しじまヶ浜

 ――漁師が村を追われて、10年も経ったころだ。

「祖父の許嫁だった女……ダナトラは別の男と結婚し、子供をさずかった。人魚の呪いも祖父のことも、人々の記憶からうすれていった。……そんな、ある日のことだ」

 ――村の漁船が大嵐に巻き込まれた。

「祖父の時と同じ、いや……。それ以上のひどい嵐だったと聞く。その大嵐で……たまたま船に乗りあわせていた村長とダナトラの夫が死んだんだ」

 二人が死んだ。偶然と呼ぶにはまるで……

「それからあとを追うように、ダナトラとその子供も行方不明になった。村人たちはウワサした……。キナイ・ユキを手に入れられなかった人魚の呪いに違いないと……」

 人魚には不思議な力がある――何故か今、それを思い出し、ユリは頭の中で慌てて否定する。
 結びつけるにはまだ早い。何よりあのロミアに、人魚の呪いなんて信じられなかった。

「村人たちはキナイを問いただそうと、手に手にたいまつを取り、しじまヶ浜の小屋に押しかけた。その時、彼らが見たのは信じられない光景だった」

 キナイはそこで、言葉を切る。
 
「ひとりでいるはずの祖父が、ずぶぬれの赤ん坊を抱えてぼうっと立っていたらしい……」

 背筋がひやりとした。赤ん坊……?全員が疑問を持つ。一体どこから、誰の子と。

「村人たちはその赤ん坊を人魚の子だと恐れ、いっそう祖父を避けて暮らすようになった……というわけだ」
「人魚の子……?」
「じゃ、じゃあアンタのお母さん人魚の子なの!?それならアンタも人魚の……」

 エルシスの呟きをかき消すようにベロニカが声を上げ、さらにキナイが覆い被せるように叫ぶ。

「バカを言うな!俺の母は人間だ!海辺に捨てられていた赤ん坊を祖父が引き取って育てたんだ!」

 初めて、表情から声から、彼は感情を露にして。

「人魚の子などバカらしい!村のヤツらが好き勝手にウワサしているだけだ!」

 ……――ああ、だから彼は。

 きっと、幼い頃から親子共に偏見の目を向けられたに違いない。
 キナイの苦しげな声を聞き、エルシスは胸を痛めた。

「……いい機会だ。人魚が祖父を待っていると言うのなら、そいつに渡してほしい物がある……」

 キナイは彼らに背を向ける。

「村の反対側にあるしじまヶ浜に来てくれ。教会の裏の扉を通ればすぐに着く。扉のカギは開けておくからな」

 さっさと行ってしまう彼に、すぐに追いかける気にはなれなかった。

 しばし、無言のまま俯く四人。
 
「人魚の呪いの紙芝居のモデルが、ロミアの恋人のキナイ・ユキだったなんてとても信じられないわ……」

 最初に口を開いたのはマルティナだった。

「魂を食べ、人を呪う人魚があのロミアだなんて思えないもの」

 ずっと考えていたユリも、彼女の意見に賛同するように口を開く。

「……本当にロミアさんが呪いをかけたら、恋人の帰りをずっと待っているのはおかしいと思うの。それに……」

 ロミアからは邪悪な気配が感じられない。

「僕もそう思うよ。呪いとかじゃなくて、悲劇の偶然なんじゃないかな」

 悲しい出来事が重なったために、人魚の呪いだと思い込んでしまった。
 理不尽な出来事が起きると、人は何かのせいにしたくなるのではないだろうか。
 誤解は解けたが、ヤヒムが喋れなくなったのは、悪魔の子と呼ばれる自分のせいだと思われた時のように――。

「とりあえず、今はキナイを追いましょう。教会の裏の扉を通ってすぐの、しじまヶ浜に来てほしいと言っていたわね」

 マルティナの言葉に頷き、四人は重い足で歩き始める。

「……ベロニカ?大丈夫……?」

 いつもなら何かしら自分の意見を言う彼女が静かで、エルシスは心配になって声をかけた。

「……ロミアは、何十年も白の入り江で……ひとりぼっちで……亡くなった恋人を待っているっていうの?」

 ぽつりとベロニカの口から零れた独り言のような言葉。

 ……何十年。

 自分たちはつい最近の出来事だと思い、キナイを探していたが、ロミアの恋人は彼の祖父だと判明した。
 二人の恋が、この村で呪いの話として語られる程の年月。

「……人魚と人は、寿命が違うから」

 静かにユリは言う。ロミアにとってはそんなに長い時間じゃなかったのかも知れない。

 でも、それでも……

「あまりにも悲しすぎるわ……」

 ベロニカはそう呟いて口を閉じる。
 そこからは誰も何も言わず、ただ教会へと向かった。
 ――そんななか、マルティナは隣を歩く彼女をちらりと見る。

(どうしてユリは、人魚と人間の寿命が違うことを知っていたのかしら――?)

