船上戦

 エルシスがカミュを強引に連れて向かった先は、東の崖の上だ。

「エルシス、どうしたんだ?」

 興奮気味な彼と並走しながら、カミュはその横顔にワケを聞く。

「大砲だよ大砲!」
「大砲……?」
「おばあさんから大砲を借りるんだ!」

 もうっ忘れたのカミュ?と、エルシスは彼に詳しく話す。ダーハルーネでクラーゴンに襲われた際は、ラハディオたちの船の大砲の音に驚いて魔物は逃げていったのだ。

 今回もきっと役に立つはず。

「……そういやぁそうだったな。結構傷が痛くて朦朧としてたし、記憶を封印してた」

 さらりと言ったカミュ。「傷…?」とエルシスはそこに反応を示した。

 ――きっと、自分を庇った時の傷だ。

「……………」

 カミュはやべっ口が滑ったと思ったが、もう遅い。

「やっぱりあの傷は深かったんじゃないか……!そういうことはちゃんと教えてよ!」

 予想通りに怒るエルシス。

「……悪かった」
「……僕に何が出来るか分からないけど……。これからは、怪我とか隠さないでくれ」

 エルシスが思いのほか真剣に言ったので、「…わかったよ」カミュも素直に答える。


 ――二人が崖の上に着くと、大砲とその隣に老婦の姿もあった。


「わしは大砲を愛する大砲ばあさん」
「大砲おばあさん。その大砲を貸してもらえませんか?」
「毎朝毎晩、大砲の音を聞かねば生きた心地がしないのじゃ」
「クラーゴンを退治するのに、僕たちにはその大砲が必要なんです……!」
「村にある大砲は、すべて亡き夫がわしのためにこしらえてくれた品じゃから……」
「おい、ばあさん!オレたちは急いでるんだ。貸すのか貸さねえのか……」
「どんな大砲よりも大きな音を出せるのじゃ」
「……………………」
「……。あの!聞こえてますかあ!!」

 耳が遠いのかと思って、エルシスは大声を出した。

「次に大砲が発射されるのは、太陽が海の向こうへ沈む時間じゃ。楽しみに待っておれ。ホッホッホ!」
「「………………………」」

 え、どうすれば――エルシスはカミュに視線を送る。視線を送られたところで、カミュには何も出来ない。
 きっと毎朝毎晩、大砲の音を聞いて、耳がやられちまったのだろう。……耳が遠いという問題だけでは無さそうだが。

「いかがなされた、旅の方。わしに何かご用ですかな?」
「!」

 何事もなく話しかけてきた大砲ばあさん。もしかしたらただ単に自己紹介をしたかっただけかも知れない。

 エルシスは事情を説明した。

「ほお、化け物イカのクラーゴン退治に行くか。ならば、大砲を一門持っていくかえ?クラーゴンは大砲の音をこわがるでのう」
「本当ですか!?助かります!」

 喜ぶエルシスに「ただし、条件がある」と大砲ばあさんは付け加える。

「条件ってなんだ?」

 カミュが聞いた。

「大砲は亡くなった夫が残した形見で思い出が詰まった大事な品じゃ。大切に使うと約束してくれるか?」
「もちろんです。大切に使います」
「うむ。なんとも気持ちのいい返事じゃ!よいじゃろう。わしの大砲コレクションの中からとびっきりの物をさずけてやるぞ!」
「ありがとう、大砲おばあさん!」

 続いて大砲ばあさんは「ちなみにわしの大砲はすべて空砲じゃ。大砲で物を撃つのは、わしの主義に反するでな。まあ、クラーゴンには効くから安心なさい」と補足したが、そこはダーハルーネで実証済みだ。

「わしの大砲は重くて大きいから、旅の人が持ちあるくにはむかんじゃろう。大砲はお主の船に届けておくぞ」

 一人じゃ持ち運べないと思い、咄嗟にカミュを引っ張って来たが、その必要はなかったようだ。
「サンキューな大砲ばあさん」
 最後にカミュもお礼を言って、二人はシルビア号に向かった。


「エルシス!大砲が届いたよ!これでクラーゴン退治もばっちりだねっ」

 早っ!大砲届くの早っ!?

