ナギムナー村

 ロミアの願いを叶えるため、ナギムナー村を目指す一行。
 シルビア号は何日かかけて外海をはるか東に進み、ようやくホムスビ山地が見えて来た。

 奥に小さく聳えて見えるはヒノノギ火山だ。

 ナギムナー村は山沿いにあるホムラの里とは反対に、海沿いにある小さな漁村だという。

 エルシスは、皆にグロッタの武闘会で出会ったナギムナー村出身の青年の話をした。
 もしかしたらまた会えるかも知れないと、期待に胸を膨らませる。

「友人がいるということは素晴らしきことよ。旅する中でたくさん出来るとよいな」

 その様子を微笑ましく見ながらロウはエルシスに言った。
 彼自身も世界各地に老若男女の友人がいて、一人一人大切な存在だ。

「友達かぁ、いいな……」

 エルシスの話を聞いて、ぽつりと溢したユリだったが、すぐに「あ、私にも友達がいる!」と思い出して明るい声を上げた。

「ユリさまのお友達はどんな方ですの?」
「ファーリス王子」

 セーニャの問いに笑顔で答えたユリに「ああ、いたな。そんなヤツ」とカミュも思い出す。
 それ以下でもそれ以上でもない彼女の友達だ。

(……でも、初めての友達は……)

 海を眺めながら遠くに思いを馳せるように、ユリは思い出す。
 記憶を失くしてからの初めての友達なら、エマだ――。


 海辺に面したナギムナー村を見つけたのは、ちょうど夜明けだった。
 シルビア号を停めるには小さな船着き場に、隣の桟橋に停泊することにした。
 漁村なら村人は朝早くから活動しているだろうと、そのままナギムナー村へと向かう。
 朝に弱いエルシスだったが、岩をくり貫いて造ったトンネルを出て、村に着く頃には目はばっちり開いていた。

「フフフっ!ここがナギムナー村ね!ロミアに聞いた話によると、世界一の真珠が採れるって有名だそうよ」

 いつの間にそんな話を……と驚くエルシスの隣で"世界一の真珠"に反応して「ステキ!!」とはしゃぐ女性陣。

「ぜひ、お土産に買いたいですわね」
「むしろここまで来て買わない手はないわ!」
「ネックレスやピアスに加工してもいいわね」
「じゃあ、私は髪飾りがいいな」
「アタシは新しいステージ衣装に使いたいの〜!」

 楽しそうな彼女たちにカミュはやれやれと首を振る。村について早々、本来の目的を忘れていないか。

「青い海!白い砂浜!きらめく真珠と屈強な海の男たち!まさに、地上の楽園ねん!!」

 村を歩きながらシルビアは声高々に言ったが。

「……って、なんだか活気がないわねぇ?屈強な海の男たちはどっこにも見当たらないし……」
「みんな、まだ寝てるのかな」
「お寝坊さんのエルシスじゃあるまいし」
「あまり人がいないみたい」
「南国の漁村ですし、ダーハルーネのような活気ある町を想像していたのですが……」

 ユリに続きセーニャも不思議そうに首を傾げる。
 ダーハルーネほどの活気といかなくとも。
 漁は早朝から行われるので、この時刻にはそれなりの活気があっておかしくない。漁業を生業にしてる小さな村なら尚更だ。

「何かワケありみたいだな、この村は」
「ええ。旅芸人だったころ、いろんな町を見て来たから、アタシもなんとなくわかるわ」

 カミュとシルビアにそう言われると、一見穏やかな村が、暗い空気が漂っているようにエルシスは感じてくる。

「……まぁいい。厄介事はゴメンだ。とりあえず、キナイとやらを探そうぜ」
「あ、うん。そうだな」

 カミュの言う通り、本来の目的は観光ではなく人探しに訪れたのだ。
 まずは、目的を果たさなければ。

「ロミアが言ってたキナイの特徴は、荒波のように男らしく、潮風のように爽やかで、海のようにおおらかな漁師……だったか?」
「会えば……わかるかな?」

 ユリはどんな人物か想像してみるが、自分の想像力が足りないのか、まったく想像できなかった。

「……まったく役に立たねえ情報だ。恋する乙女ってのもこまったもんだな」

 ――直後。カミュのため息は、ドンッという身体に響く重い音にかき消された。

「…?今の音は一体……」
「大砲の音だよな……?」
「どうしてこんな朝早くから……」

 どこから音が鳴ったのかと辺りを見渡すエルシス、カミュ、ユリ。
 そこに「ねえ、アタシの見間違いかしら?」とベロニカが口を開く。

「東の崖の上にある大きな大砲を、おばあちゃんが撃ってるのが見えたのよ」
「おばあちゃんが?」
「お姉さまは昔から目がいいですから確かですわ」
「なんでばあさんが大砲なんて撃つんだ」
「あたしに聞かれても知らないわよ」
「……あ、目覚まし代わり?」
「確かにこの音なら寝坊しなくて良さそうね」

