かしていると、マルティナが今までの旅の話を彼女たちにする。

「それはもうひどい船旅だったから、自分たちだけの特別な船に乗れるのはとっても快適だし、自由で楽しいわ」

 ひどい船旅と言葉にした際は、その形のいい眉が歪んだのでよっぽどだったのだろう。

「船旅の思い出だと、初めてシルビア号に乗り込んで見た日の出が綺麗だったな」
「ええ、あの時はハラハラしたから余計に感動的だったわね」
「私、あの美しい朝焼けの光景は一生忘れませんわ」

 ユリに続いてベロニカ、セーニャが言った。

 あら、詳しくその時の話を聞きたいわ――マルティナのその言葉に、三人はダーハルーネでホメロスに追い詰められとのだと話した。

「ホメロス将軍……。私がまだ城にいた頃、彼とはあまり接する機会がなかったけど、とても通勉で努力家だと評判だったわ。グレイグもだけど、彼も強敵ね……」

 憂いを帯びた声で言ったマルティナの言葉に、ユリとセーニャの表情が曇る。
 グレイグとホメロスが同時に向かって来たら、果たして逃げきれるのだろうか。

「大丈夫よ!今回もなんとなかなったんだから、次もなんとかなるわ!」

 明るい声で、自信満々にベロニカが言えば、ユリとセーニャも釣られて笑顔になる。
 一番小さいのに、一番頼もしいかも知れないわね。その様子に、マルティナはくすりと笑った。

「――そういえば、エルシスはガールフレンドがひとりもおらんのか?」

 女性陣がわりと真面目な話をしている時、ロウはエルシスに軽く声をかけていた。
 二人はすっかり他愛ない会話を楽しむ仲だ。

「え、急になにロウおじいちゃん」

 ――ガールフレンド?
 エルシスは聞きなれない単語に首を傾げる。

「恋はイイぞ〜心をゆたかにしてくれるのじゃ」
 どうやら、所謂恋バナだったらしい。
「もう…僕に恋なんてする余裕なんてないよ」
 よく分からないというのが本音だが。
「わしがお前くらいの時にはそれはもうモテモテじゃったから、ガールフレンドはたくさんおったぞ」
「…………浮気ってこと?」

 ガールフレンドがよく分かってないエルシスはロウを冷たい目で見た。

「違うぞ、エルシス!ガールフレンドは友達という意味じゃ。女友達じゃ!」
「でもさっき恋って言ったじゃないか」
「それはアレじゃ……!アレ……。のうカミュ!」
「……オレに振るのかよ」

 どうやらロウとエルシスの仲を保つのに、カミュの役割は継続らしい。

「カミュちゃんは女の子以外からもモテモテね!」
「おっさん、割り込んでくるなよ。話が余計にややこしくなるぜ」
「アタシを仲間はずれにしようとするなんて……ひどいわ、カミュちゃん!」
「そうだよ、カミュ」
「そうじゃよ、カミュ」
「…………………はぁ」

 シルビアの泣き真似に乗っかるエルシスとロウ。呆れるカミュとは反対に、エルシスはクスクスと楽しげに笑った。


 話をしていると時が経つのはあっという間だ。


「みんな!出口が見えてきたわよ!」

 アリスと交代して船を操縦するシルビアが彼らに叫ぶ。

 ユリは船から身を乗り出すように前方を見た。目に映る海は内海の景色となんら変わりはないが、新天地というだけで心が浮き立つ。

「ユリさま。私、世界がこんなに広いなんてラムダにいる時は知らなかったんです。ですから、見るものすべてが新鮮で……」

 隣で眺めるセーニャも、どうやら同じ気持ちのようだ。

「この先に続く新たな地には、どんな冒険が待っているんでしょう。とってもわくわくしますわ!」

 ソルッチャ運河を抜けて、外海に出たシルビア号。
 地図を見て、まずは近くの大陸に上陸しようと目的を定めた矢先――

 異変は唐突に起こった。

「んんっもう!なんなの、この霧!なーんにも見えやしない」
「シルビア!どうした?」
「わからないわ!急に霧が出てきたの!気味が悪い……全速力で抜けるわよ!」

 シルビアはカミュの問いに答えると、舵を切る。

「もしかして、魔物の仕業…?」

 エルシスが背中の剣に手を伸ばしながら、警戒するように言った。
 この辺りの海には霧状の魔物、ガストが出現するからだ。
 周囲が白い霧に包まれようとしている。

「自然の霧みたいだけど……」
「そうね……魔物の気配がしないわ」

 ユリの言葉に、マルティナが辺りの気配を探りながら頷いた。

「けど、おかしいぜ。霧が自然発生するような気候や状況じゃないんだが……」
「あっしも長年航海してますが、こんな突然発生した霧は初めてでがす」
「ううむ…摩訶不思議じゃのう」

