キナイ

「アンタかっこよかったぜ〜!わっはっは〜!」
「お前こそ〜!げっへっへ〜!」

 その日の夜に行われた討伐祝賀会は、村人たちによって大いに盛り上がりをみせていた。

「化け物イカをやっつけたエルシスくんたちは今日の主役なんさぁ。どんどんたくさん食べてくれ!ばあちゃんの手料理はおいしいさぁ〜」
「うわあ!おいしそう!ありがとう」
「お刺身に焼き魚に煮付けまで!まるで魚のフルコースだねっ」

 エルシスとユリは、純朴の青年が持ってきたらてんこ盛りの料理に目を輝かせる。
 クラーゴン退治に参加していたという彼に、エルシスは無事で良かったと安堵すると同時に再会を喜んだ。

「アナタ、いい筋肉してるじゃな〜い!さすが海の男ね!」
「だっはっはっ、面白い兄ちゃんだな!」
「このお酒、とてもおいしいわ。ここの特産のお酒なのね」
「おお!ねーちゃん、綺麗なだけじゃなくて飲みっぷりもいいさぁ!このお酒はアワモリっていうんさ〜」
「孫とこうして宴を楽しむ日がくるとはのう……。さあ、エルシス。わしと乾杯しようぞ」
「ダンナの船に乗せてもらってあっしは最高に楽しいでがす!どこまでもダンナのお供をするでがす!」

 二人だけでなく各々が宴会を楽しんでいた。
 賑やかな会場に、訪れた際の静けさが嘘のようだ。
 ナギムナー村の人たちは、何が楽しいのかずっと笑っている。

「わっはっは!」
「うりゃあ、もっと飲め飲め〜!!」

 こういった人たちを笑い上戸と言うらしい。

「よ〜お、旅人さん!化け物イカを倒しちまうなんてな!ヤサ男だと思ってたから、おどろいたぜぇ!」
「とにもかくにもこれで真珠を仕入れられる!うれしいねぇ、涙がでるぜぇ!ありがとうな!旅人さんよぉ!」
「痛い!あの痛いんですが……!」

 バシバシと無遠慮に肩や背中を叩かれるエルシス。
 その豪快さに最初は戸惑ったが、彼も輪の中に入り、一緒に宴を楽しんだ。

「よおエルシス、楽しんでるか?」

 そう、酒瓶を片手に話しかけてきたカミュにエルシスは笑顔で頷く。

「クラーゴン退治に参加してたってんならキナイのヤツもこの村に帰ってきてるだろ。エルシス、あせることねえよ。とりあえず、今はつかの間の休息ってヤツさ。この村でゆっくりしていこうぜ」

 珍しい発言をしているカミュは、どうやらここの料理が気に入ったらしい。
 確かに新鮮な魚を使った料理はどれもおいしく、改めてエルシスはクラーゴンを倒せて良かったと――宴を見渡した。


「アナタの仲間の剣士さん、キレイなカオねぇ。それでとっても強いなんて絵本の王子さまなんじゃないのぉ〜」

 そういい具合に酒が入った踊り子に声をかけられたユリは「剣士?」と首を傾げた。
 
 エルシスもカミュもシルビアも剣を使うため、誰のことだろう。王子さまというとやっぱりエルシス?
 そんなことを考えながら、ユリは皿に料理を盛り付ける。
 自分の分ではなく、見た目が子供のため、宴に参加できなかったベロニカの分である。

「クラーゴンと旅人さんの激闘。あの手に汗握るコウフンを伝えるために音楽を作りました。聴いてくださいますか?美しい人……」

 次にユリに声をかけたのは吟遊詩人だった。ユリは「ぜひ」と笑顔で頷く。

「では……ゴホンッ聴いてください。……イカげそシンドローム!」

 イカげそシンドローム……斬新な曲名だ。

「ホー!レッツゴー!旅人さん!強気、元気、負けねえぜ勇気!イカげそつかんでかたむすびイェー!」

 …………………。

 イカげそ掴んで固結び……言いたいことは分かるような……分からないような。

「……どうでしたか、私の最高ケッサク。ひと晩で作ったにしてはなかなかでしょう。ええ、美しい人。私も気に入ってますよ」

 自己簡潔した吟遊詩人に彼女は逆にほっとした。
 イカげそなら先ほど食べた手作りスルメがおいしかった、という感想しか思い付かなかったからだ。

 ベロニカに食事を盛り付けた皿を持っていくと、案の定彼女はムスーと不貞腐されている。

「ありがとね、ユリ。……まったく。人を外見で判断するなんて失礼な話よね」
「師匠の場合は仕方ないと思うけど……」

 ユリは彼女の隣に座り、夜の海を眺めた。宴から少し離れれば、波音が耳に届く。
 夜の海は真っ暗で吸い込まれそうで怖く感じるが、今はそれが落ち着く気がした。
 あんなに賑やかな宴に参加したのは初めてなので、少し疲れたのかも知れない。

