雄英白書U:AB合同女子会

 それは、合宿二日目の夜に起こった。

 悪なき欲望、卑劣な計画……。

 昨日の今日で再び露天風呂を覗こうとしたこの峰田実という男は。
 もしかしたら、この世の下心を集めてできた存在なのかも知れない。

「うぎゃあああ!!」

 ――湯煙に混じって、そんな峰田くんの悲鳴が響いた。
 耳郎ちゃんのイヤホンジャックが正義の鉄槌のように覗き見してた目に刺さり、成敗したからだ。 
 
 私は思う……

 峰田くん。やっぱりヒーロー科に来たのは何かの間違いだったんじゃない?

「まだまだだよ!」
 今度は三奈ちゃんの酸攻撃。
「ぎゃあああ!?」
 再び悲鳴が露天風呂に上がった。


「やはり警戒しておいてよかったですわ」

 本当。見回りに来て正解だった。
 百ちんが嘆く横で、一佳がB組女子の代表のように「ほんと、ありがとね」とお礼を言う。

「いや、むしろ迷惑かけて本当に申し訳ないというか……」
「同感です……」
「峰田くん、覗きはあかん!」
「いつか捕まるわよ、峰田ちゃん」
 むしろ、このまま警察につきだそう。
「あっ、ドリルとか持ってきてるよ!用意周到すぎっ」

 計画的につき情状酌量の余地なし!!

「風呂場で服着てるなんぞ、ルール違反だろうが!!!」
「「……はぁ!?」」

 まさかの自分の立場も理解せず、逆ギレに唖然とする。
 逆ギレして許されるのは爆豪くんだけだよ!(キャラ的に)

「警戒して見回りに来たんだから当たり前でしょ〜?」
「オイラは旅番組の温泉で、バスタオル使うタレントは認めねえ派なんだよー!!!」

 反省より欲望かよ――!――!――!?

「さいっ……てー!!」
「ルール違反はお前だ!!」
「どっか森の奥地に飛ばすー!」
「あぁ!?なんならオイラが脱いで見本をみせてや――」「「!?」」

 最悪な事を言いかけた峰田を、すぐさま巨大な手がフルスイングした。

 一佳の"個性"の《大拳》だ。

 気絶した彼は「あとはこっちにまかせて」とマンダレイたちが回収する。
 話は相澤先生から聞いているらしい。

「ピクシーボブ。本当容赦なくして良いので」
「…うん。あんた、また目が据わってんね」



 ***



「……ん?今、なんか聞こえた?」

 私にトランプを差し出しながらそう言った透ちゃん。「うん、なんか声が聞こえた」特に興味なく私は答えた。

 それよりも、ジョーカーは透ちゃんが持っているはず…。
 真剣に、浮いてるトランプからどれを取るか考える。

「……男子の声っぽかったけど」
「あ〜、ご飯の時、揉めてたもんね!B組と」

 近くの窓辺で涼んでいた耳郎ちゃんも聞こえたと言って、透ちゃんが納得した声を上げた時、私は「これだ!」とトランプを引いた。

「男ってアホだよなー……あ、でもさっきの、峰田の声っぽかったかも」

 ……ジョーカーだぁ!

 透ちゃんは表情が見えないから、こういう駆け引き勝負にはめっぽう強い。
 透ちゃんはふふふと得意気に笑いながら、トランプを横にゆらゆら揺らしている。
 してやられたと思いながら私は手札を切って。

「はい!耳郎ちゃん!」
「あからさまな手を使って来たね、理世」

 一枚だけトランプを飛び出した並べ方で、私は耳郎ちゃんに差し出した。
 耳郎ちゃんの指が迷うように動き、やがて飛び出たトランプの隣を取る。
 惜しい!反対がジョーカーだったのに。
「残念だったね」「むぅ〜」

「おしおきでもされてんのかなっ?されちゃえばいいんだー!」

 頬を膨らませて言ったのはさっきまで「うえ〜補習やだよ〜」と自分の布団でバタバタ足を動かしていた三奈ちゃん。

「ほんまやね!」

 部屋の隅で梅雨ちゃんに背を押してもらいながらストレッチをするお茶子ちゃんに。

「一度痛い目に遭わないとわからないかもしれませんわね」

 その近くで荷物を整理をしていた百ちんも同様に憤怒しながら言った。(結構痛い目見てると思うけど……)