 カミュとアリス。海に詳しい二人が言うのだ。
 きっとこれは異常事態なのだろう。
 これが外海特有の未知の現象?ユリは一寸先も見えない白い靄を凝視ながら考える。

「それにしても、本当に何も見えないわね……」
「お姉さま、もしも霧の向こうから怪物が現れたらどうしましょう……!?」
「ちょっとセーニャ、怖いこと言わないでよ!」

 小説の読み過ぎよとベロニカはセーニャに怒るが、確かに何が出てきてもおかしくない雰囲気だ。

「とりあえずみんな、警戒は怠らないでくれ――」

 すぐに剣が抜けるよう柄を掴むエルシスに、皆も緊張感を持って頷く。
 
「シルビア!方角は大丈夫か?」
「ええ、コンパスは問題ないみたいだわ」

 操縦する彼の元へ向かいながらカミュが聞くと、シルビアは方角を確認しながら答えた。
 確かに、磁場は狂ってないようで一先ず安心する。

「――光じゃ!」
 直後、ロウの声が響いた。
「霧が晴れるぞ!」

 彼の視線の先を見ると、うっすらとそこに光が射し込む。
 やがて、船は靄を抜けて前方に視界が広がった。
 
「ここはいったい……」

 彼らの目に飛び込んだ景色。直後、不思議そうに呟いたセーニャの声は短い悲鳴に変わる。

「きゃあっ」
「な、なんだ……!?」
「皆、掴まるんじゃ!」

 大きな振動に彼らの体がふらつく。

「…っ!座礁にでも乗り上げたのか!?」
「いやー!シルビア号は無事なのーー!!」

 船上で小さなパニックが起きながら、船はそのまま止まった。

 波の音さえも聞こえない――。何事もなかったように訪れた静けさに、彼らはそれぞれ顔を上げる。

「……まるで夢の世界みたい……」

 その光景を目にしたユリの口から唖然と零れた声。
 幻想的な入り江は、まるで世界から切り離されたような空間だった。
 海は凪ぎ、その静かな水面は空を鏡のように反射している。

 一体ここはどこなのだろう?
 
 とりあえず、彼らは入り江に降り立つ事にした。
 シルビア号の船底も損傷がないか確認しなければならない。
 人の気配はおろか、魔物や生き物の気配もなく静かだ。

「不思議な場所に迷い込んじまったな。風も吹かなけりゃ、波ひとつ立たない海とは。まったく何が起きたってんだ……」
「うん……でも、幻みたいな…綺麗な場所だ」

 見渡しながら言うカミュに続いて、エルシスも同じように言う。
 幸いにもシルビア号に目立った損傷はないようだが、別の問題が起こっていた。

「エルシスちゃん、ごめんなさいね。海図をさんざん調べたけれど、この場所のことはどこにも書かれていないの」
「海図にも書かれてない場所なんて……」
「こういうワケのわからない場所は早くオサラバしたいけれど、船が乗り上げちゃって船を出せないのよ」
「ダンナ、すまねえでげす。あっしのチカラが及ばねえばかりに船が乗り上げちまったでがすっ!」

 次に突然頭を下げたアリスに、エルシスは慌ててそんなことはないと首を横に降る。

「シルビアねえさんとなんとかして船を動かしてみせるでげすから、ちょっとだけ待ってほしいでがす!」
「ええ、なんとかしてみせるわ!」
「二人ともありがとう。僕たちはここがどこか調べてみるよ」

 
 エルシスは船を二人にまかせ、不思議な入り江を歩いてみることにした。

「うぅむ。興味深い……。エルシス、見てみるがよい」

 そう言ってロウが見上げる先には、一隻の船があった。
 姿形は残っているが、だいぶ年季を感じられる。

「この船の骨格、船首の構造……。わしの生まれる、ずーっと前の造りじゃて」
「そんなに昔の船が……」
「もしや、ここがウワサに聞く神隠しの海域かのう……。この場所だけ時が止まっておるようじゃ」

