いなくなれ。
「ハル、何飲む?」
「お茶がいい」
「おー。俺はオレンジかな」
小銭を数枚入れて、ハルのお茶のボタンを押す。ガコン、と音をたてて出てきたお茶のパックを俺はハルに放り投げた。ハルがそれをキャッチして、ストローを挿している間に俺は自身のオレンジジュースを買った。ついでにもう1本買っておく。
ジュースのパックにストローを挿して口にくわえ、俺はハルに話し掛けた。
「なぁハル」
「ん〜?」
「水谷、何であんなに勉強が大事なんだろうな」
「……さぁな」
ハルは不機嫌だ。どれもこれも水谷のせいである。水谷があの時うん、と頷いていてくれれば。なんて考えても遅いのだが。
教室に入ると、そこに水谷は居なかった。どうせまた何処かで勉強でも楽しんでいるのだろう。
ハルは席につく。俺はジュースを飲みながら、その隣にある机の上に座った。お行儀悪い? 机の上に座るな? 俺の席だからオールオッケー。
教室を見渡すと、皆ハルの顔を見て、怯えていた。どうせ皆して怖いとでも思っているのだろう。通常運転だがな。しばらくして、ハルはそわそわしはじめた。多分、水谷。予想は当たって俺の逆隣の席をチラチラ見ている。俺はジュースを飲みながら、それを見つめていた。ジュースのパックがずごご、と音を立てる。あ、ジュース無くなっちった。もう1本をさっと開けて再びストローをくわえる。
そわそわしていたハルは、我慢できなくなったのか少しして近くにいた女に話し掛けた。
「オイ」*
「は、はいっっ」
女がびくつく。怖がりすぎじゃないだろうか。
「シズクはどこだ」
「さ、さあ」
「あ、オレさっき見たよ」
「どこ行った?」
ハルの代わりに俺が聞き返してみる。こいつは確か、佐々原だった気がする。ササヤンと呼ばれ、親しまれている。
「怖そーな2年と一緒だった」
「だってさ」
ハルの方に投げ掛けると、一瞬キョトンとした顔をした後顔を歪ませ、扉を凄い勢いで開けて出ていった。
あ、マズイ、キレた。
俺は佐々原とついでに女に簡単にお礼を言い、ジュースを持ったまま、慌ててハルを追い掛けた。あいつ何しでかすか分かんねーしな。
*
先程、佐々原が言っていた2年の教室前。
ハルはずかずかと進んでいき、バン!! と勢いよく扉を開けた。
「シズクはどこだー!!」
そう言ってずかずかと入って行って、直ぐに水谷を見付けたのか、ハルは彼女の名を再び呼んだ。
2年の連中は、マズイという顔をしている。そう思うなら連れてこなきゃいいのに。
呆れていると、ハルの方からなんか、ブチッていう音が聞こえてきた気がした。気のせいじゃない気がする。
「てめーら、シズクになに、」
「落ち着け、ハル」
「いいから。帰るよ」
「いいわけあるか」
「こら、ハル」
ハルは止めに入った水谷の腕を払う。俺も落ち着け、と腕を掴んだら払われてしまった。
水谷が再び止めに入っていたが、もう何も聞こえてないみたいだ。ヤバい。ハル、マジギレしてる。マジギレするとこいつ、言うこと聞かねえからめんどくさいのに。
「こいつら、ぶっ殺してやる」
「大丈夫だから、ほんとに止め……」
「うるせえ!!」
「水谷っ!」
ハルの拳が水谷へと飛んでくる。咄嗟に水谷の腕を引っ張って庇ったのはいいが、失敗した。ハルの拳が俺の肩へと当たり、その勢いで壁へと背中を打ち付けてしまう。庇ったはずの水谷も巻き添えにしてしまった。背中と、ついでに尻も痛てえ。
「ちょ、ちょっと」
「大丈夫?」
「ハル。落ち着いて」
さっきの勢いでとんだパックのストローから、オレンジジュースが零れ落ちているのを見ながら、ハルをなだめる。しかし、まるで聞こえていない。殴って止めるしかないのか、と立ち上がろうとしたその時、水谷の冷たい声が聞こえてきた。その冷たさに嫌な予感がして、俺は思わず固まった。
「絶交だ」
「おい、水谷……」
「あんた達の友達ごっこに付き合わされるのは、もうたくさん」
「なぁっ、」
「あんた達なんかいなくなれ」
水谷は真っ直ぐにハルを見て、そう言った。俺の方は見ていなかったが、そこには俺も含まれているのだろう。悲しい話だ。
ハルは一瞬、唖然としたような顔をして、何かを言い返そうとしたのか顔を上げた。
しかし、それもつかの間、ハルの顔は悲しそうに歪められた。また、あの顔か。思わず目を伏せる。
「……そーかよ」
それだけ言い残して、静かにハルは2年の教室を後にした。
「ハル!」
ざわざわ、と教室内はざわめく。追い掛けようとしたが、水谷はどうするんだ。思わず足を止める。
視界に入ってきた水谷は、静かに、そして無表情で何事もなかったかのように去ろうとしていた。そんな水谷を見て、俺の中の何かが切れた、気がした。
ガッと、水谷の肩を掴む。水谷は一瞬痛みに顔を歪めたが、直ぐに無表情になり、何、と問い掛けてきた。
「ふざけんなよ、」
「は?」
「俺は、別にいい。けど、何でてめぇにハルが居なくなれとか言われなきゃなんねぇんだ」
「もう、付き合うのは無理だと思ったから」
「……そーかよ」
こいつだって、それほどの人間だったんだ。今までつるんできた、そいつらと一緒。それほどの人間。
「ハルはお前を助けようとしたんだ。それはわかってんのか」
「でも、殴られそうになった」
「だから俺が助けただろ」
「でも無理なものは無理」
水谷は譲らない。そんな水谷に、俺は嫌気がさした。いままでの人間と同じなら、別に切ってもいいじゃねえか。無理、なんて、それは、こっちの台詞だ。
「じゃあ、」
「?」
「テメェが消え去れよ」
「は?」
「居なくなれってんだよ。もう、ハルの前に現れんな。その方がせーせーする」
「……そう」
水谷は相変わらず、無表情のまま。何言っても表情が変わらない。むしゃくしゃする。思わず頭を掻き回した。
水谷の脇を通りすぎた時、グシャという音と共に、何かを踏みつけた。ぶしゅっと音がして、それの中身が勢いよく飛び出る。でも、んなもん知るか。
教室を出ていく時に、扉についているガラスを殴りつけた。ガシャンという音を立てて、ガラスが割れる。きゃーっという声が上がった。うるさい。拳をみると、ガラスのせいで切り傷がたくさんできていた。でも痛くない。きっと、痛みを感じない程、むしゃくしゃしてるんだ。こんなの久しぶりだ。治療するのも面倒くさい。そう思った俺は、血が出ている拳もそのままに、学校を自主早退し、帰路についた。人間なんて、
6.いなくなれ。 END
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