 大砲は一回きりで皆は口々に言うが、結局謎は謎のままに。
 
「ロウちゃんもそうだけど、最近のお年寄りって本当に元気よね。アタシも見習わなくちゃ」
「ほっほ。元気が一番じゃ!」

 シルビアとロウによってその結論に落ち着いた。

 とりあえず、"キナイは漁師"という確実な手がかりを頼りに、まずは砂浜にある港へ向かうことにする。

 その途中、エルシスはナギムナー村独特の建物や飾りを興味深く眺めた。
 特に建物の屋根など、どことなくホムラの里の雰囲気に似ている気がする。
 立地は違うといえ、同じ地域だからだろうか。

「これ、なんの石像だろう?」

 エルシスが気になったのは、石で造られた塀に飾られた小さな石像だ。
 四本足に耳や尻尾がついていて、虎や魔物にも見える不思議な生き物。
 丸く大きな目に大きな口を開けて、愛嬌のある顔をしている。

「なんだか可愛いね」
「間抜けな顔をしてるな」

 ユリとカミュが別々の感想を口にすると、

「これは守り神のキジムーサーさぁ」

 ――そう後ろからそう声をかけられた。

「キジムーサー?」

 エルシスが聞き返すと、老婆はうむと頷く。

「そうさぁ、これは魔除けの一つで、ナギムナー村には他にも色んな魔除けを飾っとる」

 老婆が指差す壁には、確かには不思議な飾りが吊るしてあった。
 よく見ると屋根の上にもキジムーサーがいる。

「魔除けって、魔物とかか」
「魔物もそうじゃが、もっと恐ろしい生き物がこの海にはおるんさ」
「魔物より恐ろしい生き物なんて……」

 驚きながらユリは呟いた。魔物より恐ろしい生き物がこの世にいるとは、思い付きもしない。
 全員、神妙な顔をして老婆の次の言葉を待つ。

「その生き物の呪いは恐ろしいものじゃった……。実際にこのナギムナー村に過去に起きた悲劇なんさぁ」

 過去にこの村で起きた悲劇……?

「おばあちゃん、その生き物ってなんなの……?それに悲劇って……」

 ベロニカが恐る恐る老婆に尋ねた。
 老婆はゆっくりと口を開く。

「ワシの口からはその名はとても言えぬ……」

 そう首をゆるゆると横に振りながら。彼らにくるりと背を向け「おぉ、くわばらくわばら…」と、呟きながら老婆はどこかへ行ってしまう。

「……なんじゃありゃあ。あのばあさん、大袈裟に言っただけじゃねえか」

 腕を組んだカミュが、老婆の曲がった背中を怪訝に見ながら言った。

「でも、ナギムナー村に実際に起きた悲劇だって……」
「呪いがどうとかも言ってましたわね……」
「ちょっと気になる話よねえ」

 エルシス、セーニャ、シルビアは思案するように言う。

「キナイを探すついでに情報収集してみたらどうかしら?」
「そうじゃの。人探しは誰かに尋ねるのが一番じゃ」

 マルティナとロウの言葉に、エルシスは頷いた。
 さっそく彼らは人が集まる店屋に訪れてみたが、売り物は少なく、この場も閑散としている。

 ついでに真珠を買っちゃいましょうというちゃっかりしているベロニカの言葉に、シルビアを含めた女性陣は雑貨屋に向かった。

「真珠を買いにきたのなら、他の村へ行ったほうがいいさぁ〜」
「どうして?この村って世界一の真珠が獲れるって有名なんでしょ?」

 ベロニカが店員の年配の女性に聞くと、彼女は困った顔をして答える。

「暴れクラーゴンに海を荒らされて、自慢の真珠や海の幸が獲れなくてね。悪いんだけど、今は何も売れないさぁ〜」
「そんなぁ……」

 素直にがっかりするベロニカ。それより、ユリは"暴れクラーゴン"という言葉に引っかかった。

「クラーゴンって……ダーハルーネで襲ってきた……」
「ええ、あの時の魔物かも知れませんわ」
「アタシの船をいじめたクラーゴンちゃんね!」
「ホメロス将軍が取り引きしていたという魔物……」