 その言葉を聞いて、改めてエルシスは船を眺める。
 この場所に迷い込み、何十年…いや、何百年とこの場所に佇んでいたのだろう。
 船が寂しそうに、エルシスには見えた。

「キレイな場所ですわね……。子供の頃、読んだおとぎ話の絵本にこんな景色が書かれていましたわ」
「確かにそんな世界に来たみたいだね」

 セーニャの言葉にエルシスも頷く。
 地平線が見えず、淡い白い光が射し込むこの場所は、本当に絵本の世界のようだ。

「私もいつかこんな場所に、絵本の中の王子さまと来てみたいってお姉さまとよくお話ししたものですわ」
「まさか、夢話が現実になるなんてね。……それにしても、まったくな〜んにもないとこねぇ。エルシス、こんな所に長居は無用よ。さっさとオーブを探しにいきましょ」

 ベロニカが言う通り、小さな入り江は船がぽつりとあるだけで他に何もない。

「――ほらよ、エルシス」

 カミュが指で弾いたコインをエルシスは両手でキャッチする。
 手を開くと、小さなメダルであった。

 さっきそこの宝箱に入っていたと言ったカミュに抜かりはない。

「不思議な所、まるで幻のようだわ……」
「水面が鏡みたい……」

 マルティナの指先が、現実かと確かめるように水に触れた。
 その隣で水面を覗き込むユリ。
 そこには、彼女の不思議な色をした瞳までもがはっきりと映し出されている。

 不意に水面がゆらゆらと揺れた。

 その下に浮かび上がるのは、自分とは違う色の瞳。

「……?」
「ユリ、どうか…――」 
「キナイ、キナイなの?」

 水中から人が飛び出した。
 ユリに問いかけるマルティナの声は驚きの声に変わり、尻餅をつく。
 マルティナだけでなく、ユリもベロニカも、側にいたエルシスも驚いた。

 水中から現れたのは、淡いサンゴのような髪色をした美しい女性。
 彼女は女性三人を見て、やがてエルシスに目を止めると、あからさまにがっかりしたという風にその顔を曇らせた。
 
「な…なによ。おどろかせないでよね!それに、お姉さん。人のカオを見てため息なんて失礼よ!」

 その反応にさっそくベロニカは指摘したが、それより三人は彼女が何者か気になっている。

 こんな不思議な辺鄙な場所で、水中から現れたのだ。

 彼女は何やら考える素振りをすると、水中へと潜った。
 その行動に不思議に思う間もなく、四人は再び目を見開く。

 魚が跳ねるように宙を飛んだ彼女。

 魚――?岩に腰かけるように着地した彼女の下半身は、二本の足ではなく。
 髪色と同じように美しいサンゴ色の鱗が輝く、魚のヒレだった。

「……あなた!まさか!に……人魚っ!?」
「人魚……じゃと!?」
「まあ!」
「マジか!」

 ベロニカが叫び、騒ぎを聞きつけたロウとセーニャ、カミュも目を見張る。

 エルシスは、小さい頃に人魚のお伽噺は悲しい話だとエマが教えてくれたのを思い出していた。
 絵本の中の存在だけでなく、人魚は実在していたのかと静かに驚いていると、その彼女と目が合う。

「あら、あなたは叫ばないのね……。私を捕まえようとしないし、めずらしい人……キナイと一緒ね」

 キナイ……?

「それに……」
 次に、人魚の彼女はユリに目を向けた。
「あなたは……」

 全員の視線がユリに集まった。
 もしや、ユリのことを知っている?
 記憶喪失のユリが、実は人魚でしたという展開でもおかしくない――全員がそうごくりと次の彼女の言葉を待つ。

「綺麗な瞳ね。初めて見る色だわ。普通の人とはちょっと違う不思議な雰囲気を持ってるみたい」

 好奇心で瞳を輝かせて。期待していた答えとは違って、彼らは少し拍子抜けした。
 張本人のユリも、がっかりしたようなほっとしたような――複雑な心境から、ぎこちない笑顔を浮かべている。

 もしも自分が人魚だと言われたら、受け入れるのに時間がかかるだろうから。(魚の尻尾もないし……)