 記憶喪失だという彼女が。知識に偏りがあるとはいえ、一般的に人魚の存在は伝説に近く、あのロウでさえ初めて人魚を見たほどだ。
 少し疑問に思ったが、この場の空気に聞くこともできず……やがてマルティナは前に向き直った。


「おお、エルシス。先ほどキナイがここに来たんじゃが、裏口の扉から出ていきおった。やけにこわいカオをしておったがいったい何があったというんじゃ?」

 不思議そうに尋ねるロウに、後で話すよとエルシスは答える。四人の様子でロウは何かを察し、無言で頷いた。

「裏口の扉の先は村の墓地で、死者の魂が海へと帰る場所でな。この一帯では、しじまヶ浜と呼ばれておる」

 キナイの母の言葉に「死者の魂が海へ帰る場所……」と、ユリは声には出さずに口の中で呟く。

「あの子はあの浜が嫌いでの。めったに近づくことはなかったのじゃが、何かあったかのじゃろうか……?」

 キナイの母も疑問を口にしたが、誰も答えることはできず、四人は教会の奥にある扉を通った。

「……ここが、しじまヶ浜。キナイの祖父が閉じ込められていた場所ね。いったいここに何があるのかしら?」

 村の反対に位置するしじまヶ浜は、墓地というだけあって、とても寂しい場所に感じた。

 海が近くに見える――ユリは先程感じた疑問について考えていた。

 生きとし生きる者、命はやがて喪われる。
 それは自然の摂理だ。
 そして、その魂は皆等しく命の大樹へと還る。
 流れ、巡り、その時まで――。
 それがこの世の"ことわり"だ。

 だが、この村では死者の魂は海へ帰るという。

 どうして、海へ帰るのだろう?
 そこから先はどこへ行くのだろう?

 この広い海を巡るのだろうか――そんな疑問がユリの頭の中で埋めつくされていた。

 ……――声が頭の中で響く。

 いや、頭の中じゃない、波に音紛れて微かに声が。

 ……ロミアに…伝えてくれ……どうか…

(っ!?まさか、キナイ・ユキ……?)

君は、幸せに生きてくれ

 ――え。ユリはその言葉を聞いて、きょろきょろと辺りを見渡した。
 キナイ・ユキの姿はおろか、辺りには誰もない。

「ユリ、どうかした?」
「あ……ううん」

 エルシスの問いにユリは曖昧に濁した。
 今の声は本当にキナイ・ユキのものだったのだろうか。
 不思議な出来事に、ユリもまだ受け止められず、話すことができなかった。
 
 ――墓地を通り過ぎた先の崖の上に、一つの寂れた小屋がぽつんとあった。

 キナイ・ユキが閉じ込められていたという小屋だろう。
 実際に目にすると、語られる物語は実際に起こったものだと、彼らの中にじわじわと実感が生まれてくる。

 その中からキナイが出てきた。
 手には美しいベールを持って。

「……このベールは、俺の祖父が遺した物だ。母が言うには祖父が死の床で握りしめていた物らしい……」

 キナイは手に持つベールを見つめながら話す。

「俺はどうしても捨てられなかった……。あんたの話が本当なら、その人魚に渡して、キナイ・ユキは死んだと伝えてくれ」

 エルシスは"約束のベール"を受け取った。
 手に持った瞬間は羽のように軽かったのに、その意味を考えると、とんどん重く感じてくる。

「さっきはとり乱してすまなかった。俺たち家族がこの村で暮らしていくのは楽なことじゃない」

 四人に謝罪したキナイは、続けて自身の生い立ちを話す。

「……俺の母は、祖父が死んでからやっと村の男と結婚できた」

 キナイの母の苦労が、その見た目に現れていたのかと彼らは気づく。

「後ろ指さすヤツもいたろうに、今じゃそれをネタに紙芝居なんて読んでこづかいかせぎをしてるんだ。強い人だろ?」

 軽く笑うキナイに、エルシスも同様に頷いた。

「俺は人魚が憎い。俺の子孫にはもう人魚の呪いでさげすまれるような人生を送ってほしくはない……」
「キナイさん……」
「ようやく俺も船に乗れるようになったんだ。……悪いが、これ以上、過去の呪いをむし返さないでくれ」