「もっと深く刺しときゃよかった」
「もっと酸の濃度、濃くしとけばよかったー!」

 耳郎ちゃんと同じように言いながら、三奈ちゃんは差し出されたトランプを引き抜く。

「でも、峰田ちゃんのことだから、そうそう変わらないと思うわ。今までだって痛い目に遭ったけど、相変わらずだったもの」

 梅雨ちゃんの言葉に頭が痛い。
 厄介なのはそこだ。

「それは……そうかも……」

 それぞれが今までの峰田の所業を思い浮かべてるらしく、皆げんなりして納得している。

「それでも、今回は他のクラスの女子にまで被害が及ぶところでしたわ……。同じA組として恥ずかしい……」

 同感。同じヒーロー志望としても恥ずかしい存在だよ……。

 はあ…と全員が同意しながらため息を吐いた時、ドアノックの音に続いて。
「拳藤だけど、ちょっといいかな」

 一佳だ。百ちんは視線でみんなの確認をとると「ええ、もちろんですわ」とドアを開けて出迎える。

 そこには一佳だけじゃなく、唯ちゃんと塩崎さんに、レイちゃんもいた。

「さっきはありがとね、これお礼」
「お礼?」
「えー、なになに?」

 興味津々に三奈ちゃんは差し出された袋を覗き込む。私もお茶子ちゃんたちと一緒に覗き込んだ。
「お菓子だーっ」
 真っ先に嬉しそうな声を上げる三奈ちゃん。そこには色々な種類のお菓子が入っていた。

「持ってきたお菓子の詰め合わせで悪いんだけどさ」

 みんなで持ち寄ったお菓子らしく、個別包装されたクッキーやチョコレート。(私が好きなお菓子もある!)

「でも何の……」

 そう首を傾げて百ちんはすぐにハッとする。

「もしかして峰田さんの件ですか?それならばそんな必要はありませんわ!むしろ、A組ウチの峰田さんが大変なご迷惑をかけるところだったんですもの……!」
「それこそ菓子折り持って謝罪に行くところだったよねぇ」
「ヤオモモも理世もまるで出来の悪い息子を持つ母親みたいだね」

 その例えはやめてー耳郎ちゃん。
 百ちんも心底嫌そうな顔をしている。

「そんな気にすんなよ。結果的に大丈夫だったんだから」
「それに教えてくれたからこそ未然に防げたんだし」

 からりと笑いながら言う一佳に、レイちゃんも続き、唯ちゃんが「ん」と同意した。

「これは私たちの感謝の気持ちです。ここに来られなかった取蔭さん、小森さん、角取さんも直接お礼を言いたかったと申しておりました。ですが、ブラド先生から今日の訓練の注意点があると呼び出されてしまいまして……」

 祈るように手を組む塩崎さん。

「だからさ、これもらってよ。ほんの気持ち」
「でも……」
「それじゃ、ありがたく!」

 戸惑う百ちんの代わりに、三奈ちゃんが横から袋を受け取った。

「芦戸さんっ?」
「まーまー、ヤオモモ。せっかく持って来てくれたんだし」
「そうよ、百ちゃん。気持ちを無下にするのはよくないわ」
「ありがとう〜お返しにチョコあんぱんあげる」
「理世ちゃん、ちゃっかりチョコあんぱん党の普及活動しとる!」
「でも、私たちは当たり前のことをしただけですし……」

 真面目な百ちんに「ん〜」と考え込むような声を出していた透ちゃんが、頭に電球が浮かんだように言う。

「それじゃ、みんなで食べようよ!」
「えっ?」
「あっ良いね〜ナイスアイデア透ちゃん!」
「女子会しよー!女子会!せっかくだし」

 『女子会』という言葉にみんなの顔が綻んで。

「さんせー!こういう機会もなかなかないしね」
「まぁ……女子会……」
「え、ほんとにいいの?」
「もちろんよ。それに、男子たちも男子たちで集まってるみたいだし」
「ん」
「……じゃ、やっちゃう?女子会」
「「やっちゃうー!!」」


 こうして、第一回(?)AB合同女子会が開催された。

 自販機でジュースを購入し、部屋の真ん中にお菓子を広げ、布団をクッション代わりに車座になると。

「「かんぱーい!!」」

 カンっと缶同士がぶつかり合う音が部屋に響く。

「……実は私、女子会初めてなんですけど……、どういうことをするのが女子会なんでしょうか?」
 わくわくした百ちんの声に、三奈ちゃんが答える。
「女子が集まって、なんか食べながら話すのが女子会なんじゃないの?」
「ざっくりしてる」
 三奈ちゃんの言葉に私は笑った。

