月明かりの下で

橘は、彼が何を考えているのかわからなかった。このように思案するぬらりひょんというのは、珍しいものだったのだ。

彼はいつも飄々としており、何をするのも行き当たりばったりというのが、彼女の思い浮かべるものだ。放浪癖があり、気づくと居なくなっており、鴉天狗を困らせて、雪女にはため息をはかれる。牛鬼や木魚達磨などからもあまり良い顔はされない。一つ目は笑いながら総大将らしいなどと言って、鴉天狗を更に疲れさせていた。

とりあえず彼が真面目に考えるなどということは、よほど奴良組に深く影響することで、問題が起こったときのみにしか見られないのであった。

こんなことを橘が考えていると、ぬらりひょんの目が開き、まっすぐ目線が交差した。





「出入りから帰ってきたら、お主を正式にワシの妻としたい」

「……!」

彼の一声で、橘は己の心中を駆け巡る、言い様のないものを感じた。それが嬉しさからなのか、驚きからなのか、わからなかったが。

「橘、今すぐにでもなどと無理にことを進める気はワシにはない。だが、この出入りが終わった暁には、夫婦となりたいのじゃ」

良いか?と不安そうな顔つきで尋ねてくるぬらりひょんに、橘はここまで彼と深い間柄になっといて断るような非道な女ではなかった。

前の桜の園で、ぬらりひょんに対して抱いていた共に居たい、ずっと一緒に暮らしていたいという想いは今も変わらない。しかしこれが恋なのか?未だにその疑問は彼女の中で解決しない。それでも、彼のその問いにはきちんとした答えを返した。

「妾などで良いのだな?……お主にここまで言われて断る理由など、どこにも有りはしない。それに、前に言うた通りお主と共にありたい、この先に何があろうとな」

言い終わると、フワッと彼に抱きつかれた。驚いたものの、橘は彼の背に手を回した。

「最初は、ただ"橘御前"という絶世の美貌をもつお主に気を引かれていただけだった……」

ぬらりひょんが小さな声で、彼女の耳元で話す。

「だが、お主のこの屋敷で過ごす所を見ていて、次第にワシだけの女にしたいなどという思いが現れた。そんなときだった。"総大将と新しくこの組に来た美しい女は、夫婦のようだ"などという噂が流れ始めたのは」

「そんなこと、前にあったのう。まだ、その頃は妾とお蓮が組に来てから一月も経っておらぬであろう……」

昔を懐かしがるように二人は会話をする。

「それからは、そなたをワシの妻にすること、そのことだけしか考えていなかった。勿論断られるのは前提に考えていたがな。お主から出掛けないかと誘われたこの前のときは、ワシは嬉しくて嬉しくてなぁ……」

ぬらりひょんの声が更に小さくなってゆく。橘に寄りかかる彼の重さが次第に増えていくことに気づいたとき。彼の頭がある方を見やると、彼の目は閉じており、すうすうと静かに息をしている。どうやら、橘の腕の中で眠ってしまったようだ。

そういえば、と橘は己の部屋に戻って寝るまで、彼と月見をしようと言って、酒を飲んでいたことを思い出した。少し飲みすぎてふらふらとおぼつかない足取りで歩いており、ぬらりひょんに支えられて部屋まで戻ろうとしていた。部屋にたどり着いた記憶が全く無いことから、寝てしまったのだろうと推測する。酒をいつもより多く飲んでいたのだろう、道理で起きた頃から頭がくらくらとする感覚に襲われるわけだ。

ということを考えると、ぬらりひょんは酒を飲みすぎてしまった橘の介抱をしていたということになる。

彼に悪いことをしたなと反省するも、大の男であるぬらりひょんを、自室まで運ぶなど、飲みすぎておぼつかない足取りで歩いていた橘には不可能だ。座っている今も、フワフワと夢見心地のような状態なのだ。通常なら、妖力を使い彼を運ぶことなど容易いことだが、フラフラとする今は、力をうまく扱えないだろう。さてどうしたものかと、少し悩んでみるがどうみてもこの部屋に寝かせることしか思い付かない。

「ふむ、やはりここに寝かせるしかないか。組員たちを起こすのもしのびない」

と、一人呟いてぬらりひょんを布団まで頑張って運んだ。すると必然的に寝る場所は布団一枚しかないので、自分はどうしようかと迷ったが、寝る必要はないなと思い縁側へと足を運んだ。

庭では垂れ桜が花びらをヒラヒラと散らせていた。月明かりの下でのその風景は、まさに絶景であった。

そんな中橘は、この先に何が起こるのか、自分にどんな困難が待ち受けているのか知るよしもなかった。ただただ、"今"この時が幸せなのだろうという想いを、しみじみと胸に抱いていたのだった。

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