 
「おどろかせてごめんなさい。私はロミア。キナイが来てくれたのかと思ってつい飛びだしてしまったの」

 ロミアと名乗った人魚の彼女は上品に話す。
 どうやらこちらに敵意や警戒心はないようだ。

「ふわ〜ビックリ。人魚って本当にいたのね。……と、それはまぁ置いといて。キナイっていったい誰のこと?」

 先ほどから何度も出てきた名前。
 ベロニカの問いにロミアは答える。

「キナイはナギムナー村に住む人間の漁師」
 ナギムナー村――エルシスは心当たりがあった。グロッタで出会った純朴の青年の出身地だ。
「私はこの入り江で彼を待っているの。……私たち、結婚の約束をしたんです」
「けっ…結婚!?人間と人魚が!?そんな話、聞いたことないわ」

 ベロニカはすっとんきょんな声を上げた。
 人間と人魚の結婚なんて、それこそお伽噺のような話である。

(でも、確かあれは哀しい恋の話で……)
 ユリが記憶にある本の内容を思い出していると「種族を越えた恋……素敵ですわ……」そうセーニャのうっとり声が耳に届いた。

「そうね。私も最初はそんな約束かないっこないと思ってた。私たち人魚にはオキテがあるから……」
「オキテ?」

 エルシスが聞き返すと再びロミアは口を開く。

「陸に上がった人魚はふたたび海に戻る時、泡となり消える。……私たち人魚は海を離れて生きられない」

 泡となり――本の結末と一緒だ。
 ユリは少しだけ悲しげに目を伏せたロミアを見つめる。

「でも……それを知ったキナイはね。私のために海底で暮らすと言ってくれたの。海底王国の女王さまも許してくださったわ」
「なんだか……夢みたいなお話。素敵ね……ロミア!」

 普段はそんな素振りは見せないが、マルティナも恋の話にはやはり興味があるらしい。
 対してロミアは「でも…」と暗い表情で口を開く。

「でも、キナイが来ないの。一緒に海底王国へ行こうって、この入り江で待ち合わせをしたのに」

 だから、人の気配に彼女は姿を現したのかと彼らは気づいた。
 ロミアはずっとキナイを待っていたのだろう。

「キナイが約束を破るなんて一度もなかった。彼の身に何かあったのかも……。そう考えると夜も眠れなくて……」
「なんと健気な……」

 ロウが自身の胸も痛めているような声で言った。
 
「あの……失礼を承知でお願いがあります!キナイの様子を見てきていただけませんか?私にできることならなんでもします!」
「う〜ん。人魚の住む海底王国か……」
「なんでもする…ねえ」

 懇願するロミア。その言葉に思案するように呟くベロニカとカミュ。
 二人は同じことを考えていた。

「ロミア!あなたの頼みを聞いてあげるから、なんとかしてあたしたちを海底王国に連れていってくれない?」
「はい!お安いご用です!あなた方の船を、人魚に伝わる秘宝で海にもぐれるようにして差しあげます!」

 ベロニカの言葉に、笑顔を浮かべて二つ返事で答えるロミア。

 人魚に伝わる秘宝――そんなモノがあるのか。
 そして、それがあれば海底に行けるというらしい。
 自分たちの目的に必要だからだが、カミュの元盗賊の血が騒ぐ。

「海底王国に行けば、海底に沈んだオーブの手がかりが得られるかもしれないわ。ロミアの頼みを聞いてあげましょう?」
「うん!ロミアさんのお願いも聞いてあげたいし、僕、ナギムナー村に行ってみたいと思ってたんだ」

 マルティナの問いに、エルシスも二つ返事で頷くと、ロミアの顔が花が開くように明るくなった。

「ありがとうございます!キナイの住んでいるナギムナー村は、はるか東のホムスビ山地の海岸にあります」
「あ、待って……。確か、この辺りだよね?」

 エルシスは地図を取り出し、純朴の青年が教えてくれた位置を指で示す。

「はい、ここです!迷わないよう、地図に印をつけておきますね」

 そう言ってロミアが指を動かすと、地図に印がポゥ…と浮かび上がった。

「何もないところから……」
「今のは魔法……?」
「人魚は古来から不思議な力を持っているんです」

 目を丸くするエルシスと不思議そうなユリに、ふふとロミアは笑った。

「どうかキナイを見つけだしてくださいね」
「わかりました!」
「ちなみに、キナイってのはどんなヤツなんだ?」

 笑顔で頷くエルシスに、特徴だけは聞いといた方がいいだろうとカミュがロミアに尋ねる。

「荒波のように男らしく、潮風のように爽やかで、海のようにおおらかな漁師がキナイです!」

 …………………。

 真剣に答えるロミアだったが、それは特徴というか、彼女がキナイに持つ印象なんじゃ……?