 当時を知る者が少なくなってきて、やっと普通の生活を手に入れたキナイに。
 本当に人魚の呪いなのかと、どうして疑問を投げ掛けられよう――。
 それでもエルシスは、彼に伝えたいことが一つあった。

「あの、キナイさん。嫌な思いをさせてしまいすみません」
「………………」
「このベールは必ず僕たちが彼女に渡します。でも、一つだけあなたに知ってほしい」

 真摯なエルシスのその言葉に、キナイはまっすぐと彼を見つめ返す。

「ロミアさんは今でもあなたのお祖父じいさんが迎えに来るのを待っていて、その気持ちは本物だと……僕は思います」

 エルシスの隣で、ユリ、マルティナ、ベロニカも同じというように、強く頷いた。
 沈黙するキナイは、やがて「……その人魚の名が、ロミアというのは初めて知った」と、口を開く。

「じいさんがどんな人かは知らないが、母が言うには夜になるとアトリエの外に出て、夜の海をひたすら絵に描いていたらしい」

 キナイは同じ夜の海を眺めながら。

「そういう時のじいさんは魂が抜けちまったユウレイみたいで、母はおそろしくてたまらなかったそうだ。母は、俺が祖父によく似ているという。もしも、その人魚に会ったなら俺も……」

 最後まで言わず口を閉じ、首を横に振る。

「……いや、なんでもない忘れてくれ。イヤな役回りをさせてすまない。必ず、そのベールを人魚に渡してくれ――」


 キナイ・ユキとロミア。人と人魚。
 二人の愛は本物だったのだろうか?

 例えロミアに悪気はなくとも、キナイ・ユキはあの美しさに惑わされ、身を滅ぼしたのだろうか?

 エルシスには分からない。

「綺麗なベール……。キナイ・ユキが作ったのかな」

 ユリは長年の時をかけても色褪せないベールを見つめる。シルクの糸と貝殻や真珠で作られたそれは「地上と海をつなぐ」という彼の願いが込められているような気がした。

「ロミアに約束のベールを渡す時、キナイ・ユキのことを聞かれたらなんて答えればいいのかしら」
「………………」

 マルティナの悲しい声色の問いに、エルシスは答えられない。
 エルシスだけでなく、ユリもベロニカも。

「恋人がもうこの世にはいないと知ったら、ロミアはショックを受けるわよね」

 愛した人がいない世界は、どんな風に見えるのだろう――ユリは想像する。
 もしかしたら、キナイ・ユキはこの場所でその世界を見ていたのではないか。
 
「……しじまヶ浜、とてもさびしい場所ね。こんな所に閉じ込められて、キナイ・ユキは何を思っていたのかしら……」

 マルティナの声は夜の海に溶け込むように。
 ユリは先ほど聞こえた声を思い出す。
 キナイ・ユキが、ロミアに伝えたかったことは……――。
 
「行きましょう、みんな。白の入り江で待っているロミアに、約束のベールを渡さなくては」

 マルティナは戸惑い、落ち込む三人に毅然とした態度で微笑み言った。
 自分もそれほど多くを経験をしたわけではない。心を痛まないわけがない。
 けれど、年長者としても自分は彼らを守る立場だ。(しっかりしなくちゃ。きっと、どの選択肢を選んでも……)

 辛い結末が待っている――マルティナはそう予感していた。


 教会に戻るとロウの姿はなく、キナイの母は「すぐにこの村を出発することになると思うから」と、彼は仲間を連れて先に船に戻ると言ったらしい。
「さすがロウさまね」
 先見の明がある人だと、マルティナは敬服した。

