奴良組での生活
「そ、総大将……、こちらの方は……!?」
鴉天狗は、突如消えて、いきなり帰って来たぬらりひょんに説教のひとつでもしようかと意気込んでいた。だが、その本人は何故か二人の女を連れて戻ってきたのである。いきなりの第三者登場に面食らってしまった鴉は、入り口で驚いて固まってしまった。ぬらりひょんはというと、気にもとめずにいつもの調子で部屋へと上がった。
「んー?ああ、橘とお蓮ってのだ。今日からうちの組に入るから宜しく頼むぜ、鴉」
「え、え?ちょっと、お待ち下さい、総大将!総大将!…………はあ、駄目だったか」
そして、その女二人は何が起こってるのかわからない様子でそこに佇んでいた。
「もし、そこのものよ。ぬらりひょんはいつもあのような感じかえ?」
橘は、鴉天狗にそっとたずねた。鴉はいきなり話しかけられ驚いたが、びっくりしてばかりでは失礼だと思い、咳払いをひとつすると、改まって礼をした。
「コホン、総大将はいつもあのように自由奔放です。…………失礼ながら、あなた様方は?」
鴉がたずねると、市女笠をかぶった方はそれを脱ぐ。そして、一礼して自己紹介を始めた。
「おお、名乗らぬで申し訳ない。妾は橘と申す。訳あってここに世話になりたいのじゃ。どうかおいてくれまいか?ぬりひょんには良いと言ってもらったがのう……」
鴉は、彼女の言葉よりも容姿に目をとられていた。そして、総大将の今までの行動を一瞬にして振り返った。
―ここまで美しい女がいるだろうか?もしや……
「僭越ながら、あなた様は橘御前……殿でございましょうか?」
「ああ、昔はその名で呼ばれていたのう。今はただの橘じゃよ」
飄々とした感じで彼女は答える。鴉天狗は、にこりと笑った彼女に見惚れていた。
そこへ、ぬらりひょんがやってきた。
「おい、鴉。いつまでそこに立たせてるんだ?早く案内せい、失礼じゃろう」
彼の声で鴉天狗は現実世界に引き戻された。
「……え、あ!はい、ただ今」
「橘様、お荷物お持ちいたします」
「そなたも沢山持ってるではないか、この程度妾でも運べるぞ?」
お蓮は主の荷物を持とうとしたが、ふわりと微笑まれてかわされた。確かに、今お蓮がもつ荷物は主よりも遥かに多い。仕方なく主に従い、鴉の後ろを追う。
暫く歩くと、広い部屋についた。
「暫くあなた方にはこの部屋を使ってもらいます。そちらのお蓮といったか。お主には、別の部屋を用意してあるゆえ、もう少しついてきてくれ。」
「わかりました。では橘様、荷物は後で運びますゆえ、暫しお待ちを」
「よいよい、お主とてかなりの距離を歩いてきたのじゃ。妾のことなど気にせんで良い。ゆるりと休め、お蓮」
「橘様……。では、ありがたくそのようにさせていただきます。また後程……」
お蓮と橘はここで別れた。
鴉天狗は、濡女のお蓮にふと疑問に思ったことをたずねた。
「お主のことは、濡女と呼んだ方が良いか?お蓮の方がいいか?」
「基本、濡女で構いません。主とは長い付き合いゆえ、あのようにしているだけなので……」
鴉は、そうかと一言答えたきり、部屋に案内し終えるまで彼女と会話をしなかった。濡女は気にしてない風だった。
「少し離れたが、ここがお主の部屋じゃ。自由に使ってくれて構わんぞ」
「お気遣い、痛み入ります。あの、こちらで何か手伝うことはありましょうか?」
まさかの彼女の手伝うという発言に、鴉はすっとんきょうな顔をした。新入りのものにそこまで任せて良いだろうかと考えた。だが彼は、雪女が人手が足りないと言っていたことを思い出し、厨房の手伝いをさせることにした。
「そうだな、まずは厨房の手伝いから始めようかの。雪女の雪麗が居るはずじゃから、そやつに尋ねてみよう。早速厨房まで行ってみるか?」
濡女は、それに頷く。早速彼女は厨房へと案内してもらった。
「おーい、雪女いるか?」