 すると、チッチッチと言う透ちゃん。
 たぶん指もそう動かしているらしい。

「女子会といえば……恋バナでしょうがー!」
「そうだ、恋バナだ!女子会っぽい!」

 隣で盛り上がる三奈ちゃんとは反対の隣で「うわぁ〜」と、どぎまぎするお茶子ちゃん。(恋バナかぁ…)

「恋ねぇ」

 梅雨ちゃんも表情は変わらないけど、ほんのり頬を赤らめているみたいな。

「えー……」
「あー、そういうノリか」

 戸惑う耳郎ちゃんに苦笑する一佳。

「こ、恋!?そんなっ、結婚前ですのに……!」

 と、口では言いつつも満更でもなさそうな百ちん。(恋した人と結婚するんだから結婚前で合ってるんじゃ……)

「そのとおりですわ。そもそも結婚というのは御前での約束で……」

 慈愛満ちるシスターのように言う塩崎さん。

「鯉バナナ?」(…鯉バナナ!?)
「んーん」

 首を傾げるレイちゃんに、静かに首を横に振る唯ちゃん。

 三者三様の反応。テンションに違いがあるものの、女子会の話題は鯉バナナ…じゃなくて恋バナに決定した。

「それじゃ、付き合ってる人がいる人ー!」

 さっそく透ちゃんが呼び掛ける。
 みんなワクワクとした視線を送るだけで、名乗り出る女子はおらず。

「……えっ、誰もいないの!?」
 愕然とした透ちゃんの声。
「いないみたいだねぇ」
 あはーと他人事のように笑って、チョコを口に入れた。
「ちょっと理世ちゃん、その容姿で彼氏いないとか言わせないよ!」
「えー」

 透ちゃんの言葉に「うんうん」とみんなの視線が集まる。

「よく考えてみて。ハードなヒーロー科の授業を送る日々の中で、私が彼氏作る体力あると思う?」

 私の言葉に「あぁ……」とみんなが納得した。すごく残念そうな目で私を見ながら。(……。みんなでそんな目で見なくても〜)

「確かに、中学のときは受験勉強でそれどころじゃなかったけど、雄英に入ったら入ったで、それどころじゃないもんなー」
「中学のときの友達は彼氏ができただの青春を楽しんでてちょっと羨ましいよ」

 透ちゃんの言葉に、私もそんな連絡がちょいちょい来てたのを思い出す。
 あとはヒーロー科の誰かを紹介してとか。
 特に焦凍くんの人気がすごい。

「ヒーローになるには、今は学業が優先かと……」

 塩崎さんの落ち着いた声に、みんなも冷静になりつつあるなか。

「うわー、でも恋バナしたい!キュンキュンしたいよー!ね、片思いでもいいから誰か好きな人いないのー?」

 三奈ちゃんの一度ついた恋バナという火はなかなか消せないらしい。(好きな人、かぁ……)

「好きな人……」
 隣でお茶子ちゃんが私が考えていたことを小さく口にした。
「あら?どうしたのお茶子ちゃん」
「あー!もしかして好きな人いるの!?」

 すかさず透ちゃんが食いついて、みんなのワクワクした視線が、今度は一気にお茶子ちゃんに集まる。

「おっおらんよっ!?おるわけないしっ」
 真っ赤な顔をぶんぶんと横に振って否定するお茶子ちゃん。

「その焦り方はあやしいな〜?」
「誰、誰っ?女の子だけの秘密にしとくから!」
「いやっ、これはその、そういうんと違くてっ……理世ちゃーん!」
「わわ……」
 そんなに揺すられたらフォローするものもできないよ、お茶子ちゃん…!
「ほらほら、吐いちゃいなよ。……恋、してるんだろ?」