「もう少しゆっくりしていけばよかろうに……。まあ、旅人さんには目的があるのじゃろう」

 旅の道中お気をつけてくだされ――見送るキナイの母に、四人は頭を下げた。

 行きと同じように、道を降っていく。

「……ロミアはキナイ・ユキが来ると信じて、白の入り江でずっと待っているのよね」

 その途中、ベロニカはそっとユリに話しかけた。

「ねえ、ユリ。キナイ・ユキが死んでいるって知ったら、ロミアはどうするのかな……」
「ロミアさんは………」

 言いかけて、ユリは言葉に詰まる。
 彼女は、この事実を受け止められるだろうか。

「ロミアに真実を話すのは、あたしはすこし不安だわ。あのコ、キナイを待っていたのよ。それで、たどりついた答えがこんなのってあんまりじゃない……」

 ベロニカのロミアの身を案じる言葉は、エルシスの耳にも届く。


 残酷な真実を突きつけるのと、優しい嘘をつく――。
 一体、どちらが"正しい"のだろう。


「ダンナ、お待ちしてたでがすよ。無事、キナイ兄さんに会えたようでよかったよかったでげすな」

 桟橋ではアリスが四人を待っていて、まだ事情を知らない彼は、明るく彼らに言った。

「他の皆さんは先に船へ戻ったでがす。早いとこ白の入り江に行って、ロミア姉さんにキナイ兄さんのことを伝えるでがすよ」
「……そうだね」

 小舟を漕ぎながらのアリスの言葉に、エルシスは相槌だけ打つ。
 五人を乗せた小舟は、緩やかな波に揺られながら停泊してるシルビア号へと。
 その背後の東の空は、白み始めて夜明けを迎えようとしていた。

 夜が――明ける。

 真っ暗な海が嘘だったように、キラキラと朝陽に照らされ輝く。

 シルビア号が出港すると同時に、ナギムナー村から大砲の音が響いた。
 日の出を告げるその音は、まるで彼らの船出を祝うかのように――。


 だが、彼らの船出は決して晴れやかなものではなかった。


「……………………」

 船内にある談話室で、四人はまだ事情を知らないカミュ、セーニャ、シルビア、ロウに、キナイから聞いた話をした。
 少し前の四人と同じように、彼らは真相に衝撃を受け、その場に重苦しい空気が漂う。

「やっぱり、人の色恋に首を突っ込むとろくなことにはならねえな……」

 その空気にふうとカミュが息を吐き出し、苦々しく呟いた。

「だが、一度関わっちまったもんは途中でほっぽり出すわけにはいかねえ。ロミアに約束のベールを渡しにいくぞ」
「うん……それはそうだけど……」
「誰かにお届けものをするのが、こんなにもつらいと思ったのは、今回がはじめてですわ」

 ぎゅっと両手を握り、悲痛な面持ちで言ったセーニャは、エルシスの方を向く。

「エルシスさまはお強いですね。私なら、ロミアさまに何も言えずに、逃げだしてしまいますもの……」

 強い……のだろうか。本当は揺らいでいるのに。
 勇者として世界の命運を背負うことはできても、誰かの人生を左右する決断を下すのは――こんなにも苦しくて辛いのかと知った。

「……ううむ。あの紙芝居が本当だとしたら、ロミアはキナイ・ユキの魂を食ってしまったことになる」

 次にロウが、信じられんと口を開く。

「あの心優しいロミアがそのようなことをすると思うか?どうもふに落ちんわい」
「人魚の呪いが本当だとは思えないけど、あの話がナギムナー村に残っているのには何か理由があるはずよ」

 ロウの言葉に続くように、思案していたシルビアが言う。

「ロミアにそのベールを渡せば、本当のことがわかるんじゃないかしら?」

 本当のこと、真実が――。

「……とりあえず、あの入り江に着くにはまだ時間があるんだ。今日は休もうぜ」
「そうね、寝不足はお肌の天敵なのに徹夜しちゃったわね」

 カミュの言葉にシルビアが軽い口調で続き。それを合図に、それぞれ席を立って、休むために自室へと向かう。

 エルシスはカミュの背中にそっと声をかけた。

「カミュ……僕が伝えなくちゃいけないんだよね」

(――分かっている。これは勇者の旅に関わることで、何より僕が引き受けたんだ。僕が決断しなくちゃいけない)

「エルシス……」

 ぽつりと吐いたそれは、今まで滅多に吐いてこなかった彼の弱音だ。
 カミュはなんと言おうか数秒考え、口を開こうとしたところを、遮るように声が割って入る。

「厳しいことを言うようだけれど、ロミアに約束のベールを渡すのは、エルシスにしかできないことよ」

 マルティナだった。マルティナはカミュに「自分にまかせて」というように無言で頷いた。
 
「キナイとロミア、ふたりの恋を最後まで見届けましょう」

 打って変わって、優しい声で。エルシスがどんな答えを出しても、自分たちは肯定し、受け入れるというように。

「……そうだな。ロミアに何を伝えるかは、エルシス、お前にまかせるぜ」

 カミュも同様だと、にっと笑ってエルシスに言った。

「……うん。ありがとう。マルティナ、カミュ。……僕、よく考えてみるよ」

 エルシスは二人に微笑を浮かべて答える。作ったものではないその笑顔を見て、二人は内心ほっとした。
 二人と別れて自室に入ると、エルシスはベッドに座る。疲れているのに、目も頭も冴えており、何より眠る気にはならなかった。