 ――急いでシルビア号に乗り込んだエルシスとカミュだったが、自分たちより先に大砲が届けられたとユリから聞いて、二人は全身で驚く。

 一体どうやって……いや、今はそこを気にしている場合ではない。

「ダンナ!事情は皆さんから聞きやした!全速力でナギムナー村の皆さんの船を追いかけるでがす!」
「よろしく、アリスさん!」

 シルビア号は西の海域を目指して出港する。

「みんな、何事もなく無事でいるといいんだけど」
「ええ……キナイさまにもしものことがあったら、ロミアさまに顔向けできないですわ」

 ベロニカの言葉に祈るように言うセーニャ。

「今度こそ、僕たちの手でクラーゴンを倒そう」
「うん……!こんな凶悪な魔物を海にのさばらせるわけにはいかないよね」

 エルシスとユリは顔を見合わせ、お互い強く頷く。

「ダーハルーネの町では化け物イカに手も足も出なかったが、今はいい勝負ができると思うぜ?」

 カミュはしっかりと手入れをされている大砲に手を置きながら。

「こいつがあるし、オレたちだって前より強くなって、仲間がふたりも増えたんだ。今度こそアイツを打ちまかしてやるさ」

 皆の視線を受け、マルティナはくすりと笑った。

「ええ、戦力は保証するわ。ねえ、ロウさま」
「どれ。わしらも暴れるとしようかのう、姫」

 頼もしい二人の言葉に、残りの皆も勇ましい笑顔を浮かべる。

「クラーゴンちゃん、待っておいで。アタシの船ちゃんをイジメたこと、後悔させてあげるわ!」


 ――数時間もせずに、シルビア号の前方に十数隻の船の集団が現れた。


「うん、いたいた!あれがグラーゴンを倒しに来た船団ね。乗組員の中にキナイがいるはずだわ」

 クラーゴンの姿はそこにはなく、戦闘の形跡もないので、どうやら間に合ったらしい。
 アリスと操縦を代わったシルビアは、両手で口を覆うように挟み、大きく叫ぶ。

「ねー!アナタたち!そっちにキナイって人いるー?」

 この距離からシルビアの声が聞こえるかは定かではないが、船員たちは皆、何やら身振り手振りしている。

「あら、あの人たち、なんか言ってるわ。遠くてよく見えないけど……。う……うずら……?」

 うずら??

「みんな、何かを必死に伝えようとしてるみたい……」
「でも、みんなが一斉に叫んでるから逆に聞き取れないよ」

 ユリとエルシスは怪訝に眉を寄せ、必死に耳を澄ました。
 一方カミュは、口唇の動きから読み取ろうと、彼らの口元を凝視する。

 う、え――

「……う、え、だ?」

 彼らのひたすら人差し指を上に指す動作もあって、気づいたシルビアとほぼ同時に。

 カミュは頭上を見上げた。

「エルシス!上だーー!!」

 カミュの叫ぶ声に弾かれ、エルシス以外の全員も見上げる。

「っ!?」

 目を疑うような光景に、彼らから驚きの声も出なかった。

 空から降ってくるのは一隻の大きな漁船。

 迫り来るそれは、運よくシルビア号には当たらず近くの海に落っこちる。

 だが、巨体が水面に当たった衝撃は凄まじい。大きな音と共に海が荒れ、シルビア号を襲う。船はぐらんぐらんと激しく揺れ、船上に悲鳴が飛び交った。

「お姉さま……っ!」

 身体の小さなベロニカを庇うセーニャと「二人とも私に掴まって!」それを助けるマルティナ。

「うわっ……!」
「振り落とされるでないぞ、ユリ!」

 ユリは倒れ、そう叫ぶロウもすっ転げ、甲板にへばりついている。

「船がっ……船が空から降って来たでがす!!」
「何がどうなってるのーー!!」

 シルビアもアリスもなんとか船にしがみつき、揺れに耐えていた。
 天高く上がった水飛沫が、ミストのように降り注ぐ。
 未だ収まらぬ揺れに、エルシスとカミュはバランスを取って立っていたが、横によろけたカミュが船側に肩をぶつけた。

「カミュ!」
「……っ大丈夫だ」

 体勢を整え、カミュは前方を睨む。
 海面が迫り上がり、水飛沫が彼らにかかった。

「おい……ウソだろ!?」

 船首にのし掛かるように現れたのは、巨大なイカの化け物――クラーゴンだ。

「プギシャーー!!」

 ダーハルーネで襲ってきた魔物で間違いない。
 何故なら片目が潰れており、あれはユリが放った矢によるものだ。
 クラーゴンは無事なもう片方の目を何かを探すようにきょろきょろさせて、やがて止まった。