「ねえねえ、旅人のお姉さん」

 ユリに話しかけて来たのは少女だ。「どうしたの?」とユリは笑顔で答える。

「お姉さんたちは違う海からやって来たんでしょう?」
「うん、そうだよ」
「わたしね、この海にはないサンゴがほしいの。青いサンゴがどこかの海辺にあるんだって。お姉さんは知ってる?」

 青いサンゴ――と聞いて、ユリはポーチから取り出す。思い出に拾ったまま入れっぱなしだった。

「はい。これ、あげる」
「青いサンゴだー!わーい、ありがとう!」

 少女はユリの手から嬉しそうに青いサンゴを受け取る。

「あら、ユリってばどこで拾ったの?」
「ソルティアナ海岸で……」
「代わりにお姉さんにはこれあげる!」

 ユリが代わりにもらったのは、大粒の真珠だった。

「え、いいの?」
「うんっ真珠なんて見慣れてるし」

 けろりと言った少女に、さすが真珠漁が盛んだ村の子と……二人は思う。

「良かったわね」 
「うん!」

 ベロニカにユリは笑顔で頷くが「青いサンゴが真珠に化けたわ。儲けもんよ!」と、その明け透けの言葉には苦笑いした。


「――キナイさん?キナイさんは酒をやらないからここにはいないと思うさぁ〜」

 一方のエルシスは、純朴の青年にキナイについてさりげなく聞いてみたところ、あっさりと彼は答えてくれて、逆に拍子抜けしてしまう。

「えっと……そのキナイさんって他の人にはよく思われてないの?」
「ん〜……俺の生まれるずーっと前の話だから詳しく知らんけどね。この村に起きた"人魚の呪い"と関わりがあるらしく、その話を知ってる人たちはよく思ってないみたいさぁ」

 なるほど……。確かに聞き込みをして、嫌な顔をした人たちは年配の村人たちばかりだった。

「でも、キナイさんは船の修理の手際がいいし、色男だから村の女の子にはモテモテさぁ」

 その言葉に、どうやらロミアの印象は間違っていないらしい。

「教えてくれてありがとう。僕、ちょっとキナイさんに用があって探してくるよ」

 エルシスは宴を十分楽しんだことだしと、彼を探しに行くことにした。

「エルシスちゃん、にぎやかでいいわねぇ〜!なんだかアタシ、いつもよりお酒がおいしく感じるわぁ〜♪さっき食べた手作りスルメもと〜ってもおいしかったわぁ〜♪」

 カミュと同じようにシルビアも楽しんでおり、エルシスは邪魔しないようにそっとその場から抜け出す。(そういえば、ユリの姿が見当たらない……)

 きょろきょろと彼女の姿を探していると、目の前からふらふらな足取りの女性――小麦色に焼けた肌がキュートなシスターが目に飛び込んだ。

「あの……、大丈夫ですか?」

 思わず心配になって彼女に声をかけた。
 神に使える神聖なシスターも、泥酔するんだなぁとエルシスはぼんやり思う。

「えぇ〜酔っぱらってたって、神への祈りくらいでくるわよぉ〜!じゃ……いっくわよぉ〜!」
「えぇ……」

 シスターが張り切って言うので、エルシスは成り行きでお祈りをすることに。

 ………………

 神に届いたかは怪しいところだが、お祈りも済ませ、エルシスは賑やかな宴を後にする。

 
「エルシス。キナイを探すのでしょう?私も手伝うわ」
「マルティナは結構お酒呑んでたのに、全然酔っぱらってないね」
「フフ……見かけほど呑んでないの」

 涼しい顔でマルティナは微笑んだ。羽目を外しすぎないその姿に、さすがだとエルシスは感心する。

「化け物イカを倒したお祝いなのにひとりだけ参加しないなんて……。私も人のことを言えないけれど……キナイはあまり友人が多いほうじゃないようね」
「うん……、彼はあまり人付き合いが得意な性格じゃないみたいだ」

 そう口にしてから、一部から迫害されていたらそういう風になるのも仕方ないかも知れないとエルシスは思った。
 自分も『悪魔の子』と呼ばれ、どんな目を向けられたか、噂が伝わった際にひそひそと小声で何を呟かれたか。