鴉天狗に案内されて、濡女は厨房へと連れられてきた。中に入ると、雪女の雪麗が立って調理をしていた。
「鴉天狗が何のようなの?あんた、厨房へ来たって仕事なんかないわよ?男が来たら、たちまちここは混乱するんだから邪魔しないでよね!って、なんだいその後ろのは?」
雪女は、鴉天狗への常日頃の文句をぶちまけ終えると、後ろにいた見慣れない女の妖怪に気づいた。
「ああ、彼女のことで話があってな。濡女、簡単に自己紹介をせよ」
鴉天狗はそう言うと、控えていた濡女をずずっと前に押し出す。雪麗の剣幕に少し驚いていた濡女は、少し混乱していたがすぐに正気に戻って名乗る。
「お初にお目にかかります。新しく奴良組に参りました、濡女のお蓮と申します。鴉天狗殿から厨房の人手が足りぬと聞き、何かお手伝いできればと思い、参じた次第でございます」
雪麗は、堅苦しい言葉で挨拶されたことに驚き、目を瞬かせた。しかしすぐに気を取り直して、濡女に近寄る。
「人手が足りないのは本当でね、手伝ったくれるのは助かるよ。それにしても濡女、厨房へとねぇ。海で人を喰らうという、あの濡女かい?」
雪麗はそう言うと、まじまじと彼女を見る。
「ええ、ここ数百年は食べてませんが」
お蓮はくすくすと笑い、答えた。雪麗はそうなの、と返すと厨房について説明し始めた。物がどこに有るか、材料はどれだとかなど。
「基本的に大食いな連中ばかりだからね。沢山作らなきゃいけないんだけど、女の妖は少なくてね。猫の手も借りたいぐらいよ。基本厨房取り仕切るのは私だから、何かあれば遠慮なく聞きなさい」
雪麗は最後にそう言うと、早速夕食を作り始めた。
「さ、始めましょう。あなたは味噌汁を煮込んでくれる?」
「はい、お任せください」
お蓮は、厨房でのお手伝いになることができた。その後は、今まで橘を支えてきた者として沢山の料理をこしらえた腕を使い、厨房で重宝されるようになったのである。
「さて、できたものを広間に運ぶわよ」
「こんなに作るとは……、思いませんでした」
出来上がった料理の数はとんでもない量であった。雪麗はこれが通常だと言うと、膳を持って重ねて運び始めた。お蓮もその後は女中のようにてきぱきと運んだ。
そして、大広間には沢山の妖がそろった。総大将のぬらりひょんは、上座に座る。だが、いつもの位置よりすこし右にずれていた。そして、その空いた左側にはお膳が置いてあり、誰かが座るようになっていた。
「総大将、そろそろお呼びしますか」
「ああ。……てめぇら、今日からうちの組に新たに仲間に加わった妖がいる。そいつを今から紹介しようと思う」
「総大将、その者は……」
がやがやと周りの妖が騒ぎ始める。そして、近づく妖気に気付くと、そのあまりの強さに皆静まった。
「橘、入れ」
ぬらりひょんがそう言うと襖が空いた。そして、深く着物を頭巾のように被った妖が現れた。豪華絢爛な着物をまとった人間の女にも見えたが、その者が放つ妖気は尋常ではない。そして、橘は総大将の横にあった空いた席に座る。
「さて、気づいた奴もいるかもしれないが、ワシは見つけることができた。橘御前をな。そのものが今横に座るこの妖じゃ!」
ぬらりひょんがそう言うと、周りの感嘆の声をあげる妖怪がいた。そして、橘は頭巾のように被った着物を脱ぐ。
皆はその美しい顔を見て思わずほうとため息を付いた。
「橘と申す。この度、奴良組に世話になることになった。宜しく頼むぞ」
橘はそう言うとにこやかに微笑んだ。見た目こそ今は人間であるが、恐ろしく強い力を持った妖だろうことは下級の妖でもわかった。本来の姿ではどうなるのだろうというのが、皆思ったことであった。
これが、彼女の奴良組での生活の始まりであった。
ときに出入りにも行き、ぬらりひょんと共にある。いつしか、ぬらりひょんの妻ではないかと言われるほど、仲良くなったのであった。ずっと側近のように近くに居た雪女の雪麗でさえ、そう思うほどに。