夜中の大逃走
ピーブズが大声で叫んだのだ。
ハリーたちは走り出した。ラヴィニアも、マルティナを急いで起こし、後を追った。
すると、廊下の突き当たりで扉にぶち当たった。扉には鍵が掛かっており開けられそうにない。ラヴィニアとマルティナは杖を置いてきていたのだ。
「もうだめだ!」とロンがうめいた。ドアを押したがびくともしない。
「おしまいだ!一巻の終わりだ!」
足音が聞こえた。フィルチが全速力で走ってきているのだ。
「ちょっとどいて」
ハーマイオニーがハリーから杖を奪い、錠を杖で軽くたたき、呪文を唱えた。
「アロホモラ!」
錠があき、扉がパッと開いた。ここにいた皆が扉の中へとなだれ込んだ。 ラヴィニアは急いで扉を閉めた。マルティナ以外の全員が、扉に耳をつけて外の様子を探った。
フィルチの声が聞こえた。どうやら、ピーブズと話しているらしい。生徒がどこへ行ったか聞いていたが、ピーブズははぐらかしている。
最後に、ピーブズの笑い声と、彼がヒューッと聞こえる音、フィルチの怒り狂って悪態をつく声が聞こえると、何の音もしなくなった。
「はあ、どうやら逃げることに成功したわね」
ラヴィニアは、ため息をつくと、地面にへなへなと座り込んだ。髪がしっとりと汗で湿っているのがわかった。
「フィルチはこの扉に鍵が掛かってると思ってる。もうオッケーだ、ネビル、放してくれよ!」
ハリーがヒソヒソ声で言った。ネビルがさっきから彼のガウンの袖を引っ張っていたようだ。
「え?なに?」
ハリーは振り返った。そしてはっきりと、『なに』を見た。彼は悪夢をみてるに違いないと思った。
そして、一番奥へと倒れていたマルティナは、涙を彼女の黄金色をした瞳にためていた。彼女の目には、ここに来た誰よりもはやくその『なに』が映りこんでいた。
そこは、部屋ではなく四階の「禁じられた廊下」だったのだ。ここにいた誰もが、なぜ立ち入り禁止なのか納得した。
全員が見たのは、怪獣のような犬の目だった。頭が三つの犬。それぞれ三組の目は血走っていた。三つの口からは黄色い牙をむき出し、だらりとよだれが垂れ下がっていた。そして、雷のようなうなり声がその口から響いた。
ハリーはいち早く、扉の取っ手をまさぐって開き、全員がその開いた扉へ、先程と逆へとなだれ込む。ハリーが後ろ手にその扉を急いで閉めると、飛ぶように全員がいまきた廊下を走った。
マルティナは、もう何がなんだか訳がわからないまま走った。ラヴィニアも、このときほど何も考えずにいたことはない。先程の現実が夢だと、思えたらどれほど幸せかと。
とにかくあの怪物犬から離れたい一心で階段をのぼりにのぼって行き、駆けに駆けて八階の太った婦人の肖像画へとたどり着いた。
「まあいったいどこに行ってたの?」
汗だくで、顔は紅潮した六人の様子を見て婦人は驚いた。
「なんでもないよー豚の鼻、豚の鼻」
息も絶え絶えにハリーがそう言った。肖像画が開き、やっと寮へと戻った。談話室につくと、肘掛け椅子へと誰もがへたり込んだ。
ラヴィニアは、今日ほど疲れた日は今までに一度もないと思った。いや、あるはずがない。こんな夜中に二度も全力疾走させられ、化け物に遭遇する。誰が考えただろうか、と。マルティナは、このときもう二度と動けないと思った。高飛車で、プライドの高い彼女が、こんな目にあうなど思うはずがない。ただ、一年生が、夜中に抜け出すのを止めようとしただけなのに。
「あんな怪物を学校の中に閉じ込めておくなんて、教師連中はいったい何を考えているんだろう」
ロンが口を開いて愚痴をこぼした。
「世の中に運動不足の犬がいるとしたら、まさにあの犬だね」
「あなたたち、どこに目をつけてるの?」
ハーマイオニーが息を吹き替えしたように、話し出した。
「あの犬が何の上に立っていたか、見なかったの?」
この子はあの状況下でも、細かいところを見ているのかと、ラヴィニアは驚きと尊敬の目で彼女を見た。
「床の上じゃないの?」
ハリーが疲れた声で答えた。
「足なんか見てなかったさ。頭を三つみるだけで精一杯だったよ」
ハーマイオニーは、立ち上がって彼らを睨み付けた。
「ちがう。床じゃない。仕掛け扉の上に立ってたのよ。なにかを守ってるにちがいないわ」
「なにかを守る?」
ラヴィニアが問うたが、彼女は答えなかった。
「あなたたち、さぞかしご満足でしょうよ。もしかしたらみんな殺されてかもしれないのにーもっと悪いことに、退学になったかもしれないのよ。では、みなさん、おさしつかえなければ、やすませていただくわ」
そう言うと、ハーマイオニーずかずかと部屋に戻った。みなは、ポカンと口を開けて彼女を見送った。
マルティナは、ようやく起き上がった。
「マルティナ、大丈夫?」
「ええ、ハーマイオニーが何か言ってたの聞こえたわ。もう、部屋に戻りましょう!こんなの夢に決まってるわ!」
マルティナは酷く混乱しているようだった。これは仕方がない、誰だってあんなもの見ればそうなる。
「ハリー、ロン。あなたたち、二度と、こんなことしてはいけないわよ。今回は何とかなったけど、次がこうなるなんて決まってないのだから」
ラヴィニアは、きつめの声で彼らに言った。そうして、ラヴィニアとマルティナは自室へと帰った。
今日のことは夢でも見てるに違いない。明日になれば忘れてる。そう願いながら、ラヴィニアは眠りに着いた。