 ……そのときの感情は、今も覚えている。

 そして、汚名はまだ晴らせていないので、きっとこれからも味わうだろう。


「あら、ベロニカとユリじゃない。そんな所で何してるの?」

 宴会から離れた場所にいた二人に出会し、マルティナは声をかけた。

「宴会の席に子供はいちゃダメだって、酒場に入れてくれないのよ!どいつもこいつもアタマがかたいんだから!」

 思い出してむくれるベロニカに、その彼女を宥めるユリ。途中から姿が見えなかった彼女は、ベロニカに付き合っていたのかとエルシスは納得した。
 
「ふたりともキナイを探すんでしょ?あたしたち、ヒマしてるの。一緒に行くわ!」
「宴にはいないみたいだったよね」

 ベロニカは問答無用でユリも含めて言ったが、当の本人はそのつもりだからか気にしないらしい。

「漁師なのに祝宴にも参加しないなんてキナイはずいぶんと変わってるわね。いったいどこで何をしてるのかしら?」
「まあ、クラーゴンを倒したばかりで漁に出てるってこともないと思うわ。とりあえずは村の中を探してみましょ」
「そういえば、セーニャは?」

 双子のベロニカとセーニャは一緒にいない方が珍しいと、エルシスが聞くとユリが答える。

「セーニャなら、怪我をしている人の治療をするって……」

 ユリも一緒に手伝おうとしたところ「怪我人は少ないから」と、セーニャは一人で引き受けたのだが……そういえば全然戻って来ない。

 四人は様子を見に行くと……

「イタくないですか?」
「イタくな〜いっ」

 そこには行列が出来ていた。

「さっきより怪我人か増えてる……?」
「怪我人というか……」
「すごい人気ね、セーニャ」
「男って本当バカね……」

 治療を受けている漁師は「あぁ〜セーニャちゃんは優しいぜぇ。オレのカミさんとはゼンゼンちがうよなぁ。あぁ〜……かわいいなぁ……」と、分かりやすくデレデレしている。

「漁師の皆さまの治療をしているのですが、なんだかおかしいですわ……。ケガ人がだんだんと増えている気がします」

 セーニャ自身も不思議に思っているようで、首を傾げていた。

「キナイさまはまだ一度もいらしてませんし、どこにいらっしゃるのでしょう。おケガをなさってなければいいのですが」
「僕たちがキナイさんを探しに行ってくるから、セーニャは安心して治療に専念してくれ」

 彼女は大変だろうけど、もう少し頑張ってもらおう。わくわくしてセーニャの治療を待っている漁師の姿を見て、楽しみを奪うのも可哀想な気がしたからだ。

 行列を見て「私もやっぱり手伝った方が……」と心配するユリに「いや、ユリは僕たちと一緒に……」そうエルシスはお願いした。

 彼女が加わったらさらにこの場は収拾がつかなくなるだろう。

「あ、ねえエルシス。キナイさんのお母さんならどこにいるか知ってるんじゃないかな?」

 ユリの言葉に同意し、彼らは教会へと向かうことにした。そういえば、宴の途中でロウもキナイの母に会いに行ったとマルティナは思い出す。

「旅人さん!ウチのバカ亭主知らない?いったいどこへ行ったのかしら。ケガの手当てをしてやろうと思ってたのに」

 同じく人探しをしている女性に声をかけられたが、エルシスはすっとぼけた。
 心当たりが合ったが、正直に答えたらきっとあの場で修羅場が起こる。
 教会がある高台に着くと、ロウとキナイの母がしっとりと語り合っていた。

「宴から離れてみれば、静かな海じゃ。なんとも心が落ち着くのお。こんな夜はつい昔を思いだしてしまうのう」

 ロウは月明かりに照らされた夜の海を眺めがら言う。
 高台から眺めると、月明かりを反射する水面はまるで月への道のように見えると――新しい夜の海の姿をユリは知った。

 ……と、同時に彼女の視界に、何やら丸くて白いものがトタトタと横切った。

「……そんなことより、この奥方によれば、キナイは港の桟橋にいるようじゃ。行ってみるとよいじゃろう」
「桟橋に?」

 不思議そうにエルシスが聞き返すと「息子のキナイも無事に戻りましてな。壊れた船を修理するから桟橋へ行くとそう言っておりましたよ」そう詳しくキナイの母が教えてくれる。

「旅人さん。ごくろうじゃったね。化け物イカから村を救ってくださり、本当にありがとうですじゃ」
「僕たちも倒せて良かったです」
「わしも息子もにぎやかなのは苦手での。ついつい静かな場所に来てしまうのじゃが、あんたは宴の主役じゃ。楽しんできなされ」