(ロミアさんにとって、どっちがいいんだろう……)

 その時、控え目にドアがノックされた。
 エルシスは俯いた顔を上げ、小さく返事をする。

「寝てたらごめんね、エルシス。話したいことがあって……」

 ――ユリだ。エルシスは「起きてたから大丈夫だよ」と、にこやかにドアを開け、彼女を部屋に招き入れる。

「全然、寝る気が起きなくて……」
「私もだよ」

 苦笑いを浮かべるエルシスに、ユリも同じように小さく笑って返した。

「話って、ロミアさんのこと?」

 ユリはこくりと頷き、真剣な顔で口を開き。

「エルシス……。私、しじまヶ浜で――……」

 ユリはしじまヶ浜で聞いた声のことを話す。
 あやふやな出来事に先ほど皆の前では言い出せなかったが、エルシスには伝えなければと彼女は思ったのだ。

「――そうか。きっとユリの聞いた声は、キナイ・ユキのものだと思う」

 バンデルフォン王国跡地で、死者の姿を見たと思われるユリだ。
 死者の声を聞いてもおかしくないし、何より不思議な雰囲気を持つ彼女が、そんな力を持っていてもおかしくないとエルシスは考える。

「ねえ、ユリ。その言葉を聞いて、君は……ユリならどうする?」

 ロミアに真実を伝えるか、否か。

「私は――……」


 正解のない選択を迫られながら、シルビア号はロミアが待つ白の入り江に向かう。

「ダンナ……。もうそろそろ……ロミア姉さんが待つ入り江の海域でげす」

 同じく事情を知ったアリスは、落ち着いた声で言った。皮肉にも、海流によって船は予想以上に早く目的地に着きそうだ。

「エルシス。彼女がどんな答えを出したとて、キナイ・ユキが死んだ事実は変わらん。過ぎたことを追い求めてはならんのじゃ」

 ロウは感情が読み取れないエルシスの横顔を見つめながら諭すように言う。

「生きる時の流れが異なる人と人魚……。埋められない時の流れの差は、遅かれ早かれふたりを引きはなすことになったじゃろう」

 それが早かっただけだと――ロウの言ってることはもっともだ。

「あのね、エルシスちゃん。ムリに真実を話すことはないわ」

 むしろエルシスが思い詰めているのではないかと、シルビアは彼を心配しながら言った。

「恋をしている者はなんでもできる。だからこそ、何が起きてもおかしくないの。恋心は時に大砲よりも危険なのよ」
「……もし、私がロミアさまなら、キナイ・ユキさまがなぜ来ないのか本当のことを知りないですわ」

 シルビアとは反対意見を言ったのは、セーニャだ。

「どんなことでも、大切な人のことを知りたいと思うのはおかしいですか?」

 ……シルビアの言っていることもセーニャの言ってることも、エルシスには分かった。だからこそ、これほどまでにずっと悩んでいた。

 正解などないのかも知れない。
 どちらの選択を選んでも、きっと身勝手だ。

(僕は……)

「……エルシス」
「ユリ……」

 彼女はただ無言で頷くが、エルシスにはその意味が分かった。

「……ありがとう」
 
 辺りに白い霧が立ち込め、エルシスの心を惑わそうとするが、彼は決意する。


 ――ユリは思い出していた。あの日、エルシスに伝えた自分の答えを……

「……カミュなら、どうする?」

 ユリは同じように黙ってエルシスを見守るカミュに聞いた。

「……オレは、真実を話す。嘘をついたって、キナイ・ユキはよろこばねえと思うからな」
「……なぜ?」
「だって、自分のせいで大切なヤツをいつまでもひとりぼっちにさせるなんて……オレなら自分を許せねえよ」


 カミュの海のような青い瞳が、ユリを見つめる。





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アンケートの結果も踏まえて本編ルートはifルートで進みます。
★ロミアの選択肢アンケート★


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