黄昏時の告白

浮世絵町にある奴良組の屋敷は今日もいつも通り騒がしい。

少し前と変わった事と言ったら、かの美しく妖しき伝説上の妖といわれた橘御前と、その側近の濡女、お蓮が加わったことだ。

手下のものたちも、一目見ようとこぞってあちこち屋敷をうろつく。

「ねーねー、良いだろう少しぐらい!」

「そうだそうだ!おいらたちにも会わせてくれよー」

耳に響く高い声で叫ぶのは、納豆小僧や豆腐小僧たち、小さな妖怪たちである。彼らは運悪く、本家に残っていたものたちである。伝令の鴉によりそのことを知って、皆出払っていたものたちが帰ってきて以来、本家で暴れているのである。

「ああ、もう!ほんっとうるさいわね!そのうち嫌でもお披露目されるんでしょうから大人しくしなさいよ!氷漬けにされたいの!?」

「それは勘弁じゃ〜!」

「逃げろ逃げろ〜!」

痺れを切らした雪女の雪麗が、氷漬けにすると脅した。その結果、彼ら小さなものたちは外の方へと飛んで逃げていった。

「はあ、はあ。鬱陶しい連中だわ……」

荒々しげに息を吸っては吐いて、吸っては吐いてと繰り返している雪麗の元に、お蓮がやってきた。

「雪麗、大丈夫?」

買い出しから帰って来たのだろう、手には野菜が積まれたかごを持っていた。

「はあ……、お蓮かい。小うるさい連中をしめたところさ。あんたの大事な女主人を、一目見たいって騒いでたもんだから」

雪麗は調理で邪魔になるだろう彼女の黒い髪を、後ろでまとめながら言葉を返した。それを聞いたお蓮は、納得したようで買ってきた野菜に顔を向ける。そして、仕分けして今宵何を作ろうかと思案し始めた。雪麗も落ち着いたらしく、調理台に向かい仕込みを始める。

「あの方ほど、名が知れ渡っている妖自体少ないですから。仕方のないことでありましょう」

お蓮は、諦めたというような口調で話す。実際、彼女ほど名が知れているのは、転成妖怪となった彼女の母の羽衣狐、捩目山の牛鬼の他にあまりいないだろう。だが、それでも橘御前の方が知名度は間違いなく高い。それは紛れもないことだ。

「はあ、いやでもどうせ会えるって言うのに。全く……」

ブツブツと文句を言いながらも調理し始める雪麗。それをみて、お蓮はくすくす笑いながらも手伝う。夕食まで後少し。




厨房とはうってかわって、静かな縁側に一人たたずむ者がいた。夕日が沈みかけ、まぶしい光が西から射し込んでいるなか、深紅の着物を身にまとった橘は、何をするわけでもなく外を眺めている。

「儚げに物思いにふけている姿も、絵になるのう」

キセルを片手に、脇からぬらりひょんが現れた。

「…………」

「何を考えているか知らねぇが、憂い顔より微笑む姿がお似合いだぜ?橘よ」

ケラケラと笑いながらぬらりひょんが言う。橘は、目を見開いてゆっくりと振り向き、彼を見た。

「……そのように、お主には憂い顔に見えたのか?」

ふ〜っと、煙をはきながらぬらりひょんが橘を見やった。

「ワシにはそう見えた。何か気になることでもあるのかい?」

橘は、また外を見る。いや、その上にある空を見た。

「昔を思い出していたのじゃ」

橘が、郷愁に満ちた顔になった。口元が少し緩んでいたが、悲しげに細められた目が、彼女が笑っていないことを示していた。

「ここの者たちは、そなたに似て明るく活気がある。だが、妾が昔過ごしていた所では、殺気ばかりが漂い、和やかに過ごすことなどとは縁もなく、かけ離れていた」

ぬらりひょんは彼女の話を聞きながら、またキセルを煙管を口にくわえてふかす。彼が息をはくと、灰色の煙があたりに漂いながら上へ上へとのぼる。

「……今までの二人だけだった生活は、あまりにも寂しいものだった。と言っても、人ではない我らに人里に紛れ込むのは至難のこと 」

太陽が沈むまで後わずかというところで、橘が振り返り、ぬらりひょんを目にいれた。

「それ故、このように趣のある妖怪たちに囲まれて生活していることが信じられぬのじゃ、ぬらりひょんよ」

ぬらりひょんは、それを聞くとニッと唇をつり上げた。

「ハハッ、趣があるのは当たり前よ。なにせ、このぬらりひょん様の百鬼夜行じゃぞ?橘、お主もじゃ……よっと」

「……っ!?」

すると、座っていたぬらりひょんが、いきなり立ち上がって彼女をひょい、と横抱きにする。橘の視界がそれによってぐらりと揺れた。トンッと足音がしたかと思えば、奴良組の屋敷の屋根上にいた。心地よい風が吹き、二人の着物をはためかせる。

「橘よ、どうじゃ。黄昏時の浮世絵町がよくみえるじゃろう?まわりにあまり建物がなくて、遠くの森まで見える。ここはな、ワシのお気に入りのひとつじゃ。これをお主に見せたくてな」

ぬらりひょんが自慢気に橘に告げた。橘は、夕日に染まりつつある、目前に広がる朱色の景色に思わずほう、と感嘆の息をついた。

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