 ユリの言葉に真剣に頷くセーニャと憤るシルビア。マルティナはつい最近、彼女たちに聞いたその話を思い出していた。

 ――この村の雰囲気が暗いのはそのせいだろうか。

 先ほど響いた大砲の音や、呪いの話、クラーゴン。
 ロミアの願いを叶えるため、キナイを探しに来たのに、気になることばかりだ。
 ユリは改めて、静かなナギムナー村を見渡した。


「……えっ?キナイを探している?ふ〜ん、めずらしいこともあるもんさぁ〜。キナイについてくわしく知りたかったら、教会にいるキナイの母さんに話を聞いてみるといいさぁ〜」

 女性陣とは別に聞き込みをしていたエルシス、カミュ、ロウの三人は、ようやくキナイの手がかりを入手した。

 ようやくと言うのは、村人にキナイのことを聞くとあまりいい顔をされないのだ。
 旅人は歓迎されているようで、皆ニコニコ話をしてくれるのに、キナイのことを尋ねた途端。

「知らない」「他をあたってくれ」

 そうまるで、関わりたくないという風に皆そっけなく言って去っていってしまう。

 一体どういうことだろうか?

 あの子は他の子と違う――酒場の女将だという年配の女性が言っていた言葉を思い出す。
(キナイは村人にあまり良く思われてない……?)
 ロミアから聞いていた話と、だいぶ違うように感じた。

 エルシスは言い知れぬ違和感を覚えながら、ユリたちと同様にクラーゴンの話を彼らも耳にする。

「近頃、海にクラーゴンとかいう巨大な化け物イカが現れおって、魚や真珠がまったく獲れんのですじゃ」
「クラーゴンって……」
「ああ、ダーハルーネでホメロスの野郎がけしかけた魔物だ」

 エルシスの言葉に、カミュは思い出して苦々しく言う。

「うむ。因縁の魔物というわけか」
「こんな遠くの海まで……」
「元々外海にいるような魔物だからな。この辺りの海に出没してもおかしくねえ」
「……………」

 自分たちが倒し損ねた――というか、あの時はラハディオたちに助けられたのだが、その魔物が暴れて村に被害が出ているのだ。
 今度はどうにか倒せないだろうかとエルシスは考えてしまう。
 
「金をかせぐどころか食ってもいけなくなり、動ける男たちは化け物イカを退治しに、皆海に出てしまいましたわい」
「この村が静かなのはそのせいだったのじゃな」

 ロウが納得したように頷いた。シルビアが楽しみにしていた、屈強な海の男たちは皆出払っているのだろう。

「わしは村長ですが、漁師を引退した身。このなえてしまったウデじゃ村の者に何もしてやれんのですじゃ」

 最後にナギムナー村の村長は、そう自身に落胆しながら言った。彼を励ますロウとは別に、カミュはエルシスに話しかける。

「こりゃあキナイも一緒に化け物イカ退治に行ったんじゃないか?」
「僕もそう思う。ロミアさんに会いにいけない理由もそれなら納得だし」

 村の存続の危機だ。きっとロミアに会いに行きたくとも行けなかったのだろう。

「まあ、結論はキナイの母親に会ってからでもいいかもな。母親なら行方を知っているだろうし」
「そうだな……じゃあユリたちと合流して……――」

 ユリたち五人と合流したエルシスたちは、互いに仕入れた情報を共有した。

「化け物イカ退治に出ているから、キナイはロミアに会いにいけなかったのね。ロミアが好きになるくらいだから、優しい人だとは思ってたけれど、こまってる人をほっとけない性格なのかしら」

 正当な理由に納得するマルティナ。ベロニカも同様のようで、どうやらキナイの身の安全(別の意味で)は、確保されたとエルシスは安心した。

「私たちはあの大砲が何かわかったわ」
「やっぱりおばあさんが撃ってたのよ!」
「理由までは分かりませんでしたが……」
「何かふか〜い理由でもあるのかしら?」
「村の人も朝寝坊はできないって言ってたね」

 崖の上からおばあさんが、日の出と日没を知らせるように毎日大砲を撃っているらしい。
 そのため、村人にも変わり者扱いされてるとか。

「その大砲ばあさんは正直どうでもいいな……。今はキナイだろう。キナイの母親がいるっていう教会に行ってみようぜ」

 次に一行は、上の方にあるという教会を目指す。この辺りは民家が多いらしく、狭い路地を通っていくようだ。

「なんか入り組んでるわね……。本当にこっちであってるの?エルシス」
「えっと……たぶん」

 狭い村なので迷うことはないと思ったが、ベロニカの問いに不安げにエルシスは答える。

「アンタたち、旅人かい?」

 そう尋ねた男は商人らしい。

「最高の真珠を求めてこんな田舎まで来たのに、化け物イカが海を荒らして今は真珠が獲れないんだとよ……」

 骨折り損だと商人は深いため息を吐いた。

「アンタたちも真珠を買いにきたのなら、あきらめて真珠が獲れるようにって神さまにでもお祈りしていきなよ。この道を進むと立派な門の民家がある。民家の裏にある階段を上れば、いかにも田舎くさい教会があるからよ……」