「ウフフ♪キナイちゃんはとっても素敵な人なのねっ」
「わっ!シルビアいつの間に!?」

 いつから彼はそこにいて話を聞いていたのかと驚くエルシス。(シルビアは神出鬼没だ……)

「熱〜いノロケ、ごちそうさまロミア」

 ベロニカのからかうような言葉に「やだ!私ったら。キナイには言わないでくださいね」と、ロミアは恥ずかしそうにはにかんで、水の中に飛び込んでしまった。

 外海へ出て、さっそく彼らのやるべきことは決まったが、重大な問題を思い出す。

「シルビアがいるってことは、船の方は大丈夫だったの?」
「それがどうにもこうにもできなくて、エルシスちゃんたちの力も借りようと来たのよ〜」

 困りきった顔で話すシルビア。
 船を動かして海に戻さない限り、先に進めない。

「皆さんの船なら、私にまかせてください」


 ――問題を解決したのは、話が聞こえたのか再び水の中から顔を出したロミアだった。

「すごいわ〜!ロミアちゃん!」

 彼女は海水を操り、シルビア号は無事に海へと戻る。

「不思議な力でげすね……!何はともあれお礼を言わせてくだせぇ。あっしら気合いと根性で船を力業で動かすしか思い付かなかったげすから……」
「いや、全員で気合いと根性で押しても無理だろ」

 アリスの言葉にしっかりとカミュはつっこんだ。

「あの、ひとつだけお願いがあります」

 最後にロミアは、そう前置きをして彼らに話す。

「くれぐれもキナイ以外の人間にこの場所のことは知られないでくださいね。なぜだかわからないけれど、彼らの中には人魚を嫌う人がいるらしいのです」

 私のことで、彼に迷惑をかけたくはないの――彼女の真剣な言葉に、彼らはしかと頷いた。


 そして、準備が整うとナギムナー村に向かって船は出発する。


「長年、旅芸人やってるけれど、本物の人魚を見たのははじめてよ。なんだかアタシ感動しちゃったわ」
「私、まだドキドキしていますわ。人魚さんと人間の恋なんて、まるでおとぎ話みたいなんですもの!ロミアさまはキナイさまのこと、あ……愛していらっしゃるのですね!」

 興奮気味に話すシルビアとセーニャに、やれやれと呆れるカミュ。

「僕も人魚が実際にいるなんてびっくりしたよ。おとぎの世界だけだと思ってたから」
「人魚と人間の恋なんて夢みたいな話だが、ロミアとキナイを会わせてやれば海底王国に連れていってもらえるんだろ?人魚の住む海底王国なら、海底に沈んだオーブの手がかりが見つかるかもしれねえな」
「まさか、外海に出てすぐにオーブの手がかりが掴めそうだなんて思ってもみなかったね。人魚の住む海底王国も気になるし…」
「人の色恋に首を突っ込むとたいていろくなことが起きないもんだが、今回ばかりは運がよかったぜ」

 エルシス、ユリ、カミュの三人の会話とは別に、ロウが夢見心地に口を開く。

「この世でいちばん美しいものは真昼の月か、海の人魚かと言われているが、本物の人魚の美しさは言葉にできぬほどじゃ」

 確かに人魚という想像通りの姿に、今回ばかりは女性陣(ベロニカ)からの反論は飛び込んで来なかった。

「あのような美しい女性を待たせるとは、ナギムナー村のキナイという漁師はどんな色男なんじゃろの」
「あんなにけなげな恋人をひとりぼっちで待たせておくなんて、キナイはどうしようもないヤボ天のようね」

 その代わり、ベロニカの厳しいダメ出しはキナイに向いたようだ。
 
「ロミアに会わせる前に、乙女心がなんたるかをみっちり教えてあげたほうがいいんじゃないかしら」
「そうね。あんなに思ってくれている彼女を待たせるなんて、よくないわよね」

 ベロニカの言葉に同意するマルティナ。

 この二人が意気投合するなんて……
 待たせた理由によっては、キナイは大変なことになるんじゃないかと、エルシスは早くも彼の身を案じた。

「そういや、人魚のロミアからも不思議って思われるユリは、何者なんだろうな?」
「……もうっ。私が知りたいよ」

 からかうように笑って言ったカミュに、不本意そうに答えるユリ。
 一先ず、自分が人魚じゃないことだけは確かである。


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