嫌いじゃ、
その日から、(多分俺だけだが)徹底的に水谷シカト作戦が始まった。
前に一度ハルと一緒に廊下で擦れ違った時に話しかけられたけど、俺がしっしっと追い払った。少し水谷はイラッとしていたが気にしない。
あんたに価値がなくても俺等にはあるんだ、繋がりってやつの価値は。水谷には一生分からない。
数日して、テストが始まった。
テストは答案なんか書かずにすべて0点。利き手をおじゃんにしていたし、包帯巻かれたままだったのでずっと寝ていた。めんどくさかったからじゃない。絶対に違いますぅ。疑わないでくださいぃ。
ハルは名前を書き忘れて0点。2人で0点でビリっけつ。周りにはさすが双子、とからかわれた。まあ、勉強大好き水谷ちゃんはもちろん1位だった。
なんだかむしゃくしゃして、たまたま居た上級生に喧嘩を吹っ掛けてみた。お馬鹿さんな上級生は思った通り、喧嘩を買った。ハルに見つかってしまい、ヤバイと思っていた間に、ハルは喧嘩に参加していた。
帰ってきた頃には2人してぼろぼろ。もちろん、俺等が勝ったに決まってんだろ。
「ったくおまえはよー、カモられるかケンカするか、それ以外に選択肢はねーのかよ。このあいだのガキどもといい」
「うるせ」
「みっちゃん、今回は俺が喧嘩吹っ掛けたんだ。ハルは悪くない」
「何だ、珍しいな」
「むしゃくしゃしたから」
ハルを横目で見ると寂しそうな顔をしていた。俺じゃダメなのかな。俺じゃ寂しさ埋めてやれねえのかな。
少し寂しく、やるせない気持ちになってきたので、壁へと頭を預け、やっと包帯の外れた、瘡蓋の残っている手を顔の上に乗せた。瘡蓋ざらざらする。うざったい。剥いてやろうか。
その時、ガーと音がして自動ドアが開いた。
みっちゃんは、お、いらっしゃ〜いと楽しそうに言う。隣でハルが固まる気配がした。その気配で見なくても分かった。水谷だろ。今奴の顔なんかみたくない。はぁ、と溜め息を吐いて口を開いた。
「何しにきた。もう現れんなっつったろ、帰れようぜえな」
「……1番!」
「「は!?」」
思わずハルと声が被った。双子だから、とかそんなんじゃないと思う。突然こんなこと言われたら誰しも驚く。思わずシンクロするって。しかもこの行動の意図がわからない。
「……やっぱり俺には人間が、いちばんわかんねぇ。なぁ、亜希」
「同意。つか、それだけかよ、だったらマジで帰れって。なにするかわかんねえぞ」
「だからなんだよ。わざわざそんなこと言いにくるほど俺達が嫌いってことかよ!?」
「……嫌いじゃないよ」
「は!?」
「私、ハルと亜希のこと、嫌いじゃない」
指の隙間から見えたハルは真っ直ぐ水谷を見ている。少し嬉しそう、な気もしなくない。俺は気になってハルのついでだというように指の隙間からちらり、と水谷を見た。
「……いい忘れてたんだけど、この間は、助けに来てくれてありがとう。嬉しかった」
水谷は笑った。胸の辺りがきゅーっとなる。やっぱり、人間はよくわからない。特に水谷雫という人種。水谷から目を反らし、指の隙間をぴったりくっつけて視界を真っ暗にした。小さく溜め息を吐く。
つかつかとこちらに向かってくる音がして、身動ごうとした時、腕をガッと捕まれ視界が一気に明るくなった。目がしぱしぱする。
「う、わっ」
「怪我、平気?」
一応心配してくれてるのだろうか。珍しく、水谷の顔が少し悲しそうに見える。そんな顔もするのか。胸が少しどきり、となって気まずくなった。そして、少し照れ臭くなって、そっぽを向きながら平気、とだけ返した。
「この間は、どうもありがとう」
「…………おう」
それから最近ハルが大人しくなった。ハルが大人しくしているから俺も一応大人しくしている。周りからも、大人しくなったと凄い評判である。
ハルはあの日以来、水谷にありがとうと言わせたがり、正直大変である。ことあるごとに何かをしたがり、ありがとう、と言わせたがる。水谷はげっそりしていて、少し可哀想だ。あの笑顔は、もう一度みたいと思うけど。
そして、ハルはひとつ変わった。……俺もだろうけど。
図書館で勉強しているとき。
「今日は静かだね」
「あったりめーだろ。だって、おまえよくわかんねーけど勉強が大事なんだろ? おまえの大事なもんは、俺達も大事にすんだ。な?」
「まぁ……、俺等にとって価値がなくてもお前にとって勉強は価値があるもんなんだろ? ハルが大事にすんなら俺も大事にする」
「何よそれ」
水谷はそう言った後、何かを考え始めた。考え事多くないか水谷。じーっと観察していると、しばらくして顔を真っ赤にさせて、いきなり立ち上がった。一体何事だ。
「もういいのかよ」
思わずそう問いかけると、お腹すかない? と問いかけられた。質問の意図が分かってしまって、俺は思わず微笑みながら黙って頷いた。
……仲直り、できました。
8.嫌いじゃ、 END
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