 そこまで言わなくても……とエルシスは思ったが、教会への道のりが詳しく分かったので良しとしよう。
 階段を上がって行くと、確かに年季の入った教会が彼らの目に映った。
 それと同時に、何やら車輪がついた箱のようなものを転がす老婦の姿も。

「あっ!おばあちゃんだ!みんなー!紙芝居がはじまるぞー!」

 一人の少年がそう呼べば、どこからともかく、同い年ぐらいの子供たちが集まってくる。

「ふふ。子供たちの目が輝いてますわ」
「へえ、紙芝居なんて面白そうじゃない。ちょっと見てきましょう」

 ベロニカの言葉にすぐさまカミュは反論しようとしたが、老婦の言葉を聞いて口を閉じる。

「さぁ、みんな。静かによくお聞き。今から話して聞かせるのは、この村に伝わる忌まわしき呪いのお話」

 この村に伝わる呪いの話――自然と彼らは紙芝居に意識を集中した。

「この世でもっとも美しく、もっともおそろしい生き物の物語じゃ……」

 老婦はそう語りながら、閉じられた蓋を開くと、その下には絵が飾られている。

「むかしむかし、この村にたいへんウデのいい漁師がおりました。漁師は村の誰より、真珠をたくさん獲りました」

 海の上の小舟に乗る漁師の、色鮮やかな絵だ。
 ユリは紙芝居は初めて知ったが、どうやら絵を見せながら話を聞かせるものらしい。

「村長さんは漁師をいたく気に入って、自慢のひとり娘と婚約させました。娘は漁師が大好きだったのです」

 漁師の後ろの方には娘と老人が描かれている。

「村長さんはこれでひと安心。漁師と自慢の娘が村を豊かにしてくれる。そう信じておりました。しかし、突然、平和な日々は消え去りました」

 そこで老婦が横から絵を抜くと、その下にはまた違う絵が現れた。
 なるほど――エルシスも紙芝居を初めて知ったが、まるで絵本を捲るように話が進むようだ。

「悪魔のような大嵐が漁師を襲い、真珠と共に海に放りだされてしまったのです。漁師は真っ暗な海に沈んでいきます。光る真珠がホタルのように見えました。漁師が死を覚悟した……その時です」

 次に現れた絵に、ユリは「あ…」と思わず小さな声をもらした。

「漁師の前に現れたのは、それはそれは美しい人魚でした」

 その人魚の絵が、ロミアと似ていたからだ。(でも、この村は人魚のことは……)

「人魚は漁師の耳元でこう言いました」


 ――生きたいならば、魂おくれ。


「!」

 芝居かかった口調も相まって、彼らは息を呑んだ。
 
「それから何日が過ぎたでしょう。村人は漁師がもう死んだものと、小さなお葬式を出してやりました。その時、おどろくべきことが起こりました。死んだと思われていた漁師が、ひょっこり帰ってきたのです」

 彼らが唖然とするも、老婦の口から物語は進んでいく。

「許嫁はたいそうよろこんで漁師を看病してあげました。しかし……漁師はまるで別人のようでした。ひがな1日ボーっと海をながめて、俺は人魚と結婚するんだと言うばかり」

 そこまで聞いて「ねえ、これって……」と小声で皆に話しかけるベロニカ。

「最後まで見てみましょう」

 真剣な顔で、描かれた絵を見つめたままマルティナは言った。

「ついには許嫁を捨てて、海に出るぞ!と暴れるようになる始末。村長さんはカンカンに怒りました。村長さんは漁師をひっ捕らえると、二度と海に出られないよう船を燃やしてしまいました」

