訪れたもの

先に沈黙を破ったのは、鬼童丸だった。

「……橘様がいなくなられて数百年。晴明様も居らず、我らは途方にくれていました。ですが、晴明様の術により転生し、甦られた羽衣狐様の元で今日まで過ごしてきました。羽衣狐様はこれまで六度の転生をしました。そして、此度は七度目。晴明様が復活するのも、もうすぐになられるでしょう。そんな折、あなた様の噂を耳にし、探らせていました所、ようやく我らは居場所が突き止められたのです」

延々とこれまでのことを語る鬼童丸の顔は、悲しみ、嬉しさ、いろんなものが混ざっていた。しかし、すぐにそれは真剣なものへと変わった。

「橘殿、何故いなくなられたのかは、今は問いませぬ。一刻も早く、羽衣狐様のもとへ行かれますよう……。大変心を痛めていらっしゃるお母上の元へ、すぐに連れていく準備はできております」

心なしか早口になりながらも、鬼童丸は橘へ跪く。彼の周りに、鬼の怪が次々と姿を現す。

その様子に、橘は困った顔をする。彼女は、今日すぐに連れていかれるとは思っていなかったのだ。

「鬼童丸……、妾が言えたことではないが、今現在妾と暮らしておる者たちに、せめて別れを言わせてはくれまいか?今共に生活をしてるものたちに、大層世話になっておるでな」

「……お言葉ですが、あなた様は我らの前から何も言わずにいなくなられたはずでは?」

痛いところを突かれた。だが、暫くの無言の後、鬼童丸は橘の願いを聞き届けたのであった。



『そういうこともあろうかと、三日猶予を持たせてあります。三日後、同じ時刻にここで待っております。万が一、来ない場合は無理矢理にでも捕らえ、お母上の元へ連れていきますぞ』



「……い、………お………、おい!橘起きろ!!」

「……っ何じゃ!?」

急に頭上で叫ばれ、橘はガバッと上体を跳ね起こした。斜め後ろを見ると、拗ねた顔のぬらりひょんが、じとりとした目でこちらを見ていた。

「あれも何も、今日は二人で出掛けると約束した日ではないか?お主の白無垢を仕立てるために」

ぬらりひょんはしれっと述べるが、橘は二日前の、鬼童丸と密会したことを思いだし、呆然としていた。そのため、ぬらりひょんには曖昧な返事しかできなかった。

「…………あ、ああ。そう、……そうじゃったな……。夢見が悪くてのう、あいすまぬ」

「大丈夫か?熱でもあるのかい?」

そう言って、何も知らないぬらりひょんは、橘の額と己の額をあわせる。あまりの近さに、橘は瞬く間に頬を真っ赤に染め上げた。寝起きで力の入らない手で厚い胸板を押し返すも、意味のないこととなった。

「……や、やめよ、ぬらりひょん!妾は風邪など……!」

「いいから、じっとしておれ。さもないと、もっと悪戯してやるぞ?」

にやりと笑みを見せるぬらりひょんに、橘は目を見開き、己の無防備さを呪った。彼はいつもの着流しだが、己は夜着一枚に、掛け布団のみ。

「ええい、五月蝿いわ!外に出ておれ!」

朝の空気を吸い込み、ぬらりひょんに向かって叫ぶ。そして、彼女の太く立派な二尾でぬらりひょんをひょいと掴み、庭へと放り投げた。ドサッと大きな物音がしたので、いくらかの小妖怪が様子を見に行くだろう。

「……じゃが、これでもう……………」

終わりなのだ、という言葉は飲み込んだ。そう思いたくなかった。

暖かく、居心地のよかった奴良組との生活は、もう終わりなのだ。

鬼童丸との三日後というのが、今日だった。

ぬらりひょんとこのように戯れ、共に過ごすのも、僅かな時しか残されていない。そう考えると、橘はたまらなく涙が流れそうになるのである。長い目で見れば、ほんとに一時しか過ごしていないというのに、ぬらりひょんという存在は、過去の橘の中でこの世で一番大事と思っていた義弟よりも、遥かに大きく、愛しい存在となっていた。

だからこそ、何百年も前、京を飛び出したときよりも心苦しく、辛いのである。今宵、彼と一生の別れを告げなければならないことが。

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