「ユリを見ているわね……」
「……私が矢で片目を潰したから、恨んでるのかも」

 ユリはその視線に負けずに、まっすぐと向き合う。そして、まっすぐと見据えているのはユリだけではない。

「また会ったわね。暴れん坊さん……。ダーハルーネでの借り……お返しするわ!」

 大砲の隣にすっと立つシルビアだ。
 導火線には火がついている。

「みんな耳をふさぎなさい!」

 全員、両手で耳を塞いだ。

「スルメにおなり!」

 そう叫んでシルビアも耳を塞ぐ。

「フ…フシャァァーー!?」

 空気を破裂するような音共に、空砲がクラーゴンに直撃した。
 悲鳴を上げ、目を回すクラーゴン。

「ひるんだわ!!今がチャンスよ!みんなでマリネにしちゃいましょ!」

 全員、シルビアの合図に武器を取った。
 クラーゴンが混乱しているうちに、それぞれ攻撃を仕掛ける。

「ムーンサルト!」
「はっ!」

 マルティナが蹴りと共に宙を舞い、その下で片手剣を二刀流するカミュが、居合いのごとく斬りつけ――

「かえん斬り……!」

 カミュの後ろから飛び出したエルシスが、クラーゴンの頭部に炎の一撃を与えた。

「スカラ!」

 後方でセーニャはユリに守りの呪文を唱える。 

「ありがとう、セーニャ」
「ユリさまは狙われているようですので、お気をつけくださいませ」

「ドルマ!」杖の先端に意識を集中して呪文を唱えるロウに「マリネじゃなくてイカ焼きにしちゃいましょうか?」火ふき芸で炎を吹き付けるシルビア。

「むしろ丸焦げにしてやるわ!いくわよ、ユリ!」
「はい、師匠!」

 二人のれんけい技の師弟魔法だ。

「「メラミ――!」」

 二つの火の玉が一つの大きな火の玉になって、クラーゴンを襲う。
 クラーゴンはもがくように二本の足を振り回すが、彼らに当たらない。

「やつが怯んでるうちにダメージを与えよう!」
「ああ、叩き込むぜ!」

 再び怒濤の攻撃を仕掛けようとする彼らの前に、左右の足が本体を庇うようにガードした。

「面倒くせえ真似しやがって」
「まずはあの邪魔な足をなんとかしないとね」

 チッと舌打ちしたカミュに続き、シルビアはそう言いながらスッと剣を引き抜く。

「突破口を開くわ!……エルシス、ついてこれる?」
「もちろん!」

 間髪入れず答える彼に、マルティナは満足げに微笑む。
 エルシスとマルティナのれんけい技だ。

「「火炎ばらい!」」

 エルシスはギラの呪文を唱え、燃え広がる炎とマルティナの足払いが合体し、クラーゴンの両足に炸裂する。

「プギャア!」

 腕を広げるように、ガードを解いたクラーゴン。
 その瞬間を狙ってカミュとシルビアが飛び込むが、クラーゴンの方も見計らったように口から息を吐き出した。

 甘い香りが辺りに充満する。

「スミじゃなくて甘い息を吐くなんて反則よ……」
「しまっ…た………」

 口と鼻を塞ぐ暇もなく、眠りを誘う甘い息によって、深い眠りに落ちた二人。

「あ…………」

 その息は前衛のマルティナとエルシスにまで届き、二人もその場に倒れるように眠ってしまった。
 甘い息は後衛のユリ、ベロニカ、ロウ、セーニャに届く前に海風がかき消す。

「!四人とも眠って……っ」
「敵もやりおる……!ザメハを覚えている者は!?」
「カミュさまとシルビアさまが!」
「どっちも寝てるじゃない!こうなったら杖で叩き起こすしか……」
「お姉さま、めざめの花があり……」

 ――ユリさま!

 セーニャが叫んだ時には、ユリはクラーゴンの右足に吹っ飛ばされていた。

「ユリ、大丈夫……!?」
「ベホイム!……無理はするではないぞ」
「……っ、いたた……セーニャがスカラをかけてくれたから、大丈夫」

 咄嗟に剣でガードしたものの、意味をなさない強烈な一撃だった。
 セーニャのスカラがなかったら危なかったかもしれないと、ユリは彼女に感謝した。
 
「やはり、ユリさまを狙っていますわ……!」
「執念深いイカね!あたしが懲らしめてやるわ!」

 ベロニカは杖を向けて、集中する。

「……ベギラマ!」
「風よ、切り裂け!」

 ベロニカとセーニャの魔法攻撃に左右の足は本体を庇うも、先ほどのマルティナとエルシスのれんけい技のダメージもあり、両足は消滅した。

「ベロニカ、セーニャ、やったねっ」
「邪魔な足がなくなって、これで戦いやすく……って」

 ベロニカは口を開けたまま、唖然とする。

「自己再生しおったわ……!」

 ロウも驚愕に叫んだ。みるみるうちに両足を復活させるクラーゴン。

「きゃあ……!!」
「のわっ……!」

 その両足で激しく船を揺らし、四人はすっ転んでしまう。

「剣が……!」

 衝撃で手放してしまったユリの剣は、傾いた船体の上を滑っていった。

「……っこの攻撃でも起きないって、どういうことよ……」


 全員、無防備な状態に、クラーゴンの何本もの足が迫る――!