 キナイの母の気遣う言葉にはいっと笑顔で答える。
「わしはもうすこしこの奥方と話がしたいでのお。おぬしたちだけで行くといい」
 同じように子を持つ親同士、積もる話があるらしい。

「なんか行ったり来たりね……」
「ご馳走をたくさん食べた分の運動と考えれば、そんなに苦にならないわよ」
「う……確かに」

 ベロニカとマルティナが女子らしい会話をしているなか、ユリは「エルシス」と彼の名を呼んだ。

「見て、新しいヨッチがいる」
「あっ本当だ。こんな所に……」

 薄暗いなか、淡い白い色をしているヨッチは目立っていた。

「ふふふ。次は何して遊ぼうかなー。ロトゼタシアは楽しいことがいっぱいで目移りしちゃうよ」

 トタタと走ってどこかに行こうとするお気楽ヨッチを、エルシスは慌てて引き留めた。

「……わわっ勇者さま、いつからそこに!?この合言葉を教えてあげるから今の話は長老にはナイショにしてー!」

 焦るお気楽ヨッチの言葉に、エルシスとユリもくすりと笑う。エルシスはお気楽ヨッチに合言葉を教えてもらった。

「任務完了したし、もう少し遊んじゃダメかなー?」
「長老には内緒にしてあげるから、遊んでおいで」
「わーい!ありがとう、勇者さま!」

 そう嬉しそうに、お気楽ヨッチはトタタっと走って行った。

「ヨッチも色だけじゃなくて、色んな性格の子がいるんだな……」
「私たちと一緒だね」

 エルシスとユリが話していると「二人とも何かあったの?」と不思議そうな顔をしてベロニカとマルティナが尋ねる。

「話せば長くなるからまた今度、話すよ」と、エルシスは二人に伝える。実際にヨッチ族の村に行かないと、口で説明するのは難しそうだ。


 キナイの母の言葉通り、四人は桟橋へと向かう――。
 波の音しか聞こえない静かなこの場所に、漁船の修理を黙々と行う一人の青年の姿があった。

 彼がキナイで間違いないだろうか。
「あの……」エルシスはその背中に声をかけた。

「……ああ。あんたはクラーゴンを倒してくれた旅人さんか。おかげでまた漁に出られる。ありがとうな」

 彼はこちらに顔を向けて、そっけない口調ではあったがそう礼を口にする。
 ロミアが言ってた通りの特徴かは――つばが広い帽子によって顔がまったく見えず、よく分からなかった。

 どうやら、本人に直接確認するほかないようだ。

「しかし、宴の主役が席をはずしたら村のヤツラがさびしがるぞ。いったいこんな所で何をしてるんだ?……え?キナイを探してる?ああ、それなら俺がキナイだが……?」

 四人は思わず顔を見合わせた。やっとキナイに会えたのだ。
 エルシスは大事な話があるとキナイに伝えると、彼は意外にも作業の手を止めて、腰を据えて話を聞いてくれるらしい。

 ――木箱に座るキナイに、エルシスは事情を話した。黙って聞いていたキナイは、やがて口を開く。

「……すまないが、まったく身に覚えない話だ。他を当たってくれ」
「ええ!?しらばっくれるんじゃないわよ!ナギムナー村のキナイっていえば、アンタしかいないじゃん!」

 キナイの返答に、ベロニカが声を荒げ反論した。

「まさか、今さら人魚との結婚がイヤになったとか言う気じゃないでしょうね!?」
「師匠、落ち着いて……」
「おい、おじょうちゃん。この村では人魚人魚と気安く言わんほうがいい」

 ヒートアップするベロニカをユリが宥める横から、キナイの咎めるような声が入った。

「あんたらが探しているキナイってのは、俺の祖父キナイ・ユキのことだ」
「祖父……?」

 続けざまの言葉にエルシスは呟く。祖父とは一体……

「……あんたらは人魚の呪いを知ってるのか?」

 キナイの問いに、エルシス、ユリ、マルティナは無言で頷いた。

「その話ならアンタのお母さんに聞いたわ。でも、あんな作り話、今は関係ないでしょ?ロミアはアンタを待ってるの!」
「その作り話に出てくる村いちばんの漁師が、俺の祖父、キナイ・ユキのことだと言ったら?」

 ベロニカの言葉に間髪入れず答えるキナイは、諦観した目をまっすぐ四人に向けて話す。

「あの話はな、50年ほど前にこの村で実際に起きたことだ。……教えてやる。あの話の続きを……」

 キナイから語られる、人魚の呪いの話の続きだ。自然と四人の頭の中に、あの紙芝居の絵が浮かび上がった――……


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