廃屋敷とぬらりひょん

次の日、捩目山付近の宿屋にて、ぬらりひょんは何人かの情報に長けた妖たちを集めた。

「総大将、本当にあの橘御前を探すおつもりで?」

疲れた様子の鴉天狗がズバリと聞いた。

「そのつもりじゃよ。お前たちに集まってもらったのは他でもない。その橘御前について調べてきてほしいのじゃ。何処にいるかわからない、その女の事をなな」

総大将の言葉に、周りにいた妖怪たちはどよめいた。口々に色んな事を言い始めた。

「あの橘御前じゃと?」
「なんでもこの上ない美しさを持つとか」
「総大将はその妖を伴侶にするおつもりだろうか」
「だが、あれは何百年も前に消えたとか聞いたが……」

すると、鴉天狗が騒ぐ妖怪たちを一喝し静めた。

「静まれ!皆の衆。総大将の御前にてあらせられるぞ!」

ぬらりひょんはそれを片手で静めると、今回の目的を告げる。

「まあまあ、鴉天狗。ともかくその女について調べるんだ。どんな情報だろうと、鴉に逐一報告するんだ。いいな?」

「御意!」

その場にいた妖怪たちは、皆頭を下げると闇に乗じて消えていった。

「首尾よくいくと良いが……」

キセルを片手に、ぬらりひょんは呟く。鴉天狗は難しい顔をしてそれを見ていた。

「もはや伝説上のものと言ってもおかしくありませんからな……。可能性としては低いでしょう」

ぬらりひょんはそれを鼻で笑うと、にたりと笑う。

「お前は現実主義じゃのう、鴉。このワシが手に入れられないものはないと、証明するんじゃよ」

「…………」

鴉天狗は、頭を抱えて己の主をみやる。

―破天荒なとこがあるのは知っていたが、ここまでとは……。

無茶なことと知っていてなお、見つかると信じるぬらりひょん。どんな情報が入ってくるのか……。吉とでるか、はたまた凶とでるか。

今は誰も知らないのであった。





「やはり昔とは違うのう、野菜が沢山あるぞ」

「主よ、こちらの大根はいかがでしょう?」

「ふむ、今日の夕飯を何にするか……次第じゃな」

市場で二人の女の姿が見えた。一人は市女笠を深くかぶり、薄い布を垂れ下げている主らしきもの。もう一人は淡い青の紫陽花模様の着物を着て、市女笠をかぶったものである。暫く二人は市場で買い物をし、彼らの屋敷に戻っていった。

そして、その後をつける不審な輩が数名いた。

「主よ、お気づきでしょう?」

紫陽花模様の着物を着た女、お蓮は主の橘にたずねる。

「ああ、前から我らのことを盗み見ていた輩じゃのう。女だからと思っているのだろう。しかし、あまり関わりたくない雰囲気じゃ。何をされるか……」

すると、前の脇道からも不審な輩の仲間が現れた。こうして、二人は薄汚い男たちに囲まれたのである。金目的か、それとも他か。

「っ!?主……!」

「そこのキレイな娘さんたちよお、俺たちにちょいと顔かしてくれよ、なあ?」

下卑た男たちの笑いが夕暮れ時に響いた。

主の橘の顔は、辺りが薄暗いのと薄布が垂れていることにより、よく見えなかった。だが、空気がはりつめていたことから、彼女の顔は無表情だろうことが予想できる。

「……いかがいたしましょう、主」

この二人は妖の世界から放れ、人間界で暮らしている。そのため、人に傷付けることをしてはいけないという暗黙の了解を作り上げてきた。

だが、このような身の危険がある場合は仕方がないだろう。

「……………やむを得ぬ……っ!」

橘がそう言って、二人が妖気を放とうとしたとき。

「おいおい、女二人に男が多数とはいけ好かねえなぁ」

「なんだ……ぐぁ!」

ドサッと、人の倒れる音がした。だが、音がした方向を見ても、倒れた男以外何もそこにはいなかった。すると、また別の場所で男が悲鳴をあげ倒れていく「うぐっ!」だの「ぎゃあ!」だのと男のつぶれた声がそこかしこではじけた。

「何が起こっているのじゃ……」

気づけば、頭領らしき男も地に伏していた。そこに立っているのは、二人の女以外いなかった。

「怪我はねぇかい?」

声がした後ろを見ると、蒼い着流しを着た、白金と黒の長い髪を持つ若い男がいた。

「お主は……、何はともあれ助かった。ありがとう」

「我が主をお守りいただき、感謝する」

女二人は若い男に礼を言う。男は「構わない」と言うと、はははと笑い始めた。

「そうじゃ、この後時間あるなら、そこの屋敷でゆっくりしていかぬか。このなりじゃ、また狙われるとも限らぬ。どうか護衛についてくれぬか?」

薄い布を着けた市女笠をかぶった女は男に交渉する。お蓮は、それに賛成し、男にこうた。

「ん、構わないぜ。いやー、歩き疲れてたから有りがたい」

男は伸びをしながら共に歩き始めた。

「ふふ、それは良かった。すぐそこの屋敷でな。疲れているなら、今宵泊まっていかれてはどうじゃ?部屋はいくらでもあるからのう」

「おっ、それはありがたいねぇ。でも良いのかい?」

構わぬ、と主の女は言う。その後、三人は屋敷へとたどり着き、入っていった。その屋敷は、女二人が住むにはあまりにも広く、ところどころ壊れていたり、障子が破けていたりしてるなど、手入れが行き届いていないようだった。庭の草も生え放題だったり、木も好き勝手にのびているところを見ると、やはり手入れをしていないと見て間違いない。

「すまぬ、妾たち二人だけで住んでいるものでな。客人なぞ来ぬし、よく使う部屋だけ掃除しているのじゃよ」

男の表情を見て、家の外を気にしているのだろうとよんだのか、女は理由を言う。

「あ……、そうじゃったのか。気を使わせてすまない」

男は頭をかきながら頭を下げた。

「妾はここの主でな、橘と申す。そなたは?」

市女笠を取り外し、橘と女は名乗った。ろうそくの明かりしかないこの部屋は暗かったが、彼女の顔はとても美しいものであると若い男、ぬらりひょんは思った。

「ワシか、ワシはぬらりひょんじゃ。お主、妖じゃろう?」

ぬらりひょんはニヤリと笑いながら答えた。妖という言葉に橘はピクリとした。

「ふふ、よくあれだけでわかったな。確かに、妾は孤の妖。側にいたお蓮も、濡女という妖じゃよ」

妖しい笑みを浮かべる彼女は、とても美しかった。そして、ぬらりひょんは一つの仮説をたてられることに気づく。

「そなた、妖孤じゃと?」

「ああ。今は人の姿で暮らしておるゆえ人形じゃが、本来は二尾の狐の姿じゃよ」

ほほ、と笑う橘にぬらりひょんはますますその仮説が正しいということを信じたくなったのであった。だが、まだ判断材料が足らなかった。

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