「皆さん!!耳を塞いでくだせえ!!」

 その時、アリスの必死の声が響き、四人は瞬時に耳を塞ぐ。

 砲弾から空砲が放たれた。

 怯むクラーゴンに、凄まじい音で眠っていた四人もハッと目覚める。

「耳が痛い……!」
「ええでも、おかげで目が覚めたわ……!」
「寝坊助のエルシスが起きるぐらいだ、強烈な音だったな」
「カミュだって寝てたじゃないか!」
「アリスちゃんが助けてくれたのね!ありがと!」

 ――さすがアリスさん!助かったぜ!ありがとう!
 アリスへの称賛の声が船上で飛び交い、彼は「あっしはただ、少しでも皆さんを助けられたらと……」と、分かりやすく照れた。

「さあ、反撃といくぞ!クラーゴン!」

 エルシスは「デイン!」と得意の聖なる雷の魔法を唱える。両足でガードしようとも無駄だ。

「燃えてきたわ!」

 ゾーンに入ったマルティナの、一騎当千のごとく槍が薙ぎ払う。
 間髪入れずに素早くかつ華麗な、カミュとシルビアの剣技がそこに入った。

「パワー全開!」

 同じくゾーンに入ったロウ。魔力が上がった彼のヒャダルコは暴走する。

 再び左右の前足は倒れたが、代わりに現れたのは後足。
「……!」
 船を叩きつけようとする前に、その足を彗星のごとく輝く何かが貫いた。

「……さっきのお返し」

 ユリの矢だ。貫いただけでなく、その部分が凍りつく。ヒャド斬りができるので、それを弓に応用したものだ。

「二度も同じ手は通用しないわ!セーニャ!」
「デビルンチャーム!」

 クラーゴンが再び息を吐き出そうとする前に、セーニャがくるくるっと可愛らしくスティックを振った。

 攻撃だけではなく魅了効果もあるそれに、クラーゴンはクラクラする。

 それだけではなく、魔物も弱っているのが見て分かった。あと一撃で、倒せるだろう。

「さあ、とどめを刺すわよ!覚悟なさい!」

 シルビアの弧を描くような太刀筋がクラーゴンに入った――。


「プ…プギ…………シャアアァァァァァッ!」

 断末魔と共にクラーゴンは倒れて、やがてその姿は跡形もなく消えた。
 戦いを見守っていた漁師たちの喜びの声が、シルビア号にも届く。

「グッバイよ。暴れん坊さん」

 最後にシルビアの決めセリフと共に、クラーゴンとの船上戦は、彼らの勝利で終わった。


「いんやぁ。どこの誰かわからんが、助かった。海に落ちた村の衆もみんな無事さぁ〜。あんたらのおかげさ!!ありがとうね〜!」

 代表してシルビア号にやってきた漁師の男は、彼らに感謝の言葉を送る。皆はそれぞれ笑顔を見せた。

「礼といっちゃ〜なんだがね。今夜は村で化け物イカの討伐祝賀会をするさ。ぜひ、参加してほしいんさぁ〜」
「討伐祝賀会ですって!?」
「いや〜ん!屈強な海の男たちとのお祝いなんて楽しそうじゃない!」

 なかなかの戦闘の後だと言うのに、ノリノリのベロニカとシルビアだ。

「村の女たちがうんめぇごちそうをたーーんとこさえて、待ってるさ!さぁさぁ一緒に村へ帰るさぁ〜!」

 ご馳走という言葉に、真っ先に反応したのはエルシスとユリ。

「ま。クラーゴンを倒してめでたいわけだし、ゆっくりしていこうぜ」
「わしらも激戦に、体を休めなくとはならんしのう」

 カミュとロウの意見に、反対意見はもちろん出ない。満場一致のシルビア号は、漁師たちの船と共にナギムナー村へ戻る。

 脅威がなくなった海は、とても清々しく穏やかに感じた。


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