 海の上で燃える船と、その光景を目にする、閉じ込められた漁師の絵だ。

「こうして、人魚に魂を食われた漁師は、暗くさびしい、しじまヶ浜に閉じ込められてしまったのです――」

 そこで、再び紙芝居の蓋は閉じられた。

「さあ、今日はここまで。続きはまた今度じゃ」

 紙芝居が終わり、ユリの肩の力が抜ける。どうやら、緊張しながら見ていたようだ。

「に、人魚こえーー!逃げろーー!」

 少年がそう叫ぶと、きゃっきゃっと子供たちは駆けて行く。
 その場に残ったのは、一人の三つ編みの少女だけ。
 彼女は大人びた口調で一行に話しかけてきた。

「人魚の呪いの紙芝居はね。この村の人はみーんな知ってるお話なの。人魚はとってもよくばりだから、キレイな見た目だ人をだまして大切なものを奪ってしまうんだって」

 そう唖然とする彼らに教えると、先ほどの子たちと同じように少女は行ってしまう。

「と、とりあえず……あの話はロミアさまとキナイさまのものではないようですね」

 ほっとした声で話すセーニャ。物語の中で漁師は幽閉されていたが、キナイは村人の証言でこの村のどこかにいるからだ。

「だが、あの物語は――」
「おや、旅人さんですかえ?こんな老いぼれに何かご用ですかな?」

 カミュが何か言いかけた時、ちょうど彼らに気づいた老婦が声をかけてきた。

「おばあちゃん。あたしたち、漁師のキナイを探しているの!この村にいるって、聞いたんだけど……」
「おやまぁ、めずらしいことじゃ。あんた方はあの子のお友達かい?キナイはわたしの息子だよ」

 その言葉に全員、口には出さずとも驚いた。
 青年というキナイの年齢からして、中年ぐらいの女性を想像していたからだ。
 失礼だが、キナイの祖母という方がしっくりくる。

「あの子なら、今頃西の海ですじゃ。この村を襲った化け物イカ退治に、今朝がた村の男衆と船を出しております」

 その言葉にやっぱりと彼らは思った。
 今朝がたというと、どうやらすれ違ったらしい。

「う〜む、無謀なことをしたものじゃ。海を荒らしまわる化け物イカに普通の村人が勝てるとは思えんぞ」

 ロウは眉を寄せながら心配そうに呟いた後「エルシス」と彼の名を呼ぶ。
 
「村の漁師たちが心配じゃ。わしらも戦う準備をして、海に出たほうがよいかもしれんな」
「あんた方、キナイに用があるのなら、化け物イカを倒す手伝いをしてくだされ。ヤツが静まれば、村の男衆も戻るじゃろ」

 ロウに続いてキナイの母の言葉に、もちろんと言うようにエルシスは頷く。

「僕ら、後を追いかけてみます」

 力強い眼差しを向けるエルシスに「よろしく頼みます」と彼女は頭を下げた。

「――しかし、気をつけるのじゃぞ、旅人さん」

 すぐに船に向かおうとした彼らの背中に、キナイの母は忠告する。

「海でもっともおそるべきものは人々を惑わす人魚ですからの……」

 ………?振り返ったエルシスは、怪訝に思いながらも、今はキナイたちを追いかける方が先だ。

「人魚の呪いの紙芝居……イヤな感じね。本物の人魚に会ったわけでもないのに、人魚を悪く書くなんておかしいわ」

 元来た道を戻りながら、ベロニカが皆に話す。

「おとぎ話にしては、すこし現実的すぎますし、子供に聞かせるにはおそろしい話でしたわ。この村の方々は人魚に何かうらみを持っているのでしょうか?」
「ロミアさん、そんな風なことを言ってたよね……」

 続いたセーニャに、ユリも疑問を口にする。彼女にも理由が分からないが、人魚を嫌う人間がいると。
 最初に話を切り出したベロニカが再び口を開く。

「まあ、考えてても始まらないし、とりあえず西の海に行って、キナイに直接聞いてみましょ」

 何より重要なのは、キナイの無事だ――。
 高性能なシルビア号なら、今から追いかければ漁船に追いつくだろう。
 会話はそこで終わり、彼らは桟橋に停泊したシルビア号へ急ぐ。

(今度こそ、クラーゴンを……)

 自分たちの手で倒すと決意したエルシスは、そこで「あ!!」と思い出した。
 
「どうしたの、エルシス?」

 突然声を上げたエルシスに驚くユリ。

「みんな!先に船に乗って準備してて!!」
「エルシスちゃんっ?」
「すぐに行くから!あっカミュ!カミュは一緒に来て!」
「おわっ……!なんだなんだ!?」

 カミュの腕をがしっと掴み、強引に彼を引き連れて、エルシスは脇道に逸れて馬のごとく走っていく。
 普段はおっとりしているのに――稀に見るエルシスの凄まじい行動力にぽかーんとする五人。

「私たちはすぐに出発できるように、船に急ごう!」

 一番長い付き合いだからか、すぐに対応できるユリに、彼らは感心しながら頷いた。
 勇者の言葉を信じて、六人は再びシルビア号に急ぐ。





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キジムーサー=キジムナー+シーサーの造語です。


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