 尋問のように問い詰める二人。

「っ…… ほんまそういうんじゃ〜!」

 しまいには「ひゃっ?」「うわっ」と、お茶子ちゃんのブンブンと振った手が二人に触れてしまい、"個性"が発動。

「あっ、ごめん〜」
 浮かぶ二人を慌ててお茶子ちゃんが解除して、ボスンッと二人は布団の上に着地した。

「二人とも、誘導尋問は良くないよ〜」

 お茶子ちゃんと"それっぽい話"をしたのはみんなで木椰区ショッピングモールに買い物に行った時だ。
 その後、ヴィランと遭遇したりでそれどころじゃなくなったけど。

「うん!ほんまにそういうんと違うから!なんというか、そういう話が久しぶりすぎて動悸がしたというかっ」
「どれだけ久しぶりなんだ」

 つっこむ耳郎ちゃんの後に「そっかー」「ごめんごめん」と謝りながら透ちゃんと三奈ちゃんは元の位置に戻る。

「お茶子ちゃん?なんだか疲れてるわね」
「いや、動悸がおさまらへんだけ……」

 そう言って、ぱたっと布団に倒れ込むお茶子ちゃん。

「大丈夫ー?」
「動悸が長引くようなら病院に行ったほうがいいわ」
「病院で治るといいなぁ……」
「大丈夫ですか?恋の話が久しぶりすぎて、体に支障が出てくるなんて……。神様はなんと残酷な体質をお作りになったのでしょう」

 塩崎さんは隣のお茶子ちゃんの頭を慈しむように撫でた。…塩崎さんの話は神々しくてどうつっこめば良いか…。(慈悲深い……)

「やっぱり女子は、適度に恋バナしなきゃダメなんだよ!他に誰か、好きな人いないのーっ?」
「そう言う三奈ちゃんは本当にいないの?」「いない」

 速攻キッパリと返された。
 そして、再びターゲットは私になる。

「結月は今までどうだったのさ!?」
「理世ちゃん、絶対昔からモテモテだったでしょ〜」
「いやいやいやぁ〜」
「理世さんが文化祭でシンデレラを演じることになった時は、他クラスからも学年問わず王子役をやりたいと男子生徒が殺到したと聞きましたわ」
「へぇ、さすが理世だな。中学生時代にそんな逸話があるとか」
「ん」
「理世っぽい」
「それデマだよぉ!」

 すんなりと信じるみんなに慌てて否定する。なんなの私のシンデレラの話。伝説にでもなってるの…?

「あら、そうでしたの?他にもこんな話も……」「なになに!?」「百ちんストップ!!」

 再び慌てて止めに入ると百ちんはクスクス笑いながら「では、事実確認してから皆さんにお話しますね」とおかしそうに言った。(同中ってちょっとこわいなぁ…絶対話に尾ひれはひれついてそう…)

「結月の恋バナ面白そうなのに〜」
「面白いも何も…私、今まで彼氏いたことないし」

 そう言うと「意外」という声が返って来た。
 そもそも恋にあまり良い思い出がない。
 小学校の頃にちょっと良いなぁって思ってた男の子は、両親の"個性"事故の影響で、腫れ物のように避けられたりとか。

(たぶん、初恋と思われる人も……)

「じゃあじゃあ初恋の人とかは?」
 ちょうど考えてた事を透ちゃんが聞いてきた。
「私の初恋は――……」

 初恋。甘酢っぽい響きとは裏腹に、私の顔は苦々しくなる。

「…初恋クラッシャーにあったから…」
「「(初恋クラッシャー……!?)」」

 私の初恋の人は――、何を隠そう太宰さんだ。

『今日から私が君の"個性"の師だよ』

 かっこよくて、優しくて、頭も良くて、"個性"の教え方も上手と……まんまと私の初恋は奪われたけれど。

『私の趣味かい?私の趣味は、清く明るく元気な自殺さ!』
『…………………………。(何言ってんだ、この人)』

 趣味が自殺と知った瞬間、100年の恋も瞬間冷却のように冷めた。(確かに、初対面の時から包帯ぐるぐる巻きで気になってはいたけど!)

「………ない」あれはない…
「理世ちゃん、何があったんや……」
「思い出したくない過去なのね」
「え〜気になるよー!」
「触れない方がよさそう…」
「まあ、本人が話したくないならな…」
「ん」
「お辛いことがあったのですね。少しでも結月さんの心が癒えれば良いのですが……」

 辛いというか、甘酢っぱいはずの初恋がそんなんで悲しいというか……。

「そんな恋バナに限定しなくてもよくない?」
 微妙な空気にレイちゃんが言う。
「んー、でもさやっぱキュンキュンしたくないっ?だって、女の子だもんっ」

 三奈ちゃんの言いたい事も分かる。
 今はヒーローを目指す事に精一杯だけど、恋に憧れがないわけではない。

 あの切ないような甘いような、何ともいえない心がきゅっとする感覚は不思議。

「そうだねー」とみんなも考え込んだり、頷いたりしている。

(最後にきゅんとしたのっていつだろう)

 …………思い出すとつい昨日の事だった。(いや、あれは……不意打ち的な……)


 まさか、本当に助けてくれるなんて思わなかったから……。


「それじゃあさ」と透ちゃんが口を開く。



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